グッバイ! 世界!
「気をつけー、さよならー」
いつもの気の抜けた号令が夕日が差し込む教室に響く。
はぁ、今日も長かった……授業は退屈、話せるやつもいないのダブルパンチはいつまで経っても慣れないな。
さぁ、毎度のことだが教室が賑わってきた。
あのマジメ君はノートと鉛筆を持って教室を一目散に出て行くし、そこのチャラ男は椅子にもたれかかって、後ろのちょっと可愛い女子と話している。
いつも教室に少し長めに残る僕らの担任は、先頭の座席のヤツと雑談しているし、スマホを目の前で使うと没収されるからって、机の下でコソコソいじっているヤツらは「あいつ、邪魔くせ~」とか悪態つきながら担任に気づかれない程度に睨んでいる。
俺の学校は田舎の“自称”進学校というやつだ。意識が高いのか低いのか分からない奴らが来るところである。
まぁ、そこそこの実績も出してるし、俺のクラスではまだ二年生なのに三年のことやり出してるヤツとか、T大だのK大だのを模試でA判定取るヤツもいる。
その中で俺自身は下の下な訳で、スクールカーストとかいうやつでは正真正銘の最底辺だ。
友達がいるわけではないし、もちろん彼女がいるわけでもない。というより女子とのしゃべり方が分からないほどだ。
勉強が出来るわけでもないし、並程度の努力もしていない。
ただ、毎日テキトーに生きているだけだ。
もちろん、この現状を打破しなきゃ! って思ったことは何度もある。人と関わらない代わりに自分のことは見つめられるからね。
でも出来るわけがなかった。続かなかった。
長年の甘え癖からか、結局は自分で何もせずに他人が何かやるのを見て、それを自分に置き換え満足したり、その他人を僻んだり。
馬鹿馬鹿しい。なんてことを考えているんだ、俺は。
さぁ、帰ろう。はやく帰って最近話題のイカのゲームでもやろう! 今日届くから楽しみだ!
そう思い、俺は机の横に下げている青いリュックを手に取った。相も変わらず軽い。教科書以外は全く持ってきていないからだ。
リュックを背負い一直線に教室の出口へ向かう。すると、毎度のごとく俺の後ろにくっついてくるヤツが来た。
「ユーくん! 一緒に帰ろっ!」
はぁ、こいつか。
肩甲骨らへんまで伸びたまっすぐな黒髪に、ちょこっと茶色がかっている目。綺麗な顔立ちで背も平均より少し高く、まさに美少女の代名詞みたいなヤツ。
そう、俺の幼馴染みの内田 カナだ。
クラス、いやいやこの学校、近隣の学校からまで告白者が押し寄せてくるようなヤツ。まるでラノベのヒロインだ。なんちゃって。
まぁ、俺にはこんな恵まれた幼馴染みがいるんだけど……
俺はコイツが大嫌いだ。
確かに、俺とコイツは仲が良い。昔からの馴染みだし、こんな俺でも唯一楽に話せる人間だ。
だけれど気にくわない。勉強は出来るし、スポーツも出来る。容姿端麗でモテまくり。性格も良く、誰とでも話せるときた。
俺が持ってないものを全部持ってやがる。嫉妬というのは分かっているが、どうしても気にくわない。
それに、なんでそんなにリア充してるのに俺なんかに構うのか。
俺は知ってる。彼女がこう言われてるのを。
「カナちゃんってなんでアイツなんかに構うんだろ。なんか善人っぽいことしてる私って素敵! とか思ってるのかな。そうだったら失望するわ~」
そうじゃないのを俺は知ってる。だからそんなことを言う奴らはしばいてやりたいくらいだ。
それにそいつらの言うことは彼女にも聞こえてるはずだ。だからこそだ。
だからこそ、俺なんか無視してくれていい。いや、無視して欲しいんだ。こんな社会不適合者に構わずに他のヤツと遊んでくれば良いんだ。
だけど、それをしてくれない。俺がこんなに望んでいるのに……
「ねぇ! 聞いてる?」
「あ、あぁ! 聞いてるさ。で、なんの話だっけ?」
「聞いてないじゃん!」
いつの間にか、ここまで来てしまった。
ここは通学路途中の比較的大きな交差点だ。田舎なのにここだけドデカイ。もちろんここら辺は商店街やでっかいショッピングモールとかもあって車の通行量も多い。まぁ、周りの建物はほとんど錆で茶色くなってるが。
