恋い
私は最低だと思う。
天使の映し鏡だと、雑誌のインタビューに来ていた男は言っていた。
誰が見ても振り返るような顔だと。
私自身、あながちその通りだと思っている。
決して自分自身を棚に上げているのではなくて
客観的に見て顔の作りが違うのだと思った。
街路地を歩けば、2ブロック目には声を掛けられる。
男を振り払い、次ぎのブロックに歩み出ればまた男が寄ってくる。
だから男を振り払うなんてお手の物。
私は「ありがとう」と言って連絡先を交換し、さよならをすればいい。
襲われることはないし、何よりも穏便にかたが付く。
男とは本当に単純な生き物なのだ。
そして私は携帯を取り出した。
更新ボタンを押す。
今日も返事はなし。
彼はモデルでもなければ、俳優でもない。
私の家から3ブロック離れた、アパートの1階のパン屋で働いている。
彼は動きはゆっくりだが、その手先は誰よりも優しい動きをしているし
私を誰よりも気遣った言葉遣いをしてくれた。
私はどうにか彼に近付きたくて、わざと忘れ物をした。
それでようやく彼のアドレスを手にしたのだ。
私は彼の迷惑にならないように1週間に1回くらいのペースでメッセージを送る。
彼からは時たま返信が来る。来ないときもある。
メッセージのやり取りが出来る時はだいたい分かっている。
それでも私は精一杯彼からのメッセージに返信をする。
私は午前に雑誌の写真撮影をし、午後が別雑誌の記事のインタビューに終えて家路に向かった。
帰りにはいつも、パン屋の前を通る。
19時を回れば街灯が灯り、ちょうど外からでも中の様子が見ることが出来るからだ。
白い杖が傘入れの所に収まっているのが見えた。
今日も彼は出勤している。
彼はカウンターの奥の調理室から焼き上げたパンを持ってくる。
彼は背中で部屋の壁をわざとなぞるようにして、カウンターの位置を探っている。
彼がパンをカウンターまで運び終える頃に、後ろからもう一人のバイトの子がやって来た。
彼と同じ時期に入ってきた子だ。彼女は決して、綺麗でも可愛くもない。
彼女はちょっとばかしうんざりした様子で、彼の手をとってカウンターの下のトレーの位置までパンのケースを誘導した。
その時の彼の顔が頭から離れない。
彼女に手をとられている瞬間、誰にも見せたことのないような嬉しそうな表情をする。
私はこの瞬間を確認するために遠回りをして、ここを通っているのかもしれない。
パン屋を通り過ぎるといつも早足になる。
叫び声をあげたくなる。込み上げてくる感情はいつだって耐えがたい。
気付いた時はいつも、ベットにダイブし等身大の枕を抱えて目の前を真っ暗にしている時だ。
携帯の着信があった。これはメール。
きっと彼ではない。だけど、確認せずにはいられない。
今日交換した男からだ。
私はもう一度、更新ボタンを押して溜息を一つ吐く。
そして徐に、今日交換した男へとメッセージを入れる。
「メッセージありがと」と。
即座に絵文字付きの返信が来た。
私は少しだけその男とメッセージのやり取りをする。
1時間ほどそうやって適当に繰り返す。
ベッドから起き上がれるくらいにまで回復すると、私は携帯を閉じた。
今日も何とか眠れそう。