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ハロー! 異世界!

 鳥のさえずりが聞こえる。草の匂いと暖かい太陽の光が心地良い。

 ひなたぼっこがこんなにも気持ちが良いものだったなんて……インドア派の俺には一生かけても理解できないものと思っていたが、良い文化だな……これは。

 瞼が重くて開けられない。また眠くなってきた……寝るか!


「ぐぅ」


「起きろー!」


「ぐぼぁっ!」

 

 何かが上空から勢いよく腹にのしかかる。

 とても重くて退かすことが出来ない。なんだこれは……? 

 ねずみ色でとても大きい。人型か? これは……俺が今見ているのは背中だろうか。少し太ましい体だ。頭はなにかボツボツがついている。


「ぶつ……ぞう?」


 く……苦しい。やば……腹が圧迫されて胃の中のものが出てきそうだ……


「へへへ~! 助けて欲しくば私にお願いしなさい! 頭を垂れて!」


 上から女の子の声がする。聞き慣れた声だ。

 見上げてみると大木の枝の上にあの少女が乗っかっている。

 あれ? あの子ってあんなに大きかったけか? いやいや、それより!


「ちょ……アンタ、た……助けてくれ……もう吐きそ……う゛ぉえ!」


「ちょ! 待ちなさい! 吐かないで、汚いから!」


 さっきまであんなに楽しそうに足をブンブン振り回してたのに、急に手をバタバタとさせてとても焦っている様子だ。


「はぅあ!」


「え?」


 スローモーション。テレビ以外では見たことなかったな。まさか実際にゆっくりと感じるなんて知らなかった。

 少女は手をバタバタさせた勢いに負けたのか、俺の上に落ちてくる。

 声がゆっくりと、そして低く聞こえて、とても奇妙な感じだ。ゆっくりと、とてもゆっくりと彼女の体が近づいてくる。


「ぐえ」


「がっはぁぁ!」


 まさか……まさかこうなるとは!

 仏像の上に乗ってくるなんて! いかん! これじゃ俺の腹が持たん!


「ど……どいて……お願いだから」


 やばい、意識が遠のいてきた。あれ? 川……川が見えるぞ。辺りには綺麗なお花がいっぱいだぁ……あれ? 誰かが俺に手を振ってくれている。あの舟に乗せてくれるのかな? うわぁーい! 舟だー……


