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ヨル、アイネクライネナハトムジーク

作者: 積分

読んでくれたら幸いです。高校生なので稚拙な文章かと思われますが……

 町外れの廃墟の存在は俺達にとって周知の事実だった。噂によるとビルの一部の倒壊で何名かの人の命が失われ、そのせいで廃墟になってしまったらしいがそんなことはどうだってよかった。小学生のころはそんなことは気にせず、よくその周辺にたむろって遊んでいたものだ。勿論廃墟の中は立ち入り禁止で、ビルの周囲には鉄柵に有刺鉄線が張り巡らされていた為、中に入ろうというものはいなかったがその周囲で遊ぶのは妙に楽しかったことを覚えている。


 中学に上がる頃には、廃墟は畏怖の対象となっていた。なにせ廃墟の中は昼、さらに真夏でも薄暗かったのだ。お化け屋敷のような紛い物ではない感じがする。小学生の頃はバッタを素手で捕まえることが出来たが、中学生となってはもう出来ないのと同じことである。


 その上、中学生ならではの生半可な知識であのビルは昔なんの施設だったかを語り始める輩まで出てきた。『人肉を加工して豚肉にする施設』だの『あの施設は放射能による異形植物・動物の観察を行っていたが、その放射能により職員までもが被爆し異形生命体と化した』だの、『死体放棄所だったが管理を怠っていたせいで連鎖球菌のバイオハザードが起きた』だの、根も葉も無い噂が山ほど流れ出した。その噂のほとんどが、このように嘘臭いものであったのだが、「あの廃墟なら……」という一抹の不安が皆の心にあったのだろう、徐々に信憑性を何故か帯びてしまい更に廃墟は近寄りがたい存在となった。


 しかし中三になり、受験の真っ只中に入ってみることで何故皆が廃墟に恐怖を掻きたてられるのか、その理由が分かった気がする。……それは、廃墟とは滅亡の象徴だからではないだろうか。盛者必衰の理を表すもの。滅亡の暗示。


 人は誰しも、口には出さないが滅亡、つまり死に恐怖を抱いている。その恐怖を具現化したかのごとき廃墟だから、皆は恐怖するのだろう。

 そうこう馬鹿なことを考えているうちに俺はその廃墟の入り口の前に立っていた。手足は鉄柵や有刺鉄線のせいで裂傷や擦過傷だらけだ。服も少し破れた。しかし不思議と痛みは感じなかった。今は午後十一時。辺りの透き通るような闇とは一線を画す、粘着質な底無しの黒がビルの中を満たしていた。少し逡巡した後中に入ると、気温が数度下がったような錯覚。……外界とは隔絶された空間。皆が口を揃えて言うその言葉の意味を、今思い知った。


 別に自暴自棄になったわけじゃない。誰に言うでもなくそう独りごちる。……そんな訳が無かった。


 この世で一番重いものといえば、おそらくそれは期待だ。それも友人や両親からの。欺くことの出来ない、純真な眼差し。「あいつだったらこれくらいの高校に行くだろう」という期待。本来、俺は賢くなんてない。テストの点数が良かったのは、山を張って、その上皆には見せない猛勉強をしているからだ。……その努力を皆に見せていればよかったのかもしれない。しかし、俺は『天才』と呼ばれたいがために「大して勉強はしていないがこれくらいの点数は取れる」と自慢をしていた。思春期にありがちな典型だ。


 それだけならよかった。見栄を張っても、それが顕にならなければいい。だが、幾らなんでも、受験する高校でも見栄を張らなくても良かったのではないか。二ヶ月前にはA判定だったのに、今はC判定がでている。こんなことも、俺なら予測できたはずなのに。きっと、才能を持っている人の1%の努力と才能を持っていない人の99%の努力は等しい。エジソンなんて糞くらえだ。昼夜問わず勉強しても、全く意味を成さなかった。たまらないストレス。思わず髪を掻くと、何本かが地に落ちた。


 しかし、そのストレッサーは他ならぬ俺なのだ。俺が徒に見栄を張り続けたからこうなった。誰を責められるわけでもない。誰にも責められる謂れは無い。結果、何故かこの廃墟に足が向いた。

 入ってみるとそこまで怖くは無かった。しかしその理由を考えると何てこと無い、今の自分の現実の方がよほど恐怖だからだ。俺の精神を部屋に表してみると、ちょうどこのようになるだろう。笑おうとするが喉が渇いていて、六十代の老婆のような声が出た。


 その時、だった。他の四感がほとんど機能していなかったからだろうか、俺の耳は微かなある音色を捉えていたのだ。……この場所で聞こえるはずのない、ピアノの音。一瞬思考が止まり、それに次いで背筋に直接ドライアイスでも当てられたのではないかという程の寒気が奔る。鳥肌が立ち、漏れそうになる悲鳴を手で押さえ込む。必死で「これは町の方から聞こえてくる音」、そう自分に言い聞かせる。しかし自分に嘘を吐くことなどできるわけが無かった。第一この音は俺の前から聞こえてくるのだ。意識とは関係なく進む足に伴い、音は徐々に明瞭になってくる。音源が近づいているという証拠だ。


「……この曲」


 俺は思わずそう声を漏らした。この曲を俺は、確か聞いたことがある。歪にぶれる音程、精神錯乱者が書き殴ったかのような頭をおかしくするリズム。悪魔光臨というよりサイコパスが人間を解体しているかのような、そんな曲。印象主義の第一人者にして二十世紀を背負って立つ巨人。ドビュッシー作曲、『仮面』。

 少なくとも未知の音楽でないことには安堵したが、だからといって恐怖心は薄まらない。むしろ強まった。誰がこんな夜にこんなところでこんな曲を流すというのか。


 そして十歩ぐらい進んだところで、俺はまた立ち止まる。……余りにも音がクリアすぎるのだ。それはつまり、BGMとしてCDを流しているのではなく誰かがピアノを弾いているということを意味していた。誰がこんなところで夜中にピアノを弾くのか。少なくともそいつはまともな神経の持ち主ではないだろう。……冗談だろう?思わずさっきの噂を思い出してしまい、冷や汗が吹き出る。


 止めろ。この辺でもう充分だ、これ以上進むと取り返しかつかないことになるぞ。脳はそう冷静に判断し命令を下すものの、運動神経が断たれているのかどうか知らないが足は一向に止まる気配を見せない。……こんな迂闊さが今の現実をもたらしたのだ。俺はそう自嘲する。昂じる動悸を抑える。佳境に差し掛かったのだろうか、演奏は苛烈さが増し、それにより不気味さも尚のこと際立っていた。優雅というより幽玄だ。前には大広間が見える。どうやら応接室も兼ねていたのだろう、音はそこに置かれていたピアノから出されているようだ。どうやら演奏主は壁際にいるようで、ここからでは演奏主どころかピアノさえ見えない。

 激しくなるビート。それに俺の心も同期したかのように、心臓はバクバクと脈打っていた。


「…………誰かいるの?」


 錯覚ではなく俺の心臓は一瞬止まった。口を開けたまま、微動だにせず俺は突っ立つしかなかった。するとピアノの音が止む。冗談ではなく、もう俺は終わったと思った。

「ちょっと……本当に何?」

 こちらに歩み寄る音。さっきまで幾ら止まれと念じても止まることを知らなかった足は、その反動が来たかのように全く動かない。そうして左から出てきたもの、それは、人の顔。

