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貴方の在処は

挿絵(By みてみん)





「来る。そろそろここから移動した方が良いわ」


 覇気の無い女性の声が店の外から聞こえてきたと思いきや、カナの顔つきが焦燥混じりの緊張感を感じさせる表情へと切り替わった。


「ここから出ましょう」


 カナは僕の手を取り外へ連れ出そうと歩きだした。力強く握られる手はいつもと違い、少し強引な雰囲気を感じさせる。


「おーい、金銭もらってないぞー、ええ」


 店の出口に差し掛かったところで小泉さんが支払いを催促する。当たり前なんだけどお金を取る辺りは現実と変わらないんだ。


「おじさんごめんネ。また来たとき沢山支払うよ! 約束約束ー」


 小泉さんの鋭い視線を背中に感じながらも、カナと僕は店の出口を抜け、外へと出た。するとそこにはゴシック調でメンヘラを印象付けるような、線が細く背の低い女性が立っていた。


 黒髪の中に、光の加減で変わるキラキラとした銀髪がメッシュの様に入っていて、髪型は小さな顔の輪郭をぼやかす様なボブカット。どこか不安気で自信の無さそうな瞼に吸い込まれそうなほど黒くて大きな瞳。黒いノースリーブシャツからは、相反するように華奢で白みがかった腕が露出している。丈の短い赤と黒のボーダー柄スカートから見える白くて綺麗で少し内股気味の素足は、足元の白黒スニーカーと相まってゴシック感を強調させる。そして一番特徴的なのは、腰に付けている拡声器の様な機械。カナの足元にも近未来的な機械が付いているが、この世界の女の子はメカメカしい物が好きなのだろうか。


「エイト、教えてくれてありがとうだヨ!」


 カナはその背の小さな女性のことをエイトと呼んだ。どうやら顔見知りのようだ。


「いえ。とりあえず、ここから離れた方が良いわ」


 か細い声で喋るエイトさんの姿を見ていると、なぜだか懐かしくて切ないような感情に侵される。ただその気持ちは嫌なものではなく、まるで夕日に照らされ赤色と黄金色が調和するススキ畑の中、僅かに流れる冷ややかなそよ風に吹かれ、孤独を感じさせられる。そんな中、ススキ同士が擦れ合うホワイトノイズが優しく僕に問いかけ、包み込んでくれるような、黄昏れた気分に浸されているような心境に陥る。


「あの、カナ、こちらの女性は?」


「エイトはとても優しくていい人なの! のちほど詳しくお話しするネ! さてさて、今はここから離れましょう?」


 平然を装っているが、顔に滴る冷や汗と、引きつった口角が焦燥と恐怖を隠せていない。いったい何にそんなに怯えているのだろう。僕もつられて恐怖心に駆られる。


 そんなカナを伏し目がちに見ていたエイトさんが、僕の方を向いて話し始める。 


「初対面……なのにごめんなさい。こんなに急かして混乱させてしまったわね。でも、今はとにかくここから離れないといけないの」


 カナもエイトさんも穏やかじゃない。とにかくここからは一刻も早く離れたほうが良さそうだ。


「わ、わかりました。詳しい話はあとで聞かせてください」


 得たいの知れない何かに焦っている二人を前にして、集団心理的感情に拍車がかかる。臆病者な僕にはかなり辛い展開だ。なにがどう危なくて二人はここから離れたいのかが気になってしまい気が気でない。僕自身も焦燥に駆られ、それに伴い恐怖心が相乗し、以前死を身近に感じた紫色の目玉の生物の件がフラッシュバックする。心臓の鼓動が大きく耳を打つまでになってきた。


「それじゃ二人とも、お手を拝借。わたしに任せてネ!」


 カナは僕たちに手を差し伸べる。エイトさんはすぐにカナの手を取ったが、僕は恐怖でひざが笑ってしまい中々手を取るための一歩を踏み出すことができない。


「こごご、ごめんカナ。あ、あ、足が震えて動かないや」


 得体のしれない恐怖心が、身体中の筋肉という筋肉を強張らせる。情けないことに、一歩歩けば届きそうな所に差し伸べられている手のひら1つ掴むことすらできない。


「プップピー!」


 まるで小悪魔の雄叫びのイメージを具現化したかのように甲高く、気色悪い聞き覚えのある声が後方から聞こえる。それと同時に、面と向かって会話をしていたカナとエイトさんの視線が僕の顔から背後へと移り、表情が瞬時に恐怖へと切り替わった。その様子を見た僕は、後方に何が居るのかを直ぐ様把握した。そう、あの時僕を殺そうとした紫色の目玉の生物だ。


