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夢のあと  作者: 緋桜
番外編 或る侍女頭の内証
68/114

E.C. 996.04-2


前回更新分と同日付のお話です。

今回出てくるリカルド少年は、ジャン視点の番外編でステラと揉めてた青年です。



 まだ二人で話があると言う父と姉を残し、部屋を出る。

 何だか、酷く疲れた。

 父のことも姉のことも嫌いではない。けれど彼らと話していると、時折とても疲れる。


 夕食の時間まで少し休もうと自室へ向かおうとすると、客間の前に琥珀色の髪と碧い瞳の優しげな容貌の少年が立っていた。


「ステラ」

「……リカルド兄さま……」


 ステラに名を呼ばれ、少年―――リカルドは穏やかに微笑む。


「いらしてたんですか」

「うん。ソフィアとピクニックに行ってたんだけれど、夕食もどうかって誘われて」

「……そうですか」


 リカルドは美術商を営むオルグレン伯爵家の三男だ。

 父親同士が仲がいいため幼い頃からミーリック侯爵家に頻繁に出入りしていた。

 歳はソフィアと同じでステラよりは二つ上だが、穏やかで面倒見のいいリカルドは、愛想が無くて可愛げも無いと言われるステラにも嫌な顔せずいつも優しく接してくれる。

 姉の友人たちと集まるときも、輪に入れないステラのことを何かと気遣って遊び相手になってくれた。

 幼い頃からずっと、本当の妹のように可愛がってくれていた。


「はい。これおみやげ」


 そう言ってリカルドが差し出したのは、一輪の白い花。

 驚いてステラが瞬きすると、リカルドはステラの髪にそれを刺した。


「うん。可愛い」


 そう言って少し照れたように微笑むリカルドに、胸の中が温かくなる。


「……ありがとうございます、リカルド兄さま」


 もっと上手に話せたら、嬉しい気持ちを伝えられたらいいのに。

 ありきたりなことしか言えない自分がもどかしかった。

 リカルドに嫌われたら、きっとステラはとても哀しい。

 他の誰に意地悪されるより、リカルドに嫌いだと言われることが一番哀しい。

 ステラにとってリカルドが、一番大好きで大切な人だった。


 リカルドの指が濃い灰色の髪の上を滑り、毛先をもてあそぶ。

 ステラの髪は、父の色とも母の色とも違う。

 母の遠縁に同じような色の髪の人物がいたから、そちらの血が濃く出たのだろうと聞かされたことがある。

 ステラ自身は何とも思っていなかったけれど、周りの大人がひどく気にしていたことは覚えている。


「ステラ。今日のピクニック、どうして来なかったんだい?」

「……」


 リカルドの手から放たれた髪が、胸の上にふわりとかかる。


 予想外の問い――否、予想できたはずの問いなのに、何と答えるべきかわからなくなった。

 一瞬でステラの表情が強張ったのを、きっとリカルドは見逃さなかった。


「もしかして、またソフィアに意地悪された?」

「……意地悪なんてされてません」


 優しいソフィアが意地悪なんてするわけない。

 あれは全部ステラのせい。ステラが悪い。

 ステラが姉を困らせて、哀しませた。


 そうわかっているのに、リカルドに優しく尋ねられると、父の前では少しも出なかった涙が込み上げてくる。


「あぁ、泣かないでおくれ」

「……泣いてません」

「可哀想なステラ。酷い姉様だね」

「……」


 リカルドの手がステラの頭をそっと撫でる。

 それだけのことに、ほっとする。

 優しくて温かな手に触れられるたび、心の内が凪いでゆく。


 不思議。

 リカルドは、不思議。


 父とも母とも違うステラの濃い灰色の髪は、貴族にしては珍しい色だ。

 皇家ほどではないにしろ、貴族もまた華やかな髪や目の色をしている者が多い。

 四大公爵家のランチェスター家やブラッドリー家がその最たる例だ。

 にもかかわらずステラがあまり自分の髪にコンプレックスを抱かなかったのは、リカルドが好きだと言ってくれるからだ。

 好きだよ、可愛いよと言ってリカルドが撫でてくれることが、ステラは嬉しかった。


 リカルドの手の温もりに黙って身を委ねていると、ふいにその手が止まった。

 弾かれたように離れていく手に嫌な予感がした。

 振り向くと、案の定そこにはソフィアが立っていた。


「何してるの?二人とも」

「……お姉様……」

「やぁ、ソフィア。ミーリック卿との話は終わったの?」


 いつものように微笑むソフィアを前に、どうしてだかわからないけれどいたずらを見つかったような居心地の悪さを感じた。

 いたたまれない気持ちになるステラとは対照的に、リカルドは悪びれた様子もなくソフィアに近付く。


「えぇ。ごめんなさいね、お待たせして」

「大丈夫だよ。ステラと話していたから。おみやげの花を渡していたんだ」

「あらそうなの。よかったわね、ステラ。ちゃんとお礼は言った?」

「……はい、お姉様」

「ありがとう、リカルド。ステラのことも気にかけてくれて」


 柔らかに微笑むソフィアは、先程までの涙の気配はみじんもない。

 いつも通りの穏やかな優しい姉だ。


「一人にしてごめんなさい、リカルド。夕食までまだ時間もあるし、お部屋に戻りましょうか」

「そうだね。じゃぁステラ。またあとで」

「……はい」


 リカルドはごく自然にソフィアに腕を差し出し、ソフィアもまた当然のようにリカルドの腕に自らの手を添える。

 いつもの、見慣れた光景。


 幼い頃からリカルドはいつもステラに優しくしてくれる。

 二人きりのときはいつも好きだよ、可愛いね、と言ってくれる。


 けれどソフィアの前では、彼女のことを一番に優先する。

 ソフィアの前で彼女のことを悪し様に言うことは決してない。

 リカルドはいつだってソフィアのことが一番大切だというような眸で見る。


 当然だ。

 だってリカルドとソフィアは婚約者同士なのだから。


 今から一年前、リカルドとソフィアは二人がアカデミーに入る少し前に婚約した。

 父親同士が決めた婚約者だったけれど、仲睦まじく肩を寄せ合う二人は、妹のステラの目から見ても似合いの二人に思えた。

 きっとアカデミーを卒業したら間もなく結婚するのだろう。


「……リカルド義兄(・・)様」


 幼馴染の彼をそう呼ぶ日は、そう遠くない未来の話だった。



【本編に出てこなかった設定】


 基本的に貴族は領地収入で生計を立てていますが、それだけでは足りない貴族の中には商売をしている家もあります。

 ジャンの生家は貿易商、リカルドの生家は美術商です。

 領地収入だけで生計を立てられる高位貴族の中にも趣味や道楽で何かしら経営してる者もいます。

 ただ貴族であるためあくまで「経営」に従事しているだけで、実際に「労働」することは恥とされています。(城で侍従や侍女として働くことは例外で名誉職とされています)


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