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夢のあと  作者: 緋桜
第一章
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E.C.1009.08-4


 「神の国」とも呼ばれるジュエリアル帝国は、西大陸の中央に位置する最大にして最古の大国だ。

 その歴史はおよそ千年にも及び、建国以来一度も内乱やクーデターが起こったことがない。

 周りの国々の政権が次々と入れ替わる様を、帝国は世界の中心で悠然と見守ってきた。

 なにものにも脅かされることのない絶対的な「王」。唯一にして無二の存在を民は自らを導く「神」として定め、愛し、敬い、崇める。


 それを可能にしたのは、皇族の血脈だ。


 ジュエリアル帝国には、古より伝わる皇族にまつわる伝説がある。


 千年の昔、天上より地上へと一人の神が降り立った。

 金の髪と銀の瞳を持つ美しい神はやがて地上に住む一人の人間と恋に落ち、子を成した。

 その生まれた子どもは半神――人と神をつなぐ唯一無二の稀有なる存在となり、やがてその地に国を創った。神も人も、すべてが幸せに暮らせる夢の楽園。


 その半神こそが、ジュエリアル帝国初代皇帝だ。

 つまり現在の皇族もまた、神の血を引く聖なる血族。

 皇帝はヒトでありながら神の血を引き、二つの異なる種を繋ぐ架け橋。神に選ばれし存在だった。




「だからこそ殿下はかくも女神のように美しく天使のように愛らしいのでございますね」

「……妙な主観を入れるな。事実だけ話せ」


 神話学の教科書を片手に朗々と語る教育係の主張を、レオンハルトは心底嫌そうに切り捨てる。


「何をおっしゃいます殿下。殿下がお美しいのは誰の眼にも明らかな事実であり、この世の真理にございます」

「……」


 自信満々のジャンを前に、レオンハルトはズキリと痛むこめかみを押さえる。どこまでも噛み合わない会話に、いい加減精も魂も尽き果てそうだ。

 十五の誕生日――彼の教育係の任が解かれるその日まであと五年近くもこれが続くのかと思うと、心底気が重い。


「それにしても、どうして離宮に来てまでこんなに勉強しなくてはいけないんだ。去年はほとんど何もしなかったのに……」

「昨年と今年では、事情がまるで違います」

「事情……?」


 勉強は、嫌いではない。学ぶことは楽しいし、新たな知識を得る喜びは大きい。

 だから不満なのは、こうした勉強漬けの日々ではなく、兄と過ごす時間が短いこと。

 折角兄と遊べると思ったのに離宮に来て二週間、毎日勉強ばかりで兄と会うのは食事の時間やたまに開かれる茶会の時間くらいだ。これでは離れて暮らしていたときとほとんど変わらない。


 先程のジャンのからかいに辟易していたこともあり、子どもながらの反抗心でぽろっと不満を口にしてみただけなのだが、しかしレオンハルトの言葉を聞いて、ジャンの口調と表情が変わった。


「畏れながら殿下。昨年までの殿下は単なる第二皇子。『皇帝のご子息』でしかございませんでした。

 けれど現在の殿下は陛下より直々に帝位継承権を賜った正当なる帝位継承者であられるのですよ」

「……何が違うと言うんだ」

「おおいに違います。帝位継承者というのは、次代の皇帝になりうる御方だということです」

「―――ッ」


 一瞬。


 何を言われたのかわからなかった。


 わからないのに、身体が動いた。反射的に机の上のペンや紙を叩き落した。


 この行動に、おそらく意味など無いだろう。ただ、拒絶したかった。

 どうにかして、ジャンの言葉を否定したかった。


「……めったなことを言うな」

「……」

「私が皇帝になるなど……なれるわけないだろう……。皇太子……次期皇帝は、兄上だ」

「えぇ、心得ております。ですから単なる可能性の話をしているだけです。

 貴方様は次期皇帝になりうる御方。ゆえにそれ相応のものを身につけていただく必要が御座います。

 それに将来、殿下が望まれるよう皇太子殿下が帝位に就かれた際、それらは決して無駄にはならないかと」

「……」


 レオンハルトとは対称的に、ジャンの口調はどこまでも淡々としている。

 けれどその言葉の端々にかすかな揶揄を感じとり、レオンハルトは教育係を睨みつける。


 どれほどそうしていただろう。

 永遠にも一瞬にも感じた沈黙を破ったのは、軽やかなノックの音と少年の声だった。


「レオン?何かすごい音がしたようだけど、どうかしたかい?」

「兄……ッ」


 少年――アデルバートの呼びかけに、レオンハルトはビクッと身を強張らせる。

 まさか今の会話を聞かれていたのか。そんな危惧が頭の中を巡る。

 しかしジャンは何事もなかったかのように歩き出し、ドアを開いてアデルバートを招き入れる。


「お聞き苦しい音を立て、申し訳ございません。窓から小鳥が迷い込んでしまいまして、追い払っているうちに机の上の物を落としてしまいました」

「小鳥が?」

「えぇ」


 銀の皇子を前に、ジャンはひょうひょうと嘘を吐く。

 皇族に対する虚偽罪に相当するが、レオンハルトにその罪を暴くことはできない。

 暴けば、知られたくないことを知られてしまう。


「それより、いかがされました?皇太子殿下。このような時間に珍しいですね」

「あぁ……。そうだ、レオン。今から時間はあるかい?」

「今から……ですか」

「あぁ。タリスの丘に、遠駆けに行かないかい?」


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