 そう、人の顔。それだけ。女性の生首が宙に浮かんでおり、俺はこらえきれなくなって絶叫した。

「え、ちょ、どうしたのいきなり……」

 尻餅をついて後ずさる俺を見て、その生首は慌てふためいたような顔を作り……。

「……は?」

 違った。その女性、いや少女は漆黒のドレスを身に纏っていただけだった。そのドレスが余りにも光を反射しなかったため、まるで顔より下が闇に溶けているかのように見えたのだ。

 しかしそんなことが分かったところで、やはり気休めにはならない。少女だからといってなぜ安堵できるものか。こんなところでピアノ、しかも『仮面』を弾いているなんて正気の沙汰ではない。その疑問は全く解消されていない。俺はまぶたが張り裂けんばかりにその少女を凝視することしか出来なかった。


 一言で言うなら、その少女は純和風の顔立ちだった。人形のような大きい目に朱の引いた唇、真珠のように艶やかな肌。ピアノより琴を弾いていそうな顔だ。町で見かければ思わず顔が綻んだかもしれない。しかし今、こんな場所で現れたからか、彼女の美貌も恐怖を助長させるだけだった。

「だ、誰なの君」

 よく見ていれば彼女もかなり焦って驚いており、悪人でないことは充分に察することが出来ただろう。しかしそのころの俺にそんな余裕があるはずも無い。

「あ、ああ、ああ」

 舌の付け根が乾いているせいで声が発せられない。ああ、ああと壊れたおもちゃのように俺は唸っていると、その少女は俺をまじまじと見つめ、少し安堵したかのように胸に手を当て、そして呆れたかのように手に頭をやった。

「……来て。そこにずっといるっていうならいいけど」

 そう言い、なぜか一脚だけ置かれた椅子、その上に置かれていた花をどける。

「座って」

 俺は軽く頷く。言いなりになるしかなかった。逆らったら死ぬという思いすらこみ上げてきた。すると少女はまたピアノを弾き出す。翳りきった空の下のささくれだった海が、アンフィトリテの愛撫により小波になってしまう情景がなぜか浮かんできた。癒しの曲。それはあたかも幼いころ聞かされた子守唄のようだ。不思議なことに、恐怖は完全に薄らいだ。深呼吸を一二回すれば口を開く余裕が出来た。


「……ショパンのノクターンか」


「うん。第二の変ホ長調ね」


 こちらを見ることもなく、呟くかのように彼女は語る。背景には廃墟、そして窓により切り抜かれた夜空。漆黒のピアノに漆黒のドレス。それはまるで絵画のようだった。夜な夜な月からピアノへ降り、戯れにピアノを弾いて還っていく、妖精。


 陶然と見惚れている場合ではない。俺は我に返り、いささか口調を荒くして言う。

「で、だ。誰だよお前、第一なんでこんなところでピアノを」

「私こそ聞きたいんだけど、なんでこんなところを彷徨っているの?」

 ひとまず、まともに会話ができるということに少し安心した。しかし警戒心は全く解けない。

「……別に。失意中の散歩みたいなもんだ」

「ふーん」


 適当に返事を返すと、少女もまた適当に相槌を打った。コーダを綺麗に決め、そして少女はこちらへ歩み寄る。

「私の名前はアスカだよ」

「俺はケントだが……なぁ、答えろ。なんでこんなところにいるんだ?」

 するとアスカと名乗る少女は少し寂しげに笑う。

「決まってるじん。こんなの家でやったら隣の家から苦情が来るからね。誰にも気兼ねせずに弾けるここで弾くしかないんだ」


 他にもまだ追求したいことはあったが、アスカの瞳はそれ以上を拒絶していた。触らぬ神に祟りなしだ。俺は少し強引に話題を変える。

「それにしてもさっきの曲、『仮面』だよな、ドビュッシーの」

「そうだよ。よくわかったね」

 ここで会話を打ち切ってもよかったが、なぜかそれが酷く惜しい事のような気がして、俺は下手糞な話題転換を図る。

「あー、そうだ、ところどころその曲、俺の記憶と違うんだが、それはお前のオリジナルなのか?」

 そう言うとアスカは少し目の色を変えた。やはり自分の趣味に興味を持たれると嬉しいようだ。首肯し、アスカは問いを放った。


「聴く?」


 ここで誰が首を横に振れようか。第一こんな風な質問をするとき、人は大概頷いて欲しいものなのだ。

 アスカは演奏を始める。……やはり上手い。おそらく年は俺とそう変わらないだろう。それでこれを弾きこなすとは尋常な腕前ではない。特にフォルティッシモやピアノのつけ方が抜群に上手かった。そこだけを見ればそこらのピアニストの中でも抜きん出ていると思う。

 僅かな月光が差し、アスカの元に降りかかる。この世のものとは思えないほど美しい、俺は再びそう思った。


 ……ただ、どこかで見た気がする。この横顔を。


 そんな俺の考えは、アスカの演奏で掻き消された。

 演奏が終わる。俺は拍手をする。それにアスカは笑みをもって応えた。

「ケントは『仮面』という曲についてどう思う?」

 そしていきなり質問してくる。普段なら少し馴れ馴れしいと思うはずだが、今は全くそう思わなかった。おそらくは深夜という非日常な時間帯が、日常の感覚を麻痺させているのだ。俺とアスカは初対面のはずであるが、なぜか俺は気兼ねせず、アスカと気安く喋ることが出来た。

「クラシックはあまり聞かないから知らないが、世間一般では6/8・3/4のリズムや短調・長調が繰り返されていることと、『仮面』……ペルソナの持つ二面性を合わせて考察しているらしいな」

 教科書の受け売りで言うと、アスカは違う違う、と言う。


「そんな優等生的な考え方じゃなくてさ、もっと、抽象的に」

「抽象的に、か?」

 もっと抽象的にと言われるのは珍しい。俺は少し考え込む。

「……ピアニストは演奏するとき、作曲者の気持ちを理解しながら演奏しなければならないということは知ってる?」

「ああ、そうらしいな。考えたら分かる」

「私が思うに、ドビュッシーは『人を発狂させたい』と思ってこの曲を作ったんじゃないかな」

「は?」

 あまりにもあんまりな回答に、俺は阿呆のように間抜けな声を出した。

「……そりゃまた、斬新な回答だな」

 いや、流石にそれは斬新過ぎる仮説だった。音楽は人によって捉え方が違うとはよく言われるが、だからといって何でもいいということにはならないだろう。しかしアスカはこの仮説を真だと疑わなさそうだった。


「だって、まともな人間がこの曲を聞いてリラックスできると思う?できるわけないじゃん」

「たしかに俺も、この曲がいきなり流れ出してきてとても驚いたが」

 皮肉めいた口調で俺が言うと、

「それはそっちが勝手に来たからでしょ」

 こう返される。確かにその通りなので、俺は黙るしかなかった。

「だから私はこれを演奏するときには、頭を完全に空っぽにするんだ。そして自分の想像が付く限り最悪の未来を思い浮かべる。そんな未来がきたら確実に発狂してしまう、そんな未来をね。そういうふうに作曲者の思いをそのまま実践することで、私はこんな風に演奏することが出来るんだよ」

