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第一章(13)

『こいつは傷つき倒れていた。それに餌を与えたということは……』

「おい、こいつは森の獣ではないぞ。それに俺は母親がわりだなんて……」

 少女はさらに、いやらしい笑い顔でヤツヒを見上げる。

『巣立ちの小鳥も、獣も、木々も、たとえ神殺しのイアの娘であっても、ウイの前には皆同じじゃ。よってこの娘の養い親は、ヤツヒ、おぬしぞ。あらゆる生命に祝福あれっ』

 少女は軽やかにクルクルと回りはじめた。

はぐくめ、そだて、命の連なり、珠のようなり、祝えや唄え、祝えや唄え』

 腕を上げ下ろし、手首をくねらせ、笑い声を上げる。自分の回りを踊り巡る少女を目で追いながら、ヤツヒは苦笑いしていた。

「おまえ、本当にいいかげんだな。さっきは殺してやるぐらいの勢いだったのに」

 すると少女は、糸が切れたようにすとん、としゃがみこんだ。

『わしらが、どれだけの痛みを負うたか……、ヤツヒにもわからんか……』

「えっ……」

 顔を伏せ、小さな肩を震わせている。

 楢の古神は、精霊たちの盟主、それもこのあたりでは一番の大物だった。

 つながりの砕かれた人と異なり、神々や精霊は今でも強く一つになっているという。同胞はらからを失う。そこには人の身では推し量ることのできない深い悲しみがあるに違いなかった。

「リリルル、すまない……」

 肩を震わせていた少女の動きが止まった。隠していた顔を上げると、そこには意地の悪い笑み。

『ふっ。……かかったの、ヤツヒ』

「……って、おい、またかよっ」

『ふはははは。おぬしの奇魂は、どんどんたまるのぉ。まったく、ここまであっけなく引っ掛かるのを見とると、こっちが悪いような気になってしまう。そのお人よし、もう少しなんとかせい』

 少女は裾を払い、立ち上がった。

『もしムラの連中にとがめられたら、ウイ・イ・リリルルからの命令だと告げておけ。邪魔をするなら恐ろしい呪いをかけるぞ、と脅してな』

「分かった。……それにしても毎度の文句だな。何の工夫もない」

『これが一番利くからの。必要とあらば、何度でも脅せ。ウイの呪いはこわいぞぉ、イヒヒヒヒ……。それよりヤツヒ。見ろ』

 足元のイアの娘は、片方の腕でもう片方を打つような不自然な動きを繰り返していた。何度も何度も。ただ、ひたすらに。

『これが神殺しの巫女じゃ……。もしかすると、わしらウイの呪いより恐ろしいやも知れんぞ』

 その様子はまるで、刃物を腕に突き刺しているようだった。ヤツヒは腰をかがめ娘の腕を見る。白い肌を縦横に切り裂く無数の傷痕。そのうちの一つはまだ新しく一際大きかった。盛り上がった傷口が生々しい。

『懐刀を取り上げておいてよかったろう。持たせていたら、眠りから覚めるまでに、身体をずたずたにしていたぞ』

「どうしてこんなことをするんだ。それに、安らぎの地に赴いてもこんなふうに動くなんて……」

『本当にプノンか、おぬしは。だからいうておるだろう。神殺しのためよ。わしらに最も近く、最も遠くへ離れてしまった、哀れなやつ……』

「それじゃ、全然わからない」

『ふん。わからんのなら、わからんで構わんさ。……そうじゃ。おまえ、穢れたついでに、あとでこいつを魂支えしてやれ』

「なんだって神殺しのイアの娘なんか……」

『エナイの末なら、ウイの言葉に文句をつけるな、従え。それにもう時をくいすぎた。ヤツヒ、いいかげん行くぞ』

「ちょっとまて、こっちだって準備が」

現世うつしよに、人の姿で出てくるだけで疲れるんじゃ。ゆっくりしたいなら、おまえからもっと奇魂をもらうことになるぞ。ほれ、急げ』

「はいはい……」

 ヤツヒはため息をつくと、火の神に感謝の言葉を捧げ、慌ただしくたき火の始末をすると、荷物をまとめた。

 片方の肩に娘の背負子を引っ掛け、もう片方の肩に寝入ったイアの娘を担ぐ。娘の身体は羽根のように驚くほど軽かった。

 近くにで見る寝顔は、本当にどこにでもいる娘とかわらない。こうして見ていると、話に聞いていた恐ろしい魔女、『神殺しの巫女』とは、容易に信じられなかった。

 長いまつげには涙が浮かんでいる。はじめて出会った時も、こんな風に泣きながら倒れていた。安らぎの世に旅立ったはずの娘の魂は、今度も涙をよんでいる。何がこの娘に涙を引き寄せているのだろう。娘の魂は、どんな旅をして、なにを見ているのだろうか。

 ヤツヒは頭を振った。

 楢木の神を殺した憎むべき敵に、多少なりとも哀れみを感じるなんて。

『おい、何をぼんやりしとる。行くぞ、早く来い』

「おう」

 ヤツヒは先を行く樫の木の精霊を追いかけた。

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