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夢のあと  作者: 緋桜
第三章
30/114

E.C.1011.12


 ジュエリアル帝国第四十八代皇帝とその第六皇妃の婚礼式は、盛大かつ荘厳に行われた。


 純白のドレスに身を包んだ弱冠十六歳の花嫁は、まるで彼女自身がひとつの芸術品であるかのように美しく、参列者は皆一様に息を呑む。

 けれどこの場に、二人の結婚を祝福する人間など一人もいない。

 誰もが声を潜めて囁き合う。

 「なぜあんな『敗国の人形姫』などが皇妃なのか」、と。


 今年の七月、アデルバートとともにセイレーヌから帝都に訪れたローズマリーは、そのまま住居をジュエリアル城へと移した。

 正式な婚姻までは「賓客」として宮廷で過ごしていたが、城内でのローズマリーの評判はあまり芳しくなかった。


 異国から来た姫君は、美しすぎた。

 この国において、美しさは力だ。ただそれだけで、人を従わせる力をもつ。

 けれどこの国の人間ではない彼女の美貌は、嫉妬の対象だ。

 黒曜石の髪とアメジストの瞳をもつ異国の少女を、民たちは疎み、拒む。


 またアデルバートと過ごした一年半は、彼女の立場をよりいっそう複雑なものにした。

 年頃の男女、それも将来を約束されていると思われていたようなふたりが一年半もの間傍にいて、何もなかったはずがない。

 誰も指摘できないし、「何もなかった」とされたからこその「皇妃」なのだが、暇で好奇心旺盛な貴族たちは面白おかしく噂する。

 異国の王女を、皇太子から皇帝に乗り換えた――皇族をたぶらかした稀代の悪女のように。


 レオンハルトの耳にもそのような噂は届いているのだ。皇帝が知らないはずかがない。

 けれどそれを知ってなお彼女を妃に迎えようとする皇帝の意図は一体何なのだろう。

 否、そもそも初めから彼女を皇妃にしようと考えていたのなら、どうしてあんな回りくどいことをしたのだろう。


 皇帝は、いったい何がしたかったのだろう。


 そんなことを考えながら、司祭の前で愛を誓い合う二人から視線を外し、そっと皇太子席を盗み見る。


 そこにはすっかり少年から青年へと成長したアデルバートが座っていた。

 レオンハルトの知る「いつもの兄」と何ら変わらない表情で父とその妃を見つめる彼は、今どんな気持ちなのだろう。


 アデルバートとローズマリーは、一年半の間離宮でともに過ごした。

 そのことについて、当人たちはどう思っていたのだろう。周囲の人間同様、近い将来結ばれる未来を予想していたのだろうか。


 ローズマリーについて尋ねたとき、アデルバートは彼女のことを「不思議なひと」だと評した。

 兄の口から語られるローズマリーの姿は、レオンハルトの抱く印象とはまるで違っていた。

 アデルバートは、レオンハルトの知らないローズマリーを知っていた。

 ふたりには、レオンハルトの知らない時間があった。


 けれど今となっては、ただそれだけだ。

 もうふたりの間には何も無い。

 ローズマリーはアデルバートの元を去った。そして今まさに皇帝と誓いのくちづけを交わし、アデルバートはそれをただ黙って見つめている。


 ローズマリーと皇帝の婚約が発表されるのと同じ頃、アデルバートも婚約した。

 相手は四大公爵家ランチェスター家の次期当主の娘。つまりマリアンヌの姪で、レオンハルトにとっては母方の従妹にあたる。

 次期皇帝の正妃として血統は申し分ないが、年齢はアデルバートよりも九つ下で、社交界デビューはおろかアカデミーにも通い始めていない。少なくともあと八年は結婚はないだろう。

 皇帝が健在の今、皇太子の結婚を急ぐ必要はないが、それでも八年は長すぎると感じた。


 不自然な相手とのこのタイミングでの婚約に、どうしても邪推してしまう。

 一連の婚姻に、通常の政治的思惑とは別の何かが関係しているのではないか、と。

 やはりローズマリーは本来はアデルバートの妃となるはずだったのに、何らかの事情で皇妃となることになったのではいないのだろうか。


 けれどたとえそうだったとしても、もう二度と、ふたりは触れ合うことはない。


 ふたりの未来は永遠に交わらない。


「王女殿下、とてもお綺麗ですね」

「黙っていろ、ウィル」


 無邪気なウィリアムと、それを咎める姉姫の声が聞こえる。

 レオンハルトの隣で式に出席していたウィリアムが、飽きてしまったのだろう。両足をプラプラさせながら素直な感想を述べる。

 それだけで、キャロライナを取り巻く空気が若干冷えたような気がした。


「王女殿下がつけていらっしゃる耳飾り、アメジストでしょうか。よくお似合いですよね」

「……黙っていろと言っているのが聞こえなかったのか」


 キャロライナにぴしゃりと切り捨てられ、ウィリアムは拗ねたようにレオンハルトの腕にもたれかかる。


「あのドレス、母様が一緒に選んだんですよ」

「……そうなのかい」

「そしたら姉様、怒ってしまわれて大変だったんです」


 隣のレオンハルトにしか聞こえない声量でウィリアムは囁く。


 ここ数年で、ウィリアムは随分強かになった。のんびりしていて甘えたなのは変わらないが、もう姉姫に泣かされてばかりではない。


「そもそも、父様と王女殿下が結婚されると聞いたときも怒ってらっしゃったんです。

 それにアデル兄様がレオン兄様の従妹君とご婚約されたときにも怒ってらっしゃいましたし」

「……」

「あんなに怒ってばっかりで疲れないんでしょうか、姉様って」


 揶揄や嫌味ではなく本気で心配しているのだろうが、キャロライナに聞かれたら血を見ることになりそうだ。


 二年前、ローズマリーがこの国に来たばかりの頃からセレスティアとともにローズマリーの話し相手を務めていたウィリアムは、彼女に対し敵意も好意ももっていない。

 人質だ政略だということも幼いウィリアムにはまだわからないのだろう。

 だからこそ姉姫がどうしてローズマリーのことを気に入らないのか理解できない。


 ましてやレオンハルトが今考えていることなど知るはずもない。


「ウィル。おしゃべりはそのくらいにしよう。侍女殿に見つかったら叱られてしまうよ」

「はぁい。ライラも怒ってばっかりで、やんなっちゃうなぁ」


 唇を尖らせるウィルに苦笑し、レオンハルトは再び皇太子席へと視線を移す。


 さまざまな思惑が交錯するなか、婚礼の式典は終わり、そのあとの祝いの宴も滞りなく進んだ。




 そしてその婚礼より一年後、第六皇妃ローズマリー=アメジア=ジュエリアルは、亜麻色の髪と紫の瞳をした第四皇女を産んだ。



第3章終了です。


今頃ですが、ブックマーク・評価ありがとうございます。

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