チート
チュンチュン……
窓から朝日が差し込む。
「カー」
チュンチュン……ピッピ……
今日も良い天気だ。
「グカー」
ピピピ……チュンチュン……
良い一日になりそう……
「ゴガーーーー!」
「うるさぁい!」
「きゃあ!」
「良い一日になんてなるかー! こちとら一睡も出来てないんだぞ!」
「な、なに一人で騒いでんの……? ちょっとこわい」
「こわい……じゃない! イビキはうるさいは……見ろ! このたんこぶに痣を!」
セカイに腫れ上がった頭を見せる。彼女は驚いたように口を覆い、
「まぁ! やだ、誰にやられたの!?」
「お前じゃい!」
と、まぁこんな感じで二日目がスタートしましたとさ……
「お前……それ」
「何かおかしいことでもある?」
「いや、それは……急にどこから出てきたの?」
俺の目の前に突然、部屋の三分の一ほどの大きさのクローゼットが現れた。
煙がボン! ってなるヤツとかそんなものではなく、一瞬目を離した隙にだ。中には大量の白のワンピース。
「もしかしなくても……それ、全部お前の?」
「そうよ? 全部私が作ったんだから!」
そう言いながら両手を腰に当て誇らしげなセカイ。どや顔が妙にムカつくが、それは置いといて……
「着るものって全部それしかなの?」
「うん!」
ふんす! と鼻息を立てて目をキラキラと輝かせている。
「だって私のトレードマークなんだもん」
「トレードマーク~?」
「そう! これが私のアイデンティティよ!」
「そっか、そっか……うん」
「何よ、その反応!」
そう発した直後に頬を膨らます。なんか、ありきたりだなぁ。
そう思った。
「ほら! これ、アンタの」
セカイは俺に何かを投げわたす。なんだ、これ。服?
「アンタの服よ。ずっと制服じゃ動きづらいでしょ。それに悪目立ちするし」
確かに。昨日、米運びしていたときもなんか色物みたいに見られていたからな。制服はやっぱりおかしいか。
「じゃあ、ユイト! さっそく着てみて!」
「おう! ありがとな、セカイ!」
二分後……
「おい、セカイ」
「な……なに? ユイト」
セカイは俺を見ながら口をふさいで必死に笑いをこらえている。
「男にワンピース……着せるか? 普通」
「ぷっ! はっはっは! ごめん、もうむり! 耐えられない! あーはっは!」
腹を抱えて床を踏みつけながら大きく笑う。こ、コイツ……
「ひぃひぃ……ごめんごめん! ちゃんと普通のにするからさ」
そう言うと、彼女はパチンと指を鳴らす。すると、俺の着ていたワンピースが煙を出し始めた。
煙は見る見るうちに俺を覆い、辺りを見ることが出来なくなるほど濃くなった。
「ちょ、ちょっと! どうなってんだ、これ!」
「はいはい、そう焦らないの」
もう一度、セカイが指を鳴らす。すると、
「じゃん! この通り! このワンピース、私の意思で何にでも変えられちゃうの! すごいでしょ」
黒を基調とした生地で出来た長袖のインナースーツに変化した。足首から首の真ん中ほどまで布があり全 体的に肌に張り付いている。胸筋や腹筋のところを強調するように、その部分が筋肉型に暗い赤で塗られている。
特徴と言ったら左腕だけ袖が無いことだろうか。右腕と対照的にスースーする。
「はい! そのままじゃ外に出歩けないから、これとこれも着て!」
そう言って投げ渡されたのは、真っ黒のズボンと同じく黒のコート。
コートはインナーと同じく左腕の袖だけが無い。コートの背中には首筋辺りに小さな白の翼のマークがある。
「なんで左だけ無いの?」
「おしゃれよ。良いでしょ?」
不自然だと思うけど……
「そのうち自然になるわよ。ほら! 今日は出かけましょ! 街で遊びたいの!」
「あ、あぁ。良いよ。俺も外に出たかったんだ」
急いでクローゼットの前からドアの方を向き、彼女を追いかける。すると、
「ああ、そうそう。今日は“それ”持って行った方が良いよ」
彼女はドアの前で振り返り、壁に立てかけてあった杖を指さして言った。
「良いけど、なにかあるのか?」
「う~ん……わかんない!」
満面の笑みで答えるセカイ。意味が分からない……が、一応言われた通りにしておくか。
俺は振り返り、杖と木剣を手に取り、先に出た彼女を追った。
―――
「ちぇ! ワンピース、結構似合ってたのに……」
「うるせぇ! 似合ってても女装なんていう性癖は俺にはねぇよ!」
ワイワイ……ガヤガヤ……
人がたくさんいる。昨日は疲れもあったからか変なテンションだったから良かったけど、今は少し緊張する。
こんな大勢の人の中にいるなんてあんまり無かったからなぁ。
「ねぇねぇ! あそこ、行ってみようよ!」
セカイが突然、俺の服を引っ張る。
「あそこってどこ?」
「ほら、あそこの! 人がいっぱいいるとこ!」
ん? あぁ、なんだかすごい人だかりだ。何かの店の前に獣人やら人間やらがウジャウジャ。
ふーん、昼間でもあんなにキラキラ輝いてる店ってあるのか。いや、もしかしてあの店は!
