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Imitation War  作者: つばグリ
4/6

知られざる過去と後悔

「じゃあ今日から海崎くんを加えて、新たに授業を始めていくわよ」

電子黒板を背に、教卓に立つ和月。

日曜から一夜明けた月曜日。

事前に教えられた通り、俺は無事に教室へと赴くことができた。

(実際は他のみんなと一緒だったわけだが)

ともあれ編入後最初の授業。

心機一転で頑張ろうと息巻いていたのだが、俺の前にやって来たのは先生ではなかった。

「えっと…。ホームルームか何かですか?」

「違うわよ」

「いきなりの自習?」

「まさか」

「では会長の告白が披露されたり?」

「どうしてそうなるのよ!」

珍しいことに和月が取り乱した。

感情と同期しているのか、髪の毛色の輝度が強まって見えた。

「もしかして本当に会長が授業を?」

「それ以外に何があるっていうのよ」

それが当然だと言わんばかりの口調だった。

「会長以外にはいらっしゃらないんですか?」

「いないわ。正真正銘、私だけ」

「マジか…」


「端的に能力者と言っても様々な種類があって…」

電子黒板を駆使したデジタル一色の授業。

和月が一度指を、腕を振るえば、それと連動したモーションで描かれ、書かれ、消されていく。

動画や静止画問わず、ありとあらゆる資料が添えられ、より一層の理解が促進される。

今まで受けてきた旧来の授業形式の面影など殆どなかった。

そして授業を受ける側にもその影響は色濃く反映されていた。

まず机だが、僅かに傾斜がかかった少々特殊な形状で、使用者の負担軽減を考慮したと思われるデザインだった。

しかしそれは本の序の口。

専用のAR(拡張現実)グラスをかけることで、黒板に示されたものが手元にも表示されるようになる。

板書といった行為が不要になり、それ以外にもリソースを割くことが可能となっていた。

結果として和月の説明をよく聞くことが出来、これもまた内容理解の一助となっている。

他にも多数の便利機能が付いているようだが、キリがないので割愛させてもらう。

ともあれ快適な授業環境なわけだが

「本当に会長が教えるんだな…」

雰囲気的には初日に挨拶しに行った時と似ている。

言葉遣いこそ砕けたままだが、口調がしっかりとした印象を受ける。

はきはきと聞き取りやすく、また凛々しさすら感じる姿は、まさしく先生であった。


「じゃあ昼からは外で実技だから、あとはよろしくね~」

昼食時の食堂。

準備の関係で先に出ていくという会長を見送る。

「実技って何をするんだ?」

率直な質問を隣の零華に投げかける。

「そうですね…。端的に言ってしまえば能力を使った訓練ですかね」

「へー」

「あとは人数少ないから、基本的に二人一組で色々とやったりするわ」

合いの手で一音も教えてくれた。

「今まで私と狩生さん、鶴御さんと会長で組んでましたけど、今日からどうなるんでしょう」

「俺入れて5人。奇数だもんなー…」

まさかハブられるなんて事は起こり得ないだろうが、それでも一抹の不安は拭えないのは悲しい過去のせいか。

「色々と気になる事はありますが、そろそろお開きにしましょう」

「そうね。グズグズしていたら着替えの時間が無くなっちゃうわ」

「わわ!先輩方、待ってくださいよ~」

会話に参加せず、一人でゆっくりと昼食を取っていた璃音が慌てて掻き込み始める。

「俺はまだ行かないから、ゆっくりでいいぞ」

「ありがとうございます、海崎先輩」

一昨日から彼女の食事する姿は見てきたが、基本的に食事のスピードは遅いようだ。

だが他の3人と比べて一口が小さいといった差は無い。

ただ単純に一口にかける時間が長いのだ。

俺なんかと比べて遥か前からここで食事を取っているはずだが、それでも彼女は一口一口丁寧に、そしてとても美味しそうに食べる。

「作る側からしたら嬉しい事この上ないだろうな~…」

「………?」

「いや、独り言だから気にしないでくれ」

微笑ましい姿の彼女を横目に、ふと厨房の方へと目を向ける。

すると今日も変わらずドラム型ロボットが佇んでいた。

立ち位置も向きも何も変わらないその姿。

けれども俺には、美味しそうに食事を取る璃音を暖かく見守っている気がした。


グラウンドは学園の敷地の外、隣接する形であった。

「敷地として囲わなかった理由?」

学園指定の体操服に身を包み、一音と並んで準備運動。

「詳しい話は聞いたことがないわね。大方いつもの予算不足なんじゃない」

「やっぱりそうなのかね~」

予想された回答だったため軽く流す。

とは言っても、ここで意外な真相とやらに出会っても正直困るわけだが。

「よし、こんなもんで良いでしょ。早速始めましょうか」

「あぁ、今日はよろしく。狩生さん」

俺のくだらない心配は杞憂に終わり、結果として一音と組むことになった。

因みに他の2人は会長に連れられて、準備運動もそこそこに何処かへ行ってしまった。

「さて、会長からは大雑把な指示しか貰ってないわけだけど」

「俺の実力を見定めるんだっけ」

「そうね。私に出来る範囲で良いとは言ってたけど…、うーん」

実力云々と聞くと昨日の事を思い出してしまう。

(まさか似たような事にはならないよな?)

