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05

 

「あの二人は縛って隠しておいたよ。あと数時間は起きないと思う」

 雪村ゆきむらが、言いながらミルクティーの缶を差し出す。

「どうも」

 からすがそれを悄然(しょうぜん)と受け取る。

 先程までと比べればだいぶ落ち着いた方だ。

 しかしこれはこれで心配だった。

 二人目の少年が倒れるや否や、彼女はその頭を蹴り飛ばしたのだ。

 更に数度の追撃を加え始めた所で、雪村とあかりが慌てて止めた。

 これに関しては少年側の自業自得でもある。

 床にいくつかの歯が散らばっていたが、黙認した。

 あの状況は、烏にとってそれ程耐え難いものだったのだ。

 そう思えば非難も出来ない。

 報復を止められると、烏は泣き出してしまった。

 二人掛かりでなだ(すか)して外に出て、離れたベンチに座らせた。

 現在烏は、朱の腕にすがりついたまま離れようとしない。

 朱も今はされるがまま。

 もう少し早く助けてやればよかった、という負い目もあるからだ。

 いつでも助けられるからと様子を見すぎた。


 朱と雪村が前方の烏を発見した時、彼女は既に人形に声を掛けていた。

 異変に気付いた雪村は、そこで一旦の静観を提案した。

 とはいえ堂々と眺めている訳にもいかない。

 人形の持ち主も早々に出てくるだろう。

 当然周囲も警戒される。

 ではどうするか。

 雪村の出番だった。

 正確には、彼の持つ道具の。

「俺の道具は、姿を消せる」

 言って朱の手を握った。

 触れた物も影響下に置けるらしい。

 能力については昨日の件もあり、おおむね予想通りであった。

 それでいて消えてる筈の自分自身や、雪村の事は目視できる。

 周りから見えていないと言われても全く実感はなかった。

 もしかしたらかなでの部屋にもいたのかもしれない。

 このお陰で人形の持ち主と相棒の少年に続き、堂々とトイレに潜入出来た。

 本当に見えていないのだ。

 確信を得られたのはその時である。

 音は消せないというので道中会話はなかったが、雪村の意図は汲めていた。

 少年達の目的と、彼らの持つ道具の情報である。

 昨日は朱を誘き出し、今日は烏を釣り上げた人形。

 それが縮んだ状態で少年の手に握られていた。

 こちらが本来の形なのだろう。

 外見も青いデッサン人形という素朴な状態に戻っていた。

 短い金髪の少年は、肩にバットケースを掛けていた。

 中身が彼の道具と見て間違いない。

 問題は本当にバットが入っているかどうか。

 こればかりは確認するまでわからない。

 見ておきたい。

 そう思うのは、ホルダーとして当然の心理といえた。

 そんな朱の顔を見て、雪村は口の前に人差し指を立てた。

 その指で、ゆっくりバットケースをなぞる。

 するとその部分だけ透けていき、開けることなく中身が見えた。

 部分的な透過とうかも可能なのだ。

 現われたのは木製の質感を持つバット。

 これといって捻りのない、そのままの中身だった。

 計画的に事に及んだ二人だ。

 ただの私物という事も考えにくい。

 能力まで見ておきたいと、欲が出た。

 そのせいで助けるのが遅れたようなものだ。

 結局見兼ねて手を出した事を、朱は悔やんではいない。


 とはいえ、成果としては十分だった。

 恐るべきは戦わずして制圧を可能とする、雪村の道具である。

 不要な戦闘が避けられるならそれに越したことはない。

 姿を消せる。

 これ程安全性の保障された道具もあるまい。

 雪村は人を驚かす事でも道具の成長は促せると言った。

 それは同時に、衆目に身を晒す危険も抱えている。

 身元が知られれば、それなりの責を負わされる。

 全員が全員そうでないにしろ、多くそうした使い手がいる。

 そうでない者も類焼を恐れて顔を隠すのが現状だ。

 雪村はそれらを全て無視出来る。

 たとえば夜道。

 一人で歩く通行人の肩を叩くだけでもいい。

 人の目に留まらぬ事の恩恵は、思う以上に大きなものだ。

 気になったのはそれだけではない。

「雪村君、さっきのは何?」

 烏が暴れ出したせいで聞くのが遅れた。

「さっきのって……あぁ」

 人形使いの少年達を倒す時の事。

 雪村は任せておけと言いたげに、身振りで意志を告げてきた。

 その時に、彼の十字架が短剣と見紛うサイズになっていた。

「これの事?」

 胸元に仕舞った十字架を外し、先程の様に拡大させる。

 烏の包帯同様、雪村もまたスケールの調節が出来るのだ。

 だが彼は、何もそれで力任せに殴りつけた訳ではない。

 十字架のその先端で頭部を軽く小突いただけだ。

 どうみても人を昏倒たらしめるだけの力はめられてない。

 相手にしても、頭部に何かが触れた程度の感覚だったろう。

 それだけで彼らは順に気を失った。

 力技ではない。

 となれば原因は、十字架の方にある。

「元々あった能力じゃないけど、俺の隠し玉」

「相手に触れるだけで気絶させられるの?」

 そんなふざけた能力があるのか。

