終結
午後の実技の途中。
一息いれるために、近くのベンチに座っていた。
「今まで何をやっていたか?」
「そう。あんたの実力は編入上がりにしては高過ぎる。潜在性が凄かったとか、ここにきて一気に開花したとかじゃ、到底納得できないほどにね」
戦い慣れている。
真っ直ぐに伸びる視線が俺を捉えて離さない。
「買い被りじゃないのか?狩生さん達の教えが良かったからなんじゃ…」
「馬鹿言わないで。いくら実戦経験を持つ私達でも、ほんの短期間でここまで成長させるなんて無理に決まっているでしょ。もし出来るなら今頃世界は猛者揃いでIE相手も楽勝ね」
どうやら誤魔化しても無駄の様だ。
「わかった。話すよ」
これからお世話になる仲間に隠し事はよくない。
これではブーメラン、と突っ込まれかねない。
「別にあんたのことを信用出来ないって話じゃないのよ?無理に聞き出すつもりもないし…」
俺を強く責めたことへの言い訳にも聞こえるが、彼女の気持ちを考えると責めるなんて選択肢は消えてなくなる。
「別に黙ってなきゃいけない理由もないから気にしないでくれ。それに大した話じゃない」
一度、追憶の旅へと赴いた。
あれは2年前のある日のこと。
休日で母も妹も用事で外出しており、一人、留守番をしていた。
家族を根底から揺るがした訃報からまだ日は浅く、そのために設置した仏壇が異様に浮いていた。
何かするには気力が足りず、惰眠を貪るには眼が冴えていた。
そんな折、来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。
宅配便などに心当たりはなかったが、知り合いが訪ねて来た可能性もある。
無視するのは正体を確認してからでも遅くないと、ドアホンの画面へと足を向ける。
どれどれと映像を見てみると、見知らぬ女性が佇んでいた。
一瞬、新聞とかの勧誘の類かとも考えた。
だがすぐに考えを改める。
その手合いにしては変な愛想の様なものを感じない。
(手に持っているのは…、手土産か?)
いずれも不確かな知識で目に付いた状況証拠ばかりだが、逆に否定するものには繋がらない。
これ以上待たせるのはマズいと考え、早速対応することにした。
「どうぞ、お茶です」
「ありがとうございます」
件の客を中へ通し、よくある慣例をこなして席に着く。
あまりジロジロ見るわけにもいかないので、不自然に感じられないように流し見る。
端的に言って美人だった。
ドアホン越しから今に至るまでの彼女の対応は、洗練された美しさを内包していた。
身長も女性としては高く見え、手足もスラっとしている。
髪も後ろで一本に束ねており、シャープな輪郭や顔のパーツと相まって、クールビューティーという言葉がしっくりきた。
「それで本日はどのような要件で…?」
無意識に彼女に畏敬の念を抱いてしまい、不覚にも緊張していた。
「その前に自己紹介をさせていただいても?」
「は、はい。どうぞ」
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。護江奏多といいます。どうかよろしくお願いします」
「…海崎蒼麻です」
彼女のあれこれに軽くパニック状態。
緊張やらなんやらを抑え込むのに必死になってしまい、失礼にも愛想のない口調になってしまった。
「今日来た理由ですが…、まず私が何者であるのかをお話しましょうか」
佐世保から来たと聞いた時に予見した通り、彼女は能力者であった。
高位能力者であれば、力の「色」に準拠した髪色に染まるが、当然ながらそれは少数派だ。
殆どの能力者は体質に影響を及ぼすほどのものには至らず、原色のままである。
見たところ彼女もまた黒髪であり、高位能力の保持者には見えない。
ここである予想が湧き上がる。
「もしかして姉に関連する用事ですか?」
「…驚きました。しかし話が早いのなら助かります」
少し考えれば分かる気もするが、俺の態度から見てそこまで頭が回るとは思わなかったらしい。
「前置きは無しにして、単刀直入に言わせて頂きます。貴方の姉である海崎七海さんの言葉に基づき、この度貴方に会いに来ました」
「言葉…ですか」
「えぇ。内容と現状を鑑みて、遺言のような扱いを受けて貰っても差し支えないと思います」
まさか、と思わざる得なかった。
