E.C.1005.10-1
ステラの胴に腕を回して胸に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らすレオンハルトの背をひたすら撫でる。
つい先日七歳になったレオンハルトは幼い頃の癇癪も収まり、めったなことでは泣いたりしなくなったが、今日ばかりは仕方ない。
何かもの言いたげな眸をこちらに向けているジャンも、さすがに咎めようとはしない。
むしろ自分の足できちんと立っているなんて、褒めてやりたいくらいだ。
「もう嫌だ……。もう絶対やだ……。絶対しない……」
「殿下……。そんなことおっしゃらないでください……。今日は……その……運が悪かったですね……。でも……次こそは……」
「やだ!もう絶対やらない!乗馬もチャーリーもだいっきらいだー!!」
宥めようと口を開くも火に油だったらしい。レオンハルトは更に大声で泣き出した。
こうなってはもう手が付けられない。
助けを乞うようジャンを一瞥するも、なぜか微妙な表情のまま微動だにしない。
その視線がレオンハルトの額が埋められているステラの胸のあたりに注がれている気がするのは、きっと自意識過剰だろう。
「……そうですね。今日はもうやめておきましょう」
「今日だけじゃない……もうずっとやだ……」
「殿下……」
「だって……」
胴に回された腕の力がますます強まり、ちょっと苦しい。
あと鼻先をぐりぐり押し付けられると若干みぞおちが痛い。
でもそれを今訴えることはさすがにできなくて、ステラは天を仰ぎ見る。
嫌味なくらいに晴れた秋の日の午後、レオンハルトは生まれて初めて乗馬の稽古を受けることとなった。
そして、噛まれた。
馬に。
頭を。
甘噛みだったため怪我は無くよだれで髪がべたべたになっただけなのだが、幼いレオハルトにとっては衝撃な体験だったのだろう。
火が付いたように泣き出し、濡れた布で髪を拭く間も泣き、医師が怪我が無いか確認する間も泣き、最終的にはステラの胸に収まった。
もう半刻程ステラにしがみついて泣き続けている。
恐れ多くも第二皇子の頭を噛んだ白馬の「チャーリー」は、皇太子から贈られた馬だった。
歳のわりに身体が小さいレオンハルトはまだ危ない、となかなか乗馬の許可が下りなかったが、七歳の誕生日を迎えるにあたり、さすがにこれ以上遅らせれば後々の皇太子教育にも支障が出る、とようやく稽古を開始した。
そのことを知った皇太子が誕生祝いも兼ねて贈ってきたのがチャーリーだ。
雪のように真っ白な毛並みのチャーリーは皇太子の愛馬の子で、まだ仔馬と表する方が相応しい年若さだが、小柄なレオンハルトにはちょうどいい大きさだ。
大好きな兄からもらった美しい仔馬をレオンハルトはいたく気に入ったようだったが、チャーリーの方はそうでもなかったらしい。
挨拶がてらレオンハルトが差し出したニンジンには見向きもせず、レオンハルトの頭にカプリと噛み付いた。
そこからはもう、阿鼻叫喚の大騒ぎ。
チャーリーはなぜか何となく誇らしげに嘶き、その後馬係に引かれて行った。
昔から、レオンハルトは動物にナメられやすい。物理的にではなく、精神的に。
威嚇こそされないものの懐くこともない。
昔飼っていた小鳥も何度も脱走を繰り返し、最終的には弟皇子の第三皇子に下げ渡された。
レオンハルトとは対象的に第三皇子には動物に懐かれやすい。
以前ピクニックに出かけたときは野兎に囲まれ埋もれていたほどだ。
ちなみに妹姫の第一皇女が小動物を愛でようとするところは見たことがない。
彼女の興味の対象は専ら馬や鷹など大型の動物だ。
そうしているうちに、湯殿の用意が整ったという連絡が届いた。
まだ陽は高いが一旦風呂に入れて髪も身体も洗って寝かせてしまおう。
そうしないともはや収拾がつかない。
「殿下。一度お風呂に入りましょう。さっぱりすれば心も落ち着きますわ」
「……ステラもいっしょ?」
「え……」