「そこまで都合よくはないよ」

 苦笑気味に。

「気絶させたいんだったら、頭を叩くしかない」

 それだって透明になる能力があればそれほど難しくない。

「じゃあ他の箇所は当たっても何の効果もなし?」

「いや、手や足に当たった場合はそこの感覚がなくなったりする」

 一時的にだけど、と肩をすくめる。

 十分すぎる脅威である。

 雪村が他のホルダー達とどのような関係にあるのかは定かでない

 しかし敵対する者にとっては悪夢のような能力である。

 透明になれるだけでも警戒のしようがない。

 強くなる為。

 雪村は自らが都市伝説として暗躍する理由をそう述べた。

 それは、敵と想定する相手がいるからではないのか。

 現状これだけの力を持ちながら、不足を感じる程の相手が。

「そういえば、雪村君が探してる人って?」

 少し、興味が湧いた。

「え?」

「ほら、ここに来る前に話してた」

「ここに……」

 思案顔。

「あぁ、あれか」

 尾行前の会話までさかのぼるのに、数秒の間があった

「白鳥さんもいるから改めて注意しとくけど、危ないから見つけても追いかけたりしないでほしい」

 俯いていた烏が、何の事かと面を上げる。

「危険て言っても、通行人を襲うとかじゃないんでしょ?」

「それはまぁ、そうなんだけど」

 警戒を促されてる相手を前に、道具を使う理由はない。

 万が一遭遇しても通行人を装えば済む。

 撮影などのありふれた行動であれば問題なかろう。

「外見は、なんていうか、黒いマントみたいのを羽織ってて、あと紫の仮面を被ってる」

 そんな、見るからに怪しい奇人の話は聞いた事もない。

 もしいれば噂にならぬ筈がない。

 しかしそこで、烏の肩がびくりと跳ねた。

 震動は、当然密着していた朱にも伝わっている。

「え?」

 二人の視線が、揃って烏に注がれる。

 肩が震えていた。

 何か知っている

 そこは明らかだが、今ここで聞き出せるものか。

 日を置こうかと躊躇うほどの怯え方。

 それでなくともあんな事の後だ。

 朱が見ると、似た様に烏を憂う雪村の顔。

 出来る事なら今すぐに問い質したい筈なのに。

「……話せる?」

 代わりに朱が、躊躇ためらいがちに聞く。

 無理ならば日を改めても構わぬていで。

 しかし烏は弱弱しくも語り始めた。

 まず、出会ったのは先月の事だという。

 他のホルダーを探している時に遭遇。

 それは、唐突にホルダー同士の戦闘に介入してきた。

 そして二人を消した後、闇の中へと消え去ったという。

 烏が見たのはそれだけ。

 それ以来何も見ていない。

 というか夜間の外出そのものを控えている。

 多少前後したり要領を得ない部分はあった。

 だがまとめると概ねこうした話になるらしい。

「何でそんな事をしてるの?」

 朱の問いは雪村に。

 探しているのだから少なくとも烏よりは知っている筈だ。

「目的はわからない」

 こっちが知りたいという顔で。

「わかってるのは、そいつが人を道具に変える道具を持ってるって事だけ」

「人を道具に……?」

 それは、単に器物へと変貌させてしまうのか。

 あるいは――。

「俺達のと変わらないよ」

 能力を宿している、と雪村がうけがう。

「一年位前から二人目が出てきたって話は、昨日桧和田ひわださんから聞いたよね?」

「道具を配ってるっていう?」

「それそれ」

 だとしたら、仮面もマントも酔狂で着けてる訳ではないだろう。

「同一人物……って事は、流石にないか」

 言いながら、今更外見を変える理由がない事に気づく。

「前髪の人は今もいるしね」

 同じ様に、二つの顔を使い分ける理由もない。

 複数の道具を操りホルダーを狩る存在がいる。

 目的が知れない以上、誰もが潜在的な被害者となりうる。

 これは朱としても傍観ぼうかんが許される状況ではない。

 また、ホルダーを狩る一方で道具を配る意味もわからない。

 仮面の怪人に対する疑問は尽きない。

「あの……」

 半ば置物と化していた烏が、ここで唐突に顔を上げた。

「もしかして私達の道具も、元は人間なの?」

「あ」

 確かに、そういう事にもなるのだ。

 朱は言われるまで全く気付かなかった。

「どうなの?」

 烏に向けていた顔が、疑問と共に雪村へ。

「それも聞いてみない事には」

 現状で可能性は半々。

 出来れば違って欲しい、という顔。

 愛着のある持ち物が元は人間だったなど、あまり気分のいいものではない。

「そうなんだ……」

 曖昧な答えに焦れる事もなく、再び朱にもたれる烏。

 答え自体はどちらでも構わぬらしい。

「…………」

 朱としてはそろそろどいて欲しかった。

「そ、そろそろ帰ろうか」

 会話の切れ目、少々露骨な誘導を試みる。

「白鳥さんはもう平気?」

「まだ無理」

 雪村の気遣いに、即答の烏。

 朱には意図が全く読めなかった。

 野良猫がいきなり膝に乗ってきて、そのまま居座り始めたような。

 雪村は雪村で「じゃあしょうがないか」という顔をしている。

 朱の心中など知るよしもない。

(しょうがなくない……)

