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蒼き粒

 挿絵(By みてみん)





「ほら、早く受け取れ新入り」


 神主装束の女性が真顔でブリーフを着用するよう僕たちに催促する。変態がすぎるこのシチュエーションは一体。


「い、いや、すみません。僕たち新入りじゃないんです。一切関係無いんです。ごめんなさい」


 僕は足早にここから離れようとした。しかし、なぜかカナが女性に対して質疑をかけてしまった。


「あのー、この動作するとー、なんの意味があるの? ヘンタイ?」


 冷汗をかく僕と顔を赤らめて俯くエイトさんを横目に、不思議そうに神主装束の女性に問いかけるカナ。


「これは所謂懺悔。纏いを解いた無垢な姿で地に伏し、己の戒めと神への信仰のもと、願いの力をこの世界に贈呈する行為」


 懺悔? なるほど……なるほどなのか? ブリーフ姿で腰を振って青く発光してる小太りのおじさんたちと、それを見下ろす神職風の黄眼の女性。アブノーマルでマニアックな性癖を露呈したい変態集団にしか見えないんだけど。てかそもそも発光していること自体おかしいんだけど。


「なるなる、願いの力、すごく良い感じだね! でも、願いの力はドコに?」


 カナよ、なにを興味を示しているんだ…


「願いの力は無限の可能性を秘めた力。この力のおかげで私たちが存在できてると言っても過言ではないだろう」


「スゴイねー。願いの力、私も頑張らなきゃ! お姉さんその白いのくーださいっ!」


 今しがたカナからあり得ない発言が飛び出した気がするんだけど……?


「カ、カナ、さすがに女の子がブリーフ履いて四つん這いはまずいよ」


 カナは素敵な笑顔で神主装束女性からブリーフを受けとっている。


「わたしも願いの力、大切だと思う! だから協力するのだー!」


 いやいやいやいやそんなノリでブリーフ履いちゃだめだって! なんかスカート脱ごうとしてるし。


「カ、カナ!! その足の装置が付いてたらそれ履けないよ! それにカナは懺悔することなんて一つもないじゃないか」


 カナはハッとスカートを脱ぐ手を止め、残念そうな表情を浮かべた。


「たしかにそうだネ、足のは外せないヨ」


 カナは落胆している。純粋に良い子すぎて醜態とか関係なしに貢献したかったんだろう。仕方がない、ここは俗世に穢れきった僕が腹をくくるとするか。


 僕は飛び切りの優男フェイスとイケボでカナに問いかけた。


「カナ、僕が代わりをしていいかい? 僕は懺悔することが沢山あるから貢献できると思う」


 カナは両手をぐっと胸の前で握り、黒ぶち眼鏡から藍く美しいキラキラとした羨望の眼差しを覗かせながら、お願いしますと言わんばかりの表情をしている。


カナ「さすが??????ですね! 頼りになりますぅー」


 ブリーフで四つん這いか。まさか生きている内にこんな変態さんごっこを勤しむことになるとは思わなかった。それにしても、恐らくカナは僕の名前を言ったのだろうが相変わらず聞き取れない。なぜなのか。


「さて、その娘の代わりにお前が懺悔し信仰を捧げるということでいいな?」


 神主装束の女性が内なる暗黒を醸し出す笑みを浮かべながら僕にブリーフを手渡す。悍ましいほどまでの変態女さんだ。


「ごめん、カナ、エイトさん、今から着替えるから目を瞑っててくれないか」


 カナとはこくっと頷いた後、後ろを向いた。エイトさんは、何かを言いたそうにこちらを見つめている。


「……エイトさん?」


 僕が疑問を受かべるような表情で見ていると、エイトさんは気兼ねするように口を開いた。


「あの、そんなに他人行儀でなくとも別に良いというか、私は気にしないし、私もせっかくだし貴方との間に壁を作りたくないというか、その」


 もじもじしながらハッキリしない話し方をするエイトさんを見て、似たような人種な僕は瞬時に何を言いたいのか判断した。


「そうで……だね。これからはエイトと呼ばせてもらうね。確かにせっかく仲良くなれそうなのに、さん付けは少し硬いよね。」


 危うく敬語が出てしまいそうだったが、何とか普通系で話せた。エイトは何だか嬉しそうに頬を緩ませている。心なしか、瞳がキラキラしているような。


「ありがとう。それじゃ、後ろ向いているわね。頑張ってね」


 エイトもカナと同じ方向に体を向けた。


 それにしても、人前で全裸になるのなんか現実世界じゃ到底考えられない行為だし、猛烈陰キャな僕にとっては何よりも苦行だ。恥ずかしさのあまり、一気に自分が紅潮していくのが分かる。


