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細かな状態遷移

 挿絵(By みてみん)




 等間隔で耳障りな音が鳴り響く。


「ん……あれ?」


 発生源はスマートフォン。寝ぼけ眼で見た画面には見慣れたアラーム停止ボタンが表示されていたため、ため息をつきながら気怠く画面をタップし、音を停止させる。


「全て夢……か?」


 目やにを手の甲で擦りながら、カナと出会ったあの世界が恐らくただの長い夢だったということを徐々に受け入れ始める。そんな感情も相まった喪失感と倦怠感が入り交じる不快な感覚が、より現実感を強くさせる。


 あの不可思議な世界、たしか「頭狂亡聖ギブアンドテイク」とか最初に遭遇した受付嬢が言ってたっけ……良い意味で狂っていて、現実という悪い意味で狂っている冷酷な世界から卒業するにはうってつけのユートピアだったのにな。まぁあんな異常世界、夢以外ありえないか。


 だがしかし、しっかりと存在するこの手首の痣。まるでタトゥーのようなこの痣は間違いなく凡庸な生活を送っている限り発生するような代物ではない。やはり夢ではなかったのか? 現実を受け入れたくないが故の感情を悶々と反芻(はんすう)させている間に身支度が終わり、世界で一番退屈であろう場所、就業先へと向かった。



――――――就業先――――――



「君さぁ、間に合うって言ったよねぇ?」


 後退した生え際が目立つ中年男性が、眉間にシワを寄せながら嫌味な口調で叱責する。


「はい……すみません……」


 只管(ひたすら)に謝り続ける僕の姿はきっと、弱者という言葉がお似合いなんだろうな。そう、僕は弱者なんだ。


「それにしても使えないねぇ君は。そんなんで給料貰って恥ずかしくないのか? とりあえず、席に戻ってasap(なるべく早く)で終わらせろ!」


 一頻(ひとしき)り怒鳴りちらした中年男性は足早に自席へと戻っていった。


 それにしても、毎度毎度主任の言葉には心をやられる。ただ、恐らく主任も別の人から僕のように辛辣(しんらつ)な口撃を受けているに違いない。彼も現代社会に狂わされた可哀想な被害者なんだろう。それに、確かに僕は使えない人間だと自覚している。


「あの」


 自席に着くと、隣の席の小泉(こいずみ)さんが眉尻を下げながら話かけてきた。


「このプロジェクトのスケジュールでは間に合うはずが無いと私は思います。ええ。なので主任のことは気にしなくていいと思いますよ。ええ」


 自身の発言に相槌を入れる所に、四角四面な雰囲気を纏わせているが、見た目はスキンヘッドに眉なし、そして実はシャイで優しいというアンバランスな存在である小泉さんは、この職場で頼れる唯一の先輩だ。


「ありがとうございます。そう言っていただけると気持ちが和らぎます」


「こんな環境ですが、ええ。めげずに共に頑張りましょうね??????さん」


 ……ん?


「ごめんなさい小泉さん。今の言葉聞き取れませんでした。もう一度お話いただけますか……?」


「へ? ああ、はい、ええ、その、共に頑張りましょう。??????さん」


 な、ちょ、これは、ど、どういうことだ? おそらく僕の名前を言っているのだろうけど、ノイズが混じって全然聞き取れないという頭狂亡聖ギブアンドテイクと同じ事象が起きている。現実世界なのに、なぜ?


「??????さん? ええ、大丈夫ですか? ??????さん」


 あまりの意味不明さに混乱し、滲み出る冷汗と共に過呼吸を起こす。徐々に小さくなっていく小泉さんの心配そうな声と共に、視界がフェードアウトしていく。意識が途切れるかどうかの瀬戸際に、耳元でまたあの声が聞こえた。


「頭狂亡聖ギブアンドテイクへようこそ!」



――――――――――――



「……ん? ここは」


 目を覚ますとそこは前回意識が途切れた裏路地、頭狂亡聖ギブアンドテイクの世界。やはり夢なんかでは無かったんだ。


 辺りを見渡すがカナの姿は無い。孤独感に加え、現実世界で自分の名前を聞き取れなかったいう不気味な恐怖感と不安感が襲ってくる。そういえば、昨日カナに自己紹介する際も自分の名前が思い出せなかったな。やはり頭が狂ってしまったのだろうか。


 不安は拭えないけど、ここでただ悩んでいたって仕方がない。せっかく再びこの世界に戻ってこれたんだ。この機会を活かしてカナを探しつつ、色んな所を散策をしてみよう。


 裏路地を出ると、そこには相変わらず煌びやかな街並み。辺りを見渡しながらゆっくりと歩いていると、次々と不思議な光景が目に飛び込んでくる。

 

 ベルトコンベアで運ばれている青く発光している鉱物らしき物体が、賽銭箱のような大きな箱に流れ落ちていく様子が見えるガラス張りの建物。瓶と土星のロゴが光るネオン看板を掲げ、六角形が渦巻く、まるで異次元への扉のような入り口を構える中二チックな店などなど、特徴的な建物が立ち並んでいる。また、パンティ一丁でカクカクと、動きにタイムラグが発生しているような歩き方をしている金髪で短髪なヤンキー的風貌な人、ピラミッドみたいな形の体に手足が付いている、非常に歪な形態をした生物などが行き交っている。この相変わらずの狂いっぷり、魅了されてしまうな。