 雪村に、これを何とかしてくれと少し露骨に目配せをする。

 少年の目が朱の烏の間を数度行き交う。

「……!」

 察してくれたらしい。

 任せろ、と自信に満ちた顔でうなずく。

 雪村は出来る男だった

「白鳥さん、紫の仮面を見た場所、地図上でどの辺が教えて貰っていい?」

「ん……」

 スマホを出して、現場の確認。

 双方地元という事で土地勘もあり、場所自体はすぐに分かった。

「ありがとう。暗くなる前に調べてくるよ」

「は?」

 一瞬何を言ってるのか分からなかった。

「じゃあ佐倉」

「はい」

「白鳥さんの事頼むな」

「はい」

 はいじゃないが。

 じゃ、と片手を上げて去ろうとする雪村。

「待てや」

 制服のすそを引っ張って止める。

「え、何?」

 聞きたいのは朱も同じだった。

 勢いよく立ち上がる。

「わ」

 支えを失った烏が肩から倒れた。

「白鳥はちょっとここにいて」

「はい」

 ベンチに横になったまま頷いた。

「雪村君、ちょっと来て」

「え、え?」

 一方的に肩を組んで、強引にベンチから離れる。

「ど、どうしたの佐倉?」

「何で一人で帰ろうとするの」

 小声で、けれど非難は色濃く。

「いや、だって。佐倉がここは任せろみたいな顔、したから」

「…………」

 清々しい程何も伝わってなかった。

 高い社交性を備えた雪村だ。

 元より他者を遠ざけるという発想自体がないのかもしれない。

「もしかして、違った?」

 ばつの悪そうな顔。

「……いや、ごめん。大丈夫」

 雪村は悪くない。

 明確な指示も出さずに生じた齟齬そごを、一体誰が責められよう。

「その分担もありだね」

 言われてみれば、という顔を向ける。

 少し白々しいが。

「そっちは任せる」

 首に回した腕を解き、優しくその背を押し出した。

「う、うん。またな」

 釈然としない顔のまま歩き出す。

(あとでもう少しフォローしとこう)

 反省を胸に秘めつつ見送った。

 さてと気持ちに区切りをつけて、ベンチに寝そべる烏の元へ。

「立って。家まで送るから」

「はい」

 先程のようにごねるかと思ったが、やけに従順だった。

「紅茶、飲まないの?」

 雪村の渡した缶は、まだふたも開けていない。

「あ、うん」

 思い出したようにタブを起こして一口。

「佐倉さんも少し飲む?」

「ん、じゃあ少しだけ」

 まるで飲まぬならよこせと催促さいそくするかのようなやり取り。

 しかし後ろめたさはない。

 なぜなら事実催促していたからだ。

「ありがと」

 堂々と半分程飲んでから返した。

「あの……佐倉さん」

 缶の軽さを気にした様子もなく。

「さっきの事なんだけど」

「?」

 言われてもいつの事だかわからない。

 今の事ならともかく、他に思い当たる節はない。

「さっきって?」

「トイレで、あのクズから助けてくれた時の」

 あのクズ。

 烏は、同性である朱から見ても可憐と思える少女だ。

 それが、クズなどという言葉を使う。

 綺麗な相手から出る汚い言葉。

 このギャップに、朱は少なからず驚いた。

 全くの品行方正という訳でもないのだ。

 その外見を見ていると、昨日の事さえ忘れそうになる。

 だがそれで幻滅したというような事もない。

 むしろ気に入った。

「あれは、殆ど雪村君のお陰だよ」

「いや、それじゃなくて」

「?」

 あの場面で朱は見ていただけだ。

 暴れた烏を取り押さえたのも雪村と二人掛かりで、他には心当たりもない。

「私の事、友達って」

 ――その子の友達。

「あー」

 確かに言った。

 あれだけされて口を割らないのだから信用してもいい。

 そう思ったのだ。

 勢いというのもあるが。

「うん。言ったね」

 今更否定するような事でもない。

「友達、なってくれるの?」

「う、うん」

 改めて念を押されると照れくさい。

「やった」

 ガッツポーズ。控え目な。

「朱ちゃん、て呼んでいい?」

「いいけど」

「私の事も烏って呼んでいいよ」

「気が向いたらね」

 素気無すげなかわす。

 内心急な距離感の変化に戸惑っていた。

「今呼んでもいいよ?」

(誰だよお前)

