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第二章(3)

 『敵』と口にした瞬間、アミネの胸の奥に何かが割れた。無理に力を加えた枝が、ささくれながら破れる感触。

 目の前に立つエナイシケの青年は、もう笑っていなかった。たき火に照らされた陰。表情の消えた鋭い眼差しには、まだ少しはあった親しげな気配が一切消えている。

 ――もしや、取り返しのつかないことをしてしまったのか。本当は使っていけない言霊を、使ってしまったのか。

 今なら謝れる。

一言伝えればこれ以上の断絶は防げるだろう。今、謝らねば……。

 しかし、アミネの言葉は出なかった。

 言霊が、青年とアミネの間にあった溝を明らかにして広げていく。

 後悔。胸の奥で、何かが割れる感触の正体は、後悔だった。

 だが、そのことに気づいた瞬間、アミネは反射的に、エナイシケを睨みつけた。

 エナイシケは、敵だ。敵を『敵』と呼んで何の不都合がある。イアの祝詞にも、敵を討ち滅ぼすための祈りがあるではないか。

 それにどうして私がわざわざ敵に頭を下げ、許しを請う必要がある。悪いのはすべて敵なのに。

 そのとき、胸のあたりにふっと暖かい物を感じた。首から下げた緑の珠のあたりが熱い。

 いままで聞いたことのない不思議な声が響いた。

「ええい、ひかえっ」

 再び珠が熱くなった。いつの間にか若者のとなりにエナイシケの少女が立っている。黒い目をつり上げ、不機嫌そうに頬を膨らませていた。その輪郭は、闇の中にぼんやりと光を発しているように見える。

「あ、リリルルちゃん」

 ユニが少女に向かって手を振った。

「これ。リリルルちゃん、ではない。リリルル様、と呼べ」

 ユニにそう言うと、ゆっくりとアミネの方に近づいてくる。

「さっきから黙って聞いとりゃ、ゴチャゴチャうるさいのぅ……」

 背の高さはユニより少し高く、年の頃は十ほどであろうか。腰近くまである長い髪を、二つに分けて高く結んでいて、左右に広がる髪は、まるで鳥が羽根を広げているように見えた。

 リリルルは、後ろ手に組んで胸を張り、あごをちょっと突き出して、まるで見下ろすようにアミネを眺めやった。その様子はおよそ、小さな背格好に似合わない。だが、たき火の揺らめく揺らめく炎を映した瞳は、他人を見下すかのように輝いている。もったいぶった傲岸不遜な身のこなしは、エリキ姫にも負けないほどだった。

「おい、小娘。おぬしがどう思ってるかはしらんが、粥に毒草の類いは、何も入れんかったぞ。体によい薬草と、害のない香り草ばかりじゃ」

「たとえ薬でも、それが多すぎれば毒となる。私の粥にだけ、増やしたりでもしたのだろう」

「薬も毒もさじ加減ひとつ。間違いない。だが、我らはそこまで暇ではない。おぬしが勝手に寝入っただけであろうが。そのせいでヤツヒはここまでおぬしを担いで運ぶ羽目になったのだぞ。わしらに余計な手間をとらせた分、謝ってもらいたいところだ。のう、ヤツヒ」

 エナイシケの青年は、どこか遠くの方をみながら、小さくうなずいた。

「これからやることはごまんとあるぞ。こうるさいイアの娘よ、もう少しゆっくり休んでおけ。日が昇ったら出発ぞ」

 アミネが口を開こうとすると、少女はその言葉を遮った。また怪しげな笑みを浮かべている。

「今はまだ、何も知らずともよい。必要があれば、自ずからすべてが明らかになる。それまでさっさと寝ておれ」

 その一言で胸の宝珠が再び熱をもち、アミネは再び意識を失った。

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