遺言状などあるはずもなく、また姉と交わした最後の言葉は「行ってらっしゃい」の一言。
極めて普通の見送りであったと記憶している。
「彼女の遺体は見つかっておらず、またその最後も混乱下の不確かな証言のみというものでしたので、現時点では行方不明となっているのはご承知の通りだと思います」
そうなのだ。
父の方は知らせを受けた後日、粛々と葬儀が執り行われたが、姉は違う。
具体的にいつその事態に陥ったかは分からないが、未だに捜索を続いている点からも、不用意に行うわけにはいかない。
「ですが彼女の言葉はこの状況に対しても適用されると考え、この度伝えに参った次第です」
さて、どんなものなのか。
失礼して、と彼女が前置きをおく。
「七海さんは自身が何らかの事情により、能力者としての活動が困難になった時は、弟である蒼麻さんの意思を尊重した上で、その願いを聞き入れて欲しい、との事でした」
「はぁ… 」
願いとは何だろうか。
漠然とし過ぎてピンとこない。
「七海さんは貴方を能力者として生きる道に引き入れたくないようでした。しかしこの話の直後、先程の言葉を私に託しています」
「…ってことは」
「はい。貴方が能力者としての道を志すかどうかの是非を問うたものでしょう」
目の前の彼女が来訪した時に比べ、格段に状況は飛躍している。
正直言って理解が追いついているとは思えない。
よって内容把握出来ている自信はない。
まずは冷静かつ正確にに事態を把握しなくては。
「仮に俺が希望した場合、どんな感じになるんでしょうか?」
「さしずめ私の所属するキャンパスに来てもらう事になるでしょう。そこで能力者としての実力を測り、それから転入して貰う形になりますね」
なるほど、と相槌を打つ。
さて、ここで考えるのはその道を選んだ場合のメリット。
そして絶対に外せないのが姉、七海の気持ちだ。
まずメリットだが、これは簡単に想像できる。
それはお金だ。
家の現状として、唯一の働き手であった父に亡くなったため、収入が無いに等しくなってしまった。
無論、国から今後は手厚い保障が得られることになってはいるが、それでは将来の備えに対して脆弱だ。
そうなれば母がパートなどで働きだすのは時間の問題だろう。
これでは家事などを一手に担っている母の負担が大きくなるのは必至。
であるならば、同じ家族の一員として何とかしたい。
もし能力者として国に認定を受ければ、それだけで多額の奨励金が支給されるのだ。
(問題は母さんの説得か)
七海の事があったばかりなのだ。
経済的負担は軽減されても精神的負担は増大するかもしれない。
そして話し合いの過程で間違いなく姉に関しても議論されるだろう。
それこそ先に挙げた、七海の気持ちに関してだ。
彼女は一体何を伝えたかったのか。
俺にどうして欲しいのか。
本人に聞く事が出来ない以上、想像のみで補完するしかない。
「護江さんは…、どう考えていますか?」
参考になれば、と考えた。
「これはあくまで私見ですが、彼女は決して見込みのない者、例え親類であっても、その道を勧めたりなどしない人であったと記憶しています」
それはつまり、俺がその条件を満たしているということ。
「例え力を自覚した覚えがなくてもですか?」
「そこはあまり重要ではありません。精々、習熟までの期間に差が出る程度です」
能力に関する研究は未だ発展途上。
能力がどのようなメカニズムで発現していくのかは諸説あるという。
「貴方には力がある。それをどうするか決めるのは貴方自身。彼女が言いたかったことはそういう事だと思います」
「では、その際はお待ちしています」
会釈の後、去っていく奏多を玄関より見送る。
内と外を隔てる扉が閉まり、またリビングへと戻る。
先ほど同じ位置に座り、今度は一人で思考の海へと潜る。
今や脳内を占めるのは、母への説得よりも自分がどうしたいかであった。
そもそも順番を間違えていたのだ。
自身の意思を据えずに行動など起こせる筈がない。
差し当たってそれを明確にしなければ。
(興味がなかったといえば嘘になる)
姉がどのような経緯で力で発現させたのかは分からない。
覚えているのは、その特別さからくる強い憧れ。
俺もああなりたい。
それは幼少期に観たヒーローアニメへの憧憬と等しいものであった。
