異世界の一日目、無事終了!
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ……」
奇声が上がる。
俺は今、何をしているのかというと……
「ここ、どうですか~?」
「ぎもち゛ぃ~!」
そう、マッサージだ。
あの後、動けなかった俺はおじさんに宿の風呂場でされるがままに洗われた。
「し、死ぬ! そんなゴシゴシこすらないでぇ~……痛っ! ぐぇぇぇ!」
背中の皮膚が焼けそうだったのがまだ頭の中に残っている。
「よし! 体も綺麗になったことだし! おじさんの奢りだ! マッサージ連れてってやる!」
「ま、マッサージ……?」
「あぁ、お代の代わりとは言え、助かったし疲れただろう! 癒やせるときに癒やしとかないとな! 年取ったら体壊すぞ~」
おじさんはそう言うと、まだ動けない俺を担ぎ上げ宿屋の外へ出た。
「風呂上がりの夜風はやっぱ気持ちーなー! そう思わないか? ユイト」
「そう……ですね」
担がれながらも風は感じる。もう外は真っ暗で、お店や民家の光がキラキラしている。
しかし、生前の世界のように眩しいだけの冷たい光じゃなくて、なんだか心が温まるような……心地よい光だ。風も草の匂いがしてとても良い気分だ。
「おう、グワル! 今日は俺のとこに寄っていかないのかい?」
獣人かな? オオカミのような顔に青い毛皮の男がおじさんに話しかけてきた。
「すまんな。今日はこのおチビを『あそこ』に連れて行くんだ」
「ほー! 『あそこ』か! よぉ、兄ちゃん」
そう言うと、獣人は俺の顔をまじまじと見てくる。ガラが悪そうだなぁ。苦手なタイプ……
「気張ってきな! はぁっはっは!」
俺の背中をバンバンと叩き、高笑いをしながら街の光の中に消えていった。
てか、『あそこ』……? マッサージじゃないのか?
「おじさん、さっきの人は?」
「ん? あぁ! アイツはここら辺で人気の居酒屋の店主だよ。毎回ここに来たときに世話になっててな」
「へぇ~。で、『あそこ』ってどこなんですか?」
「着いてからのお楽しみだよ」
おじさんは前を向きながらニヤニヤと楽しそうに言う。『あそこ』……いったい何なんだ……
「着いたよ」
「こ、これはぁ!」
必死に首をあげて見えたのは、まさに桃源郷であった。
「ようこそ……男の修行場へ」
カランカラン……
「いらっしゃいませ~!」
わぁ……キラキラしててまぶし~……綺麗なお姉さんがいっぱいだぁ……
パッツパツの短いスカートを履いたウサギの獣人のお姉さんや、黒髪の人間のお姉さん……美人がいっぱいだ。
「マッサージコースを一人」
「かしこまりました!」
「ちょ! ちょっと待ってください! おじさん、俺、まだそんな年じゃ……」
「大丈夫だよ、心配すんな! ただマッサージしてもらうだけだから」
「えぇ……」
ここって……いわゆる風俗……ていうやつだよな? ということはあんなことやこんなことをするわけで……いいのか? 俺。
「じゃっ、カミちゃーん! この子よろしくねー」
受付のネコのお姉さんが呼ぶ。
「は~い!」
という声で奥から出てきたのは……
「はぁ~、すっごい綺麗な人……」
ついついそんな声が出てしまうほどの美人さんであった。日本の着物のような格好をした黒髪ロングのお姉さん。大和撫子とはこういう人を言うのか。
「さぁ、こちらへどうぞ!」
元気が良く、手を差し出す。
「あぁ、俺じゃないんだ。このお坊ちゃんをよろしく頼むよ」
おじさんはそう言うと俺を彼女に渡す。
「あっ! そうなんですか! 分かりました! じゃぁ、奥まで行きましょうか」
お姉さんは俺をお姫様抱っこで運ぶ。なんか恥ずかしいというか、ふがいないというか……
女性にお姫様抱っこ……
「ユイト~。頑張って来いよ~!」
運ばれていく俺に手を振るおじさん。
内心ドキドキしていて、何も言えずただうなずき返すことしかできなかった。
「ユイト君って言うんですね」
「え? あっ、はい」
「女の子にあんまり慣れてないでしょ」
ギクッ! な、何故ばれたし……
「ふふふっ。顔がこわばってるもの。可愛いですねっ」
そう言うと、俺の顔を見つめニコッと笑った。
あぁぁぁぁ! 可愛いぃぃぃぃ!