 内心でのみ呟く。

 少し前までしなびた野菜同然だったとは思えない変わりようだ。

「今度ね」

 落ち込んだままでいるよりましである、と朱も受け入れる。

「そういえばさっきの、雪村君? て人、朱ちゃんの友達?」

 言われてみれば助けはしたが、ろくな紹介もしていない。

「うーん……」

 少し考える。

 違うと即答する程嫌いな相手でもない。

 ホルダー同士、今後も関係は続いていくだろう。

 かといってまともに話すようになったのはほんの数時間前。

 付き合いとしてはかなり浅い。

「雪村君はクラスメートだけど、そんなに話すような相手じゃなかったし、ホルダーって事も今日初めて知ったんだよね。桧和田先輩達の知り合いだったみたい」

 事実的な関係性のみ告げていく。

 朱自身が立ち位置を決めかねている部分もあるのだ。

「同じ学校にそんないるなら、私の学校にもいるのかな」

「意外といるかもね」

 可能性がどうであれ、朱は進んで関わろうとは思わない。

「だとしたら気を付けないと」

「何で?」

「だって、その人達とも仲良くなれる保証はないから」

「…………」

 奇しくも同じ見解に、朱は少し驚いた。

 仮面の怪人に対する恐れから、徒にホルダー同士の人脈を広げようとするのではないか、という懸念もあったからだ。

「そうだね」

 期せずして出来た友人が、思いのほか慎重で安心した。

「朱ちゃんは、この道具が元は人間て話どう思う?」

 持ち上げた腕の袖から包帯を、ちらりと伸ばしながら聞く。

「……嘘であってほしい、かな」

 不明。

 保留。

 そんな馬鹿なと笑い飛ばせる事ではないが、同時に揺るがぬ事実でもない。

「もし本当に元は人間で、元に戻せるとしたら戻してあげる?」

 内心そうでない事を祈りながら。

「どうだろ。その時にならないとわかんない」

 一方で、曖昧な返答に反して結論は出ていた。

 どんな理由であれ、手放す気などない。



 夜間の公園内。

 その一角にあるトイレ内で、荒々しい破壊音が響いていた。

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 バットを振り回し、内装を叩き壊す金髪の少年。

 名を船橋ふなばし兆慈ちょうじという。

「その辺にしとけよ。いくら夜でも人が来るぜ」

 後ろで気だるげにいさめるのがその友人、今野こんの良太りょうたである。

 二人はこの時間になるまで、トイレの裏にある茂みに転がされていた。

 目が覚めたのはつい先ほど。

 今更現場に戻っても意味はない。

 わかっていたが、良太は兆慈に付き合った。

 時計を確認してみると、あれから四時間経っていた。

 兆慈の顔は所々れあがり、前歯も数本折れている。

 昏倒している間に受けた傷だろう。

 やったのは白鳥か、あるいは佐倉という少女か。

 恐らくは前者。

 良太は無傷なのだ。

 無抵抗な少女への非礼に対する報復か。

 やりすぎの感は若干否めぬが、自業自得という気もした。

 と、これらはあくまで良太個人の所見。

 生憎あいにくと兆慈はそうでなかった。

 怒り心頭。

 手酷い実害を被っているのだから、これもわからないではない。

(だとしても、こりゃキレすぎだ)