だが年を経て、その思いは徐々に落ち着きをみせていく。
姉にあって、自分にはないもの。
どうしようもない現実を前に、次第に諦める気持ちを備え始めていた。
現実を見るようになったのだろうか。
特に姉に対してひがみを覚えたこともない。
奏多がこの話をしなければ、一生平凡な日々を送っていたのかもしれない。
しかし今や非凡との狭間に立っている。
これを無視して元の生活を営むのは、相当に至難であることを理解していた。
流れに身を任せるのなら能力者の道へ。
もはや抗いがたい魅力に取り憑かれていた。
一度は諦めた夢を再び燃え上がらせる出来事に直面したのだ。
非常に利己的な方へ傾いているのは自覚している。
(姉さんに怒られるだろうか)
持てる力を使い、大義の為に戦った彼女。
勿論、俺もそうありたいという青い理想は持っている。
果たしてそれだけで歩んでいけるものなのか。
何か起きてから考えていたのでは、取り返しのつかない事態になるのではないか。
上手く未来のリスクを想像出来ないのが問題だった。
これでは母の説得なんて夢のまた夢。
今日のところは考えを寝かすことにした。
翌日。
結論はおろか、何も進展していなかった。
就寝のためにベッドに入るまで、色々考えては放り投げ、同じところをグルグルと回ったりもした。
そして朝。
何の成果も得られなかった俺は、早くも強行手段へと踏み切ろうとしていた。
それは血迷ったとしか思えないような一手。
母に話していた。
しかしこれは結果的に吉と出た。
母はいち早く俺の内情を見抜いていた。
「あなたの好きなようにしなさい」
結果として終始これに尽きる言葉を繰り返すのみ。
何故なのかを問いた。
下手すれば開けた道が閉ざされるかもしれないリスク。
しかし問わずにはいられなかった。
「七海と全く同じだったからよ」
母が言うには、能力者として歩み始めた後でも、時々相談してくる事があったそうな。
驚いた。
まさかあの姉が俺と同じように考え、悩んでいたとは。
そしてそれだけではなく、結果を残してきた。
俺にもやれるだろうか。
やるべき事を見定め、行動する。
不安しか生まれないが、母の言葉が強く俺を押した。
「悩み続けなさい。七海のように」
天気に恵まれたある日の朝。
俺は佐世保の地に立っていた。
目の前には厳重に警備された敷地へと通ずる門がある。
観光などではまず来ようとも思えない、厳つい雰囲気が漂う。
早くも帰りたくなる気持ちを抑えていると、ようやく待ち人がやって来た。
「待たせてすみません。ようこそ、いらっしゃいました」
「今日はお世話になります。護江さん」
「よろしくお願いしますね。ではどうぞ、ついて来て下さい」
彼女のおかげで、ほぼ顔パスで中に入れて貰えた。
「チェックが面倒ですみません。何せ国の重要機関ですから、必然的に警備も厳しくせざるを得ないのです」
彼女の謝辞を聞きつつ、周囲の景色を見回す。
舗装された道に手入れが行き届いている木や植え込み。
真新しさを感じさせる幾つもの建物。
まるで大学のようだと感じた。
だがそれにしては人気がない。
「今日は休みか何かですか?」
「そんなところです」
思った以上に実りの少ない回答だった。
そんなこんなである建物の一室まで案内された。
「改めまして、ようこそ佐世保キャンパスへ」
「こちらこそ、今回は要望に応じて下さりありがとうございます」
「わざわざ遠方まで来ていただいたので、何かなければ直ぐに検査を始めようと思うのですが」
「お願いします」
「では早速ですがこちらへ」
隣に通じる扉を抜けると、真っ白な部屋と大小多数の機具が待っていた。
「今回はここにあるほぼ全ての検査器具を使用していきます」
「…どのくらい掛かりますか?」
よくある健康診断とはわけが違うことを痛感していた。
「一つあたりに要する時間はまちまちですが…。早くても一時間は必要です」
これからが決まる大切な一時が始まった。
「遅いな」
検査を無事に終えてしばらく。
結果をまとめるために少し待つように言われ、最初の部屋で待機中である。
検査は当初の1時間を超過し、およそ2時間弱も要した。
奏多は慎重を期すために、と言っていたが
(なんか時間が経つごとに雰囲気がおかしかったな)