 振り返り、数メートル先に居るあいつの姿を垣間見た時点で既に発光しているのがわかった。この発光は間違いない。僕たちは次の瞬間、あいつから放たれる光線を浴びて蒸発するだろう。小心者が過ぎる僕が恐怖心に抗えなかったせいで、このままではカナやエイトさんまで巻き込んで死なせてしまう。僕は本当に弱者のダメ人間だ。二人は一刻も早くここから離れた方が良いとあれほど言っていたのに……。


 空間がスローモーションになり、一瞬の間にあらゆる後悔や自責の念が脳裏を過る。その時、親しみのある声が辺りに木霊した。


「うおらぁああ! 我の店の前で光ってんじゃねぇぞぉおおぉお! ええ!?」


 疾風の様に現れた男は迫力のある雄たけびを上げると同時に、目玉のあいつに強烈な飛び蹴りを浴びせた。その一撃を受けた目玉のあいつはそれなりの重量が有るように見えるも、軽く数十メートルは吹き飛んでいった。風のように舞い、オオスズメバチのように刺す、そんな比喩を感じてしまうほどの恐ろしい脚力。その姿はまさにキャプテンハヤブサ。この人こそ、会社で唯一僕の味方をしてくれる頼れる先輩、小泉さんだ。


「ふぅ、我んとこの客に危害を加えようなんざ、ええ、いい度胸だぜクソ目玉野郎」


 飛び蹴りの反動を利用し、宙をくるっと一回転して綺麗に着地したその姿はカッコ良く、とても美しかった。


 カナは安堵と歓喜の表情で小泉さんに駆け寄る。


「おじさんツヨイネ! 変なおじさんだと思ってたけど、かっこよくて強くて良いおじさんだったネ! ありがとー」


「あったりめーよ。ええ、キャプテンハヤブサは伊達じゃねーんだ」


 小泉さんは腕を組みながら仁王立ちし、勝ち誇った顔で胸を張る。


「キャプテンハヤブサさん、ありがとうございました。さっきは死を覚悟しました……」


 小泉さんは不機嫌なしわを眉間によせながら、真面目な面持ちで僕に歩み寄った。


「男はな、優しいだけじゃだめなんだよ。強く、そして信頼できる仲間には疑問を抱かず、何がなんでも信用してついていってやらねぇとな」


 確かにそうだ。僕はカナに何もしていないにもかかわらず、助けてもらってばかり。それなのに、僕は自身の弱さを言い訳にして、見殺しにするところだった。


「……そうですね。キャプテンハヤブサさんが居なければ僕もカナもエイトさんも間違いなく死んでいました」


 小泉さんは半ば呆れ混じりに肩を上下に揺らし、僕の頭にそっと手を置いた。


「でもな、お前の優しさを振りまく姿勢。ええ、そこは本当に素晴らしい。誇っていいぜ。ええ」


 僕はその言葉を聞いた瞬間、緊張の糸がほぐれたように腰を抜かして尻もちをついてしまった。しかし小泉さんは何を言っているんだ? 僕は優しくなんか無い。さっきだって何かに怯えて動けなくなり、命の恩人たちを巻き込んで死にかけたじゃないか。こんな僕のどこが優しいんだ? そもそも、なぜ小泉さんは僕のことを知ってる様な口振りなんだ?


「大丈夫ですか? みんな無事で良かったね。??????もエイトもおじさんも、皆元気だから私幸せヨ!」


 カナは尻もちをついた僕に駆け寄り、手を差し伸べてくれた。その手を取ろうとした瞬間、エイトさんが恐怖を含んだ声を上げる。


「あ、ダメ、タナトスが起き上がるわ」


 小泉さんが臨戦態勢に入ったかのように、肩や首を回しながらスタスタとあいつに歩み寄る。


「お嬢ちゃん、皆仲良くお手手繋いでここから離れな」


「おじさん、ありがとネ! 私たちはもう行くよ……ごめんね」


 カナが俯きながら震えた声色で小泉さんに声をかけ、僕とエイトさんの手を取り走り出す。


「しっかりばっちり掴まっててネ!」


 カナの足についた近未来な装置が機械音を発しながら青白く発光を始め、走る速度も徐々に上がっていく。距離が離れるにつれ小さくなる小泉さんの背姿は、なんとも勇ましかった。僕もあれくらい勇気と強さがあれば……。


