表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

01

 都市伝説(としでんせつ)というものがある。

 それは人々に語られる他愛(たあい)もない噂話であり、時に怪談めいた側面を持っていたり、中には一部の事実や伝承を由来とするものもあるが、基本的にどれも来歴は曖昧(あいまい)で、言ってしまえば(まこと)しやかに語られるフィクションである。

 誰しもが前提として弁える。

 真に受ける者こそ(まれ)で、それを(あざけ)る者もいる。

 そういった類の話であった。

 ほんの数年前までは。

 発端(ほったん)はSNSに投稿された動画だった。

 夜間に走る電車内で撮影されたものだ。

 再生直後から既に背を向けた乗客が窓に集まり騒いでいる。

 車内の明かりに照らされた隣接(りんせつ)する線路。

 そこを、何者かが走っていた。

 動物ではない。

 日が沈んでいるせいで容姿こそ鮮明ではないが、人である事に違いはない。

 それが、凄まじい速度で手足を動かしていた。

 駅の停車に際した減速が始まると、それは次第に前へ前へと進み、やがて消えていった。

 動画はここで停止している。

 時間にして一分程である。

 当然加工や根本(こんぽん)からの創作であると疑う声もあった。

 しかし同様の映像はそれ以外にも数多く投稿されていた。

 ユーザー間に繋がりも、同乗していた友人知人を除いて一切なし。

 巧妙なデマとするには決め手に欠けた。

 疑問の声は次第に薄れ、やがて真実であるとされた。

 問題はここからである。

 映像が本物だとして、あれは人間だったのか?

 黒いトレーニングウェアに、目深(まぶか)に被った黒いニット帽。

 映像こそ不鮮明だが、外見だけは人間である。

 動物ではありえぬ姿態(したい)だった。

 では仮に人間として、人は電車と並走出来るか?

 撮影時の時速はおよそ50キロ程と言われている。

 理屈の上では人間も近い速度が出せる。

 出せるが、そんなものはごく限られた時間での話だ。

 動画の時間は約一分。

 気付かれる前から同じ速度なら、更に長い。

 人にそれだけの時間最高速を維持(いじ)する能力は備わっていない。

 では仮に、最高速ではなかったら?

 今度は更に荒唐無稽(こうとうむけい)になってくる。

 例えば彼が中距離、あるいは長距離走のペースで走っていたとしたら?

 下手をすれば最高速は100キロを超える。

 あくまでも、可能性の話だが。

 しかしそんなものはもう、人間ではない。

 このせいで本物の怪物説、某国の開発したアンドロイド説まで生まれた。

 もはや真偽は二の次である。

 多くの謎を抱えながらも、人々は彼を〝ランナー〟と呼んだ。

 鉄道会社はランナーに対する警告や警戒の姿勢を見せた。

 彼は線路から一般道へ、河岸(かし)を変えた。

 道路交通法に則るなら、車両を用いない移動は歩道と義務付けられている。

 果たしてその法は、ランナーにおいても適切かどうか。

 誰に問うでもなく、彼は好んで車道を走った。

 車両並の速度で走るのだ。

 歩行者からすれば妥当(だとう)な選択だった。

 馬鹿正直に歩道を走られでもしたら堪ったものではない。

 ()ねられて人死にさえも出かねない。

 他所(よそ)でやれ、あっちに行けと言われても、これは仕方のない事である。

 だが生憎(あいにく)と、生身の人間が車道を走る事は認められていない。

 目撃や通報が増えれば警察も黙ってはいない。

 ところが相手は神出鬼没(しんしゅつきぼつ)

 どこに出たと言われた時にはもういない。

 巡回中の車が運よく遭遇した場合も大差ない。

 直線での勝負であれば勝ち目もあっただろう。

 しかし信号だらけの市街地で、彼に追いつける者はいなかった。

 その気になれば歩道にも移る。

 桁外れの身体能力で、時にパルクールさながらの移動法も見せた。

 闇雲に数で押しても変わらない。

 また、躍起(やっき)になりすぎても他の業務が立ち行かない。

 そうした懸念に反して、事態は沈静に向かった。

 通報が減ったのだ。

 これは一切の事故を起こさずにいた彼の功績による所も大きい。

 問題がないとわかれば批難もされず。

 勿論別に、慣れた飽きたと言う向きもある。

 ネット上では、募った有志による接触や交渉なども試みられた。

 しかし成果は何も無し。

 (いたずら)に目撃報告や動画が共有されただけだった。

 関心も次第に薄れるかに見えた。

 そうならなかったのは、二人目の存在だ。

 ランナーに()ぐ、新たな超人が現れたのだ。

 彼は通行人に紛れて動き、ある時ふいにその雑踏(ざっとう)から外れる。

 そして、さも当然の様に建物の壁を歩き始めるのだ。

 まるでそこには全く別の物理法則でも働いているかの様に。

 多くのカメラが悠然と壁面を歩むその姿を捉えた。

 地上の騒ぎもどこ吹く風と、彼はそのまま屋上へ消えた。

 初めてその光景を収めた映像は数十秒ほど。

 これもランナー同様(またた)く間に広がった。

 恰好も彼とよく似ていた。

 トレーニングウェアにニット帽。

 唯一違ったのはその色だ。

 ランナーの黒に対して、彼は全身を白に統一していた。

 対照的なその姿から、人々は〝ウォーカー〟と呼んだ。

 彼も多くの注目を集め、また語られた。

 一時期ランナーと同一人物ではないかという者もいた。

 しかし彼らはそれぞれ、体格に若干の差異(さい)があった。

 比べてみると、ウォーカーの方が一回り程小さい。

 同時刻に別々の場所で目撃される事もあり、その説自体はあっさり消えた。

 超人的な脚力のランナー。

 (ことわり)の外を歩くウォーカー。

 彼らは生きた都市伝説として持て(はや)された。

 二人を真似て黒や白のトレーニングウェアとニット帽を着用する者が増えた。

 この辺りから、混乱は加速していく。

 二人目が出たのだからいずれ三人目も出てくる。

 誰かがそう言った。

 その通りになった。

 浮遊や飛翔(ひしょう)をしてみせる者。

 地中に潜り、あるいは壁をすり抜ける者。

 直前までそこにいながら煙のように霧散して消える者。

 これらに混じって、いわゆる偽物も多く現れた。

 自らがそうであると名乗る動画投稿者もいた。

 しかしそれらはあっさりと種を見抜かれ、行き過ぎた演出のせいで逮捕者も出た。

 彼らは声を上げたりしない。

 現われ、消えるだけ。

 いつしかそんな指標(しひょう)が出来た。

 実際本物とされる者達は、その一切が謎のままである。

 ウォーカー以降の数人も、それが義務でもあるかの様に顔を隠した。

 その出現も傾向らしきものはなく、地域を問わずどこでも湧いた。

 彼らは一体、どこから来るのか?

 答えは未だに出ていない。

いわゆる序章的なやつです

よろしくおねがいします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