 手渡されたブリーフを着用するため羞恥で震える手を虚無で抑えながら衣服を脱ぐ。下着を脱ごうと手を掛けたところであることに気が付いた。カナは後ろを向いているけど、エイトは少しだけこちらを振り向いている。そして、顔を覆っている手の指の隙間から恥ずかし気な瞳が覗いている。なぜこっちを見ているんだ……好奇心に負けたのかエイト。そんな意味不明な状況の中、何とか着替えを終わらせた。


「お待たせしました、準備完了です!」


 恥ずかしさの余韻が大きな声を誘発する。現実世界の僕とはまるで別人みたいだ。


「よーし! それじゃお前はここな」


 神主装束の女性が四つん這いおじさんの隣の地を指差す。僕はその指定された場所に膝を付き、隣のおじさんに会釈をした。


「それとお前、そこの病んでそうな小さいの」


 神主装束の女性がエイトに対して良からぬことを考えていること間違いなしな表情で声をかけた。


「は、はひ!? 私……ですか?」


 エイトは怯えた表情で神主装束の女性を見ている。気持ち瞳が潤んでいるような。


「お前さっきこいつから後ろ向いてろって言われたのに、着替えをチラチラ見てたよな」


 知性を感じる黄色い瞳を怪しく光らせながら、にやりと口角を上げ、僕を指差しエイトに問う。


「ええ? あの、私は別に……えと」


 初めて会った気怠そうで無表情なエイトとは打って変わって、か弱い乙女みたいな、小動物のような雰囲気になっている。なるほど、これがギャップ萌えというやつか。勉強になります。


 神主装束の女性は、しどろもどろなエイトの元へスタスタと歩み寄り、あるものを手渡した。


「はい、どうぞ」


 あるものを見るやいなや、エイトの顔がみるみる内に紅潮した。そう、"あるもの"とはブリーフだ。


「はわわ、ごめんなさい、あんな光景初めてだったので、気になっちゃって」


 神主装束の女性は有無を言わさずエイトの顔前にブリーフを掲げた。


「見た目によらず煩悩たっぷりなお前には懺悔が必要だ。特別にその洒落たスカートや下着は脱がなくていい。そのままこれを履いてその男の前に四つん這いになれ」


 エ、エイトがブリーフ履いて僕の前で四つん這い!? なんてこった。でも、懺悔だから仕方ない……か……


 エイトは観念したのか、恥ずかしさと絶望が入り混じる表情でスカートの上からブリーフを履き、僕の1メートルくらい前に四つん這いになった。うぅ、茂木に殴られたときに感じたあの生暖かくて鉄臭いものが僕の口元を伝う。


 おじさんたちと僕とエイトが四つん這いになったところで、神主装束の女性が前に出る。


「よし、それでは願いの儀式を行う。申し遅れたが、私の名前は新田神奈(にったかんな)という。新入りの二人、そしてカナ。今後ともよろしく頼むぞ」


 新田さんか。日本チックな名前だな。鼻血も止まったことだし、変態プレ……じゃなくて懺悔の儀式に努めるとするか。


「儀式を行う上で、信仰心と自身を戒める気持ちを忘れるなよ? 邪念や型を崩したやつにはお仕置きが待っているぞ」


 型? なんだろうそれは。そして新田さんのお仕置きか、体罰な気がしてならないぞ。気を付けないといけないな。


「新入りの二人は隣のやつの型を模倣しろ。それでは願いの儀式、始めッ!」


 新田さんの力強い開始の合図とともに、おじさん達が一斉に腰を前後に降り始めた。僕は隣のおじさんの動きを見よう見まねで腰を振る。すると突然、新田さんの怒号が辺りに響き渡った。