 ああ、なぜだろう。その考えは、なぜか俺の考え方にすっぽりと当てはまった。

「何となく分かる。最悪の未来を想像し利用することで、最高の未来を得るというか」

「ああそうそう、そういうことだよ」

 アスカはそんな俺の説明に同意を示す。

「遥か上を見上げても、自分とのあまりの差に愕然とするだけだからね」

「下を見て強くなれるなら下を見るべきだしな。人を見下して優越感に浸るのは最悪だが、安心感に浸るのはまだ許容できるということだろ」

 そうして二人して、忍び笑いを漏らした。


               ●


 それからというものの、何の因果というべきか俺はたびたびアスカに会いに行った。いつ行っても、それが夜であるならば必ず彼女はそこにいて、ピアノを弾いていた。


               ●


「ねぇ、ケント。音楽の真髄ってなんだと思う?」


 サティの『天国の英雄的な門』を弾きながらいつか、アスカは俺に問うた。


「それを追求する為に音楽をやるんじゃないのか」

「トートロジーじゃん。禅問答じゃないんだからさ」

 アスカは楽しそうに笑った。その笑顔と『天国の英雄的な門』はあまりにもミスマッチだった。

「……まぁ、音楽がただの手段ならば、目的は、そうだな、『究極の美』の実現とかか」

 まぁ、何が手段で何が目的かは分からないが。俺が少し考えて言うとアスカは首肯した。


「うん、そうだね。これには決まった答えなんて存在しないもん」

「なら聞くなよ。……じゃあアスカはどう思ってるんだ?」

 俺がそう尋ねると、アスカはあの仄暗い笑みを灯す。


「……難しいね。例えば、数学の真髄はこの世の理を一つの閉じた数式に収めることかもしれない。哲学は神様の手帳を覗き見て、人の生きる意味を見つけることかもしれない。スポーツは、あらゆる限界を超すことかもしれない。では音楽は、となると……これは本当に意見が分かれるだろうね。私は、そうだな、人を『感動』させることかな」

「感動っていうのは、世間一般で言われるほうの『感動』か?」

「ううん。その誤用の方じゃないよ。何でもいいから、人の心を鷲掴みにして……あわよくばその人の人生を変えてみたい」

「それは良い方向にも、悪い方向にも、か?」


「うん。例えばゲーテの『若きウェルテルの悩み』は知っているよね?私が目指しているのは、あのレベルのものを音楽化すること。……知ってた?当時、それを読んだ多くの人がウェルテルの思想に共感し、絶望し、川に身を投げたって。これをウェルテル効果というんだけどね、私が目指しているのはそれなんだ。音楽でウェルテル効果を引き起こすこと」


 たしかにそれは共感できた。出来てしまった。……人の人生を、思うがままに操る。それに勝る快楽など、おそらくこの世に存在しないのだろう。それも暴力や暴言など、嫌悪すべき下卑で野蛮なものではなく、自分の骨肉を呈し、血を捧げて作り上げたもので人の心を鷲掴みにする。


他人が書いた、一回見ただけの本の一行が忘れられず、何もかもがどうでもよくなり、何十年も付き合ってきた親族や親友を捨て、自らの命を絶つ。


一度聞いただけの音楽のリズムが脳内を侵食し、前頭葉を犯し、洗脳して、麻薬のようにその音楽を欲するようになる。何をやろうともその音楽が頭の中に再生され続け、集中力が途切れ、その曲の世界に入ってしまう。


ムネモシュネに寵愛されているとしか思えないほど、記憶に、脳に食い込んでいく曲。アスカはそれを起こす曲を作ろうというのだ。


 一生の間に一人の人間でも幸福にすることが出来れば自分の幸福なのだ、と言ったのは川端康成である。しかし、そこに当てはまるのは『幸福』だけなのだろうか。『絶望』は、果たして入らないだろうか。

「まだ私は、『幸福』により人の心を掌握なんて出来ない。それは難しすぎるよ。ベートーベンやモーツァルト、ショパン級のレベルには全然達せていない。だから、まずはそこからだね」

「だからアスカは、サティとかをよく弾くのか」

「うん。……いつか、きっとそのレベルになってみせるよ」

 アスカはそう言い、微苦笑した。


               ●


 アスカにはかなり謎が多かった。例えばいつも着ている黒いドレス。一回「ゴスロリ趣味なのか」と尋ねたら、顔を真っ赤にして怒られた。他にも、いつも俺が行く前に椅子においてある花。名前は教えてくれない。「ピアノにこの花は合うでしょ?」と言われただけだった。


 しかしそれ以上に不思議だったのが、町内でアスカと全く鉢合わせしなかったことだ。それに気付いて背筋がゾッと寒くなったが、勿論アスカが幽霊なわけが無い。学校が違うだけだろう。第一浮いてもいないし実体があるし物にも触れるのが幽霊であるはずが無い。


 他に、アスカはまれに作曲をすることがあった。十小節ずつ弾いてから首をかしげ、音速やテンポ、リズム、小休止の位置などを細かく変えていった。


 また、アスカはしばしばこちらに意見を求めてきた。アスカとあった日から家で音楽を少し勉強している俺は、よくそれにアドバイスをした。馴れ合いを彼女は嫌っていたので、気に入らない部分は率直に言った。その都度彼女は首をかしげながら、アンダンテからアンダンティーノの変更やシャープをフラットにするなど、細かな調整を重ねていた。


 彼女が目指すとりあえずの目標は、『妖精のエアと死のワルツ』を演奏することだった。といっても流石にそれのオリジナルを演奏するというわけでなく、それらしきものを演奏する、ということだが。ハンニバル・レクター博士は指が総計十二本あったらしいが、それでも指が二十本は必要といわれる『妖精のエアと死のワルツ』は弾けまい。アスカは「指が十二必要な曲くらいなら、頑張ったら弾けるんだけどね」と言っていた。


 アスカが作る曲は、有名なクラシックをベースにして作ることが多かった。しかしそのアレンジというのがフォルティッシシモからのピアニッシシモを十二連続で入れるやら、ワグナーの擬似的無限音階を取り入れるやらと滅茶苦茶なものであった為、原曲はほぼ痕跡がなかったといってもいい。だからと言ってその曲も滅茶苦茶かというとそういうわけではなく、眩暈がするほどの郷愁、記憶を消去されるかのごとき不安感、目を閉じたくなるような恐怖、誰からも必要とされていないときに感じる孤独感など様々な感情を呼び起こされ、後には良質なバッドエンド物語を読み終わったときのみ残る、ある種の虚脱感が訪れた。