「この……起きなさい!」


「痛ぁい!」


 平手。いきなりパァンという衝撃音と共に頬に鈍い痛みが走った。


「あ、このやろ! 母ちゃんにもぶたれたことないのに!」


「うるさい! 死にかけてたアンタが悪いんでしょ! なにが川よ! あほらしい。」


「いや! 待て待て! お前があの仏像乗っけてきたんだろ! あれのせいで死にかけたと言っても過言じゃなのに!」


「最初に起きないアンタが悪いんでしょうが!」


 確かにあの少女だ。あそこで俺に色々言ってきた十四歳ぐらいの少女。

 だけどなんか背が高い。顔も大人びていて十四歳になんて全く見えない。


「アンタ、誰? みたいな顔をしてるわね」


 ばれた。


「しょうが無いわね! 知りたいなら教えてあげる! 私は……」


「そういえば転生の時って、何かアイテムくれないの? あ! あったじゃん! 杖と剣! あれどこ?」


「へ?」


 意気揚々と自己紹介をはじめようとする彼女だったが、それを淡々とスルーする俺であった。

 誰だか知りたいのはあるが、だいたい転生前のやりとりで分かった。女神様とかそんな感じだろう。

 幼女の女神様……なんてあんまり聞かないけど、いるにはいるんだろうな。

 今は、ここがどんな世界なのか……あの杖と剣はどんな力があるのか……みたいなワクワクしか沸かない。


「で? どこにあるの? 剣と杖」


「えっと……私は?」


「私の話は後でゆっくりと聞くよ。で? 武器武器! 待ちきれないよ! 早く出してくれ!」


「あっ、はい」


 終始きょとんとした顔で答える少女。すっと両手を出し、横の大木に当てる。


「木のマナよ。我が元へ」


 その言葉を彼女が唱えると、大木はその姿を徐々に変えていき、縮んで、杖と剣の形に変化した。


「すげぇ……」


 その一言しか出てこなかった。

 異世界……女神様ってこんなことが出来るのか。ワクワクが止まらない。多分、今の俺の目はこれまでの人生の中で一番輝いているだろう。


「はい。あなたのヤツ」


 彼女はそう言うと、出来た杖と剣を俺に渡してきた。

 なんか……すごく無感情というか……ツンツンしてるというか……

 彼女は杖と剣を渡した後、くるんと反対を向き、何歩か歩いて咳払いをした。そしてこちらを振り向き、


「武器渡したし、私の話ね! そう! 我こそは……」


 あ、馬車がすぐ横のあぜ道を走ってる。近くの街まで送ってもらおうかな。


「おーい! ちょっと乗せてくださーい!」


「え! ちょユイト! 待ってよ!」


 手を振りながら馬車に駆け寄る俺を見るやいなや、少女は急いで俺を追いかけてきた。

 このいじり……ありだな。


---


「乗せてくれてありがとうございます」


「お礼なんていいんだよ。おじさんも街へ荷物を運ぶ途中だったし」


 先ほどの場所から結構離れた。草原が続いており、日もまだ高い。まぁ、三十分ほどしか経ってないが。

コミュ障の俺だってお礼ぐらいは言えるさ! 心臓バクバクしてるけど。


「君は街に何かあるのかい? 用事とか」


 うっ……質問か。苦手だ。というか……なんで俺、街行くんだっけ?


「私たち、田舎の方から旅してて~、宿探してるんです! ここら辺で野宿するのも良いんですけど、魔物とか出てくるのってやっぱり怖いですしね~」


「そうかいそうかい! あ、宿探しなら良いとこあるからおじさんが街に着いたら紹介してあげるよ」


「ありがとうございます!」


 女神様はコミュ力もあるらしい。さっきまで俺にいじられてて泣いてたくせして。

 今はケロッとしてこの馬車のおじさんと談笑している。


「そういえば、アンタ達、おじさんに名前教えてくれよ! せっかく乗せたんだ。聞いたって良いだろう?」


 自己紹介……苦手なものの一つだ。恥をかいた回数なんてもう数えられないくらいだ。


「あ……ははは。俺、飯田 ユイ……」


「こっちのヒョロ男はユイトって言うんですよ! ちょっと変わった名前ですよね~」


 少女は笑いながら俺の紹介をする。

 助かったぁ……ん? コイツ、俺のことなんて言った?


「私はセカイって言うんです……」


「おい! 俺そこまでヒョロくねぇぞ!」


「あ! また邪魔して! アンタ、十分ヒョロいです~。筋肉ついてるか~い?」


「このやろ! おちょくりやがって!」


「べ~っだ!」


 殴りたい……この笑顔! 


「ちょっと二人とも喧嘩はよしな! ユイトとセカイだっけか? どっちも変わった名前だが良いじゃねぇか! 気に入った!」


 おじさんが俺たちの喧嘩を仲介する。 


「ユイトってば乱暴なんですよ~! すぐ襲いかかろうとして!」


 頬を膨らませながら彼女は言う。


「誰が襲いかかるか! だ・れ・が!」


「いや~ん! おじさんたすけて~! わ・た・し、ユイトきゅんに襲われちゃう~」


「このやろ! お前な!」


「お前じゃないです、セカイです~。ちゃんと名前で呼んでくださーい!」


 やばい! 殴りかかってしまいそうだ! さっきから拳がフルフル震えている。


「ははは! 仲が良いんだな! 君たちは」


「は~い!」

「違います!」


 ついついハモってしまう。

 仲が良いだって? 冗談もほどほどにしてくれ! このセカイって言う女神様はどうも俺をいじくるのが好きらしい。


「さぁ、着いたよ! ここが目的の街、サジュフだ!」


 あれから一時間ほど経った。

 俺とセカイはずっと煽りあい、怒鳴りあいをしていて、おじさんはそれを聞きながらずっと笑っていた。


「これが……街か」


 馬車から降りると、そこは異世界にふさわしい光景が広がっていた。

 一言で言えば、ファンタジー系RPGにありそうな光景。

 レンガ造りの建物がそこら中に建ち、獣耳をはやした人や、普通の人が入り乱れている。

 出店には見たことのない食材などが並んでおり、ぴょんぴょん跳ねる野菜や、中には客の手に噛みつく野菜もある。もう何でもありだ。

 