流石に殺気立って迫ってくることはないだろうが、それでもあんなのは御免だ。

「取りあえず基本的なところからやっていくわよ。能力は発動させられる?」

「それは問題なくやれると思う」

「よし、じゃあやってみて」

彼女が少し離れるのを待ってから発動文句を口にする。


「イグニッション」


漆黒の光があふれ出し、粒子状になって滞留し始める。

「こんなもんかな」

特に異常なく発動できたようだ。

「へぇ、やるじゃない。ここまで安定しているなんて驚いたわ」

興味津々といった顔で近づいてくる。

「そういえば属性は?あと種別も何か分かってたりする?」

「属性は海です。ただ種別が…」

「もしかしてまだ?」

「そんなところです」

能力を分類する上で重要なものは属性と種別で、正確には属性の下に種別が続く。

まず属性には大別して3種類あり、陸・海・空の3つとなっている。

基本的に1人あたり1つを保持するが、当然だが例外も存在する。

次に種別だが、これは説明するのが少々難しい。

よって例を提示したいと思う。

まず零華だが、属性は空で種別はインターセプターを有しているとのこと。

これで種別がどういう立ち位置をもっているか、その片鱗くらいは分かってもらえるだろうか。

要は能力が最大限のポテンシャルを発揮できる道しるべ。

これが自覚出来ている者とそうでない者とでは、当然ながら大きな差が生まれる。

因みに総数は不詳だ。

なんせ数が多く、場所や人によっては別の言い方をしてるケースもあるからだ。

とまぁ、こんなところだ。

「よく実戦を経験すれば判明するケースが多いって聞くわね」

「まさか…」

消えかけていた懸念がフラッシュバック。

「何よ」

「いやさっき実戦って…」

すると心外だと言わんばかりの顔を向けられた。

「そんなことしないし、させないわよ!それとも何?死にたいの?」

「いや、本当にすみません…」

「…全く」

予想以上の剣幕に委縮してしまった。

しかし彼女との過去を思えば、その経緯も理解出来なくはなかった。

「次は何するんだ?」

「種別が分からないんじゃ、その先も無理だし…。あとは基礎技術の確認くらいか」

「それって身体強化とかか?」

「そそ。他のやつも含めて、あんたがどこまでやれるか見たいから遠慮なく来なさい」

「わかった」


あれから暫く。

漆黒と山吹の鮮やかな色が絡み合ったひと時は一旦小休止。

結論を先に言うと褒められた。

「とても一般上がりの編入組とは思えないわ。あんた、本当はどっかのキャンパスからの転属とかじゃないでしょうね?」

「まさか。本当に編入だよ」

「ふーん。…まぁ、この際どうでもいい事なんだろうけどさ」

「どういう意味だ?」

「別になんでもないわ」

しかし言葉とは裏腹に彼女の顔は優しく、そして信頼の感情が読み取れた。

だが、共に研鑽していく学友に向けられるそれとは違う。

それはまるで…

「さぁ、どんどん行くわよ!」

「あ、あぁ」

どこか釈然としない気持ちを抱え、再び光を躍らせた。


「で?どうだったの?」

夜も更けてきた深夜21時過ぎ。

俺の部屋の椅子に腰かける零華がそんなことを聞いてきた。

「どうって何が?」

「狩生さんとはどうだったのか~、って聞いてるの」

「なんか誤解を生みそうな言い方だな、それ」

「別に良いじゃない。それでどうだったのよ」

これ以上突っ込むのも野暮な気がしたので諦めることにする。

「特段変わった事はしてないと思うぞ?能力起動の確認と、あとは手合わせをずっとしていただけだし」

「手合わせ?」

「身体強化とか基礎技術を使ったやつ」

「へー。勝ち負けとかは?」

「別になかったな。狩生さんがその都度指定するパターンでやり合って…。いや…」

最後の最後、指定なしで好きにやっていいと言われたやつは、傍から見れば勝負とも言えなくはないかもしれない。

「その反応は何かしらやったのね。彼女は何て?」

「えーっと…」

出来るだけ言葉が違わぬように努める。


「あんたなら安心して下は任せられそうね、…だったかな」


「………へぇ…」

