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第一章(12)

 ヤツヒは、足元に横たわるイアの娘を見下ろした。

 衣の胸元が、ゆっくり上下している様子から、生きていることはわかる。寝ているのに近いのかもしれない。

「おい、起きろ」

 イアの言葉で声がけしても、反応はない。

 ヤツヒは目を閉じると、森の気配を受け止めた。隠れている光の流れを追って、樫の木の精霊に繋がる。

「もう出てきても大丈夫だぞ」

 そう呼びかけると、暗闇から少女が現れた。大きな黒い瞳でヤツヒを見あげる。

『御苦労だったな、ヤツヒ』

「おう。……本当にこいつが担い手なのか」

 少女は深々とうなづく。

『この娘、『外されっ子』であったろ』

「ああ。おまえにも、森の息吹にも気づかない」

『おまけに、草の組み合わせが見事に効いた。二つそろっとるのは何よりの証拠じゃて』

「それにしてもさ、なんで俺は平気なのに、この娘だけ眠りに落ちたんだ」

『ありゃ、毒落としじゃからな。身体にたまった毒がでていくと、強い眠気が起こる。いくら禊を繰り返しても、神々の呪いを受けている身ならば、あっと言う間にぐっすりと寝入ってしまうわけよ』

「俺も少し眠いや」

『娘に触れたり話したりで、気づかぬうちにおぬしも穢れたんじゃろ。あとでしばらく、うたた寝でもしてから、ようく禊しろ』

「ああ」

『それと、禊ぎの前は、わしに触れるなよ。……穢らわしい』

「分かってるって。それにしてもなぁ、こんどはさすがに内心ひやひやしてたんだぞ。もし俺の穢れが大きかったら、イアの娘と二人そろって、仲良く気を失ってたかもしれないんだろ」

『まぁ、そうなるの』

「下手をすると娘の方が先に目覚めて、俺を絞め殺していたかもしれないわけだ。つくづく危ないことをさせるな、おまえも」

『なぁに。そうなったら骨ぐらいは拾ってやる。感謝しろ』

 ヤツヒは苦笑いを浮かべた。

「ありがたいお言葉、だな……。だが、本当はそこの娘なんかより、俺の方が穢れていても不思議ではないぞ。さっき、嘘をついてしまった」

『一服盛るつもりはない、などと、下手なことを口走るからよ。それに、ほんとうに毒を盛ったわけではなし。ま、気にするでない。平気で言葉を違えるイアの連中に比べたら、全くかわいいもんじゃて。第一、精霊の言葉に忠実に従ったのじゃから、エナイの末としては、最高の行いぞ。よしよし、わしがほめてつかわそう。……どうじゃ、ほめたついでに、願いをもう一つ、かなえてやってもいいがな。何かないか、何かないか』

「断るっ。願い事などもう二度とするもんか。……特にあんたにはな」

『ふん。どうせそのうち、泣きついてくるに決まっとるに。楽しみにまっといてやるから、それまで取っとけ』

 笑っていた少女は真顔になると、足元に横たわるイアの娘を見下ろした。

『だいたい、一服盛るのどうのなど、ささいな事じゃ。こやつはイアの娘、それも神殺しの巫女。ついこの前、楢木の森神様がお隠れになったじゃろ……』

「おい、まさかっ……」

『信じられんかもしれぬがな、その、まさかよ』

 ヤツヒも、改めてイアの娘を見下ろした。こんな小娘が、神の代から続いてきた、古い森神を滅したとは。かたわらの少女も、イアの娘を睨みつけている。その瞳には、冷たい光が宿っていた。

『許されるならば即刻、わしがこの手で息の根を止めてやるんじゃが』

「俺がやる」

『待て、このまま運ぶんじゃ』

「……ここで殺してしまった方が、娘のためにもいいんじゃないか」

『殺すは一瞬。だが償いは、生きたものにしかできぬ。それも時間をかけての。そんなに易々と償いもせずに現世うつしよから逃げ出すのを、わしらが許すと思うか。ウイを甘く見るでない』

 少女は大きく背を反り、精一杯に意地が悪そうな笑いを浮かべている。

「だけど連中にはどう言えばいい。イアの娘の面倒を見てくれって言うだけでも気が重いのに、さすがにそいつが森神殺しだなんて……」

 今度は本当に意地の悪い笑みを少女は浮かべた。

『おぬしはまっこと、プノンよの。何をふざけたことを言うとる。おぬしが面倒を見るに決まっとるだろうが』

「ええっ」

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