 暴れる兆慈に呆れながら、良太は考える。

 これは、分が悪い。

 密室へ音も立てずに忍び込み、抵抗の隙を与えず打ち負かす。

 完敗と言っていい。

 いや、勝負にすらなっていない。

 佐倉という少女は、空を歩くだけだと思っていた。

 また、だとすると今度は別の使い手がいた事になる。

 最低でも一人。

 悪ければ数人。

 そんな相手と事を構える気は、良太にはない。

 というか、誰に対してもそのつもりだった。

 良太の人形が他人に化けるには、一定の条件を満たす必要がある。

 そのせいか、人形は最初露天商になった。

 もっとも、再現できるのは服装や体格、髪型まで。

 肝心の顔だけは人形のままだ。

 使い方がわかると、良太は情報を集める事にした。

 露天商の姿で奇行を繰り返せば、いずれ本物の情報も入るかもしれない。

 化けた後も自由に動かせるので、アドバルーンよろしく宙に浮かべていた。

 その結果釣れたのが佐倉という少女である。

 そして頭部を破壊しての逃走。

 随分とふざけた事をする。

 当時は随分焦りもしたが、あっさり治って事なきを得た。

 この時も兆慈は我が事のように怒ったものだ。

 幸いというべきか、逃げた相手はスキャン済み。

 良太としても、詫びの一つも入れさせたい気分だった。

 ちなみに兆慈は元からの友人である。

 道具を受け取ったのも同時だ。

 似たような時間。

 似たような場所。

 友人と思われる少女はあっさり釣れた。

 その結果がこれだ。

 もっと簡単な相手だと思っていた。

 佐倉という少女にしてもそうだ。

 軽く脅すか道具を取り上げて手打ち。

 傷つけるつもりは更々なかった。

 今ではそれも難しい。

 相手の人数も能力も不明。

 次も無事で済む保証はない。

 道具が手元に残っているだけ感謝すべきだろう。

 痛めつけられた兆慈には悪いが、ここが引き際だ。

 知らぬ間に虎の尾を踏みたくはない。

「もう、やめにしねぇか」

 ひとしきり設備を壊し終え、忙しなく上下する肩に告げる。

「あぁ!?」

「相手の実力が見えねぇ。下手すりゃ今度はもっとボコられるかも」

 振り返った兆慈が、良太の胸倉を掴む。

「やられっぱなしのまま逃げんのか!」

「別に悔しくないなんて言ってねーよ。けど、死ぬよりいいだろ」

 良太の懸念はそこに尽きた。

 誰かと争うために道具を使っているのではない。

 流されるままここまで来たが、潮時である。

 そこを見誤る気はなかった。

 どちらも意見を曲げる気はない。

 それをお互い数秒間の睨み合いで察した。

「手、放せよ」

 兆慈は、少し乱暴な所はあるが根っからの悪人という訳ではない。

 道具を手にした二人のした事など、まさに子供のいたずらだ。

 通行人を驚かせてはげらげら笑い合っていた。

 下らない、幼稚だと言われればその通り。

 だが良太は、そういうのが好きだった。

 だからこんなのはさっさと終わりにする。

 面倒な連中には関わらない。

 兆慈の手が離れる。

 頭に血が上っているのも今だけだ。

「とにかく、俺はもう降りる」

 落ち着けばきっとわかってくれる。

 そう思って、背を向けた。

「そうかよ」

 誤算があるとすれば一つ。

「――じゃあもうお前、いらねーよ」

 冷めた声。

「え?」

 ただならぬものを感じて振り返る。

 が、間に合わない。

 視界の端。

 バットを振りかぶる友人。

 直後、視界が大きく揺れる。

 衝撃。

 衝撃。

 衝撃。

 遅れてくる苦痛。

 それも長くは続かない。

 暗転。

 動かなくなった良太を見下ろして、兆慈は笑う。

「なんだ、最初からこうすりゃ良かったんだ」

 少年は、もうとっく正気ではなかった。




 着替えを終えて朝食を摂っていると、インターホンが鳴った。

 朝の来客は珍しい。

 丁度食べ終わった妹が対応した。

「お姉ちゃん、友達来てるけど」

「は?」

 思わず手を止めて振り返る。

 全く心当たりがなかった。

「誰?」

「白鳥って人」

「そんな」

 食事の手を止めてドアホンで確認する。

「なんで……」

 本人だった。

「この制服、お姉ちゃんの学校のじゃないよね。中学で友達だった人?」

「内緒」

 昨日烏を送る際、途中にあった自宅を教えはした。

 しかし何か約束をした覚えはない。

(急用か?)

 であれば事前にでも連絡があってよさそうなものだが。

 少なくとも起床時にそれはなかった。

 意図が読めないまま直接玄関に出る。

「あ、おはよう朱ちゃん」

 朱の顔を認めた瞬間、花が咲くような笑顔。

「……何の用?」

 とても似たような笑みを返せるような状態ではない。

「一緒に学校に行こうと思って」

「学校別だけど」

「途中まで」

「…………」

「嫌、だった?」

 途端に不安そうな顔。

「嫌じゃないけど」

 来るなら一言欲しかった。

「まだご飯食べてるんだけど、待てる?」

「うん」

「じゃあ」

 中で待たせるか。

 外で待たせるか。

 少し迷う。

「ちょっと、待ってて」

 日頃友達付き合いもなく、家に連れてきた事もない朱だ。

 それが突然一緒に登校する相手が現れたとなれば、色々聞かれもする。

 一方、朱に当たり障りなく説明出来るだけの情報はない。

 まさか先日殴り合いの喧嘩をした相手です、と言う訳にもいかない。

(口裏、合わせておかなくちゃ)

 そんな事を考えながら食事と歯磨きを済ませる。

 急ぎはしたが、それでも五分近く待たせてしまった。

「あ、待ってお姉ちゃん」

 靴を履いていると、身支度途中の妹に呼び止められた。

「どうしたの、茜」

「白鳥さんに挨拶したい」

 目がキラキラしていた。

 姉の友人に興味津々しんしんといった様子。

 ダメ。

 言って聞く妹ではない。

「……いいよ」

 そして朱も、素気無く突っぱねられる程冷淡な姉ではない。

「本当?」

「今連れてくるから、目をつむって待っててくれる?」

 脈絡のないサプライズ形式。

「うん!」

 あっさり従う。

 素直で可愛い妹だ。

 大好きな姉がこのまま自分を放置して逃げようとしているなどと、微塵みじんも思っていない。

(ごめん……)

 心の中で詫びながら、そっと扉を閉めた。

「おまたせ」

「全然待ってないよ」

 ありがちなやり取りも、朱には新鮮だった。

「少し急ごうか」

「え? 遅刻するような時間帯じゃないけど」

「いいから」

 茜が気づく前に出来るだけ離れておきたかった。

「やっぱり、来ちゃまずかった?」

「来るなら一言欲しかったかな。家族に何て紹介するか考えてなかったし」

 もっともその場合は道の途中で待ち合わせ、という事になっていただろう。

 制服で来られては学校の友達という事も出来ない。

「ごめんなさい」

 伏し目がちに。

「もういいって。それより白鳥の事、何て説明すればいいと思う?」

「と、友達じゃ……ないの?」

 烏は愕然がくぜんとした。

「いや、学校も違うし、出会いのきっかけとか聞かれた時の言い訳」

「友達に紹介された、とかは?」

「あぁ」

 悪くない。というか良い。

 友達がいなさすぎて思いつかなかった。

 孤独は視野を狭くする。

 しみじみそう思った。

「それにしよう」

 頷きながら道を曲がる。

 直前、ちらりと振り返る。

 離れた自宅から妹が出てくるのが見えた。

(遅い)