「いっしょがいい……」
いっしょじゃなきゃやだ……と力無く言い、再びステラの胸に額を押し付ける。
こんなにぐずるのは久しぶりだ。
どうやら相当精神的にまいってしまっているようだ。
侍女頭のハンナを見やると、渋い表情ながらも頷かれた。
今はレオンハルトの機嫌を直すことが最優先、と言ったところか。
理由はわからないが、レオンハルトは侍女の中でもステラに一番よく懐いている。
本来ならば侍女頭の役目である寝かしつけもたまに任されていたほどだ。
「わかりました。ではご一緒……」
「殿下。いつまでも我儘をおっしゃってミーリック嬢を困らせていては嫌われてしまいますよ!」
「ひぁ……」
レオンハルトの「お願い」に諾の答えを返そうとするステラを遮り、ジャンがレオハルトをステラから引き剥がす。
両脇を持たれて抱き上げられたレオンハルトは突然のことに変な声を上げ、固まってしまった。
「大丈夫です。馬に髪を食べられたくらいで死にません。東大陸には馬のような人形に頭を噛まれるとその年一年風邪をひかないという風習があるそうです。さぁとっととお風呂に入ってちゃっちゃと綺麗にしてしまいましょう」
ジャンは因果関係のわからない謎の風習を勢いよく捲し立て、抱き上げたレオンハルトをハイどうぞ、とハンナに差し出す。
犬猫のような扱いに、レオンハルトは相当驚いたのかされるがままだ。
普段はレベッカと同じくらい厳格なハンナもまた、ジャンの勢いに面食らったのか、或いはレオンハルトが大人しいうちに済ませてしまおうと思ったのか、そのままレオンハルトを受け取り運んでいった。
残されたステラも呆気にとられていたが、ハッと我に返り抗議する。
「あ……アトリー卿、どうなさったんですかいきなり」
「あなたこそ、何を考えているんですか」
「は?」
ステラの抗議に、しかしジャンの反応は冷ややかだ。
あまりに堂々としているため、ステラの方に不手際があったのかと気圧されてしまうほどだ。
いくら馬に噛まれたからといって主を抱きしめ甘やかすようなことはレオンハルトのためにならない、と叱られてしまうのかと思った。
しかし。
「いくら殿下がまだ七つだからと言っていっしょに入浴など……嫁入り前の女性がはしたないと思いませんか」
「は?」
「まさか普段から一緒に入浴されているなどとおっしゃいませんよね」
「あの……」
「先程もあんなに密着して……いくらなんでも引っ付きすぎじゃありませんか?あなたはそもそも隙が多すぎます」
「あの」
「何です」
話が妙な方へ向かい始め、ステラは思わずストップをかける。
言っていることは明らかにおかしいのに、そのことにジャンは気付いていない。
「何か誤解なさっているようですが、わたくしは入浴いたしませんよ」
「え?」
「浴室にはお供いたしますが、湯船までご一緒するわけないでしょう。殿下のお身体を洗うのは湯浴み係の仕事です」
そこまで言われて初めてジャンは自分の勘違いに気付いたのか、鉄色の瞳を大きく見開く。
そんなジャンの表情、初めて見た。
「鉄仮面」と揶揄されるほど表情の変化に乏しいステラとはまた違った意味で、普段のジャンも何を考えているのか読めない。
彼はいつも、その美麗な顔に笑みを貼りつけている。
怒ったり嘆いたり、感情を露わにすることは決してせず、いつも優美に微笑んでいる。
そんなジャンが、誰が見てもわかるほど動揺を露わにするなんて。
「あの……アトリー卿……?」
「……私は報告書をまとめなければいけませんので、部屋に戻ります」
「あ……」
「ミーリック嬢も、早く仕事にお戻りください。では」
「……」
唐突に言い、ステラが呼び止める間も無くジャンは足早に去っていった。
口調こそ冷静だが、明らかに様子がおかしい。
それに振り向く寸前見えた顔は、ステラの見間違いでなければ真っ赤だった。
「あらあら。アトリー卿ともあろう御方が、随分青いわねぇ」
同じく置いてけぼりにされていた同僚の侍女が、呆れたよう言う。