今までの気だるげな雰囲気と打って変わって、真剣さが否応に感じられた。

「…どうかしたか?」

「またあなたへの評価を改めないといけなくなった」

「それはどうも。2日連続で同じセリフを聞くことになるとは思ってもみなかったけど」

「何よ、私に認められるのが嫌なの?」

「全然。むしろそのおかげでそっちの素と話せてるんだから感謝こそすれ、不満なんてあるわけない」

「…別にあなたを完全に信用したわけじゃないわ」

これは昨日のことを引き合いに出しているのだろうか。

「それに関しては全力で当たらせてもらうよ。素を知った身としての責任は果たす つもりだからね」

「……ふん」

そっぽを向かれてしまったが、感触としては悪くない気がする。

ここは彼女のために、ちょっと踏み込んでみようか。

「そういや狩生さんには怪しまれてたな。上面がどうとか」

「え?!」

今度は意表を突かれたと、びっくり顔。

「嘘じゃないからな。初日の夜、色々と話す機会があってな。その時に偶然聞いた」

そのおかげで翌日の事故にも上手く対応出来たのだと補足しておく。

「みょうに対応が落ち着いていると思ったら、そういう事だったのね…」

「まぁ、びっくりしたのは事実だけどな」

零華は俺に使い分けの事実が露見した後も、皆がいる公の場では相変わらず仮面を被り続けている。

その豹変振りと切り替えの早さには、毎度のことながら脱帽している。

「今後のためにも…、チャレンジしてみないか?」

「…バラすってこと?」

「そうだ」

彼女が素の自分というものに対してどのような思いを抱いているにせよ、いつかは乗り越えなければならない。

「………」

しかし即決とはいかず、やはり考え込んだまま黙ってしまった。

たがこれは良い兆候とも言える。

すぐさま拒否されなかったということは、それだけ彼女が事態に前向きになってくれているということ。

「少なくとも俺は、素の清水さんに何か問題があるとは思わない。だから清水さんの気持ち一つで踏み出せるものだと信じてるよ」

これがよく知らない相手に対してならば話は別だ。

しかし狩生一音という女の子は、間違いなく信頼のおける人物のはず。

俺と一音の最初の関わり合いは少々特殊過ぎたが、おかげで短期間の内に彼女の人となりを知ることが出来た。

そして俺より付き合いの長い零華がそれを知らないわけがない。

「孤独はとても辛くて寂しいもの…だったよな?」

「っ?!」

「後悔してるって…、言ってたはずだ」

これが彼女にとっての決め手になるはず。

そう願って、昨日の夜を引っ張り出した。


「姉さんを…知ってるのか」

「えぇ。昔、同じキャンパスに居たことがあるの」

「佐世保か…」

「やっぱり知ってたのね」

「時々だけど、姉さんが帰省した時に色々とな」

学園は全てのキャンパスにおいて全寮制を敷いているが、長期休暇の際には帰省する事が認められている。

「なら多少は話が早そうね」

おもむろに立ち上がると、机の引き出しからタブレット端末を取り出した。

「それは?」

「これは学園本部直轄部隊「HASDF」の所属隊員が所持している端末。でも本題はそこじゃない」

端末が立ち上がり、その部隊のロゴと思われるものが表示される。

彼女は迷いなく操作し始める。

「随分手慣れているんだな」

「…まぁね。…っと、あった。これが全ての答えに繋がると思うわ」

画面一杯に表示された一枚の画像。

場所は不明だが、見覚えのある制服に身を包んだ5人の女子が写っていた。

「姉さんと会長、こっちは清水さんに狩生さんか。もう1人は知らない人だけど…」

現在と多少の差異はあるものの、5人中4人は見知った人物だった。

零華は俺の知らない最後の1人を指さす。

「この人は鶴御暁璃つるみあかりさん。あなたもよく知っている鶴御璃音さんのお姉さんよ」

言われてなるほどと納得した。

確かによく見れば姉妹だと言われても遜色ない面影や雰囲気を見つけることが出来る。

「なるほど。このキャンパスにいる全員が赤の他人ではなかった…、と」

「その通り。全てはここから…」