「ごめん、セカイ。ここで待ってて」
「え~、私も行く~」
腰をかがめてねだるセカイ。でも、なんだか連れて行ったらいけない気がする
「いいから。ここで待っててよ、頼む」
「はぁい」
案外大人しいものだ。言うことを聞いてくれて助かった。
早歩きで店へ向かう。店が近づくにつれ、怒号のようなものが聞こえだした。
「すいません! 通してください!」
近場まで着いたがあまりの人の多さで何が起こっているかさえ見えなかったため、無理矢理人混みをかき分けて進む。
先頭にいたのは何人かのチンピラみたいな人。五人か? 獣人が二人に普通の人間が三人。獣人の方は狼のようなヤツとウサギのようなヤツだ。それと……
「おじさんに……カミさん?」
昨日の馬車のおじさんとマッサージをしてくれたお姉さんだった。店側のほうに二人とも立っている。おじさんは柄の悪そうな人たちとにらみ合いをしており、カミさんはずっとうつむいている。
「あっ……ユイトさん……」
カミさんは俺に気づいたのか、ボソッと声を漏らした。彼女の顔は疲れ切ったような感じで、先ほどまで泣いていたのだろうか、目の下がほんのりと赤い。
「あ? ユイト!?」
彼女の言葉が聞こえたのか、おじさんも俺の方を向き驚いた。
「こんなとこで何してんだ! ガキの来るとこじゃねぇぞ!」
おじさんは俺に向かって怒号を飛ばした。
「おじさんこそ何やってるんですか! カミさんだって……」
「おう、坊ちゃん。お前、こいつらの知り合いか?」
俺とおじさんの会話で何かを感じたのかチンピラ達はこぞって俺の方に向かってきた。
「はい、そうですけど。何があったんですか! 教えてください」
俺にはあの二人が悪いようには思えない。どっちもいい人だ。優しくて、暖かい人たち。何か言いがかりでも付けられたのだろう。
「おー、聞いてくれよ! あのネーちゃんに俺らの相手してくれよって言ったら『そんなサービスはありません』だってよ!」
チンピラはふざけたように女性みたいに高い声で話した。
「何をさせようとしたんですか!」
「そりゃもう……あんなことやこんなことよ! そういう店だろ? ここ。じゃあ、楽しむしかねーよなーってな訳で、頼み込んでも言うこと聞いてくれないから」
チンピラは俺の耳元まで顔を寄せ小声で、
「連れ出して犯しちまおうとした訳よ」
「ふざけるな!」
そう叫ぶと、チンピラ達は少し離れた。
「おお、怖いねぇ。なんだよガキ、お前もあのジジイみたいに俺らを邪魔すんのか? あ?」
正直、怖い。俺……こんなやつらと関わってきたことなんて全くないから。
でも、ここで逃げたら男が廃る!
「あ……あぁ! してやるさ! お前らみたいな屑なんて俺がぶちのめしてやる!」
「あ? 言ったな、オラ! ついて来いや!」
チンピラはそう怒鳴ると、俺の首根っこを鷲掴みにした。
ついていくって言ったって……これただ引っ張られてるだけなんですが。
「おい、待てよ! やるなら俺にしろ! ユイトは関係ないだろ!」
おじさんがチンピラを追いかけて走り寄ろうとする。
「おじさん!」
俺はそう叫び、おじさんに向かってサムズアップをした。
怖い。本当に怖い。何をされるか分かったものじゃない。だけど逃げるものか。
今の俺の顔はひどい状態だろう。歯はガタガタ震え、青ざめているのだろう。
でも、俺は大丈夫です! おじさん! カミさんをよろしくお願いします。
そのまま少し離れた裏路地まで連れてこられた。
「ここらへんでいいか。じゃあ、兄ちゃんよ。せいぜい俺らを楽しませてくれ……よっと!」
ついてそうそう顔面に蹴りだ。後ろにのけぞる。
「てめえ、さっきアホみたいに調子乗ってたよ、な!」
右フック。狼の獣人からだった。獣人の拳は常人のとパワーが違うみたいだ。
「かっこいいとでも思ってんのかよ、このガキ!」
ウサギの蹴り。ウサギはもとより足が強いとは知っていたけど、こんなに威力があるなんて……意識が飛びそうだ。
この後、何発も何十発も殴られたり蹴られたりした。
疲れたからもう止める、とかは本当は無いんだなぁって分かった。
意識が飛んだら水をかけられて起こされ、また殴られ……
だけど痛くはなかった。
重みが違うのかな? あの時……あの雨の中で殴られたものとは全く違う。
あれは本当に痛かった。鋭い痛みが全身に駆け巡って、一発で足が崩れそうになって……
こいつらとは……こいつらとは比べものにならないぐらい……正しかった!