「……そうかしら。真っ赤に見えたけれど」
「顔色の話じゃないわよ」
馬鹿ねぇ、と肩を竦めるモニカは、エインズワース伯爵家の長女で、ステラと同じ頃「後宮」に上がった同期になるが歳は彼女の方が幾つか上だ。
目鼻立ちがはっきりとした華やかな美人だが、外見通り気が強く、歯に衣着せぬ物言いをする。
主や上司の前では侍女らしく淑やかに振る舞っているが、同期の気安さからか二人きりのときは砕けた口調になる。
はっきりいってあまり淑女らしくないが、ステラは彼女のことを嫌いではない。
そんなモニカが何をもってジャンを「青い」と表したのか。
ステラだって、わからないわけではなかった。
「……アトリー卿と、何があったの?」
「何か」ではなく「何が」と訊いてくるあたり、モニカも気付いているのだろう。
ここのところ、ステラとジャンの間に漂ういびつな空気に。
周囲が気付かないわけないほど、ここ最近のステラに対するジャンの態度はおかしかった。
妙に余所余所しかったりあからさまに可避けたりするくせに、ステラが「宮廷」の官吏や騎士と話していると唐突に割り込んでくる。
何を話していたのかと問い詰められ単なる業務連絡だと主張すると「あなたは隙が多いから」となぜか叱られる。
彼らしからぬ支離滅裂さに困惑し、抗議の意も込めて見つめると、何とも言えない表情で目をそらされる。
早く仕事に戻りなさい、と言われても、その仕事を邪魔しているのは彼自身なのだから、釈然としない。理不尽だ。
「ねぇ、ステラ。聞いているの?」
答えないステラに焦れたのか、モニカが追い打ちをかけるように尋ねてくる。
ステラを見つめるモニカの瞳にあるのは、好奇心だけではなかった。
ほんの少しの憂慮。けれどその対象はステラではない気がした。
「……聞いているわ。でも別に、アトリー卿とは何もないんですもの」
嘘ではない。
ジャンの不自然な態度について、思うところはある。「奇行」が始まったきっかけに、心当たりもある。
だがそれを「何か」と表していいのか、ステラにはわからないのだ。
たとえステラにとっては「何か」だとしても、ジャンにとってもそうだとは限らない。
二ヶ月前、ステラは姉の婚約披露パーティーを兼ねたランチェスター公爵家主催の夜会に出席した。
そして幼馴染であり、姉の元婚約者であり、自身の初恋の相手である青年と再会した。
四年ぶりの「逢瀬」に、けれど心は少しもときめかなかった。むしろ落胆と失望の方が強かった。
変わってしまった彼に、自分自身に、諦念にも似た安堵を覚えた。そのことがどうしようもなく淋しかった。
リカルドとの不毛なやりとりを遮ったのは、同じく夜会に出席していたジャンだった。
静かな怒りを湛えたジャンに気圧され、リカルドは逃げるように立ち去った。
一度も振り返らない後姿を見送り、ステラは自身の初恋の終わりを悟った。今度こそ、過去を断ち切ることができた。
それなのに。
―――貴女は、姉君を妬んだことはないのですか
まるで、心を見透かされたのかと思った。
あれほどまでに腹が立った――動揺したのは、ジャンの言葉が真実だったからだ。
あのときの衝撃は、二月も経った今もまだ覚えている。
腕を掴む手の力も、肌に触れた吐息の熱さも、すべてを見透かすような鉄色の瞳も。
あの夜、誰にも知られたくないステラの秘密をジャンが暴いた。
彼だけが、ステラの心を理解した。
「本当?じゃぁさっきのは何?」
「わからないわ。こっちが訊きたいくらい」
「まるで殿下にヤキモチ妬いてたみたい。おかしいったらないわ」
「……」
おかしいと口では言いつつも、モニカは少しも笑っていない。もちろんステラも笑えない。
あの夜から、ジャンの態度が変わったことは間違いない。
初めのうちは見張られているのかと思った。「姉の元婚約者に懸想し密会するような不埒な令嬢」であるステラが城の男をたぶらかさないように。