「……たしかにこんな虚脱感を味わっているときに、何か言われたら俺はそれを鵜呑みにしてしまいそうだ」


「じゃあ今さ、窓から飛び降りてっていったらどうする?」

「……キツイな。もしこのレベルの曲を二十時間ぶっ通しで聞かされた後なら、やっていたかもしれん」

 そう俺が言うと、アスカは「そうでしょ?」と笑う。

「だから、犯罪組織が人を洗脳するとき、まずは音楽を使って精神を壊すんだよ」

「洗脳は英語で『brainwashing』というからな。ならばさしずめ音楽は、その人固有の『色』を洗い流す洗剤といったところか」

「上手く例えるね、ケント。……そうだ、じゃあ次に作る曲の名前は『Cleaner』にしようっと」


 結局、その日は二時近くまで作曲をしていた。……『Cleaner』ハ短調。ショパン練習曲十二番『革命』をベースにして作った曲。ピアノの鍵八十八をフルに使い、一瞬の絶え間もなく弾き続ける。休符は最初の四小節を覗けば十六分休符しか存在しない。「指が十二必要な曲くらいなら、頑張ったら弾けるんだけどね」、アスカがそう自負するのもむべなるかな。


 俺は、その曲が忘れられなかった。そこで、アスカに頼み込んで、それを楽譜におこしてもらったのだ。それを俺は自分のポケットにしまう。帰ったらファイリングして大事にしまっておこう、そう思いながら。

「ありがとう、アスカ」

「いいよいいよ。久しぶりに私も曲を楽譜におこせたし。それに……私もいつかここから、いなくなるしね。なにか残しておきたいって気持ちも、やっぱりあるんだよ」

「そりゃ、な。……俺もいつまでここに来る事ができるか分からんし」

 二人揃って黙り込む。


……人の繋がりは脆いものだ。永劫に変わらない関係なんて、存在するわけが無い。誰かはそう言った。

 ならば、この一瞬一瞬には、何の価値があるのだろうか。ふと、そんなことが頭をよぎる。

 アスカが作曲した曲を、楽譜におこしたのは、それが最初で最後だった。


               ●


 幾日、そんな夜が過ぎただろうか。実際のところは十数日前後であろうが、アスカと俺は長年の友人のようであったと思う。初日近くは上手く距離感を掴めず、気まずい沈黙が訪れることもあったが今ではもうそんなこともなかった。むしろ沈黙も心地よいものとして捉えることが出来た。そうして俺が、アスカの『ジュ・トゥ・ブ』を聴いていると、アスカは突然演奏を止めた。


「……今日くらいは外に出ない?」


「出ていいのか?」

 俺は聞き返す。俺は勝手に、アスカは外に出たくないのではないかと思い込んでいたからだ。

「うん。といっても屋上だけどね。閉じこもってばかりじゃあ、ちょっと」

「とはいっても、今日の月は雲に隠れててあまり綺麗じゃないぞ」

「『月は隈なきをのみ見るものかは』だよ、ケント」

「兼好法師か」

「よく分かったね」

 時々会話していて思うのは、アスカは音楽以外にもかなり造詣が深いということだった。

「ほら、ベートーベンも『月光こそが至高』とか言ってるじゃないか」

「それピアノソナタ第十四番の俗称だよ。別にベートーベンが付けたわけじゃないし」

 そう言いアスカはヒラリとピアノの椅子から降り、部屋を出る。俺はそれに付いて行った。


「……なぁ、少し寒くないか?」

「全然」

 幾ら厚着をしているとはいえ、少し寒い。今は二月である。温かいときはいいが、寒いときの夜はかなり寒い。そんなドレスで大丈夫なのだろうか?

「あ、ベンチがある」

 俺ら二人はそこに座った。アスカは鼻歌を奏で始める。

「『ジュ・トゥ・ブ』か」

「うん。最後まで弾けてなかったしね」

アスカが産み出す音符は、夜空の黒に溶けていく。

「そういえば、『ジュ・トゥ・ブ』ってどういう意味か知ってる?」

「サティだからフランス語だと思うんだが……」

「意味だよ、意味」

「……『謝肉祭』とか」

「それはサンサーンス。正解はね、『あなたがほしい』だよ」

「妙にメルヘンチックだな。確かに花園に誘っている感じはするが」

「トリカブトとか朝鮮朝顔とか咲いてそうだけどね」

「噎せ返るような芳香がしそうだな、そりゃあ」

 そう言って、二人して笑う。

「あ、月が出てきた」

その言葉に俺は頭上を向く。まだ鮮明には見えないが、そこには確かに月があった。

「どう、酔う?」

「月の光にか?」

「うん。……でもまぁ、月は光源じゃないからね。太陽の光を反射して輝いているだけだから」

「その理屈でいくと太陽の光でも酔うことになるからな」

「熱中症とか?」

「それは違う」

「……まぁ、たしかにそんなこともあるかもしれないね」

 アスカはそう呟いた。


「だってさ、音楽なんてその最たる例だよ。作曲家という『太陽』が作ってくれた、楽譜という名の『光』を貰ってこそ演奏家である『月』が輝くんだから。何かセコいという気がしなくもないけどね」

「まぁ、そうかもしれないけどさ、楽譜は演奏されないと意味を成さないからな」

「だけどさ。……残念なことに、技量がなくても素晴らしい楽譜があって、その通りに弾いておけば人は感動するけどさ、いくら技量があろうが出された楽譜が陳腐だったらいくら情感を込めて弾いてもどうにもならないんだよね」

「たしかに。いくらアスカでも小学生が適当に書き殴った楽譜ではまともな演奏もできやしないしな」

「そうそう。……だから私は、作曲も自分でやりたいんだよ。ベートーベンやモーツァルトが作曲した曲なんて素晴らしいに決まってるからね。あんなの適当に弾いたって、人は感動するよ。でもそれじゃあ、ただの据え膳だからね」


 そう言い、今度は口笛を吹くアスカ。『Cleaner』だ。

「この曲は割と上手く出来たと思うんだけどね……だけど、まだ、足りない」

 そうか?と俺は首をひねる。充分な出来だ。フィネガンズ・ウェイクのよう、といえばいいのだろうか。錯綜した夢の回路、最後の小説と呼ばれるジョイズの最高傑作。それを伝えると、アスカは苦笑する。

「そんな訳ないじゃん、流石にそれは畏れ多いよ。……『革命』をベースにしたからかな」

「一から作るべきだった、ということか?」

「うん。サティなんてほぼ独学だしね。やっぱりそのくらいやらないといけないかなぁ……」

「頭の柔らかさというか、固定概念の問題だな、そりゃあ」

「そうだね。……何か考えないとな」

 そうアスカは呟くと、背伸びをした。そうして二人黙る。雲は晴れ、月が綺麗に見えていた。


「月が綺麗だな」


 言い終わった後、この言葉が誤解を招かないかと少し焦った。内心動揺しながら横目でアスカを見ると、ぼんやりと月を見ていたので少し安心する。そのまま何とはなしにアスカの横顔を見ていると、「どうしたの?」と声を掛けられた。