「おらぁ! まだまだイくぞ……あ?」
殴りかかった拳を受け止める。
元から無い力を全力で振り絞り、握った拳を話さない。
「こ、このっ! 離せや!」
「ぐっ!」
鋭い蹴りが横腹に突き刺さる。胃の中のものが出てきそうだ。頭の中が気持ち悪い。
でも、離すものか! こんなやつらに負けるわけにはいかない!
「離せ! てめぇ! いい加減に」
四方八方から暴力の雨が降り注ぐ。
負けない……負けるものか!
「おーい! ヒョロユイト~」
「ん? 誰だ、お前」
アイツは……セカイか? なんでこんなところに!
「お、お前……あそこにいろって言ったのに」
「ボロボロとか……だっさ! あはは!」
彼女は指をさして俺を笑う。人様がこんなにも一生懸命やってんのに! あの野郎、後で覚えてろよ!
「こんな奴らに負けてはっずかし~」
馬鹿にしたように笑うセカイ。普通にイラッとくるが、その言葉はチンピラ達の逆鱗にも触れたようだ。
「誰だ、このメスガキ」
「知るかよ! 馬鹿にしやがって、ただじゃおかねぇ」
「そのメスガキの前にコイツどうにかしようぜ! まだ俺の手を離しやがらねぇ!」
「お前なんざ知るかよ。そのクソ雑魚と戯れてろ!」
「んなことより、コイツかなりの上玉だよな。輪姦すか?」
おいおいおい! やべぇぞ! いくら女神だからって女の子だ。あんな大男達に囲まれたらひとたまりも無い!
「逃げろ! セカイ!」
「黙ってろ! このクソガキがぁ! さっさとこの手離せやぁ!」
何回も蹴りを入れられる。やばい、力が抜けてきた。
「お嬢ちゃん、さっきの言葉……お兄ちゃん達かなり傷ついちゃったんだけどぉ……お兄さん達と良いことしたら許してあげなくも無いよ?」
そう狼の獣人が言うと、隣にいたウサギ獣人がそぉっと彼女の肩に触れようとした。
すると、
「触るんじゃねえよ。ゴミ虫ども」
さっきまでのニコニコ顔が一変。まるで虫を見るような目でチンピラ達を睨んだ。
「私はユイト以外には触れられたくない質でね、あなた達みたいなのが近くに寄ってきただけで吐き気がするんです」
すぐさま元の顔に戻りおしとやかな話し方になるセカイ。吐くふりも一緒にやってのけた。
「この……クソアマぁ!」
ウサギは触れようとする手を戻し、彼女に殴りかかる。
「うざったいなぁ」
次の瞬間、彼女の背中に一瞬だけ大きな翼が見えた。
とても大きな、神々しい純白の翼。
「かっ……あ、かはっ」
「ぐぅっ、おおぉ」
翼が見えなくなった後、一斉にセカイを囲んでいたチンピラ達が首を押さえて倒れ込んだ。俺に拳を向けていたヤツの力も弱まり、手を離した途端、地面に崩れ落ちた。
彼女は彼らが倒れたのを確認すると、踵を返し立ち去ろうとした。
「あ、そうだ」
彼女は立ち止まり振り返って、
「杖、ちゃんと使ってね! 願いを込めるだけで良いから!」
「ちょ、ちょっとまて! セカイ!」
「大丈夫。私、宿で待ってるから!」
行ってしまった……とにかく俺も解放されたことだしアイツの後を追おう。
体中が痛いなぁ……幾度も水をぶっかけられたせいで体が凍える。足もフラフラだ……意識が朦朧として……
―――
「ぉ……」
ん? 誰だ? 声が聞こえる。
「ぉぃ!」
野太い声……聞き覚えがある。
「おい! 起きろユイト! 大丈夫か!」
「お、おじさん? カミさんまで……」
気づいたら俺はベッドに横になっていた。
「ここは?」
「店ですよ。ユイトさん」
あぁ、カミさんのところか……よかった、二人とも無事で……あれ、安心したらまた意識が……
「先ほどは本当にありがと……あれ? ユイトさん? おーい? おーい! 大丈夫ですか!? ユイトさん!?」
どうやら夜まで眠っていたらしい。辺りが真っ暗で、昨日のような夜の活気を街が見せている。
「看病してくれて本当にありがとうございました!」
大きくカミさんとおじさんに頭を下げる。
「いえいえ、そんな! こちらこそ守ってくださってありがとうございました」
「そうだぜ、ユイトよぉ! かっこよかったぞ! カミさんもお前に惚れたって言ってたぞ」
「え!? ちょ、ちょっと、グワルさん!? そ、そんなこと言うの止めてくださいよ! ごめんね、ユイトさん! この人、ちょっと酔ってて!」
「あっはっは! 何言ってんだよ、カミさんよぉ! さては……恥ずかしがってるな?」
「なっ! もう! 止めてください!」
赤面しながら否定するカミさんにそれをおちょくるおじさん。
やっぱり、人のぬくもりって良いものだなぁ。
「じゃあ、俺はこれで!」
大きく彼らに手を振る。すると二人とも大きな声で、
「ありがとー!」
と、言いながら手を振り替えしてくれた。
夜風が傷に染みる。でも、それが何故か気持ちが良い。
この傷は勲章だな! 男として一皮むけた最高の日だ!