「ここからは少しペース落とそうか」

「もういいの?」

「いいのいいの」

 妹の通う中学は反対方向。

 今更気づいた所で、わざわざ追いかけてくるような事もないだろう。

 仮に来たとしても台本は出来上がっている。

(来るなら来い!)

 来ないが。

 安心しきっているせいか、無駄に強気な朱だった。

「あの、朱ちゃん。良ければなんだけど」

「良いよ」

 即答した。

 気が大きくなっていたから。

「まだ何も言ってないんだけど」

「何でもするよ」

 言いながら、何でもはしないだろうなと思った。

 強気なせいかこの程度の口約束なら堂々と反故ほごに出来る気がした。

 人間としては最低だが。

「何でも……」

 オウム返しに、思案げな烏。

 朱にさせたい様々な事が脳裏に過っている顔。

「いや、放課後も一緒に帰りたいだけなんだけど」

 こちらは冷静だった。

「いいよ。どこで待ち合わせる?」

「私がそっちの学校に行くよ」

「いや……それはちょっと」

 烏の外見は目立ちすぎる。

 校門の前に立っていたら、ナンパ目的で声を掛ける生徒がいないとも限らない。

「あっちにあるコンビニにしない?」

 昨日雪村とも入った場所である。

「いいよ」

「帰りにどっか寄るの?」

「昨日の今日でまだ怖くて……」

「あぁ、そういう」

 昨日の人形とバットの二人組が、あれで諦めた保証もないのだ。

「べ、別に守って貰うだけが目的じゃないよ?」

「いや、それはいいんだけどさ」

 複数の脅威に単身で対処する方がどうかしている。

 頼れる相手がいるなら頼るべきなのだ。

「白鳥、忘れてない?」

「何が?」

「あの二人の標的、元々は私だよ?」

「あ」

 再度の遭遇を未然に防ぎたいなら、そもそも朱といるべきではない。

「今日は、勇気を出して、一人で帰ろうかな」

「早い、早いよ……」

 見限る速度が尋常ではなかった。

「冗談だって」

「本気っぽかったよ」

「ちょっとはね」

 指でつまむ様な仕草で、殊更否定はしない。

「でも朱ちゃんが狙われてるなら、私も助けになるよ」

「頼りにしてるよ」

「本当?」

 疑うというよりは頼られる事が純粋に嬉しいという反応。

 朱も烏を真似て、つまむ様な仕草。

「ちょっとはね」



 昼休み、朱は再び学食におもむいた。

 昨日に続いて、今日もかなでに誘われたからだ。

 二日連続というのは意外だったが、断る理由もない。

 今回は予めおごってくれると言われていたので、足取りも余計に軽かった。

 入口で奏と会った。

「千草も来るから、朱ちゃんは席取っといて」

「わかりました」

 メニューは誘われた際に伝えてある。

 まだ人もまばらだったので、昨日と同じ席を選んだ。

「やほやほ」

 程なく千草ちぐさが合流。

「おまたせー」

 殆ど同時に食器をトレーに載せた奏が戻ってきた。

 今日はミートボールパスタ。

 二人はフライ定食とラーメンだった。

「あの……」

 言いづらそうな朱。

「ん、どうしたの?」

「誘われた時も聞きましたけど、いいんですか。こんな毎回ご馳走になって」

 嬉しい事には変わりないが、少し引け目も感じている。

「いいのいいの。誘ってるのはこっちなんだから」

「そーそー。奏ちゃんなんか都合のいいお財布程度に思っておけばいいよ」

「それは言い過ぎ」

 奏がにこやかに千草の頬をつねった。

「ごえんなひゃい」

 解放。

「朱ちゃん、雪村君から紫の仮面について聞いたんだって?」

 校内で奏がホルダーの事を語るのは珍しい、筈だ。

 知り合って数日で大した根拠はないが、朱はそう思った。

 恐らくは、これが今日の本題。

「はい」

 聞いてはいけなかったのかと不安になる。

 雪村は奏のグループに属していて、概ねの意志は統一されているものと思っていた。

「危険な相手だとか」

「うん」

「どういう人なんですか?」

「実はあたし達もよく分かってないんだー」

 ラーメンをすすりながら、千草。

「人を道具に変えるって、聞きましたけど」

 俄かには信じがたい、という所見をにじませた口調。

「うん。雪村君に聞いたなら、特に付け加える事もないと思う。完全に単独で行動してるホルダーだから、情報が全然ないの」

 補足のために呼び出した訳ではない。

 では何のためか?