「さて、目ん玉おばけちゃん。ええ、ぼっこぼこにしてやるから覚悟しておけよ」


「プウウウプウウウプウピイイイイイイー」


「なんだこいつ、ええ、さっきよりもピッカピカに光ってるじゃねえか。けどな、ええ、光ってばっかじゃ意味がねぇんだよ!」


 キャプテンハヤブサは高く飛び上がり、再び飛び蹴りの姿勢に入った。次の瞬間、背筋が凍るような恐ろしい何かをゾクゾクと感じた。


「ポキャアアアアアアッ!」


 目玉の化け物は力を開放するかのように両手を大きく広げ、紫色の光を柱状に放出する。その光は徐々にキャプテンハヤブサを覆っていく。


「グウフゥ……なん……だ……こりゃ。ええ、熱ぃような冷てぇような、ううぅうおおお、ええ、おおおおおおあああああああああああああああ!」


――――――――――


 カナがひたすらに駆けている中、小泉さんが居たであろう場所から小さく紫色の光柱が上がるのが見えた。小泉さんが無事なのか、憂慮に堪えない。


 そんな時、僕の額に何かが触れたように感じたため手で拭ってみると、なぜか微かに濡れていた。こんな雲一つない綺麗な夜空なのに雨?


それにしても、大分辺りの雰囲気が変わってきた。桜色の電灯が灯るトンネルを抜け、その先にはフェンスが建ち並ぶ。フェンスを越えた先にはトタンで出来た、よく田舎で目にする茶色いタイプの古民家が点在している。

 

「さて、ここまで来れば安心安心、かな?」


 ここでカナが駆けるのを止め、優しく僕とエイトさんの手を離す。


「ありがとう。前も同じように助けてもらったね。僕はいつも助けてもらってばかりだ。いつか必ずお返しするね」


「ありがとう。二人も引き連れてこんなに走って、疲れたでしょう」


 お礼を言う僕とエイトさんに対して、カナはとても優しさを感じさせる微笑みを浮かべた。


「いえ、私は……私は貴方達が生きてくれているだけで幸せです。それに比べたら私の疲労なんて全然大したことない。生きてくれさえすれば、それだけで」


 あれ? カナってこんなに流暢に喋る人だったっけか。まぁ、そんなことはどうでもいい。こんな女神様のような優しい人、こんなに素晴らしい人を僕は自身の身勝手な感情で死なせてしまうところだった。自分を戒めくては。もっともっと強くならなくては。


「おい! お前たちは新入りか」


 突然聞こえた凛凛しい声の先には、艷やかな白髪のポニーテールを靡かせ、背が高く、神主さんが使用する装束のような衣服を身に着けている女性が立っていた。そしてそこには目を疑う光景が広がっており、その女性の前にブリーフ一丁姿で四つん這いになり腰を振っている小太りのおじさんが薄ら青く発光している。なんなんだこの悍ましい状況は。さすが頭狂亡聖ギブアンドテイクといったところか……。


「わ、気になることしてる。あれは何だろナ?」


 カナは不思議そうに必死で腰を振るおじさん達を見ている。


「もぅやだぁ……」


 エイトさんは赤らめた顔を両手で覆いながら、ギャップが激しい初めて聞く可愛らしい声で指の隙間から半裸で腰振るおじさんたちを覗き見る。


「何をやっている。早く来ないか」


 凛凛しい声はどうやら僕たちに向けて発せられているようだ。


 恐る恐る近づくと、その女性の瞳が黄色いことに気づいた。すごく綺麗な色だ。


「さ、早くこれに着替えろ。そしてそこにこいつらと同じように四つん這いになれ」


「は? いやいや何を言いますか」

「四つん這いって何だか変態的でござるネ。ウフフ」

「いやぁ」


 僕、カナ、エイトは同時に声を上げた。僕たちに手渡されたのは三つのブリーフ。僕はまだしもカナとエイトは女性だぞ!? いったい何を考えてるんだこの人は。最高す……じゃない! さすがにこれは男の僕が責任持って断固拒否しなくては。




第6話に続く……

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