そうではないと気付いたのは、ジャンの妙な態度のせいではなく視線のせいだ。
あれ以来、やけに視線を感じる。肌を撫でるような、刺すような視線。
元をたどると必ずジャンがいた。
ステラのことを避けているくせに、ジャンは気付くとあの夜と同じ瞳をステラに向けている。
そのたびにステラは、身体の奥底が疼くような、首を真綿で絞められているような、何とも形容しがたい感覚に襲われる。
まるで視線で犯されているような心地だ。
色恋に疎く性的なことも遠ざけてきたステラにもわかるほど、ステラを見つめるジャンの瞳には、情欲の色があった。
単なる同僚ではなく異性として求められていることに対して嫌悪感はなかった。
むしろ戸惑いの方が強い。なぜ急にステラを見る眸が変わったのか。
あの夜あったことの何が彼の琴線に触れたのか。
リカルド以外に親しい男性などいなかったステラにとって、至近距離でのジャンとの接触は正直刺激が強かった。
普段よりも露出の多いドレスを着ているというだけで、落ち着かない気になった。
肉体的な接触に加え心の内を暴かれたことで、ジャンに対してある種特別な感情が生まれたことは否定できない。
あれ以来ジャンの言動が気になって仕方ないし、ふとした瞬間彼の手の熱が蘇る。
忘れられるわけない。
けれどステラにとっては大事件でも、百戦錬磨のジャンにとってはとるに足らない、些細な戯れでしかなかっただろう。
ためらいなくステラに触れたジャンが、あれくらいのことで心を動かすとは思えない。
だがあの夜あったこと以外に、ジャンの奇行の要因が思いつかない。
考えれば考えるほどわからなくなる。
わからないのに、気付けば彼のことばかり考えてしまう。
「ステラはアトリー卿のこと、どう思っているの?」
「どうって……」
「お慕いしているの?」
「そんなことあるわけないじゃない」
不自然なほど早い否定に、モニカは一瞬虚を突かれたように目を丸くした。
自分でも、今の反応は不自然だと思った。
基本的にステラはあまり自己主張しない。よほどのことがなければ相手の言い分を受け入れるし、イエスかノーの選択を迫られたときも曖昧に濁してかわす。
よくないところだとレベッカに言われたこともあるし自覚もあるが、それは「後宮」に上がるより前から身についていた、ステラなりの処世術だった。
それなのに、ジャンのこととなると調子が狂う。
すきじゃない。すきなんかじゃない。
そう口に出さなければ、歯止めが利かなくなりそうで。
ステラの動揺を知ってか知らずか、モニカはスッと目を細める。
「……アトリー卿って、女性に対して捻じ曲がった幻想を抱いてそうよね」
よね、と言われても、そんなこと考えたこともない。
ステラの答えを待たず、モニカは歩き出す。
気付けばレオンハルト付の侍女や警護騎士たちは皆引き上げてしまったようだ。ステラたちも早く戻らなければ、ハンナに叱られてしまう。
慌ててステラもモニカに続く。少し前を歩くモニカは、ステラがついてきているかを確かめることなく話を続けた。
「あの方がお相手するのって、後腐れの無い相手だけなんですって。アトリー卿のこと本気でお慕いしている女には手を出さないって話よ。だからメアリーもジョシュアもフラれたのよ」
「……そう」
つまり彼女たちは、ジャンのことを本気ですきだったということなのだろう。
けれど「本気ですき」とはいったいどう言うことなのか。
いったい何をもって「本気」なのか。
「でもそんなの、本当のところはわからないじゃない。口ではどうとでも言えるわ。強かな女は、本気でも本気じゃないって嘘を吐けるわ。男って、そういう嘘を簡単に信じてしまうのね」
どこか小馬鹿にしたようにモニカは鼻で笑う。
品が無いからやめた方がいいと何度注意しても聞き入れなかった。
令嬢らしく振る舞うことに何の意味があるのだろうと、彼女はよく口にしていた。
モニカの生家は伯爵家といえど家格はあまり高くない。
