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夢のあと  作者: 緋桜
第五章
38/114

E.C.1019.08-2


時間は再び戻らずに、前回の話の数日後です。


 ローズマリーとアデルバートの関係を聞いたときからずっと、考えていることがある。


 あの夜。

 レオンハルトが想いのまま彼女に迫ったとき、最初、ローズマリーは確かな拒絶を示した。まだ自由のきかない身体で必死に抵抗した。

 けれどレオンハルトが彼女を「姫君」と呼んだ瞬間、動きが止まった。息を呑み、驚いた様子でレオンハルトを見つめる表情は、泣き出す寸前のもののようにも見えた。


 あのときはレオンハルトの想いが通じたのかと浮かれたことを考えていたが、冷静になった今ならわかる。

 あの瞬間、彼女は確かに「姫」だった。


 アデルバートは、最期の瞬間、ローズマリーの名を呼んだ。「ロゼ」というのは彼女の愛称で、きっとアデルバートは彼女のことをそう呼んでいたのだろう。

 だが出逢ったばかりの頃、アデルバートはレオンハルトの前でローズマリーのことを「姫君」と呼んでいた。

 そのことを思い出したとき、レオンハルトの中である疑念が生まれた。


 あの瞬間、ローズマリーはレオンハルトにアデルバートの姿を重ねていたのではないだろうか。


 先日の庭園でのロベルトの反応、セレスティアの言葉を受けてその疑念は確信へと変わった。

 彼女が動きを止めた―――動けなくなったのは、最愛の男とよく似た声で同じように呼ばれたためではないか、と。


 ならばレオンハルトがそうだったようにきっと、ローズマリーもまたアデルバートのことだけを想って生きていたのだろうか。


 そのことを皇帝は知っていたのだろうか。


「―――か。殿下。レオンハルト皇太子殿下!」

「え……?」

「もう、聞いてらっしゃいますか!?殿下!」


 名を呼ばれ、気付くと怖い表情をしたメリエルがこちらを睨んでいた。


「何だ?メリエル」

「何だじゃありませんわ!さっきから呼んでおりますのにぼうっとされて!」

「あー……すまない」


 何だかとっても怒っているメリエルに素直に謝ると、メリエルはぐぬぬとか言って悔しそうな表情をした。

 メリエルがレオンハルトの侍女となって、もう十年が経つ。仕事においては優秀だが、本質的な性格はきっと昔とそう変わらない。にぎやかで愉快で、見ていて面白い。

 先程までレオンハルトを支配していた不毛な思考も、メリエルのおかげで一旦は消え去った。


 そうして今自分がいるのは皇太子宮の執務室で、今は執務中であることを思い出す。


「メリエル。悪いがもう一度言ってくれるか?」

「もう!だから、先程アルフォート侯爵家から遣いが参りました。ディアナ様が体調がすぐれないようなので、明日のお約束は中止にしてほしい、とのことです」

「ディアナ嬢が?またか?」

「えぇ。またです」


 レオンハルトとメリエルが「また」と言うのにも理由がある。そもそもの「明日の約束」とは、明日ディアナとオペラの観劇に行く予定のことだった。


 レオンハルトが十五歳のときに婚約したディアナとは、成人し「後宮」を出てある程度自由が利くようになると、月に一回オペラや城下散策などいわゆる「デート」をするようになった。