写真を見つめ、淡々と過去の記憶が語られた。


その写真の5人が初めて集まったのは、今からおよそ3年前。

IEによる対外情勢が不安定になり始めた頃だった。

国は早急に防衛体制を強化するため、その一環として学園側に即応可能な実働部隊の編成と、要請に応じた派遣を可能とする体制を要求。

学園側も事態の深刻さを鑑みて快諾。

結果として全国各地のキャンパスより選び抜かれ、編成された部隊というのが彼女達5人だったというわけだ。

しかし実力一点に絞った条件下で行われたため、下は中等部1年、上は3年と、およそ実戦に参加するには不適格ものであると見なされてしまう。

よって設立されたはいいものの、要請主である国が渋ってしまい、暫くは演習漬けの日々を送っていたそうな。

そこで部隊の指揮を任されていた会長…、もとい和月は一念発起。

なんとIEとの戦闘が最もホットであった欧州への部隊遠征を画策したのだ。

国は当初、公式の遠征に難色を示していたが、偶然にも彼女達と同様の経緯で設立、実戦についていた欧州の部隊が活躍。

それを受けた国は、ややあって和月の申請を公式に受理する事に踏み切った。

国際貢献と、有事における高度な能力者運用の研究などと銘打って。

そして彼女達は一路、欧州へと渡航。

各国を行き交い、その時々で戦闘にも参加。

また規模を問わず、諸所の作戦にも参加したという。

現地の能力者部隊・正規軍と連携する機会は多く、その都度における評価は高かった。

そしてついに紆余曲折あったものの、約一年という遠征期間を無事終了。

当初の予想を大きく上回る精強さを手に入れた彼女らは、その戦果を持って部隊の存在価値を示したのだった。


「そんな事があったのか…」

聞き覚えのない姉の過去。

俺は当時小学生だったため記憶が曖昧だが、よくよく思い返してみれば、姉が長いこと家に帰って来なかった時があった気がする。

「公式派遣だったとはいえ、基本的に部外秘だったのよ」

家族にすら話せなかったのは辛いものがあったという。

「それでまぁ…、当然だけど部隊内の仲はとても良かったの。だから七海さんとも沢山の事を話したわ」

ここにきてようやく話しの核心に迫れそうだった。

「遠征期間も大詰めな頃。偶然にも私の素に関して、七海さんに知られてしまった事があったの」

「俺との時みたいに?」

「経緯は全然違うけど…、まぁ似たようなもんね」

要は当時から既に仮面を被り、日々を送っていたわけだ。

「それで?どうなったんだ?」

俺の知る姉なら零華を放っておくわけがない。

ましてや運命を共にする戦友だ。

間違っても懸念を残すような事は出来ないだろう。

「あなたの事だから勘づいているかもしれないけど、それはもう心配されたわ」

知られたのが七海1人であったため、零華の希望もあって2人きりの時によく話したそうだ。

「奇しくも今のあなたと同じような対応でね。無理のないよう、取り敢えずは部隊の仲間から共有していくことを勧められたわ」

例え短期間でも遠征という苦楽を共にしてきた仲間の思いは、当時の彼女に重く響いたらしい。

しかし遠征期間中はその殆どが戦場過ごす事が多く、下手に話してしまえば状況悪化、なんて事も起こり得ないわけではなかった。

つまりは部隊の仲間の人となりはある程度把握してきたつもりだったが、この一件で下手な地雷を踏んで関係悪化に繋げたくなかったのだ。

「って、自分に言い訳したの」

その零華の気持ちを察した七海はそれ以上の説得を止め、可能な限り零華が息抜き出来るように時間や場所を作ってくれたとか。

結局、遠征終了までそれは続き…

「その後も七海さんからこの話が振られる事はなかったわ」

「理由の検討は?」

「さぁね。単に忘れていただけなのかもしれないし…」

それはない、と言いたいところ。

遠征中に零華へと焼いた世話を聞く限り、本当に姉は彼女を気にかけていたようだった。

とてもデリケートな問題にも関わらず、そこまで首を突っ込んだのだ。

ならば帰国後こそ待ちに待った最大の説得機会なはず。

だと言うのに…

(俺って意外に姉さんの事、知らなかったのかもしれないな…)

