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第一章(10)

 その一言がなにを意味するのか。

 アミネの背筋に寒気が走った。それをこらえて、相手を睨みつける。

「何が望みだ」

「人のことを、追いはぎか物取りのように言うなよ。俺はただ、不本意ながらも言われたとおりに、倒れていたあんたの介抱をしてやっただけさ」

「言われたとおりだと」

「ああ、そうさ。あんたがよりかかっているその木。その樫の木の精霊が、俺をここに連れてきた。おまけに、イアの娘を助けろという。嫌々ながら、俺は精霊の言葉に従っただけさ」

 アミネは巨木を見上げた。確かに、精霊が宿っていても不思議ではない風格がある。それでもこの森には、神の気配も流れも感じられなかった。もちろん、樫の木の精霊の存在も。第一、この道は神々も精霊も退けられた『安全な道』のはずだった。

「ふん。うそをつけ」

 若者はさもおかしそうに笑った。

「信じられないのだろう。まあ仕方ない。イアの娘は森の精霊と通じられないものな」

 その一言に、ふたたび怒りを感じる。

 ――そんなことはない、私が今まで幾多の精霊をこの身に取り込んで封じてきたのか知らないのか。私はイアの威光を負うた、シルメトの巫女……だったのだから。

 喉まで出かかった言葉を飲み込んで、アミネはおし黙った。

「でもさ、精霊には、形だけでもちゃんと感謝しろよ。……おい、それより、腹減ってないか。あっちで粥をつくっていたところだ。あんた、ずっとぶっ倒れていたみたいだし、見たところ色々と無茶してたみたいだし。……食べるだろう」

 そういえば、早朝にムラを出てから、飲まず食わず。急に胃の中が空っぽであることに気づいてしまう。

 やはりエナイシケは卑怯なことをする連中だ。アミネの様子から察して、わざと言ったのだ。

 気を許してはいけない。毒の入ったものでも食わせるに違いないのだから。

 アミネは若者を無視することにした。黙ってそっぽを向く。

「いらないってことか。ま、いいさ。俺一人で食うから」

 若者が立ち上がろうとする。その時、たき火の煙りに混ざって、おいしそうな香りが漂ってきた。突然、アミネの腹が、大きく鳴った。

 きょとんとした表情をした若者は、音の正体に気づくと大笑いをしはじめた。

「ちがう。ちがう、ちがう、ちがうっっ」

 否定しても若者は取り合わない。腹を抱えて余計に笑いつづける。ひとしきり笑ってから、やっと息を整えた。

「あんたがそう言うんなら、無理強いはしないよ。どんなことにも慎重なのは、森で生き残るために欠かせないからな。だけど、せっかくめぐって来た他人の厚意や大地の恵みを受け取りそこねると、死に繋がることもある。時には素直にすべてを受け取ることも、生きるための知恵の一つさ」

「そんなこと、わざわざエナイシケに言われなくても知っている」

「だったら強情張らずに、食えよ。もし、一服を盛られることを心配をしてるんだったら……さすがに俺も腹が減ってきたからな。イアの娘には悪いが、俺も同じものを食わせてもらうつもりだ。それで、どうする」

 小さくうなずくと、若者は「よし」とつぶやいて、茂みの向こうに消えた。

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