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Vシリーズ

山葵と錠剤と聖人祭

作者: 若松ユウ

※注意。この作品は、徹頭徹尾、ギャグに走った作品です。


――今日は二月十四日。デパートやスーパー、コンビニには「あなたの愛しい方(バレンタイン)にチョコレートを贈りましょう」といった甘ったるいキャッチコピーが、赤やピンクのハートを添えて金や褐色で書かれている。

「うぅ。寒さとサドルのダブルパンチだ」

 自転車のペダルを、顔面蒼白のセーラー服姿の少女が、時折吹きすさぶ向かい風にあおられながらも、懸命に漕いでいる。

――そんなロマンチックなイベントの日に、私が何をしているかといえば、良家の令嬢ならショックで倒れそうなほど、お下劣な戦いに挑んでいる。え? 乙女の恥じらいは無いのかって? そんなもの、母親の子宮の中に忘れてきたわ。

「あと少しの辛抱だ。ファイッ、トー!」

 マフラーの隙間から白い吐息をもらしつつ、少女はアパートを目指す。

  *

――そもそもの発端は、先輩に、間違って友チョコを渡してしまったことにある。

「何で、袋の中に本命チョコだけが残ってる、の?」

 紙袋を覗き込みながら、少女は虚ろな目をしつつ、子供部屋の中で立ち尽くしている。

――ここに、先輩の好きな青色の包装紙でラッピングしたチョコがあるということは、すなわち、先輩には、このあと直美に渡すはずだった赤色の包装紙でラッピングした友チョコを渡してしまったということだ。証明終了(キュー・イー・ディー)

「不味い。いや、味ではなく、事態がマズイ」

 邪念を振り払うように大きく左右にかぶりを振ると、少女は玄関に向かい、下駄箱の上に積まれているダイレクトメールの山から、素早く一通を抜き取り、左上にステープラーで留められ、表面に試供品と書かれたパウチを千切りとって開封し、内包されていた白い錠剤を手の平に乗せ、躊躇いまじりの眼でジッと睨みつけながら、ゴクリと生唾を飲み込む。

――どうか、広告文が本当でありますように。チューブ一本分の山葵と、ハズレと書いた紙が入っている冗談チョコを、「大事に食べるね」とはにかんで受け取った先輩の口に入れるわけにはいかないんです、神さま、仏さま。

 少女は、意を決して錠剤を飲み込むと、すぐに鍵と紙袋を片手に玄関を飛び出す。

  *

――几帳面で真面目な先輩のことだから、きっと、まだ食べずに冷蔵庫に入れてるはず。

 整理整頓が行き届き、小ざっぱりしたアパートの一室。少女は、緊張した面持ちで冷蔵庫のドアノブに手を掛けると、謎の気合いを発しながら開く。

「デヤッ! ……あぁ、よかった。まだ開封されてない」

 少女は安堵すると、紙袋の青い箱と冷蔵庫に置いてある赤い箱を取り替え、ドアを閉めて一息吐くと、やにわに踵を返し、ユニットバスへ続くアルミ戸を開け、中に入る。

――あとはタイツとパンティーを脱いで、用を足せば任務完了(ミッション・コンプリート)

  *

――あれから一ヶ月。あのチラシには、こんな宣伝文句が書いてあったの。

“同封されている利尿剤を飲むと、服用後すぐから小用を足すまで、時間を止めることができます。ただし、手洗い場以外で小水を排泄した場合、そのまま、その時間に閉じ込められます”

――化粧品か健康食品かと思ってたら、見当違いの代物だったから、すぐに捨てようと思ってたんだけど、ゴミ箱に投げ捨てる直前、何か引っ掛かって置いておいたの。結果的に、先輩との関係が壊れることもなく、無事にお返しをもらうことが出来たのだから、過去の私を褒めてあげたいわ。

「さぁて。先輩は、どんなチョコを贈ってくれたのかな。――あれ?」

 少女は冷蔵庫のドアを開けると、棚の上に置かれた白い箱を見ながら、小首を傾げる。

――先輩から受け取ったのは、黒い箱だったような。そういえば、さっきお手洗いに入ったとき、トイレットペーパーが三角に折られてたような……。

「まさかね」

 少女は微笑みながら冷蔵庫から白い箱を取り出し、ドアを閉めた。

次回、『芥子と下剤と三倍返し』に続く……のか?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「徹頭徹尾、ギャグに走った」といって、 立派な小話になってますね。 こうゆうの、いいですねー。 続く……のか? (#^.^#)
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