むしろかろうじて高位貴族の末席に引っかかっている、というくらいだ。
資産もさしてあるわけではなく、容姿も十人並み。
そんな自分が好条件の殿方に嫁げるわけない。格下の貴族か、裕福な商家がせいぜいだ。
そう自嘲するモニカに、ステラはそれ以上何も言えなかった。
否定することで彼女のプライドを傷付けてしまうような気がしたからだ。
彼女の歯に衣着せない物言いが、自分を偽らない潔さがステラは好きだった。
友情めいたものまで感じているのは、「後宮」に上がったばかりの頃ステラの陰口を叩く集団の中に彼女の姿が無かったから、というのもあるかもしれない。
モニカはステラをかばうようなことはしなかったけれど、さげすむこともなかった。
皮肉屋だけど誠実なモニカに、ステラは救われていた。
けれどステラがモニカに好感を抱いているからといってそんなこと、きっと彼女には何の意味も無いのだろう。
「ステラ」
「なぁに?」
「わたし、結婚が決まったの」
唐突な報告に、ステラは思わず足を止める。
今までそんなそぶり少しも見せなかったのに、いつの間に。
驚くも、本当に急に決まったことなのかもしれない。
親同士の決めた――一度も会ったことのない男と結婚することも、貴族の娘ならば珍しいことではない。
「それは……おめでとう」
「めでたくなんてないわよ」
「え……」
「わたし、アトリー卿のことをお慕いしているの」
数歩先を歩いていたモニカもまた立ち止まり、振り返る。
淡々と、まるで明日の天気の話をするかのような気安さで投げつけられた爆弾発言に、ステラは目を見開く。
知らなかった。
ジャンに想いを寄せる侍女は大勢いたけれど、モニカは一度も彼への好意を口にしたりしなかった。
むしろそういう女たちのことをどこか馬鹿にしているように見えていた。
何と言っていいかわからず戸惑うステラにモニカは醒めた眸を向ける。
「ずっとすきだったの。叶うことはないってわかっていたけれど、どうしてもすきだった。だから他の男の元に嫁ぐ前に一度でいいから想い出が欲しかったの」
どうしてそれをステラに言うのか。
何より、先程まで彼女はジャンとステラの話をどんな気持ちでしていたのか。
モニカが何を考えているのか、わかりたくなかった。
予想もしていなかった「告白」に、耳を塞いでしまいたくなる。
けれどモニカはそれを許してはくれない。
「わたしの『お願い』を、アトリー卿は聞いてくださったわ。……夢のような時間だった。生まれてから今までで一番幸せな時間だったわ」
遠回しな言い方なのに生々しさを感じて、ステラはカッと頬を染める。
あけすけな女同士の猥談も現場に遭遇したことさえもあるのに、目の前の女がジャンに抱かれたという現実に、酷く動揺している自分がいた。
そんなステラに、モニカは微笑む。
笑っているのに、泣いているように見えた。
「そうよ……。幸せで……夢みたいで……。だからこそ、絶望したわ」
「……どうして……」
「だって。あの方がわたしを抱いてくださったのは、わたしの嘘を信じたからよ。『アトリー卿のことなんて少しもすきじゃない。ただの遊び。結婚前に火遊びがしてみたいだけ。』……そんな嘘を、あの方は信じた……ッ」
大きな双眸からこぼれていく涙を見たくなくて、ステラは思わず駆け寄りモニカを抱きしめた。
嘘を吐いたモニカの気持ち、そうまでして触れたのに空しさしか残らなかった彼女の気持ちは、ステラにはわからない。
モニカも、ステラにだけはわかってほしくないだろう。
「……酷いひとよ、あの方は」
でもすきなの。すきだったの。
恨みごとのように繰り返すモニカの涙が止まるまで、ステラはただ彼女を抱きしめていた。
ジャンさん、安定のこじらせ野郎です。
自分ではうまく取り繕ってたつもりですが、周囲から見ればダダもれでした。
ちなみにアデル兄様は動物を手懐けるの上手です。
ロビンは動物嫌いだし動物もロビンが嫌いです。