「おじさん、本当にここまでありがとうございました」

 

 二人でぺこりと頭を下げる。


「いいってことよ!」


「お代とかは良いんですか?」


「あぁ、気にするな! いや、待てよ……」


 ん? 何かあるのか? お金なんて持ってないぞ? もしや、俺……いらないこと言ってしまったか?


「お代の代わりに頼みたいことがある」


「な、なんでしょうか?」


 お金は取らないのか、良かった。でも何をやらされるんだろう……ドキドキ、ドキドキ……


「重ぉい!」


「ヒョロユイト! へばるな! 私だって持ってるんだから!」


「うっさい! ヒョロ言うな!」


「ヒョロじゃなければなんなんだ! このモヤシ!」


「な、なんだとぉ~」


「ほれ、ワンツーワンツー! 無駄口叩かず運べ運べー」


「は、はぁーい」

「うぃ……っす」


 まさか米俵を五十俵運べだなんて……肉体労働は俺、嫌いなんだけど……

 ってか、五十俵って! アホか! 多すぎるんじゃ! いくらおじさんの軽量化魔法で軽くしてもらってるって言っても十キロぐらいあるし……

 それに、遠い! 馬車から五百メートルぐらい離れた倉庫まで運ばないと行けないなんて!


「ゆ……ユイト……私、もう……げん、かい……がくっ」


「おい! ちくしょー! セカイの野郎、サボんじゃねー! まだ一個しか運んでねーじゃねーか!」


「私もう無理~。ね、おじさん。力仕事は男の役目ですよね!」


「まぁ……そうだな! ってことで、ユイト~、セカイちゃんの分まで頑張れ~」


「お、おじさん……? あと何個あると思って……」


「ん? あと~、四十……七かな?」


「あっ……(察し)」


 オイオイオイ、死んだわ俺。


「女神様、助け……」


「私はセカイ。女神様じゃありません」


 そんなきっぱり言わなくても……あと、あのクソ重いのを四十七……

 一人でやるのか……俺。


---


 日が傾いてきた。


「おっつかれ~!」


「た、叩かないで……セカイ、頼むから叩かないで……」


「何言ってんのよ~! お疲れのポンポンはやらないよりやったほうが良いでしょ?」


「やめて、頼む。やめ……ぎゃ!」


 フラフラで立っているのもやっとなのにそこで叩かれたら倒れるに決まってるだろ! 

 まぁ、その通りに地面にぶっ倒れてしまった。やば、力が入らない。立てねぇ……


「お疲れだったな、ユイト! よく頑張ったな! お前、これで結構有名になったかも知れないぞ?」


「へ?」


 首をあげる力すら無いので地面に向かって声を出す。砂が口に入って気持ち悪い。


「米俵を五十俵も運んだ愛すべき馬鹿ってな!」


「へ、へへっ」


 乾いた笑いしか出てこなかった。


「さ、よいしょっと!」


「うおぉ!」


 おじさんは地面に這いつくばった俺を片手で担ぎ上げると、セカイに「こっちへ来い」と言うように首をクイッと捻り、


「さぁ、一仕事終えたし宿屋行くか!」


 あぁ、死ぬかと思った。とっても疲れた。でも、これが体を動かした後の疲れか。

 ダラダラと流れ落ちる汗がなんだか、とても誇らしい。

 そして、この疲れがとっても爽快で気持ちが良い。

 俺、今日一つ……ほんの少しだけ成長できたかな。


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