「いいや、なんでもない」

「そう。……もう流石に寒いや。ほら、行こう」

 そう言い俺に手を差し伸べてくる。勿論自分で立てたのだが、俺は思わずその手を取った。柔らかく、非常に温かい手だった。

 『月が綺麗ですね』。なんてことのない文章だ。しかしかの文豪、夏目漱石はこの言葉をこう訳した。

 ……『I love you』

 流石にアスカもこれは知らないだろう。そう思いつつ俺はアスカの背を追った。


               ●


 次の夜もアスカは外に出たがっていたのだが、小雨が降っているので止めておこうと俺は諌めた。

「えー、ちょっとくらいいいじゃん」

「嫌だよ、寒い」

「いくじなし」

 俺はそれに答えずにいた。返す言葉が無かった、と言ってもいい。アスカには冷点が無いのだろうか?するとアスカは溜息を吐いていつものピアノの椅子に座る。そして真横の窓の縁に身をもたれさす。沈黙が訪れる。


 いや、厳密にいえばそれは沈黙ではなかった。微かに何かのメロディが聞こえてくる。アスカの口笛だ。しかしいかんせん小さすぎてよく聞き取れない。耳を澄ます。聴覚には自信があるのだ。確か、確かこの曲は……。


「『アイネクライネナハトムジーク』か」

 モーツァルト作曲、のセレナーデ。割と有名な曲だ。その題名から小説や劇の題名としても用いられる。俺がそれを呟くとアスカはバッとこちらを振り向いた。顔が少し赤い。どうしたんだろうか。

「……よく聴こえたね。知ってるの?」

「モーツァルトのセレナーデだろ。何をそんなに慌てて」

「そう、だけど…………ちなみにセレナードの語源って知らないよね?」

「ああ。何か面白いことでも隠されてるのか?」

「いや、なんでもないよ。本当に」

 そう言いつつ、安堵を隠せないアスカ。なぜか昨日の俺と似ている気がした。そして露骨に話を変えてくる。


「ねぇ、『アイネクライネナハトムジーク』ってさ、どういう意味か知ってる?」

 アイネクライネナハトムジーク。スペルは確か、『Eine kleine Nachtmusik』であったか。妙に語呂がいいので、それは印象に残っていた。

「想像もつかないな。第一最初に曲名見たときには奇天烈すぎて曲名だと分からなかったくらいだし」

 アスカは微笑する。

「正解はね、『A little night music』……小さな夜の曲という意味だよ。これさ、私たちのことを指していると思わない?」

「…………なるほど」

 二人きり。アスカがピアノを弾いて俺がそれを聴く。時に語らう。アスカが産み出して溶けていく、夜空への供物。誰にも知られず、知ることの出来ない夜会。アイネクライネナハトムジーク。小さな夜の曲。

「まさにぴったりだな」

「でしょ?」

 アスカがまた口笛を吹きだした。俺も思わず出だしを口ずさんでしまう。二人分の『アイネクライネナハトムジーク』は部屋に少しだけ反響して、雨に溶け、飽和して消えていった。


               ●


 母は、最初の頃俺が夜にどこかへ行っているのをよしとはしていなかった。それもそうだろう、行く度に服が少し破れ、顔に傷が付いているのだから。心配しないはずが無い。しかしそれは鉄柵による傷で、誰かに痛めつけられたわけではないと言うと納得はしてもらえた。おそらく、外に居場所が出来たのだと思ったのだろう。周囲の過度の期待、そして不甲斐ない自分のせいで俺は鬱になっていたが、今は快復途中にある。その原因となるものを不用意に取り除いてしまったら、また鬱になってしまうのではないか。そうなれば高校進学は絶望的だ。母はそのような危惧を抱いていたに違いない。……あと受験まで二週間なかった。


 その日俺は学校をいつものように欠席し、図書館へと行った。そこで社会の語句などを一通りチェックし、二時間ほど経っただろうか、少し休憩を挟むことにした。持ってきたウォークマンでボーっとクラシックを聞いていると、随分リラックスできたが、気を緩めすぎたのか、勉強する気が起きなかった。……こういうときに暗記科目の社会をやっても仕方が無いので、いったん勉強を止めることにした。


……そういえば、昨今本を読んでいない。俺はふと思い立った。受験勉強の合間、母に自分の本は全て取り上げられていたのだ。久しぶりに図書館散策でもするか、そう俺は思い立つ。

といっても、まずは何をするべきか悩んだ。好きな作家の新刊でも見ようか、それともあのシリーズの続きを見ようか。そう悩みながらふらふらと館内を彷徨い歩いていると、図書館の曲、バックミュージックとでも言うのだろうか、が流れてきた。ドビュッシーの『燃える炭火に照らされた夕べ』。この曲はアスカのお気に入りで、廃墟でよく聴かされていた。条件反射的に虚脱状態からふと我に返る。


「……アスカ、か」

 そう呟き、アスカのこと、今日の夜のことをしばし考えていると、ふと一つの疑問が浮かんできた。……あのビルが廃墟となった真相だ。考えれば考えるほど疑問が止まらない。一般資料室の端末ではたしか、過去五十年の新聞を閲覧できるはずである。俺はそこに行き、端末を立ち上げた。

 調べたところによると、ビルが廃墟化したのは三十三年前二月下旬。やはり崩落が原因だった。しかしその地方紙一面には別の事件、ここで起きた連続通り魔が捕まったせいで事件の概要、そして犠牲者名簿しかなかった。

「……ん?」

 しかし俺の勘は、その少ない概要を読むと何かがおかしいと騒ぎ立てた。そしてよくよく俺はその概要を読み返し、少し考え、

「……あ」

思わず声を漏らす。

 そうして俺は思い出した。アスカが、「もう少しで私は消える」と言った言葉の意味を。そして、三十三と言う数字の意味を。

 何故、アスカが真実を隠蔽しようとしたのかも。

 そして俺は今日もその明日も、廃墟に行かなかった。


               ●


 改めて見るとこの廃墟は、どこかベクシンスキーの絵を彷彿とさせた。剥き出しのコンクリート、黒の塗料をぶちまけたかのような空。余りにも合致し過ぎていて、一枚の絵になりそうなこの情景。


人が恐怖を抱くのは、完璧さからではないだろうか。俺はこの廃墟を見ていてそう思う。それがあまりにも完璧だから、余りにも合致し過ぎているから、人は恐怖を覚える。……所詮物の怪や幽霊など子供騙しだ。そんなものは恐怖の対象とはなりえない。完成された美に対してのみ人は恐怖を擽られるのではないか。

だが、もしそれが正しく、アスカと出会う前に思った『死に対してのみ恐怖を抱く』もまた正しいのならば、『死こそ完成された美』ということになる。おそらくタナトフィリア、死性愛者はそんなことを思っているのだろう。


ならば、つまりは。絶望を音楽で呼びさまさんと考えたアスカは、ある意味合っているのかもしれない。


タナトスと表裏一体なのは、エロスだけではないのだから。


この廃墟に来るのはもう五日ぶりだった。アスカに逢ってからは毎日通っていたので、随分ご無沙汰しているといえる。 


もう、ここに来ることもないだろう。そう思いながら一歩一歩、その感触を確かめるかのように会談を踏みしめる。ギシギシ言う音が耳に心地よい。少し先に行くと、モーツァルトの『レクイエム』が流れてきた。シューベルトの『魔王』とミックスでもしたのか、これでもかと散らばる三連符が歪な不協和音を奏でる。他にも十六分音符のスタッカートが特徴的な音を放っていた。これほど無茶な改変をかけておいて出来上がるのはちゃんとしたレクイエムなのだから、脱帽するとしか言えない。