最初こそ検査機具の説明などを含めた会話を交わしていたが、次第に口数が少なくなってしまっていた。
原因は彼女の返答がだんだん淡泊になってしまったこと。
最後こそ時間超過の謝罪を寄越してくれたが、それも最低限度な印象を受けた。
そして現在。
すぐに出てくるものと踏んでいたのが、よほど手間を要するらしい。
待たされている部屋には特に興味を引くような物はなく、殺風景な内装だった。
おかげで暇を弄ぶしかなくなり、ついまどろみかける。
「お待たせしました」
「え?あ、いえ」
呆けていた顔に力を入れ直す。
「検査結果が出たので、差支えなければこの場でお伝えします」
彼女の手には1枚の用紙が収まっていた。
「問題ありません。お願いします」
では…、と俺の対面に座る。
「結論から申し上げます。海崎蒼麻さん、貴方は学園に編入するための条件…、つまり能力者としての素質は十分に満たしていると判断します」
ホッ、と息が漏れる。
「よって希望されるならば直ちに編入手続きを行い、早ければ明後日には学園の一員として登録されるでしょう。あとはどのキャンパスに配属されるかですが、もし佐世保がよろしければ便宜を図ることも出来ますので、一声お願いします」
その後も編入にあたっての簡単な説明が続いた。
「こんなものでしょうか。何か質問はありますか?」
「特にはないです」
取りあえず家に持ち帰り、母を交えて調整する必要がある。
これで話は終わりかと腰を浮かしかける。
「ではここからは私、護江奏多一個人として貴方にお話しさせて頂きます」
「え?」
「端的に言って、貴方の力は予想以上のものでした」
今までの事務的な説明とは違い、彼女本来の口調へと戻っていた。
「今はまだまともに扱う事は叶いませんが、きちんとその術を習得すれば、すぐにでも頭角を現すことも出来るでしょう」
手に持つ用紙に目を落とす。
「そして近い将来…。いえ、それよりも」
1つ提案があります、と前置き。
「先ほども言いましたが、貴方の力は予想を上回り、非常に強力です。普通に編入すれば、それほど時間をおかずに目を付けられるでしょう」
「一体誰にです?」
「国に、です」
国益に直結するといっても過言ではないご時世。
強力な能力者は、それだけの価値を秘めている。
「もちろん、それに伴って多額の奨励金を支給されるでしょう。しかし与えられるだけの額に見合った働きを要求されます」
例えば…、戦地へ。
少々極端に振れてしまっているが、決して冗談ではない。
現にほんの少数ではあるが、派遣されているらしい。
または研究所へ。
人体実験といった非合法な活動は無いが、能力に関連した研究に関わることになる。
併せてその技術を応用した兵器の開発にも携わることになる事もあるとか。
一度足を踏み入れてしまえば、二度と戻れない。
そんな闇を感じた。
「少し前と比べて世間の目が厳しくなり、大部分が改善されましたが…」
「それって…」
「そう、七海さんの一件です」
戦いにあける犠牲者の詳細こそ公表されていないが、表層上の情報は世間に流されている。
「とは言っても、やはり事態は深刻です。そこで私は貴方に1つ選択肢を提示したい」
綺麗な人差し指が一本、立てられる。
「非公式にこのキャンパスに編入しませんか?」
「…そんなことがあったのね」
上空を流れていく雲を眺めながら呟いていた。
「その後はあっという間だったけどな」
あの後結果的に奏多の提案に乗った。
しかし通っていた学校を辞めるわけにはいかない。
義務教育であることは勿論だが、一般学校に在学中という肩書が必須だったからだ。
さもなければ非常に歪な経歴をもつ者として目を付けられてしまう。
だがキャンパスと学校はとても気軽に通える距離にはない。
従って家からも当然遠く、その距離を如何に埋めるかが焦点であった。
そこで奏多は一計を案じる。
「それが国内留学生制度だったと」
「そうそう」
「あったわね~、そんなやつ」
正式名称は別にあるが、世間ではこの名称で認知されている。
これは一般の学校に通う、言うなれば非能力者の生徒を対象にしたものだ。
キャンパス側からの要請に応じ、各学校側が希望する生徒を選抜して一定期間留学させる。
期間はキャンパス側が指定し、最長1年となっていた。
