心強い味方
僕の目の前には、開けたとおりにお洒落な雰囲気漂うネオン看板が煌めく建物が立ち並んでいる。現実世界では憧れはするものの、コミュ障ぼっちな僕が行けるはずもない、洗練された陽キャだけが許されるような、そんな街並みだ。
広場の真ん中には色鮮やかにライトアップされた輝く噴水。そんな都会感溢れる雰囲気の中、場違いに存在する小さな公園、空には満天の星に輝く土星と、反重力としか考えられない動きで高速に行き交う円盤。
目眩のするような壮観に様々な感情が入り交じるが、そんな混沌具合を引き立てるかの如し、そこを行きかう異質な者達も尋常じゃない。
公園内にある何の変哲もないジャングルジムの上に仁王立ちする星型の生物、魔剣と言わんばかりの大剣をウーウー唸りながら引きずり歩く金髪ロン毛で中二なコートのお兄さん、ブリーフ姿で四つん這いになり、ひたすらに揺れているスキンヘッドのオジサン、輝く噴水に腰掛けるネコっぽい雰囲気のお姉さん。この光景、好奇心を駆り立てられすぎて頭が可怪しくなってしまいそうだ。……いや、もう可怪しくなっているのかな。
さて、とりあえず全員須らくヤバそうだけど誰かに話しかけてみるかな。
僕は腕を組んで瞼を閉じ、考えること数十秒、誰に話しかけたらどうなるかを脳内シミュレーションした結果、普通に会話が成立しそうなネコっぽいお姉さんに話しかけることに帰着した。
噴水の方向に歩き出し、近づくにつれてドンドン緊張感が高まっていく。コミュ障な僕には見ず知らずの人に話しかけるなんてハードルが高すぎる。がしかし、ここは異常な世界。何をしても、何が起きても多分大丈夫な世界なんだ、と自分に言い聞かせながら開き直りに徹する。
近くで見て分かったけどこのネコっぽいお姉さん、モデル顔負けのスタイル、大きな目に長いまつ毛、瞳の色は薄赤色、頭には猫耳がぴょこぴょこと躍動し、艶のある赤銅色の髪の毛がサラサラと靡いている。現実世界では遭遇することの無い程のレベルの高い容姿の異性、しかも獣属性持ちに普段一人で頭のイカれた徘徊をしている僕が話しかるというのはある意味事案だな……
「ア、アノ、スミマセン、チョ、チョット、オタズネシテモイイデスカ……」
オドオド、カタコト、どもり、硬直した顔面、コミュ障全開の僕に、大きな瞳でじーっと視線を注ぐネコっぽいお姉さん。
「ア、スミマセン、ナンデモナイデス」
空気に耐えきれなくなった僕はネコっぽいお姉さんに背を向け、足早にその場を立ち去ろうとした。しかし次の瞬間、背中に温かく柔らかい肉感と上半身を軽く締め付けられるような感覚が包み込んだ。そう、これは完全に抱きしめられている。
「ふひゃっ? あ、あの、あああの、あのあのあの、あの」
裏返った言葉にならない声をあげ続けるこの状況、恐らく僕は今世紀最大にパニックになっている。そんな中、甘い栗のような香りと共に、耳元に温かい吐息と可愛らしい声がかけられた。
「にゃーにゃおー」
容姿に相対した声を発した後、ネコっぽいお姉さんは僕から離れ、軽やかに飛び跳ねながらどこかへ行ってしまった。一体何だったのだろう。でも悪い人では無さそうで良かった。結局、何も聞けなかったし、なんで抱きしめられたかよくわからなかったけど、心地良かったからヨシ!
さて、他にはもう安全に話しかけられそうな人が居なそうなので、とりあえずお得意の徘徊……間違えた、【異次元散歩】に徹するとしよう。
「プピー?」
突如後方から聞こえた甲高くて不快な声に直ぐ様反応して振り返ると、そこには巨大な目の玉が円形の体の中心約80%を占めている短い手足が付いた紫色の生物が、キラキラしたつぶらな瞳で僕を見つめていた。
「プピッ! プピッ! プイキュー!」
その生物は突如大きな声をあげると体が発光を始めた。僕は頭に? を浮かばせながらもその謎の生物を凝視していると、抑揚が不思議な声がどこからともなく聞こえてきた。
「ダメダメー、危険です! そこから離れてぇ!」
1キロメートル離れていても聞こえるほどの鬼気迫るような声量と共に、何らかの激しい衝撃が僕を襲う。その後弾き飛ばされたことに気付いた頃にはスローモーションに流れる視界の端に、発光した紫色の生物から放たれた光線が先にある小洒落た家を爆砕する光景が横切った。
あの光線を直に浴びていたら灰燼と化していたに違いない。僕はそんな初めて体験した死への恐怖に震え上がり腰を抜かしていると、先程の声の持ち主が僕の手を取り走り出した。
「ちょとだけ速いからネ! ごめんね、少しだけ我慢しあそばせー!」
異様な者達の視線を浴びながら、目まぐるしいスピードで街を駆け巡り、とあるビルとビルの狭間に入り込んだところで、僕の手を引く何者かが走るのを止めた。
「あぶなかったですネー。でももう安の心だヨ!」
「た、助かりました……ありがとうございます」