アスカの演奏が締めに入った。頭の中が酩酊したようになる。最後の一音を弾き終わった直後、アスカは言葉を放った。

「ケント。……いるんでしょ、そこに」

 俺はそれに、「ああ」と返した。アスカは何も変わっていなかった。いつものゴスロリ服で、抜けるような白い肌で、零れんばかりの大きな瞳で、こちらを見ていた。

「この曲の名前は何にするんだ?」

 俺は平静を装って、アスカに声をかける。

「普通に、『レクイエム 改』だけど」

「イメージしたのはあの日の夜の月か?」

 すると困ったようなはにかみではあったが、やっとアスカは相好を崩す。

「よく分かったね。……やっぱり曲名は『月光』にしようかな」

「いいんじゃないか」

 会話が途切れる。今訪れているのは、気まずい沈黙だった。蜘蛛の巣のようなベールが上から被されているようだ。


「……今日に限って来たということは、もう私から言う必要はないね」

 アスカはボソリと言う。

「ああ。……すまん、調べてしまった」

「……分かっちゃった?」

 アスカは小首を傾げて目を伏せ、苦笑を浮かべる。

「とりあえず座ったら?」

 そうしてアスカはいつもの椅子に俺を座らせようとする。

「いや、今日はいい。ここには俺が座るべきじゃない。だからアスカ、その『勿忘草』はそこの席においておけ」

「……。そうか、ケントはもう分かっているんだよね。それでは聞かせてもらおうかな、ケントの推理」

「そんな大層なものじゃない。本当に事実を述べるだけなんだから。……じゃあ、アスカはピアノでも弾いていて」

「何を?」

「……サティのジムノペティ、一番」

「趣味ワル」

「アスカには言われたくない」

 俺は苦笑した。アスカは静かに弾き始める。


「まず結論から言うぞ。アスカ、お前はピアノを弾くのが目的でここに来ているんじゃない。それはあくまで手段であって目的ではないんだ。お前の本当の目的とは、父を弔うことなんだろ?」


「……うん」

 アスカは頷く。

「まずおかしいと思ったのはそのドレスだ。……図書館で衣類関係の本に当たったら一瞬で分かった。それ、喪服だろ。日本では余り馴染みがないが、外国では割とメジャーなタイプのやつだな。どう考えてもゴスロリファッションだと思っていたが、ゴスロリは本はといえば喪服からイメージされたらしいしな。……それに、俺が来る前にもあった、その椅子。それは亡くなった父のために置いてあるんだろう。つまりは精神的なものだな。その花も、花の辞書で調べてみたら分かった。……『勿忘草』、忘れな草だろ、それ。花言葉は『あなたを忘れない』。どう考えても誰かのためにあるものだよ」

「……凄いね、ケントは」

 観念したかのようにアスカは息を吐く。ほんの少しだけ、演奏の音が乱れた。

「今日でちょうど三十三年目だな」

 するとアスカの肩が、ビクッと震える。

「そうだね。……何で調べたの?」

「インターネットだよ」

「……へぇ」

「ああ。これで三十三年という数字の意味も分かるさ。三十三回忌だろ?」

「……分かっちゃった?」

「だから、アスカが言った『もう少しで私は消える』という言葉の意味も分かるさ。……三十三回忌は、多くの人にとって最後の忌日だからな。今日でこれを終了にする、そういうことなんだろ」


 ジムノペティはもう弾き終わっていた。アスカはピアノの鍵盤をいとおしげになでる。


「うん。……母さんがさ、もう引っ越そう、だって」

「そうか」

 俺が黙るとアスカは眦を伏せた。

「……いいよ、もう。全部言っても。分かっているんでしょ?」

 儚げな微笑みだった。俺はその無垢な眼差しから目を逸らすことが出来ない。

「……ああ。俺はこれが分かってからどうにも腑に落ちないことがあった。それは、何でこんなことを秘密にしているのかということだ。だけどよく考えてみたら分かる。……アスカお前、被爆三世だからこのことを隠していたんじゃないのか?」


 アスカは頷く。その顔には悲愴感が透けて見えていた。

「このビルの正式名称……『国民生活支援センター』とかだったな。全く変な建物じゃない。化学物質も撒き散らされてないし、元墓地でもない。生物実験をしていたなんてことは勿論ない。それなのに、崩落しただけで何故こんなに寂れるんだ?立地条件も悪くないこの土地を遊ばせるか?……違う。少し調べてみたら昔ある記者がすっぱ抜いていたよ。

ここ、広島や長崎の原爆で被爆した人々やその二世・三世が働く職場だったんだな。……就職難のこの時代、同じような能力を持っている健常者と被爆者と、言い方は悪いがどちらを取る?更に、採用したとしてもそれが原因で職場いじめが誘発される可能性だってある。だから、そんな人たちの支援策として政府がこの職場を作ったんだ。

それが分かったら、ここの土地に買取が付かないってことも分かった。被爆者を集めた会社の跡地で、崩落事故により人身事故が起き、それにより数人が命を落としている。心無い奴から見れば曰く付きに見えるかもしれないしな」


「……うん。被爆者三世でも、いじめられるからね。気付かれないようにしていたのに誰かにばらされてさ、……そのせいで不登校になっちゃったもんね」


 俺はあえて相槌を打たなかった。その辛さが分からないから。ここで変に同情を示すのは、偽善者だから。

「っていうかさ、まずそんなビルを作るのがおかしいと思わない?被爆者達を集めてどうするのか、って話だよね。それじゃあ支援策じゃなくてただの隔離だし、解決策じゃなくて現状維持だよ、それって」

「ああ」

「……それでさー、正直言うと、人と会うの、結構久しぶりだったんだよね。朝昼は家で寝るかピアノやるかだけだったし。……だからさ、ケントがきたあの日、結構驚いたんだよ?それで久しぶりに喋って、でも被爆三世だってこと知られたら嫌われちゃうかなぁって」

「それで嘘を吐いたのか」

「うん。…………ごめん」


 殊勝に頭を下げるアスカ。よく見ると肩が震えていた。俺は思わずその言葉に苦笑を漏らす。

「下らないな。そんな理由で誰が人を嫌うんだ。俺が本当に嫌いなのは障がい者や被爆者を笑い、貶す奴だって前にも言わなかったか?第一被爆者だからなんだって話だよな。放射能が移るとか今時小学生でも嘘って分かるようなことを言う奴なんて、本当に馬鹿だ。偏見に頭が汚染されているんだよ。何が『不幸しか産まない』だ、不幸しか産まないのはそんなことを言っている自分のことだって気付かないのか」

「そう、だけどさ」

 アスカは目を逸らす。

「ちょっとやっぱり引け目に思って、言いたくないなぁって」

 俺はアスカに歩み寄り、肩を掴んだ。

「それを引け目に思ったらいけないんだよ」

 俺はそう強く言った。

「被爆者と言うのがお前の中ではマイナス要因かもしれない。しかし、もしそうだと仮定しても、アスカはそれを乗り越えようとしているじゃないか。そんなちっぽけなマイナス要因なんて無視できるほどのプラスがある」