奏多はこれを利用し、表立っては一般的な留学として受け入れたものの、その実、マンツーマンでの集中的な指導を俺に施した。
「あの護江さんに直接?」
彼女の疑問はもっともだった。
「俺も最初はあの人が学生会長だったなんて思いもしなかったよ…」
それこそ俺の姉である七海の親しい友人として、といった感じ。
検査や手続きを経ていく内に、ひょっとして生徒会といった組織の人なのではないかと考えた。
しかし
「まぁ、聞いた話だと仕方がないかもしれないわね」
今でこそ会長という立場がどのようなモノなのか、その全容は大体把握しているが、当時は本当に何も知らなかった。
かくして俺はキャンパスで一年間、厳しくも充実した生活を送った。
「あれ?でもそれだと、あと一年は何をしてたの?」
「それこそ会長の権力というものを実感したときだな…」
一年の留学期間を終えた俺だったが、しかしそれは実質的に終わってなどいなかった。
もう一年の再申請。
つまりもう一年の追加であった。
断る理由は持ち合わせていなかったが、何故かと尋ねた。
すると奏多は
あと一年で可能な限り仕上げる
と答えた。
実はこの頃、佐伯キャンパスが設立され、璃音が佐世保へとやってきていた。
奏多はかかる状況を鑑み、将来を見据えた上であと一年と決めたらしい。
だがこの話は俺は聞かされていない。
イマイチはっきりとしない状況だと感じてはいたが口をつぐんだ。
それよりもどうやって留学期間を延長するのかが気になっていたからだ。
だがそれは驚くべきことに、申請は既に上手くいったという。
どんな方法を使ったのか後日聞いてみると、その強引さに少々引いてしまった。
申請自体は簡単な話で、最初の一年の時と何も変わらない。
しかしその中身が問題で、留学の対象者が全くの別人であったことだ。
同一人物の連続した申請は目立つ。
ならば影武者をつくろう。
だが普通に考えれば非常に面倒かつ困難な方法だ。
俺の通う学校を始め、関わる全てのものを騙さなければならない。
事が公になった際のリスクもまた計り知れないだろう。
しかし俺の懸念は他所に、何かしらのトリックで成し遂げられていた。
因みに詳細は最後まで教えてくれなかった。
「それから今に繋がるわけね」
「うん。一月前くらいの話で全部ね」
「佐伯…ですか?」
「えぇ。貴方にはそのキャンパスに入って貰います」
辛く、でも楽しかったともいえる2年間の終わり。
歩んできた道を提案された、あの部屋でのことだった。
「ここではなく?」
この時、俺の希望は佐世保だった。
2年という期間で勝手知ったる土地になり、ほんの僅かではあったが知り合いも出来た。
そして何より師事してくれた奏多もいる。
「私としては嬉しい限りですが、貴方にとって最良であると判断しました。どうか聞き入れて下さると助かります」
深々と頭を下げられる。
「頭を上げてください!行きますから、佐伯キャンパスに!」
すると彼女はすぐに頭を上げ、少しにやついた顔を見せた。
(やられたっ)
今のは俺の言質を取るために仕組まれた罠であったに違いない。
「ありがとうございます。きっと分かって下さると信じていました」
いつも通りの顔に戻っていたが、先の顔が頭から離れない。
最後の最後で彼女の狡猾さを垣間見てしまった。
「詳しい話は現地で分かる手はずです。到着したら、そこの学生会長へ挨拶を」
「わかりました」
「とても頼れる人ですので安心してください。ただし、基本的にここであった事は話さないようにお願いします。外部に漏れると色々と面倒ですので」
「となると、能力も抑えた方がいいですか?」
「積極的に行使するのはやはり控えてください。ですが、彼女達なら…、そうですね…、隠す必要はありません」
話さず、しかし隠さず。
一見して相反する行為だが…
「確かに疑問は最もです。ですから話す方も、貴方の判断に任せましょう。貴方ならみだりに言い触らしたりしないでしょうし」
「それは約束します」
ここまできて彼女に迷惑などかけたくない。
「とにかく向こうの人達が信用におけるのは確かです。頑張ってください」
「護江さんのためにも負けるわけにはいかないな…!」
高速で海上を走り回り、少しでも相手の力を削るべく、砲撃を加え続ける。
準備が完了するまであと少し。