 その他にも皇太子宮のサロンにディアナを招いたり、レオンハルトがアルフォート家に出向いたり、模範的な「婚前交際」を重ねてきた。


 しかし前皇太子の逝去以降何かと忙しく、それどころではなかったため、月に一度の約束も果たされないまま時間だけが過ぎた。

 レオンハルトの立太子式も終わり身辺が落ち着いてきてようやく思い出したように改めてディアナをデートに誘うも、直前のキャンセルが続いている。


「……殿下。恐れながらお伺いしますけど、ディアナ様といつからお会いしてません?」

「え……」

「四ヶ月ですわ。最後にお会いになったのは四月の終わりでした。そしてここ一月の間ディアナ様は体調不良が続いてらっしゃいます。これがどういうことかおわかりですか?」

「……何か悪い病にかかられたのかな。心配だね」

「もう!違います!!」


 その可能性も無いわけではない、と念のため言ってみるも、案の定メリエルは更に声を上げ否定する。

 彼女が何に怒っているのかはわかるが、どうして彼女が怒るのかわからない。

 とはいえこれ以上怒らせても厄介なため、大人しく次の言葉を待つ。


「どう考えても、完全に、間違いなく避けられているのですよ!殿下が!」

「……」

「何か怒らせるようなことなさったんじゃないですか?」


 メリエルの言葉にレオンハルトは思考を巡らせるが、まったく心当たりがない。というか最後に何を話したか、少しも覚えていない。

 そんな主の胸中を読んだのか、メリエルは半眼になり、ため息を吐く。


「殿下……」

「……言うな」


 咎めるようなメリエルの視線が痛い。更に後ろで無言で立つディアナの兄、グレイスターの視線はもっと痛い。


 ここ数ヶ月身辺が慌ただしく、また考えることも多くてディアナのことなど気にも留めなかったが、その前から彼女のことをないがしろにしていたことに、きっとメリエルもグレイスターも気付いている。


 婚約してからずっと、レオンハルトはディアナに対し不実をしたことはない。

 どんな令嬢の「お誘い」も断ってきたし、デートの行先はいつもディアナの希望を優先させたし、誕生日には彼女の好きな花や宝石を贈った。彼女のつまらない話にも相槌を打ち、退屈しているそぶりなど見せなかった。彼女の一度きりの「お願いごと」も聞き入れた。

 レオンハルトなりに彼女を大切にしてきたつもりだ。


 けれどきっと、大切にすることと誠実であることは別だ。


「……メリエル。今日の予定は?」

「午前中に会議がございまして、昼食はランチェスター卿とのご会食、午後は十六の刻まで城下の視察で、十七の刻からキャヴェンディッシュ卿とのご面会です」

「では午後からの視察の予定を取りやめて、明日に変更してくれ。ディアナ嬢に会う予定だった時間が空いただろう。

 それから侯爵家に、ディアナ嬢の見舞いに伺うと遣いを」

「かしこまりました」

「殿下」

「大事な婚約者殿(・・・・・・・)のご様子が心配なんだ。これくらいのわがまま、許しておくれ。グレイスター」

「……」


 諾の返事をするメリエルとは対照的に、珍しくグレイスターが咎めるようにレオンハルトを呼ぶ。

 ディアナの「病欠」は明らかに仮病で、妹をあまり甘やかさないでほしいと言いたいのだろう。任務に忠実なグレイスターは、自分にも身内にも厳格だ。

 しかし主に「お願い」されてはそれ以上の反論はできない。

 遣いを出すよう他の侍女に指示するメリエルを、複雑な表情で見送っていた。



【本編ではたぶん触れない設定⑫】


 作中の世界観での役職について。


 侍従 …皇族の身の周りの世話をする男性。

     基本一人につき一人なので「侍従頭」はいない。貴族のみ。

 侍女 …皇族の身の周りの世話をする女性。

     宮廷侍女・後宮侍女がおり、皇妃や王子・皇女付の侍女は「専属侍女」と呼ばれる。

    (専属侍女は後宮侍女のみ)貴族のみ。

侍 女 長 …宮廷侍女・後宮侍女等すべての侍女を束ねる長。貴族のみ。

侍 女 頭 …専属侍女の長。皇妃や王子・皇女ごとに任命される。貴族のみ。

 兵士 …城の警備をする。平民でも志願すればなれる。

 騎士 …皇族の警護をする。専属性はなく、騎士団に属している。貴族のみ。

近衛騎士…皇族個人の身辺警護をする。公私問わず自室を離れる際は必ずついていく。貴族のみ。

 近侍 …皇帝の公務のサポートをする。秘書。貴族のみ。

教 育 係 …就学前の未成年皇族の教育全般を行う。男女問わないが、同性が多い。

     伯爵家以上の貴族のみ。

 家令 …貴族の屋敷で働く使用人のトップ。事務・家計・使用人の監督等総括して行う。

 執事 …貴族の身の周りの世話をする男性。

メ イ ド …貴族の身の周りの世話をする女性。

下男下女…皇城・貴族で働く下働きの人間。


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