ここの信号は長く、現在は赤だ。
「もうすぐテスト期間入っちゃうけどどう? ちゃんと勉強してる?」
「あぁ、そういえばそうだったな。全然やってないや」
「はぁ、変わんないな~、もう。ちゃんとやりなよ」
「はいはい、分かりましたー。今日からやりまーす」
気の抜けた声で返す。まるで母さんから言われてるみたいだ。
「あ! そうだ、ユー君。来週の土曜、空いてる?」
「うん、空いてるけど。なんかあるの?」
「いっしょに私の家で勉強しない?」
手を後ろに組みながらニコニコと俺を見つめる。正直に言って勉強会なんてものは大嫌いだ。それが例え彼女と一緒であっても。
せっかくの休日に他人と一緒にいるだけでストレスが溜まるのに、勉強だなんて……馬鹿馬鹿しい。
「いや、俺はいいよ。自分でやるし」
「とか言って~! やらないくせに~」
これは煽ってるのか心配してくれているのか……どっちでもいいがこういう過保護なところもあまり好きではない。正直、うざったい。
「いや、ほんとやるからさ。他のヤツとしなよ。クラスの相沢とかもいるだろ? お前と仲良いし」
相沢。クラス一のイケメンだ。頭も良くて人当たりも良い。それにコイツと仲が良くていつもしゃべってる。
そうだよ、本当に。はやく相沢とくっついちゃえばいいんだ。俺なんかに構わずに。
「え~、一緒にやろうよ~。べんきょー」
小さい頃からのコイツの悪いところだ。断られたら俺の手を握ってぶんぶん振り回す。
「ったく、やめてくれ!」
大声で怒鳴る。するとカナはビクッとして俺の手を静かに離す。
「いい加減にしてくれ! 正直うざったいんだ。こうやって一緒に帰るのも……勉強会なんて言語道断だ!」
「えっ、ユーくん……」
カナはそのままゆっくりと一歩後ずさりした。
「だいたいなんだよ! 俺に構ってカナになんのメリットがあるんだよ! こんな陰キャのスクールカースト最底辺の俺と! 友達すら一人もいない俺と! 一緒にいる意味なんて無ぇーだろ!」
「そ、そんなことないよ! ただ、私は……」
「私は、なんだ? そうか、分かったぞ! 俺に構って良いやつに見せようとしてるんだな! そうかそうか! 俺はカナにとっては引き立て役か! っは! 良い役割だよな、ほんとにな!」
カナの目は、今にも涙があふれ出しそうだ。口ももごもごしていて何か言いたげであるが言い出せないようである。
俺、言い過ぎたか? いや、まだだ。言い過ぎだと分かっていてもこれからのコイツが陰で何も言われなくするためにはまだまだ言わなければならない。
「言い返せねぇのかよ! つまんねーな。てか、何が勉強してる? だ。母さんとか姉ちゃんとかにでもなったつもりかよ! 反吐が出るね!」
ついに彼女は口を押さえだした。嗚咽が聞こえる。横断歩道の信号が青になった。
「じゃあな! もう俺に話しかけるな!」
そのまま思い切り駆けだした。言い放った全ての言葉を振り払うかのように。
走りながら少し後ろを振り向くと、カナは地面に座り込んで、顔を押さえて泣いていた。
もう俺には知ったことではない。俺はそのままずっと家まで走り続けた。
遙か後ろから何かの衝突音が聞こえたが振り返らなかった。
「ただいま」
家までたどり着いた。
もう空は真っ暗だ。途中にあるゲーセンで先ほどのことを忘れるために憂さ晴らしをしてきた。これでもゲームは得意な方だから。
走ってる途中にポケットに入れていたスマホがひっきりなしに鳴っていたのでうるさかったから電源を切っていた。見返すと全部母さんからだった。怒られるかな。
「ユイト! どこ行ってたの! 大変なのに!」
帰った途端にこれだ。いきなり怒鳴られる。どうせ俺には関係の無いことなのに。
「そ。じゃあ、ご飯が出来たら呼んでよ」
いつものように軽く流して二階にある自室へ向かう。気持ちよくゲームも出来ない。気分が悪い。