こっちに来てから、一度も練習しないままでのぶっつけ本番だったが、思いのほかスムーズに構築されていく。
一応、その全容を誤魔化すために、複数の小型砲撃陣で覆い隠してはいる。
だが、恐らく和月も気づいているだろう。
濃密なエネルギーの収縮を。
(それでも手を出さないってことは…)
誘われている。
そう断言してしまっても問題なかろう。
さてとっておきの準備だが、いよいよ完了した。
完了後の維持も特に問題はなく、あとはこれを放つためのお膳立てに取り掛かるとしよう。
手始めに短時間でも彼女からの妨害を排除すべく、ありったけの砲撃陣を展開し、併せてカモフラージュ用の陣も動員して一斉砲撃を放つ。
「?!」
これには彼女も意表を突かれたようだ。
一瞬にして彼女の周囲が、光と煙に包まれる。
これは互いの力が強力な圧力によってぶつかり、干渉し合うことで引き起こされる反応だ。
払われるのも一瞬だが、その一瞬こそ欲しかった。
すぐさま控えさせておいた陣を起動する。
「ドミネーション・オブ・ナイト」
突如として周囲が暗闇へと包まれる。
及ぼす影響は広大で、島をも半分飲み込んだ。
この中に捕らわれれば、視界に入るのは静謐な暗闇のみ。
その制約を受けない者はただ一人。
結界を展開した俺だけだ。
続けて攻撃系統の陣とは別種のものを展開し、彼女の頭上へ目掛けて撃ち上げる。
「…っと?!」
すかさず彼女のいる方向からカウンターが飛んできた。
陣の輝きすら封殺する闇の中、砲声のみで判断して撃ってくるその練度に、冷や汗をかいてしまう。
2回目の決め打ちを警戒しつつ空を見あげれば、ちょうど暗闇に強烈な光を発する火の玉が出現した。
それらは爛々と光り輝き、その真下にいた和月を煌々と照らしている。
あれは夜間において有視界戦闘を可能とする弾、照明弾である。
これにより結界の特性と相まって、こちらはほぼノーリスクかつ、正確な射撃が可能となる。
彼女もその脅威に気づいたようだ。
効果範囲の外へと逃れようと海上を蹴っていた。
(させない!)
彼女の機動を先読みし、追加の照明弾を撃ち上げる。
当然ながら連動してカウンター飛んでくるが、先ほどと違って回避に徹しているせいか、幾分精度は落ちていた。
こちらは網膜ではない事を最大限生かし、的確に処理していく。
そして同時並行で決め手に取り掛かった。
自身の身体の大きさを優に超える、巨大な砲撃陣を展開する。
結界を張る際に用いた陣とほぼ同等クラス。
これをもって、一気にけりを付ける狙いだ。
だがここにきて不安定さが目につき始める。
広大な結界の維持と、巨大かつ強力な砲撃陣の展開、その他の細かな処理を同時に行使するには、少々無理があったようだ。
所々で粒子が火花のように弾け、ショートしかけた電灯のようになっていた。
危惧した通りの事態になってしまったが、ここが正念場と歯を食いしばって維持に努める。
従来の小型の陣と比べて完成に手間取ったが…
(展開…完了!)
呼応した輝きが見る間に強くなり、次いで猛然と回転し始める。
狙いは未だ光源の下に捉えている和月。
その中心に目掛けて…、解き放った。
小型の物とは比較にならない、膨大な質量と光度を湛えた、巨大な光の砲弾が空中を疾走する。
音でしか判断出来ない彼女は、俺の放ったものが異常であると判断したらしく、回避は間に合わないと踏んで、飛来方向へ集中的に盾を配備した。
間もなく、着弾。
とてつもない質量の物体が、硬い何かに叩きつけられたの様な。
しかしそんな表現すら霞んでしまう程の、けたたましい金属の重低音が辺りに撒き散らされた。
先の一斉砲撃も消し飛ぶ閃光と煙が、遅れて彼女の周囲へ発生する。
「…っ」
視界に幻影の火花が散った。
強引に力を安定させていた反動だろう。
ついで無視できない頭痛と倦怠感に襲われる。
いわゆる酔いであった。
「まだまだ未熟ってか…」
下手に気を抜くと、海に足を取られて沈んでしまうかもしれない。
彼女を仕留める事は出来たのか、それを確認する気力も蝕まれ、立っているのがやっとになっていた。
しかし最後の意地とばかりに、彼女のいる方向へ目を向ける。
すると晴れつつある煙の中、人影が見えた。
まだ終わっていない、と足に力を込めた瞬間
(…あっ…)
限界とばかりに意識が遠のいた。