「少しでも協力者が欲しいっていう雪村君の気持ちも、分からないではないんだけどね」

 続く言葉は、察しがついた。

「出来れば、無関係の子にまでるいが及ぶ様な真似はして欲しくないんだ」

 お前は手を引け。

 端的に言えばそういう話だった。

 ただ、柔和な印象の奏にしては珍しくかげりのある面持ち。

 邪魔者の排斥はいせきが目的ではない。

 単純に、朱の身を案じての事だ。

「私も、そこまで深入りするつもりはありませんよ」

 警告は雪村からも受けており、その時もまた告げた事。

 それ程危険な相手なら、もはや僅かな協力すらも果たせぬだろう。

「でも紫の人、結構前からいるみたいなのに、都市伝説では全然聞きませんね」

 朱も昨晩、気になって調べてはみたのだ。

 しかしネットに出てくるのは他県であったり、同色であっても仮面でない、あるいは逆に仮面であっても紫でないという例が数件。

「うん。基本的に、私達みたいなホルダーの前にしか姿を見せないから」

 それはさながらホルダー間でのみ語られる都市伝説だ。

「そういう事してる人って、他にもいるんですか?」

「いるよ」

「有名なのだとねー、スナッチャーかなー」

「スナッチャー?」

「まぁ、私達の間じゃ蔑称べっしょうみたいなものなんだけどね」

 個人を差すというよりは、まるで総称であるかのような言い方。

「何人もいるんですか?」

「色を奪うためにホルダーを襲う人をね、そう呼ぶの」

「そういうのって、大抵初心者狙って楽にレベル上げようとする雑魚専だから、みんなからは嫌われてるんだー」

「この地域のスナッチャーは、珍しく強い人しか狙わないけどね」

「でもタイマン張ってる横から、不意打ちで掠め取っていく事もあるんだよ?」

 陰キャだよ陰キャ、と我が事の様にいきどおる千草。

「厄介な人がいるんですね」

 朱は朱で他人事である。

「しかもねー、絶対に姿を見せないの」

「それって、雪村君みたいな?」

「いや、何か赤い道具を飛ばしてくるんだって」

「赤」

 奇しくも朱と同じ色。

「……持ち主は、近くにいないんですか?」

「わかんない。道具も色を取ったらすぐどっかに飛んで行っちゃうんだって」

「仮面の人よりましな所があるとすれば、殆ど怪我人が出ないって事かな」

「そういう人達って、普段その辺歩いてて遭遇する事あるんですか?」

「ないよー」

「どっちも夜だね。あっちもホルダーの行動時間に合わせて動いてる筈だよ」

「だからネットで目撃情報とかまとめられるの、実は結構危ないの」

 確かに、相手からすれば狙ってくれと言ってるようなものだ。

「夕方はまだいいけど、夜の外出は控えた方がいいかもね」



「じゃ、帰ろうか」

 靴を履き替えた雪村がうながす。

 やんわりと牽制けんせいされた後の揃って下校。

「うん。ごめん」

 事前に無理はしないという断りは、確かに入れた。

 しかし昨日の今日で即退却というのは、あまりに不義理ではないか。

 そういった思いから出た謝罪である。

 それでいて自分は下校に際して護衛を頼んでいるのだから、後ろめたさも一入だ。

 正直、朱は揺れていた。

「いいよ。昨日あいつらの道具を奪わずに放置したのは俺だし」

 相手は二人組。

 奇襲を考慮するのなら自分と烏だけでは心許ない。

 現状で朱が頼れたのは四人。

 まだ未知数の部分を差し引いても、安全性は奏が一番。

 危険の高まる屋外の移動を丸ごと省いてくれるのだ。

 これ以上の適役はいない。あと凄く楽。

 本音を言えば、最も頼みたい相手ではある。

 しかし何かと借りのある相手を足に使う度胸は、朱にはなかった。

 次に千草だが、残念ながら護衛という点で頼れる相手ではない。

 一鉄いってつに関しては殆どの情報がない上に一言も会話をした事がない。

 思い返せば奏ともまともに言葉を交わしていないのではないか。

 顔見知りと言っていいのか。

 それすら怪しい相手だ。

 その点雪村は同年代の気安さもあり、高い隠密性を有している。

 あの二人がまだ諦めていなくとも、これなら十分に対応出来る。

 消去法でありながら人選としては最適。殆ど必然と言えた。

 ちなみにもう姿を消している。

「ニンニン」

 本人は至って乗り気。

「どうしたの、黙って」

「いや」

 何も後ろめたさを引きずっての沈黙ではない。

「雪村君、もう消えてるし」

 誰もいないのに一人で喋る訳にもいかない。

 まだ周りに生徒もいるのだ。

 ぶつぶつと独り言を続ける女子生徒。

 同時に聞こえる男の声。

 即日噂になりかねない。

 仕方ないのでスマホを出して通話している風を装う。

「あのコンビニでいいんだっけ?」

「うん」

 そそくさと向かう。

「え、何で早歩き?」

「白鳥、待ってるかもしれないから」

 距離的には朱達の方が近いが、あまり露骨に会話したくない。

「あ、確かに」