どうして姉が帰国後に行動を起こさなかったのか。

その真相は彼女自身と共に失われてしまった。

「帰国後の事を思えば、そんな理由でも理解出来なくはないわね」

また過去へ飛ぶ。


彼女達が帰国した時、皇国は太平洋地域における安全保障のため、同盟国であるユドリカ合衆国の作戦支援任務に当たっていた。

この影響もあってか、国は帰国した彼女達を有効活用するべく、送り出す前とは180度違う対応してきたという。

その変質ぶりには苦笑するしかなかったとか。

彼女達が身を賭して欧州より持ち帰った、対IE戦に有効な戦術。

これををいち早く浸透させるため、異例の速さで教導部隊として活動を開始した。

結果はある意味で予想通り、陸海空の様々なところから引っ張りだことなったという。

しかし引く手数多のその傾向は徐々にエスカレートしていく。

そして行き着いた先が部隊の事実上の解散であった。

それが2年前。

父が死に、姉が行方不明となってしまったある作戦の直前だったという。

それはユドリカを中心とした、皇国を含む太平洋地域の各国が連携した軍事作戦。

舞台は赤道にほど近い、太平洋上のとある環礁と島々。

作戦目標はその一帯を占領したIEを殲滅、かつ奪還を目的としたものだった。

皇国は戦力的に例の如く支援任務が主体であったが、欧州帰りの彼女達を急遽投入することを決定。

これを前線で戦う味方主力と合流させ、直接的な支援を目論んだのだ。

しかし先に挙げた通り、彼女達は既にバラバラになってしまっている。

結果として各方面との折り合いがついた2人…、海崎七海と鶴御暁璃が選ばれた。

一応、他のメンバーも都合がつき次第合流となっていたが、実際には現実的ではないと判断されていたようだ。

そして作戦決行され…、失敗した。


「作戦の詳細は私達ですら接触を許されなかった。だから悪いんだけど…」

「いいさ。俺にとって重要なのは父さんが死に、姉さんは行方不明という、その結果だけだ」

失敗したというのだから相当な被害が出たことは確実。

それには間違いなく俺の家族が含まれていている。

(別に敵討ちをするためにここに来たわけじゃ…ない)

その気持ちがないのかと問われれば絶対に否定する。

しかしその一心で歩んでしまえば、果たすべき大義を見失いかねない。

「1つ、あなたに伝えておきたい事があるわ」

「…?」

「戦いの犠牲者はたくさんいるわ。その中には当然、あなたの家族も含まれる」

だけどあともう1人、どうか覚えておいて欲しい、と付け足される。


「暁璃さんも戦死してるの」



そこからあっと言う間だったという。

俺が自宅で家族の訃報に直面していた頃。

設立より数々の場において活躍をしてきた「HASDF」もまた、名実共に解散の憂き目にあっていた。

戦死又は行方不明となった2人の跡を補填する事もなく(あったとしても断るつもりだったようだが)、暫定的に佐世保のキャンパスに身を置いていたという。

国は情報漏洩や他の能力者の士気低下を危惧し、一時は軟禁状態にあったようだが、佐世保キャンパスの会長が色々と便宜を図ってくれ、ある程度は不自由なく過ごせていたそうだ。

