第2話
新しい指の入った箱をテーブルの上に置いた。右手につけようと左手でそっと摘まんだ。
「意外なほど、いや思った以上にぬくもりがあるな」
女の指だから冷たいものと思い込んでいたが、別嬪の指はわたしのと変わらないくらい、いや、それより熱を帯びたように温かかった。
わたしは、これまで関わりを持ったいろんな女の指を思い浮かべた。
ざらざらした老母の指は苦労が指に沁みていた。亡くなった姉の指は、艶やかな指だったが、病魔に冒されるにつれ、かさかさして潤いを失い、棒切れのような骨と皮の冷たい指と化した。男女の仲になった女たちの指は、冷たくしなやかな指もあれば、むっちりとしてまっすぐな指もあった。折り紙を折るのが得意な指はわたしの首に手を回して絡みついてきた。楽器の演奏を身につけた指はわたしの背中の上でリズムを刻み、跳ねてみせた。
あれこれと過去を手繰り寄せていると、新しい指は、
「他の指のことは考えないで」
と哀願するように色っぽくねだった。指が別嬪の心を察して、嫉妬心を持ったと言うべきか。それとも、指そのものが母体とは別人格の意思で妬いているのだろうか。どちらにせよ、わたしの心持ちをどういうふうにかして読み取っている。会話よりさらに高度な心遣いが出来るのだ。たしかに一週間で二万円の支払いはその価値があり、こちらの期待を裏切らない。
「寒くはないかい」
わたしは指のことを気遣った。
「ありがとうございます。大丈夫ですわ。それより部屋の乾燥が気になるの」
「そうか、暖房をつけているからな。ハンドクリームを塗ってあげよう」
わたしは洗面所に新しい指を左手の上に載せて運び、置きっぱなしのハンドクリームの蓋を回して開け、右手の人差し指でたっぷりクリームをつけて新しい指に塗りたくった。白くて細い指は、クリームを塗られて気持ち良さそうで、深呼吸をした身体のように新鮮さを取り戻した。
とりあえず、右手の人差し指と中指の又にぶすりと挿し込み六本指にして、違和感はないかペンを握らせてみた。中指が遊んで、二本の人差し指と親指で文字が書けた。
きょうは仕事が休みなので、部屋でタバコを吸った。新しい指はタバコに触れず間接を曲げて待機のポーズを取った。わたしの手指は落ち着いていて、新しい指を迎え入れたが、貸された指は仕事はこなすがどことなしに所在なさげだった。
さびしいのか、と訊くと、そうかもね、とため息をつき、何でも屋はいろいろやってきて他の指に申し訳ないとしゅんとした。指のしてきたことは、手品、イタリア料理のピザ作り、子どものおしめ替え、皿洗い、排水溝の掃除。鳶職人の手に加わって足場を組んだり、プロレスラーの手でチョップしてヘッドロックしたりもした。レスラーの指が突き指で代用だったらしい。
「代わったところではけがしたお坊さんの木魚を打ったわ。そうそう、女の指になってナイトクラブでウイスキーの水割りを二人分同時に作って、手に指が生えたのかと客にからかわれ、相手の腕を叩いたこともあったっけ」
こんこんと指で机をタップして、
「親指も貸して、七本指で焼き鳥屋の鶏肉の串を二倍の速さで刺したなんて経験をお持ちじゃないでしょう? できるなら有名ギタリストの指になり、大勢の前でアドリブでギターを掻き鳴らしたいわ」
と人差し指を誇らしげに天井に向けてピンと立てた。




