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日付も変わりかけの真夜中の日ノ出市。駅からも大通りからも離れた寂れたスナックの地下にそれはあった。
《集会所》と呼ばれる場所には実に様々な人種が集まっていた。向かいのスーパーに勤める従業員、大通り沿いの料亭で働く板前や小学校で雑務をこなす事務員など人々の肩書には全く統一感がない。共通しているのは全員がその平凡な肩書に似合わない厳格な気配を纏っていることで、そんな身が凍り付く空気の中に空護と煉、風真の姿はあった。
「おや、こんな所に悪ガキ三人が揃ってるなんて珍しいね」
「やぁ、鶴さん」
鶴さんと呼ばれる老獪な雰囲気の老婆に話しかけられて、空護はまるでご近所に挨拶するような気さくさで応えた。
「どうしたんだい空護? いつもここにはあんたしか来ないのに、この二人を連れて来るなんてどういう風の吹き回しだい?」
「来たいって言うから連れて来た。ここの仕事も覚えて欲しいし、邪魔にはならないよ」
この場の空気に似つかわしくない井戸端会議的な会話が展開され、周囲もやや弛緩した雰囲気に包まれる。その空気を更に和ます勢いで風真が会話に横やりを入れた。
「鶴さん、悪ガキって誰? オレには純粋無垢な美少年がいるようにしか見えないぜ」
風真の軽口に所々から吹き出す声が聞こえた。
「あんたの家には鏡がないのかい? 整形して出直しな。大体こんな場所に出入りしてる小僧が悪ガキじゃなかったらなんだってんだい」
鶴さん――北条鶴乃の発言に周囲から笑いと賛同の声が上がった。場が落ち着くと鍛え抜かれた体躯の中年男性――井上源一郎が鶴乃に進言した。
「鶴さん、程よく和んだし、そろそろ始めないか? あらかた人も集まった」
「分かったよ源一郎。皆聞いた通りだよ。とっとと席に着いておくれ」
鶴乃の号令でその場にいる全員が動いた。広間の隅で談笑していた者達が次々と中央に置かれた巨大な卓に集まり、宛がわれた席に各々腰かけていく。空護は余分な椅子を二つ持って自分の席に着くと煉と風真に後ろに座るよう勧めた。新参の二人にはまだ席がない。
「今日はこれで全員だね。それじゃ《魔狩北茨城集会所》の競りを執り行う!」
鶴乃のややしゃがれた、それでいて頭に響く厳威的な声が集会所に行き渡った。
《魔狩》――人間を害する魔精を狩ることを生業とする者。空護がその存在を知ったのは物心ついて間もない頃だった。その時は決して口外してはならないと美空から厳しく言われていた。魔狩の歴史は古く、平安時代には既に存在したらしい。人間が魔精の脅威に晒される時代、彼らは魔精に対抗できる唯一の戦力だったそうだ。
しかし彼らについて記された書物はほとんど存在せず、学校の教科書にも魔精のことは書いてあっても魔狩のことは一切書かれていない。空護自身、得られた知識の大半は美空からの口伝によるものだった。その理由は政府が魔狩の存在を危険視したからだと知ったのは空護が小学三年生の頃だ。
特に戦後の政府は魔狩を管理するために徹底的な弾圧を行ったらしく、鶴乃からその話を聞いた時は腹の底から不快に感じた。天災と同義に扱われる魔精と対等に渡り合う人間……それが同じ人間にとって脅威と判断されたのは皮肉だったと鶴乃は笑った。
事はそれだけで収まらず、魔狩に関する文献も全て廃棄され、教育においては歴史の教科書に魔狩について記述することを禁じた。
更に近代では魔精に対抗する役目は軍に、現代では自衛隊に奪われ《魔狩》という言葉を知る人間もその数を減らした。これにより魔狩は歴史から姿を消すこととなる。
しかし決してその存在が抹消された訳ではなく、生き残った者達によってその知識と技術は脈々と受け継がれていた。彼らは全国各地に《集会所》と呼ばれる共同体を形成し、一般社会の影でその牙を研ぎ続けたのだ。北茨城集会所はその一つだ。
空護が魔狩として本格的に修練を始めたのが小学四年生――十歳の頃。
その一年後には北茨城集会所に属する魔狩として仕事をこなすようになった。
更に一年後、六年生になると北茨城集会所内でも腕利きの使い手になっていた。
煉と風真に出会ったのもこの頃で、中学に入ると三人で組んで仕事をするようになる。昔と比べて現代では子どもの魔狩は珍しく、ましてや子どもだけで組んで仕事をするのは極めて稀だそうで、悪ガキ三人――特に空護の名は同業者の中で広く知れ渡っていた。
そして今回の競り――集会所毎の縄張り内で《調査役》が収集した仕事を獲り合う行為――には初めて三人で臨み、提示された三つの仕事の内一つを競り落とすことに成功した……のだが、それはとても手放しで喜べる成果とはいかなかった。