しかしこれもまた長くは続かない。

いつしか国は先に挙げた懸念よりも、残されたメンバーの反抗を恐れ始めていた。

よって本格的にメンバーを各方面の機関や部隊に分散させようとし始めていた

だがこの情報を幸運にも親身にしていた佐世保の学生会長よりもたらされる。

これを受けて、事態が沈静化するまで海外へ身を隠すことも視野に入れて対策を練っていたという。

また実際に、欧州遠征で関わったユポリス(連合王国)からも非公式ながら接触があり、条件付きでかくまう提案をされていたとかどうとか。

しかし和月は結果として海外行きを断念。

メンバーの心情を慮っての決断だったという。

けれども事態解決を諦めたわけではなく、自らの持てる力をもって学園側と交渉。

極めて異例の形で新たなキャンパス設置を確約させた。

結果としてそれが佐伯キャンパスとなり、現在に至っているようだ。

これが残された3人の最後の砦であり、新たな出発点となるように願われた場所。


「最初は私達3人だけで終わるはずだった」

学園における育成期間は高等部まで。

それを超えれば各々の道を歩み出さねばならない。

和月が先に抜け、零華と一音が揃って卒業。

しかしそうはならなかった。

「佐世保からの紹介で1人、こっちへ転属してくる人が来たの」

和月は急ぎ、零華と一音を招集した。

佐世保より送られてきた人物データには、どこか既視感のある情報で溢れていた。

苗字は勿論のこと、写真に写っているその姿は間違いなく、よく知る人物の親類である事を示していた。

「暁璃から話は聞いていたけど、実際に目にするのは初めてだったの。だから写真とはいえ、とてもテンションが上がったのをよく覚えてる」

しかし受け入れるかどうかは話が別だった。

この場所は、零華達3人が卒業するまでの仮のもの。

そんな場所に受け入れるのは無責任なのではないのか。

そもそも何のために彼女を受け入れるのか。

その理由すら明確に出来ず、数日に渡って四分五裂の話し合いが続いたという。

「戦死した仲間の妹って事じゃなければ即刻断ってたのにね…」

いつまでも話が纏まりそうにない状況に、1つの打開策が提案される。

実際に会ってみてはどうだろう、と。

早速、佐世保へその旨を通達。

互いの状況を鑑みて、本人が佐伯へ訪れることで決着する。

そしてその日が来た。

双方が直に顔を見せあい、話し、互いの思いをぶつけ合い、そして理解・共有する。

その後は早かったという。

すぐさま彼女を受け入れる旨を佐世保に通達し、正式に転属が決まる。

3人だけのキャンパスにやってきた新しい仲間。

それが璃音だった。


語られた過去。

思うところは沢山あったが、1つ納得がいった事があった。

「俺の編入がすんなりいったのは彼女の事があったからか」

「そうね。少なくとも新たな仲間を受け入れる下地は確実に出来ていた」

しかし能力者というだけで無差別に受け入れる事はしていないらしい。

「でもその例外はあった」

真っすぐに俺を見つめてくる。

「…俺か」

「そう。あなたの時は会長の対応が違った」

新しい仲間が増える。

性別は男で高等部一年に入る。

この程度の簡単な情報のみ。

まるで一般の学校の転入生みたいな扱い。

その時は零華も一音も不満は口にしなかった。

きっと和月にも考えがあるに違いないと。

境遇を同じくする者同士だったからこその信頼であったと言える。

「そして初日に繋がる訳か」

「その通り。名前や顔を知ったのは自己紹介の時が初めてだった」

璃音の一件から、俺の正体を想像するのは容易かった。

なんせ漢字こそ分からないが苗字の読みが同じ。

また七海から自身が長女であることを聞いていたからだ。

状況証拠は揃っている。

しかし和月の真意が分からないままで迂闊に決めてかかって良いのか。

何とかして確実な証拠を掴みたい。

奇しくも零華と一音の思いは一緒だった。

「もしかして…」

そこまで聞けば薄々察しはつく。

「…ごめんなさい」

深々と頭が下げられる。

だがやはり責める気は起きない。

なんせ理由があれだ。

これが単に気に入らないだとか、新入りが受ける洗礼だったりしたら話は別だったのだが。

(彼女に限ってそれはないけど)

とにかく納得した。

これで当初の目的は達成させられたのだ。

「話してくれてありがとな。他にも色々と…」

知らなかった姉の過去に触れ、空いていた心の穴が少しばかり埋まっていく感覚を味わっていた。

「ううん、大丈夫。私もこんな風に誰かに話したのは初めてだったし。…それにいい経験だったと思ってる」

「それなら良かった」

彼女のためにもなったのならこれ以上ない喜びといえるだろう。

(さて夜も遅いし、今日のところは…)

帰るかと、腰を上げる。

「あぁ、でも…」

ポツリ…と彼女がこぼした。

「あなたと話していると七海さんの事を思い出しちゃって…」


「色々と後悔してるわ」

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