「おらぁ! 信仰心を忘れているな貴様ぁ!」


「むぎゃああっ! ミソ塗りケツメド炸裂ボンバァアアア!」


 物凄い音と意味不明な悲鳴とともに、おじさんがブリーフを散乱させながら回転して吹き飛んでいくのが横目に見えた。飛んでいくスピードが速すぎてかろうじてセーフだが、倫理違反にもほどがある惨状だ。


「お仕置き完了」


 新田さんが一仕事終えたように両手をパシパシと払った後、他の儀式参加者を睨みつけた。


「お前たちもああなりたくなかったら真面目に取り組め」


「ひぃいい」

「ぶきゃあ」

「ううぅう」

「どうして私が」


 エイトやおじさん達の嘆きや嗚咽が聴こえる。なんて悲痛な。


「??????もエイトも頑張るですー!」


 カナの応援が虚しく虚空を切る。だって僕たち、ブリーフ履いて腰振る姿を応援されてるんだもの。それにしてもこの動き、見た目の醜悪さとは裏腹に中々にハードだ。体力の無い僕はすぐに息が上がってしまい、苦しさのあまり下を向いていた顎を上げる。するとそこには華奢な身体には不釣り合いな大きなお尻と腰から掛けたメガホンがゆらゆら揺れていた。その瞬間、僕の鼻から穢れた血液が流れるのを感じた。


「煩悩が過ぎるぞ馬鹿者が!」


 怒号が響き、大きな風切り音がした後、僕の尻を激しい衝撃が襲った。


「グァアッ!」


「ひゃうっ!?」


 激しい痛みとともに僕は吹き飛び、顔面に弾力のあるやわらかな感触を感じた後、エイトの頓狂な声が聞こえたところで意識が途切れた。



----------------



「……さん。??+*`??さん」


 この聞き覚えのあるイケボは。


「キャプテン……ハヤブサさん?」


 目を開けるとそこには、イカツイスキンヘッドの男、小泉さんが僕を見下ろしている。


「わぁ! あれ? エイト? カナは?」


 唖然と僕を見つめる小泉さんと、呆然と見下ろす同僚達。小泉さん以外の視線は突き刺さるようにとても冷ややかで、中にはスマホをこちらに向けている人も居る。恐らくSNSにでもアップするのであろう。あぁ、これが現実か。


「??+*`??さん、急に倒れたので心配しました。救急車を呼びますか?」


 小泉さんが心配そうに僕に問う。


「あ、いえ、すみません。貧血みたいです。心配させてしまい申し訳ありません」


 先まで物珍しそうに見ていた野次馬たちが散っていく。何が貴方達をそうさせているのだろう。


「とりあえず主任には私から説明しておきますから、今日は帰られた方が良さそうですね。日ごろの精神的な疲れが溜まっているんでしょう。しばらくゆっくりしてください」


 小泉さん、本当に後輩思いで優しい人だ。そういえば、キャプテンハヤブサも人格は違えど人のことを思いやる頼りがいのある人だったな。


「ありがとうございます。そうですね、お言葉に甘えさせていただいき、本日は早退させていただきます」


 小泉さんにそう伝えると、僕は会社を後にした。


 午前11時過ぎ。喧噪と焦燥が入り交じる晴天。


 孤独を感じさせる会社からの帰路。


 異次元散歩から戻った今、僕は現実のいうなの非現実な色合いにニヒリズムを感じる。


 狂った世界【頭狂亡聖ギブアンドテイク】僕はあの世界に本来の自分を感じる。早く戻りたい。戻ってカナやエイトと話がしたい。


 そういえば、こんな昼間に帰るのは初めてだな。もしかしたらあの世界と何か関係があるものが見つけられるかもしれないし、異次元散歩始まりの地である金山にでも寄ってみるとするか。


 スマートフォンに繋げたイヤホンを装着し、メディアプレーヤーアプリで複雑な気持ちを掻き消すような黄昏の音楽を再生する。


 街の喧噪とは裏腹に、大人しめで不思議な旋律に浸りながら、秋風に悴む手をトレンチコートのポケットへ入れ、歩き出した。



第7話に続く……

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