「カナちゃんが事故にあったの!」
「えっ……」
階段を上る足が止まる。と同時に冷や汗が止まらない。
嘘だろ? い、いや何かの冗談だ。あぁ、そうだ。はやく部屋にこもってベッドに寝転がろう。そうしよう。
「アンタも行くでしょ! 病院! はやく支度して!」
「ちょ、ちょっとまってよ! 全然分からないんだけど! だいたい事故っていつ……」
「今日の夕方! アンタの学校が終わった後よ!」
おいおいおいおい! まさか、あの後か……? あれのせいで事故ったとしたら……俺のせいだ、俺のせいでアイツは……
「お、俺は行かない」
「は? 何言ってんの! クラスの皆だってカナちゃんのこと心配して行ってるのに! ほら、もう行くよ!」
「ちょ! 離せ!」
無理矢理引っ張られ、車に乗せられる。
心臓がバクバクしている。そうだ、多分、いや絶対軽傷だろ! アイツ、硬いし元気だし……
車内では終始無言であった。母さんは車をかなり飛ばして走る。運転はかなり荒っぽかったが、はやく知りたいという思いがあって気にならなかった。
「ついたよ。早く降りて」
ついに病院についた。ここは県の運営する病院でそこそこ大きい。外装は綺麗な部類で、壁はベージュ色で塗られている。
一階のロビーは総合的な受付になっており、椅子がたくさんある。天井にぶら下がっているモニターからはこの時間のニュースが流れていた。
ロビーの椅子には俺と同じ高校の制服を着た奴らが大勢座っている。大半は見たことある顔だった。泣いてるヤツも少なくない。いや、半数は泣いてるな。
俺が病院に入る時、ほとんどのヤツが俺の方を向く。と同時に、「コイツ、来たのか」という呆れと苛立ちの表情を浮かべた。
「やっぱり俺、帰りたいんだけど」
コソコソと母さんに向かって言う。
「何言ってんの! まずは会わないと話にならないでしょ!」
母さんは同じくコソコソと俺に言葉を返した。
三階、三〇四号室。そこには内田 カナ と書いてある。
ここか。正直に言って入りたくない。今でさえ心臓が飛び出そうなのに、入って顔を合わせてしまったらすぐに倒れてしまいそうだ。
「行くわよ」
母さんが扉に手をかける。覚悟を決めなきゃ。
ガラッ!
扉の先にあったのは見つめたくもない現実であった。
様々な器具に囲まれ、ベッドに横たわっているカナ。その隣で、彼女の両親が泣いていた。
「あ、ユー君。来てくれたのね。ありがとう」
おばさんはこちらに気づいたのか、涙でしわくちゃになった顔を上げて俺に話しかけてくれた。
「カナちゃん……どうなの?」
重々しい声で、母さんが聞く。それに反応しておばさんは母さんに説明しようとしたが、話し出そうとすると目から大粒の涙があふれ出し、話せない様子だった。地面に座り込み、むせび泣いている。
「カナは……カナは……」
その様子を見ていたおじさんは涙を手でぬぐい、必死に話そうとする。
「植物状態、だそうです」
その声は震えており、その後には嗚咽が聞こえた。
俺もその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。体が勝手に後ずさりする。そのまま廊下に出て、一階まで駆け下りた。
動悸が止まらない。吐き気がする。目頭が熱い。
心が砕けそうだ。
一階にたどり着き、フラフラとしながら外に出た。雨がポツポツと降っている。
「おい! 飯田!」
逃げようとしている俺を呼び止めるように怒声が響いた。
この声は……相沢か。なんで俺を呼び止めるんだ。止めてくれ、今は一人にしてくれ……
「ちょっとこっち来い」
いつもは穏やかな口調の相沢だが、今回は全く違う。自動ドアの前で鬼のような形相でこちらを睨み、握った拳は震えている。
俺は話す気力も無かったので、一度後ろを見た後にまたまっすぐ歩き始めた。行く当てもなしに。
すると、
「おい! 待てよ!」
という声と同時に俺の首の後ろが相沢にがっしりと捕まえられ、そのままズルズルと引きずられた。