心臓のバクバクが止まらない。
「さぁ、着きましたよ! ここが私とあなただけの部屋です」
ゴクリ……今から何が始まるのか……緊張してきたー!
「じゃあ、ベッドに乗せますね」
「はい」
白の壁に木の板が張られた床。少し暗く、ピンク色のライトが妖艶に部屋を照らしている。
なんか変な気分になってきた……
「じゃあ、うつ伏せになってください」
先ほどの元気の良い声が徐々に湿っぽい艶やかな声に変わっていく。
「じゃぁ……お体に触りますね……」
「はい……よろしくお願いしま……すぅっ!?」
彼女の手が肩甲骨付近に触れた瞬間、すごい圧迫感を感じた。
「こことかっ! どう……ですか……?」
「や、やば……いです! ぐはぁ! ぎもぢぃ!」
と言うわけで冒頭の状態になる訳だ。
マッサージはその後、三、四十分ほど続いた。期待していたことはなかったが、代わりに体の疲れが全部抜けてちゃんと立てるようになり、今までよりも体がキビキビ動くようになった。
「おう! ユイト、お疲れさん! どうだったか?」
「えぇ! もうこの通り! 元気いっぱいですよ!」
「それは良かったです! また来てくださいね、米俵運びのユイトさんっ!」
「やめてくださいよ~」
皆で談笑した後、おじさんがお代を払ってお店を出た。カミさんというお姉さんはお店の外まで来てくれて、大きく手を振って俺たちを見送ってくれた。
「遅い! というか、アンタなんでそんなテカテカしてるのよ!」
「へへへ」
「へへへ……じゃない! どこ行ってたの!」
宿屋についた俺はすぐさまセカイに説教された。今は絶賛正座中だ。
なんだかんだで心配だったのか、どこへ行くかぐらいは伝えた方が良かった……いや、とても言える場所じゃないな。
「どこ、どこかな~あれは。マッサージしてもらえるところだよ。いや~! 気持ちよかった」
「マッサージ~?」
「あぁ! 全然いかがわしいとか、そんなんじゃないからね!」
「ふーん」
セカイはそう言うと、ぷいっと後ろを向いた。
「おじさんにお礼は?」
「もちろん言ったさ」
「それなら良し! ほら、立ちなさい!」
セカイは手を俺に差し出す。それを取ると、ぐいっと引き上げられそのまま抱きしめられた。
「せ、セカイ! 何して……」
「遅いし寝よっか」
「え、その! お、俺! 床で寝るから!」
「だ~め。床で寝たらマッサージしてもらった意味無いでしょ?」
耳元で囁いてくるから息が当たってこそばゆい。
「な! 待てよ、俺、ちょっと外行ってくる……うぉわ!」
抱きつかれたままセカイがジャンプしてベッドに潜り込んだ。
「ふふっ」
なんか色っぽいというか……
「な、なぁ。質問いいか?」
「なぁに?」
「お前ってそんな背とか高くなかったよな? あの時、結構小さかったと思うけど……」
「あぁ、あれね。あれは私本来の姿なの。まぁ、身体的には子供だけど頭は大人よ。この世界に入るときにあなたと同じぐらい……人間で言うと十六、十七歳ぐらいの体に変化したの」
「へぇ~、そうなのか。というか、なんで俺に着いてきたの? 俺がわざわざひっぱてきたわけでも無いのに」
彼女はそれを聞くとニッコリと微笑み、
「貴方から目が離せないからよ」