僕を助けてくれた女性は色白で、あまり身長は高くないのに8頭身以上にも感じてしまうほどの小顔、艶やかでセミロングな黒髪をサラサラとなびかせている。目は切れ長で大きく、美しい目元にフォーカスを当てるように黒縁メガネを掛けていて、レンズ越しに見える透き通るような藍色の瞳が一際目立つ。服装は誠実な顔とは裏腹にカジュアルな灰色のパーカーに茶色いロングスカート。足元にはなんだか近未来装置みたいな物が付いた赤いパンプスを履いている。その姿からは言葉にできないような神秘的な神々しさと、なんだかとても懐かしいような不思議さを感じさせる。
「大丈夫でした? 強い力でひっぱっちゃってゴメンネ! 痛いところないかな?」
人と手を繋ぐという安心感と、もう既に辺りに怪しい何者かが居ないという状況に何とか平静を取り戻しつつある。それにしても、なんでこんなに日本語が訛っているというか、抑揚と文法が変な感じなんだろう。
「はい、お陰様で大丈夫です。貴女が居なかったら今頃瓦礫の染みとなっていました」
女性はニコっと優しく微笑んだ。
「無事でよかったよかったです。あ、わたしの名前は!@\[\1@\と言います」
!@\[\1@\? まるで文字化けしたような、全く理解不能な言葉だ。どうやらこの世界の言語は日本語とは異なるようだ。
「ご、ごめんなさい。もう一度お名前聞かせてもらってもいいですか?」
「おけでス! 私の名前は!@\[\1@\と申します」
再度聞いてもやはり理解不能だ。しかし恐らく、この女性は自分の名前を一生懸命発音しているのだろう。
「あ……ごめんなさぃ わたしの名前、難しい名前よネ」
彼女は腕を組みながら顎に人差し指をあて、上を向きながら考えている様子。しばらくの沈黙の後、閃いたような顔付きで言う。
「そーだ! 私のことカナと呼んでみてくださいネ!」
ん? 呼んでみてとは? ニックネーム的なやつなのかな。まぁでも、素敵な名前だな。
「は、はい! カナさん、この度は本当にありがとうございました。助かりました」
「どういたしましてです! んー、さんは少し遠い感じだネ。私の名前、カナと呼び捨てで構いませんよ。ネ?」
カナは少し腰を曲げ、僕の顔を下から覗き込むような前のめりの態勢で微笑みを浮かべている。女性を下の名前で呼び捨てするなんて初めてだから緊張するな。
「あ、わ、わかりま、えっとわかったよカナ。それと、いろいろと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
あ、呼び捨てで大丈夫って言っただけなのにタメ口も使っちゃった。ここから敬語に戻したら変な感じになってしまう。あー、タメ口のままでいってしまえ!
「突然のことでびっくりするかもしれないけど、僕はこの世界の住人じゃないんだ。この世界について、カナが知っていることを色々と聞かせてほしい」
カナはさっきまでの微笑みの表情から一変し、神妙な面持ちとなった。そして、暫く間を置いた後、口を開いた。
「この世界は貴方の世界でもあり、また貴方の世界ではない遠い場所。遠いというのは距離ではなくて……うーん、説明が難しいであります。アハハー」
カナは頭を軽く掻きながら答えてくれた。平静を装っているが、悩ましく切なそうな表情を隠しきれていない。なんだかこれ以上深彫してはいけないような気がする。
「カナ、ありがとう。もう大丈夫。それにしても、この世界は危険もあるけどカナのよう素晴らしい人も居る。凄く魅力的な世界だね!」
カナはさっきまでの切なそうな顔から一変し、優しい笑顔へと戻った。
「うんうん! ここはあなたのフーロンティーアー♪ だからネ!」
カナの歌声は透き通るように綺麗だ。
「カナは凄く歌が上手いね!」
「そ、そう? ンフンフー」
カナは頬を赤らめながら俯いている。どうやら照れているようだ。
そういえば、僕の自己紹介がまだだったな。
「カナ、僕の名前は……あれ?」
僕の名前はなんだっけ? ん? いやいやいや、自分の名前を忘れるか?
カナは焦燥している僕を見て、また切な気な表情に戻ってしまった。
「大丈夫、私あなたのことよく知っているよ。あなたは??????という名前なの」
さっきカナが自己紹介してくれた時と同じで名前が聞き取れない。それにしても自分の名前を忘れるなんて前代未聞だ。変な世界に来てしまったショックで一過性の記憶喪失になってしまったのだろうか。
「カナ、今僕のことを知っているって言わなかったかい?」
「知ってるよ。とても知ってる。なぜかはわからないケドネ……」
なぜかわからないけど知っているとかいうパワーワードを頂いてしまったが、とりあえずカナは僕のことをよく知っているらしい。そして、現在カナは非常に協力的だ。つまり、この世界で初めて僕の味方と思わしき人物に出会えたということだ。
ここで、謎の声が大きなタワーの上の大きな拡声器から放たれ、街中に木霊する。
「乱れる。気を付けて」
その声と同時に目の前が真っ暗になった。
暗闇の中、戸惑いと恐怖に支配された僕は咄嗟に手を差し出しすと、手のひらに何かが優しく触れた。
「大丈夫。これから何が起こるのかわからないけど、一緒にいれば怖くないからね」
そして僕の意識はプツンと途切れた。