抵抗なんて出来なかった。ただただ相沢が引っ張る方向に動くだけ。
到着した先は病院の裏側。室外機やいろんなパイプがたくさんある。
「お前、聞いたぞ」
相沢は俺の胸ぐらを掴みながら壁に叩きつけて言った。
「お前が内田さんを事故らせたんだってなぁ!」
声が荒ぶっている。当たり前である。コイツはカナのことが好きだった。学校中に広まっていた噂話で本当のことだった。
「ち……」
「なんだ!」
「違う……俺じゃない」
俺じゃない。俺が原因じゃない! アイツが勝手に……勝手に事故ったんだ。そうだ、そうなんだよ。
「じゃあ、誰のせいなんだよ! 下校中にお前が内田さんを泣かして……彼女はお前を……追おうとして……」
力の抜けた俺の声とは対照的に力強く返す相沢だったが、その声は徐々に小さくなり、若干の嗚咽も混じっていた。
「お前のせいだ……! お前がぁ!」
相沢は俺を殴る。一発、二発……何回も殴った。何度も何度も、彼の手から血が流れても。
俺はそれを受け入れるしかなかった。体が動かなかった? いや、違う。
分かっていたのだ。彼に言われずとも。
俺が彼女をこうさせた。俺が彼女の人生を奪った。全部……俺のせいだ。
彼は殴りながらこう言っていた。
「お前が彼女の代わりになれば良かったのに」
「お前さえいなければ」
「彼女の思いを無駄にしやがって」
そうだ。俺がアイツの代わりに事故れば良かったんだ。こんなクソ陰キャ野郎が生きていたってしょうが無いのに。
ポツポツと降っていた雨であったがいつの間にか大降りになってきた。
相沢は俺を殴り終わった後、泣きながらどこかへ走って行った。
俺はただその場で座り込むことしか出来なかった。
何時間過ぎたであろうか。ずっと外で雨に打たれていた。
途中で母さんから心配のメールが届いたが、俺はそれに「大丈夫。先に帰ってて」とだけ返信した。
ぞろぞろと生徒たちが病院から出て行くのが分かる。ザワザワと声が聞こえるからだ。
声が止み、周りがシーンと静まる。聞こえるのは雨音のみ。
俺は腰を上げ、よろよろと病院まで歩く。
最後にもう一度だけアイツの顔が見たい。
病院の中に入ると、そこは先ほどとは別世界だった。人がいなくて気味が悪いほど静かだ。
避難の緑のライトだけが光っていて、とても暗い。
俺はそのまま階段を上る。足が重い。何段か上るたびにふらつき、足を踏み外しそうになる。手すりがなければもう転げ落ちていた。
三階にたどり着いた。そのまま壁伝いに三〇四号室まで歩く。足を引きずり、息が上がる。もう死んでしまいそうだ。
三〇四号室。着いた。明かりがついている。
俺はドアをそっと開ける。おじさんとおばさんは……寝ているか。泣き疲れたのだろう。目の下がものすごく赤い。
カナは安らかな顔で眠っている。そう、眠っているのだ。なんの夢を見ているのだろうか。幸せな夢であれば良いが。
綺麗な顔をしている。俺なんかの幼馴染みにはもったいなさ過ぎるくらいだ。
なぜ、俺はあんなことを言ってしまったのだろうか。あんなひどいことを。
彼女のために言った? 彼女が俺と関わらなくなることで幸せになれるから?
違うだろ! 全部俺の勝手だ! 俺がコイツに嫉妬していたから……俺がコイツを好きだったから……
涙が出そうなのを必死にこらえ病室を後にする。足を引きずりながら一階へ向かい、外に出る。
大降りの雨に打たれながら、あるはずのない目的地を探し徘徊する。
あぁ、俺ってなんのために生まれてきたんだろ。
気づいたらあの交差点にいた。カナが事故に遭った場所。
俺はそのまま真っ直ぐ、ふらつきながら歩く。横断歩道の信号は青だったか、赤だったか……もう、どうでもいい。
横からクラクションが鳴り響く。見てみると、真昼のように明るいライトが俺を照らしていた。
何でも最後は笑顔で!
彼女はそう言ってたなぁ。あれは小学校の舞台の時だったか、懐かしい。
まぁ、あれだ。こんなクソったれのアホみたいな人生でも……
最後は最高の笑顔で迎えよう。