 ある程度散策した末、中二心に溢れる僕は、瓶と土星のロゴが光るネオン看板の店に入ることに決め、入口と思われる六角形の中へ戸惑いながらも入り込んだ。



―――Welcome to underground―――



 店に入るや否や入店音声が中二感満載で赤面してしまった。ただ、中は意外と普通の清潔感があるバーみたいな雰囲気。まぁ実際にバーに行ったことが無いのでなんとも言えないけど……


「ようこそ、ここは、ええ、旅人の聖域、エクスターナルハウスへ」


 聞き覚えがあるような相槌に、ダンディズム溢れる声が聞こえた方向に目をやると、そこにはまさかの人物がカウンター越しに立っていた。


「こ、小泉さん!?」


「小泉? いいえ、私の名前はハヤブサ! ええ、キャプテンハヤブサさ!」


 そういえば、この世界で以前遭遇した中学時代の同級生、茂木は支離滅裂なことを発したや否や急に殴りかかってきたんだった。現実に存在する人が全員変になってしまっているのだとしたら、小泉さんもひょっとしたらひょっとするのかもしれない。


「よっしゃ! ええ、いっちょ我の特性ドリ……ドリリ……ほぉおおお!! シャカシャカシャカシャカッ!! ええ、シャカァ〜〜ッ!! ええ、ドリンクでもごちそうしてやらぁ!」


 小泉さんが急にカクテルを作り出した。白目を向きながら謎の動きで高速にシェイクしてる感じから察するに、茂木と同類感が否めない。これは逃げるべきか。それにしても、現実の小泉さんとはかけ離れた性格しているな。


「はぁいできたわよん。ええ、飲んでみてほしいなりよ」


 急におねぇと忍者のハイブリット口調になってモジモジし始めた。強面スキンヘッドのおじさんにモジモジされると怖さに拍車がかかる。しかし、グラスに注がれた蒼炎の如き美しいカクテルを身体が激しく欲していることに抗えず、僕は席につき、小泉さんに一礼した後、恐る恐るカクテルを口に運んだ。


「はにゃあぁぁぁぁんッ!?」


 口に入れた瞬間、ビックバンの如し爆発的に広がるフレーバーは言葉では言い表せない、爽快感を味覚に変遷させたかのような、脳天を突き抜けるほど独創的な味。そして一度(ひとたび)飲み込むと、炭酸飲料が霞むほどの心地良い刺激的な喉越しが、喉仏を躍動させる。一口、また一口と飲み込む毎に若返ったかの様な感覚が身体の隅々まで行き渡り、まるで幼少期の夏休みに大きな草原を駆け回ったときを彷彿させる身軽さを感じさせる。そして、前頭葉の汚れを取り除いてくれているかのような清々しさが脳内にも染み渡る。


「どうだい。我のドリンクは、ええ、ベリーマッチだろ?」


 小泉さんは現実世界では絶対に見せないであろうキメ顔で言う。


「はい。今までに蓄積された身体と心の疲れが全て吹き飛んでしまうほどの美味しさです。小泉さ……じゃなくてキャンプテンハヤブサさん、ありがとうございます」


「ええ! バーテン冥利につきるってもんだ」


 小泉さんは少し照れながらハニカム笑顔を見せた。その時、店の入口付近に気配を感じ、入店ボイスの後に待望していた声が聞こえた。


「お待たせしましただヨー!」


 僕は不思議なイントネーションに嬉々と振り向く。


「カナ!」


 僕は再開できた喜びを顕に、大人になってからは極稀にしか発声しないほどの大きな声を上げてしまった。


「お隣、失礼仕るですネ!」


 カナはニコニコしながら僕の隣の席へ女性らしいそぶりで長いスカートを椅子に敷くように捲り、僕の方向を向きながら静かに着席する。


「カナ、このカクテルちょっと飲んでみて。美味しすぎるから」


 カナはキラキラと目を輝かせながら僕が持つ蒼炎色のカクテルを見る。


「わ、これは綺麗すぎてヤババだネ!」


 あまりの綺麗さに感動しているカナに対して、小泉さんは新たらしく作ったカナの分のカクテルを手渡した。いつの間に作っていたんだろう。てか、普通に静かにシェイクできるんだ。


「あいよ。ええ、キャプテンハヤブサ著、エクスタァアアアナルウウウウゥウウ!! ええ、ドリンクゥウウウ」

 

「おじさんありがと! いただきまーす」


 カナはエクスターナルドリンクを受け取り、一気に飲み干した。次第に表情は多幸感溢れる恍惚なものへと変貌し、余韻に浸っているのか、暫くの間静止している。


「……カナ大丈夫?」


 カナはハッと我に返った。


「わ、意識飛んでましたぁ。もう美味しくて美味しくて、身も心も幸せ満了、万々歳でござる」


 カナは空のグラスを両手で握りしめながら、堪らないと言わんばかりに瞼を強く閉じながら首を左右に振る。


「だよね! 僕もこのカクテルを飲んだらカナと同じ様な感じになっちゃってさ」


 和気あいあいと、カクテルを飲みながら会話する楽しさに、現実世界では未だかつて感じたことの無い幸せを如実に感じつつある。


 そういえば前回会ったとき、カナは僕のことを何故かは分からないけど、知ってると言っていたな。このことについて話していく内に何か思い出してくれるかもしれないし、深掘りしてみよう。


「カナ、そういえば前あったときに僕のことを……」


 その時、突如覇気の無い女性の声、以前現実世界から目を覚ます直前に聞こえたあの声が外から聞こえた。


「来る。そろそろここから移動した方が良いわ」



第5話に続く……

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