「おい、坊主」
「えっ? グボッ!」
振り返った途端、いきなり拳が顔面めがけて飛んできた。
「!? !?」
何が何だか全く分からない! 何故いきなり殴られなくちゃならないんだ……まさか!
「昼間は良くもやってくれたなぁ。クソガキぃ」
昼間のチンピラ! というか俺はやられた側なんだけど……ん? 数が多いような……
「おう、お前の彼女のとこ案内しろよ」
「か、彼女……? 誰のこと……?」
「とぼけるんじゃねぇぞ! またボコられてえのか、あぁん!」
もしかして……セカイのことか? アイツが彼女……嫌だなぁ。
「俺が連れて行く必要ないでしょ。勝手に探せば?」
ちょっと余裕感を出してみる。しかし本当は心臓ばっくばく。別に昼間のは過ぎたことだからどうでも良いけど、またボコボコにされるのはちょっと……
「昼間引き下がったからって舐めてんなよ! こちとら二十人ぐらいいるんだ! 昼の比じゃねえぞ!」
やばい、非常にまずい。これ、腹いせにリンチされるパターンじゃん。どうする……どうすればいい……
ん? そういえばアイツ、昼になんて言ってたっけ?
「杖、ちゃんと使ってね! 願いを込めるだけで良いから!」
願いを杖に込める……
「おら、無視決め込んでんじゃねぇぞ!」
昼間に拳を止めていたチンピラが殴りかかってくる。
杖に願い……杖に願い!
「吹っ飛べ!」
杖をチンピラに向けて叫ぶ。すると、
「ん? おわあああああああああ!」
俺のすぐ後ろから体験したことの無いほどの突風が吹き、チンピラが遙か彼方に吹っ飛んでいった。
あれ? 風を感じただけで俺には何も無かった……
「な、何しやがった! てめぇー!」
狼男が殴りかかって来た。
「吹き飛べ!」
先ほどと同じように叫ぶ。すると、コイツも同じく飛んでいった。
他に、何が出来るんだ……?
「おいおい、コイツやべえヤツなんじゃねえか……?」
「逃げようぜ……」
「こんな雑魚ヒョロ男から逃げるのかい? アンタ達」
「あ!? 今、何つった! ガキィ!」
こいつらの思考は簡単だ。動物以下、馬鹿にされたら突撃以外能が無い単細胞。
ほら、来た来た! 実験台が……
「小さくなれ」
「ひゅっ!?」
一人が蟻みたいに小さくなる。それに気づかない馬鹿がそれを踏みつけようとする。
「お前とお前、入れ替われ」
小さくなっていたヤツと気づかなかったヤツの体が入れ替わり、後者のヤツが潰れて死んだ。前者のヤツは死の恐怖に包まれ怯えている。
「お前はそのまま死んじまえ」
元小さかったヤツは怯えながら朽ちていった。
次は何を試そうか!
もういくら試したであろうか……敵は後一人になっていた。
怯えているのか、足がガクガクと震え立っているので精一杯という感じだ。
「お前は……もうめんどくさいや。消えて」
杖で指しながら言う。
「いやだ……助けて……謝るから」
「解除の仕方が分からないから……ごめんね!」
ゆっくりと足から消えてゆく。透明になって、その部分の存在が徐々に消えていく。
ヤツの絶望する顔がたまらなかった。思わず笑い声が漏れてしまう。
ヤツの恐怖の叫びはとても甘かった。思わず脳みそがとろけてしまいそうになるぐらい……
くふふ……ふふふ。はは! これが俺の……力!