 それに……。俺はどもり、そして続けた。

「隠し事がある間柄の人のことを、友人とは言わないだろ。それはただの知人だよ」

 俺はアスカの手を握る。あれほど迫力のある音を生み出すくせに、その手は力を込めれば砕けてしまいそうで、あの日感じたのと全く変わらず、温かだった。

「だから、アスカ。もう、隠し事は無しだ。だから……」


 言葉が途切れる。しかしその先を言うのは野暮というものだろう。


 アスカがほんの少し苦悶の表情を浮かべたような気がした。しかしきっと見間違いだったのだろう。なぜなら今、アスカはこんなに純粋な笑顔を浮かべているのだから。


 少しの静寂が訪れた。


 キルケゴールは言った、「しばらく二人で黙っているといい、果たしてそれに耐えられる関係なのか」。アスカの気持ちは忖度できないが、俺はこの静寂をいつもと同じように、心地よく感じた。


……永劫に続く関係など存在しない。確かにそれはそうだろう、いつか記憶は風化するのだから。しかし、だからといって、長い宇宙の歴史から見ればほんの刹那的な関係には価値がないとは言わせない。

「いつ発つんだ?」

「広島に行くんだけど、行くのは明日。……といってもあと五時間もないね。ここを発つのは、二時間後くらいかな?」


「そうか」

 俺は黙り込んだ。意味もなく目頭が熱くなるのを感じ、頭を振る。そして俺はなるべく自然に聞こえるように、しかし本当は声を枯らして、言葉を放つ。

「……楽譜を持って来たんだが、一曲頼んでいいか」

 するとアスカはきょとんとした。

「……ショパンの『ワルツ第一番 華麗なる大円舞曲』とか?」

「俺が嫌だよ。なんでそんな底抜けに明るい曲を今やるんだ」

「止めてよね、ショパンの練習曲第三番とか」

「『別れの曲』か?頼むかよ、そんなの。これだ、これ」

 そういって俺は、ポケットから十枚程度の楽譜を渡した。アスカは訝しげにそれらを見る。

「何、これ」

「見たら分かる」

 ふーん、アスカはそう呟いて最初の三小節目くらいまで目を通し、

「あ……これ、まさか」

「ああ。『Cleaner』を変ハ短調にして若干アレンジを加えた」

「……あれ?ケントって、ここまで音楽の知識あったっけ?」

 アスカは驚いて俺を見る。

「おいおい、何の為に俺がこれだけ廃墟に通わなかったと思ってんだ。気まずくて会いたくなかった、とかいう理由じゃないぞ……まぁ、いかんせん付け焼刃なものだが」

「あ、確かに。こことか、このリズムでこの音符は明らかにおかしいしね」

「お前が言うか?」

 アスカは苦笑してその楽譜を見る。『Cleaner改 変ハ短調』……アスカに書いてもらった楽譜を元にして作った。できるだけ気が滅入るように、だが滅入るだけではなくなんというか、上質の絶望を与えられるように自分では工夫したつもりだ。

 ピアノ暦0年の俺がそんなものを作るのはおこがましいだろう。実際、その楽譜には非常に多くのアスカの手直しが入った。しかし核の部分は、そのままにしてくれていた。


「お、もう時間か」

 俺がそう呟くと、アスカもそうだねー、と伸びをした。

「俺がお前を送り出すのも新鮮だな。……じゃあな、アスカ」

「淡白だね。……ま、後腐れがなくていいけどさ」

 だろ?と俺が言うと、アスカは何それ、と笑った。

「同じ日本だし、もう二度と会えないっていうことはないだろ」

「そうだね。……じゃあ最後にさ、頑張って勉強した成果を活かして音楽に関連付けたメッセージを頂戴」

「またとんだ無茶振りだな」

 入り口のところまで歩み寄ったアスカはそう言う。月は雲に隠れていて、今のアスカの顔は窺い知れない。……だから、今なら本当の気持ちを言うことが出来た。

「……『ジュ・トゥ・ブ』だ、アスカ。もう叶えられない望みだけどな」

「……ありがとう。『月が綺麗だね』、ケント。じゃあね、ばいばい」

 硬直した俺を名残惜しげに、照れ笑いをしながら見て、カツン、カツンと。アスカは闇に溶けていく。その音すら闇に溶けて消えてしまい、俺はようやく硬直から溶ける。俺は赤くなった頬を隠すように悪態を吐いた。

「……知っていたのか」


               ●


 俺は廃墟から出る。紅潮した頬に夜風は気持ちよかった。廃墟から一キロほど歩き、家の近くの公園につく。薄暗がりの街灯の下にベンチを見つけ、そこに腰掛ける。


 そして、俺はベンチを思いっきり殴った。


 ガツッという音は果たしてベンチからだろうか、俺の拳からだろうか。当然痛みはあったが、それに勝る感情が俺の脳を支配していた。そんな朦朧とした頭で、俺は考える。


 ……よく考えてみれば分かったのだ。

アスカが、明らかに人間でないということが。


 まず、実父の三十三回忌を迎えているのに十代ということはない。二十代以上のタイムラグが発生している。これは明らかにおかしい。養父という可能性もあるが、果たして会ったことのない養父にそこまでの感慨を抱けるものなのだろうか。否である。


 それ以外にも、あんなドレス風の喪服でここに忍び込むなんて無理な話なのだ。入り込むのに慣れた今でも、俺は金網に引っかかって服がちぎれ、肌が裂けている。何せ金網の裂け目は百三十センチ程度なのだ。その中をあんな服で通ったらドレスなんて綻びるに決まっている。昼間、俺は廃墟の中に入って他に抜け道がないか探してみたが、見つからなかった。これはその廃墟の中に住んでいる証左ではないのか。そしてこんな所に棲む人間など存在するはずもない。


 そして極め付きにである。このことを不可解に思った俺は、数少ない人脈を活かして『アスカ』という名、またはそれらしき外見的特徴を持った人物を知っているかと学校の知人に当たってみた。結果はいないだったが、ピアノを長くやっている女子生徒にアスカの外見を話したところ、「そういえば昔そんなピアニストがいたような気がする」と言っていた。そこで、ネットで『天才ピアニスト 少女』と検索をしてみたところ、たしかにあったのだ。


 まだ生きているアスカの写真が。


 …………飛家小鳥。それが彼女の名だった。最初と最後の文字をあわせて飛鳥、つまりアスカ。……彼女は国際的なコンクールで何度も優勝を果たした、天才少女だったそうだ。画像検索をしてみると、俺が知っている通りで、俺が知らないはずのアスカの写真が山のように出てきた。俺が最初に感じたデジャビュはそれだったのだ。


 アスカは俺が言ったとおり、被爆三世だったそうだ。それによりいじめられていて不登校になっていたが、ピアノの勉強は怠らず、やがて『ピアノのパガニーニ』と審査員に言わしめるほどのピアニストとして大成したそうだ。そして三十三年前、父親の仕事の見学途中に会社の一部が崩落して死亡。享年十五歳で夭逝したそうだ。