 あっさり鵜呑うのみの雪村。

 誤魔化した方が気まずくなる素直さだった。

「…………」

 途中、足音が全くしない事に気づく。

 姿を消しているので、足音だけが二人分という怪奇現象が起こる筈。

「……雪村君?」

 そこにいるのか不安になって問いかける。

「ん、何?」

 いた。

「いや、足音しないから」

 雪村も物音までは消せぬ筈。

「あぁ、癖になってんだ」

 暗殺者みたいな事を言い出した。

「もう少し早いと無理だけど、競歩レベルならほぼ無音で行ける」

 涙ぐましい努力の産物である。

「こんな能力だからね」

 そんな事を言っている内にコンビニに到着。

 朱の予想に反して烏は既にいた。

「あれ、早くない?」

 聞きながら、頬の赤さに気が付いた。

「待たせちゃ悪いと思って、走って来ちゃった」

 よく見れば肩の上下もうかがえた。

「少し位いいのに」

「何か飲む?」

「いや」

 朱の月々のお小遣い事情では、無駄遣い厳禁。

 自分はいい。

「奢るよ」

 言うより先に、烏の申し出。

 既の所で飲み込む。

「……何にしようかな」

 ウキウキ選んだ。

「そういえば、今日も雪村君いるんだけど」

 ココアを渡しながら。

「え、どこに?」

「ここに」

 真横。

「え?」

 唐突な少年の声に、烏が目を見張る。

「そ、そうだったんだ」

 言いながら、数歩後ずさる。

「雪村君も、何か飲む?」

 昨日のお礼、と烏。

「いいの? じゃあレモンティー」

「…………」

 会計を済ませている間、外で待つ二人。

「雪村君、そんな道具持っててこっそり万引きしようとか思わないの?」

 つい先ほど、とても気になった。

 仮に朱が透明になれたとしたら、自制が利くかわからない。

「あー」

 苦笑が透けて見えるような声音。

「俺そういうの、後々になってから罪悪感が凄くて出来ないんだ」

「そうなんだ」

 悪用しようと思ったら、それこそ際限ないだろう。

 善人ゆえの葛藤かっとうか。

 傍らで、軽い違和感を覚えた。

 まるでもう試した事があるような、思わせぶりなその語り口。

「もしかして、前に何か盗った事ある?」

「昔ね。売り物じゃないけど」

 ――何を。

「おまたせ」

 聞くより先に、烏が出てきた。

「はい朱ちゃん」

「ありがと」

「雪村君、は」

 周囲の人目を気にしてからボトルを差し出す。

「ありがとう」

 烏の手から唐突にボトルが消える。

 烏自身は変化なし。

 物体を介した間接接触では消えないのだ。

 渡した烏に影響がないのを見て、朱はそんな事を思った。

「何の話してたの?」

 歩きながら。

「雪村君は透明になれるけど、それで万引きしたりしないのって」

「え、犯罪だよ?」

 そもそも選択肢としてない顔。

「いや、そうなんだけど」

「だめだよ」

 道具欲しさに朱を襲った人間の言う事ではなかった。

「朱ちゃん?」

「はい」

「だめだよ?」

 念を押してきた。

 烏自身は友人が道義から外れぬよう気遣ってくれているのだ。

 善意に対して揚げ足を取るべきではない。

「……はい」

 そう思いながら頷いた。

「雪村君もだよ?」

「え?」

 こちらは完全にとばっちりだった。

「悪い事しちゃだめだよ?」

「う、うん」

 そもそも自分には全くその気はなかったのに。

 そんな心の声が聞こえてくる返事だった。

「今日、パトカー多いね」

 流石に申し訳なくなり、朱自ら話題を変える。

 学校を出てから既に三台目。

 これは多い方だ。

「何かあったのかな」

 とはいえさほど気にならず、この時点ではそれっきり。

 再浮上は自然公園が近づいてから。

 入口につけたパトカーは否が応でも目に付いた。

 他にも警察のものと思われる車両が一台。

 見過ごせぬ物々しさを前にして、三人の足が思わず止まる。

 ここ数日でやたらと縁のある場所だ。

 気にするなという方が無理だった。

 三人が無言のままに園内へ。

 幸い立ち入りの制限まではされていない。

 警官の往来がある公園は、日頃と比べ落ち着きがない。

 普段利用している様な人々も困惑の色濃く見守っている。

 情報が欲しい。

 かといって警官は気軽に声を掛けづらい。

「すみません、何かあったんですか?」

 雪村がすれ違いざまの老人に尋ねた。

「ああ、何かあの、トイレの裏でな、人が倒れてたんだってよ」

「え」

 老人の指差す先はテープやシートで区切られていた。

 数名の関係者が今も出入りを続けている。

 はからずもそこは昨日雪村が二人を隠した場所ではないか。

「大怪我してたみたいでなぁ。俺は運ばれるとこも見てたけど、頭なんかこう、血だらけで」


花粉がつらいです

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