「……はは」


 思わず自虐的な、空笑いがこみ上げてきた。上を見上げるとオリオン座が見える。夜空は本当に綺麗で、だからこそ夜空は俺を嘲笑っているように感じた。


 だから、俺がアスカに話した推理も全部でまかせのものだ。おそらくあの椅子は父の為のものではなく、誰かに座ってもらうためのものだったのだろう。勿忘草の花言葉は、『あなたを忘れない』ではなく、『私を忘れないで』だから。きっと誰かに成仏を看取ってもらうまで、あそこでずっと待っていたのだろう。椅子の上に勿忘草を置き、毎晩あそこでピアノを弾いて。


 きっとアスカは絶望を追い求めていたんじゃなかった。あんなの出任せだ。絶望はアスカの、すぐ身近なところにあったのだから。

 音楽を追求し、絶望を更に追及して、アスカがそれでも得たかったのは『希望』だ。無限の絶望の先に待つ、微かな量の『希望』。そのパンドラの箱を漁ってまで、アスカはそれを見つけたかった。

 果たしてアスカは、それを見つけることが出来たのだろうか。だから成仏したのだろうか。それともまだ、霊のままなのか。俺はそれを確認する術がない。だから願うしかない。

 だから、俺はアスカを最後まで人間扱いして送り出したのだ。おそらくアスカはそれを望んでいると思ったから。


 思わず寝転がってしまう。星が落ちてきそうな一面の星だ。いや、いっそのこと落ちてきたらいい。天使の囀りとともにこの世に鉄槌を下すといい。そう思い、寝返りをうった瞬間、腰の部分がカサリという音をたてた。尻ポケットを触ると、そこには俺がアスカに渡したような紙がある。

「あ……?これは……」

表はおそらく下書き段階の楽譜だった。ペンでグチャグチャに塗りつぶされている。こんなものを持たせてどうしろというのか。腑に落ちないまま俺は裏を見て、息を呑んだ。


『ケントへ

 もし、いつか会う機会があったなら、曲を弾いて聴かせてね。

 どこでもいいけど、できれば発表会で弾いてくれると嬉しい。

もし私がそこにいなくても、必ず聴いているから。

だから、私は待っています。

風が、あなたの歌を運んでくれることを願って   アスカ』


 掠れ掠れの、アスカの文字。その横にデフォルメされたアスカの顔と、「約束だよ」と書かれたふきだし。俺はそれを見て、思わず苦笑する。

「……そんなこと書かれて、破るわけにはいかないよな、全く……」

 さっきまで胸の中で蟠っていた絶望感が、急に霧散していくのを感じる。心の何かが溶けるのを感じる。たったこれだけのことなのに不思議と、生きる希望のようなものが湧いてきた。

 ああ、アスカは『希望』を見つけたのかもしれない。それを俺に少し分けてくれたのだろう。

 得体の知れないそれを持て余すかのように、俺は溜息を吐く。その楽譜が少し濡れた。

 もう、それ以上に涙は出てこなかった。


               ●


 時が経った。

 久しぶりの帰郷ということで、俺は今日中に覚えなくてはならない楽譜を手に実家へ向かっていた。

「……高校なんて行く暇があったら音楽専門学校でも行っとくべきだったかな……」

 愚痴を呟きつつタクシーを捕まえ、行き先を指示する。そして鞄にいったん楽譜を入れた。

「あーお客さん、音楽関係の仕事でもやっていらっしゃるんですか?」

「ああ、はぁ……まだ駆け出しもいいところですけどね」

「そうですか。……あ、ここを右折でしたっけ。……うわ、こんな廃墟、実際にあるんですね。私ここ繰るの初めてなもんで」

「半世紀前に廃墟になったらしいですよ」

「へぇ」

 運転手は相槌を打ちつつ、窓の外に目を光らせていた。もう夜だ、人身事故などあってはたまらないのだろう。


 どこかで、歪なスタッカートの音がした。


「…………ッ!」

 俺は跳ね起き、窓から身を乗り出して後ろの廃墟を見た。微かなピアノの音。

「運転手さん!このピアノの音、聞こえますか!」

「は?……音、ですか?……いいえ、何も。やはり音楽家の方はやはり耳が違いますなぁ」

 廃墟と俺の距離は広がっていく。しかし俺はさっきのピアノの音を脳で反芻せずにはいられなかった。

 この特徴的なリズムを忘れるものか。息も吐かせぬほどに乱舞する音符、加速し続けるプレスト、五十小節にわたって長休符が一個たりとも存在しない曲を俺は一つしか知らない。


「……『Cleaner 変ハ短調』」


 馬鹿な。この曲を知っているのは、この世界では俺だけしかいないはずだ。そしてあれから俺はあの曲を、人の前でただの一回も弾いたことがないというのに。誰にも聴かせた事がないというのに。

 いや、いる。この曲を知っている人間がもう一人だけいる。この曲をこのレベルで弾きこなせる人間を、俺は一人だけ知っている。あんな微かな音であったが否応なしに胸を掻きたてかけてきた、常識外れのピアノセンスの保持者を俺は一人、知っている。


 …………アスカ?


 その名前を心の中で呟いた瞬間、サァと、周りの木々が立てていた雑音が止んだ。

「どうしたんですか?」

「……いいえ、なんでもないです」

 そうしてタクシーは俺の家の前に止まる。去り際に、俺は言った。

「もしよければ、今度開催する俺の音楽会に足を運んでみてください」

 運転手は相好を崩して首肯した。


               ●


 一週間後。俺は礼拝堂を借り切って音楽会を行った。二百人くらいの客、その中にあの運転手もいた。軽く会釈すると、笑いを湛えて返してくれる。俺は観客の前に立ち、話し始めた。


「―――――そういうことで、今日は楽しんでいってください。曲目はサティの『ジュ・トゥ・ブ』、ドビュッシーの『仮面』と『仮面・改』、そして初披露の『Cleaner 変ハ短調』と言う曲です。え?暗い曲ばっかり、ですか?そうですね、非常に礼拝堂に相応しくない曲ばかりです。ええ、オリジナル曲も含めて。まぁ、礼拝堂にしたのには理由があってですね、私の旧い友人の弔いも兼ねているわけですよ。個人的な理由ですみません。ちなみに先ほど言った『仮面・改』と『Cleaner 変ハ短調』もその友人と僕との共同作業で作ったものでしてね。私はそれを弾かねばならないんです。……約束なんですよ、その友人との、大切な。

 ああ、言い忘れていました、あとモーツァルトの『アイネクライネナハトムジーク・改』も弾きます。では、まずはその曲から……」


 そうして俺はピアノに向かう。一曲目から度肝を抜いてやろうと思っていた。聴いていて死にそうになるくらい切なくさせてやる。なんなら死人が出たって構わない。


 …………君に、君に届ける為だけに、俺はここまで来た。


 アスカはここにいる。俺の曲を聴いている。きっと足りないはずだ。だが、これが俺だ。アスカに言われたとおり心を無にする。あの夜は、あの日々は自然と思い浮かんできた。思い出すたび、死にたくなるほど切なく、甘いあの日々を。


 アイネクライネナハトムジーク。Eine kleine Nachtmusik。小さな夜の曲。


 届け、あの日々まで。俺の指は鍵盤に吸い付き、曲を奏で始めた。


有り難うございました。批判コメント、何でも下さるとうれしいです。

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