第三章 第9話 依り代
ーーー翌朝・おひさま亭ーーー
「うー、頭が、がんがんする・・・」
「飲みすぎなのよ」
なのよはコップを差し出す。
「サンキュ」
セカイノは水を飲み干すと、
「依り代のところには今日向かうのか?」
なのよに尋ねる。
「できればそうしたいのよ。あと、行く前に防寒具を買って行くのよ」
「急ぐんだな。また工作員につけられたらどうする?」
「今度の場所はそう簡単にはつけられないのよ」
なのよは自信満々に言う。
「またあの魔導具を使われたら?」
「魔導具には核となる宝玉が必要なんだけど、人間には作れないのよ」
「そうなのか・・・」
「じゃ、行くのよ」
ーーー登山具専門店ーーー
「結構品揃えが豊富なんだな」
セカイノは色々な登山具を見ながら感心する。
「首都『ひざしの都』には何でも売っているのよ」
「その辺はさすがに首都だな」
「そうなのよ」
なのよは衣服を数着選び、着替えコーナーに入って行く。
ーーー数分後ーーー
なのよは壁画の前に立ち、
「じゃーん!」
ポーズをとる。
「何だよその格好は」
「防寒着なのよ」
「サンタ服だろ」
「サンタ服は防寒着なのよ」
「まぁそれはそうだが・・・、その袋はなんだ?」
「花が入ってるのよ。あと登山具」
「そうか・・・」
セカイノは軽い目眩を感じると、
「わかった。だがミニスカはやめとけ。サンタ用の長ズボンにしておけ」
「わかったのよ」
なのよはたたた、とサンタ服コーナーに向かう。
セカイノ達は装備を買うと、登山具専門店を後にした。
ーーー真夏島北部・寒冠山脈ーーー
「ささささささみいな、おい」
「常夏の真夏島でも、ここは年中吹雪が荒れ狂っている地域なのよ」
「そうなのか、と、とっとと用事済ませて帰ろうぜ」
「そう簡単にはいかないのよ」
なのよは前方を指差す。
「何だあれ?」
巨大な真ん丸い雪の塊が多数徘徊していた。
「雪だる魔なのよ」
「雪だるま?」
「違うのよ『魔』」
「間?」
なのよは指で描く。
「魔」
「誰だそんな適当な名前付けた奴は」
「そんな名前だから仕方ないのよ」
セカイノは雪だる魔の方を向き、
「とにかく何とか突破するしかないか」
呟き、そして駆ける。
前方・左右から猛然と転がり来る雪だる魔をすんでのところでかわし続け、前進する。
「この程度なら何とかなるか?」
セカイノがそう思った瞬間、突然背後から来る雪だる魔に押しつぶされる。
「むきゅ」
セカイノはプレス機に押された紙のようにぺたんこになる。
少しおいてがば、と立ち上がり、
「何で重力無視して坂を転がり上がるんだよ!」
「雪の精霊だから仕方ないのよ」
「精霊?つーと土地神と似たようなもんか?」
なのよは頷く。
セカイノはサングラスを下げ、じっと辺りを見回す。
そして、
「あれか」
氷原の中に小さな光を見つけた。
セカイノは光に近づき、話しかける。
「よう」
光はびくっ、と震える。
セカイノは続ける。
「俺達はこの山に住む依り代って奴に会わなければならないんだ。ちょと道を通してくれないか?」
精霊は沈黙する。
そこになのよが近づいてきて、尋ねる。
「ここに精霊が居るの?」
セカイノは頷く。なのよは、
「精霊様、私を知っているのよ。雪花に会いに来たのよ」
精霊が反応する。
光がぴょんぴょんと跳ねると、全ての雪だる魔が止まる。猛吹雪も止んだ。
「ありがとうなのよ」
なのよ達は先へ進む。
ーーー寒冠山脈・中腹ーーー
「そろそろこの辺なのよ」
なのよは辺りをキョロキョロと見回す。
「あの崖とあの頂の間だから・・・ここなのよ」
なのよが示す先に洞窟があった。
入り口は人が数人、入れる程度だったが奥に行くと一軒家が入るぐらいに広くなって、実際、一軒家がそこにあった。
「こんな所に依り代がいるってぇのか?」
セカイノとなのよは入り口に立つ。
なのよが入り口のドアをノックすると、
「はーい。どちら様です?」
女の声で返事が返ってきた。
「なのよ、なのよ」
するとドアが開き、
「なのよちゃん?なのよちゃんなの!?」
青いストレートの髪をした和服姿の少女が飛び出してくる。
「雪花ちゃん、久しぶりなのよ!」
なのよと雪花と呼ばれた少女は抱き合い、再会を喜ぶ。
ひときしり抱き合った後、雪花はセカイノに気付く。
「お父さん?お父さんなの!?」
少女は驚愕の声で言ってくる。続いてなのよの冷たい視線が突き刺さる。
「おい!なのよ!誤解だ!」
セカイノが少女に向き合う。
「お前が俺の娘!?失礼だが年は幾つだ?」
「じゅ、十六です」
「俺は三十ちょいだ。俺の娘ならお前さんは俺が十五くらいの時に作った子供って事になる」
「それもそうなのよ」
なのよの誤解は解けたようだ。
少女は、まじまじとセカイノを見る。
「そういえば・・・記憶といろいろ違うところが・・・」
「一体お前さんが幾つの時の記憶だよ?」
「五歳ですけど」
「五歳かよ!」
セカイノが突っ込むが、少女はあまり気にしてないようだ。
「残念です。せっかく再会できたと思ったんですが・・・」
「まあいい、なのよ、用件をさっさと済まそうぜ」
なのよは頷き、少女と向き合う。
「雪花ちゃん。依り代としての役目を果たす時が来たのよ」
なのよは声色を抑えて告げる。
雪花はその言葉にはっ、として、
「そうですか・・・とうとうこの時が・・・」
雪花は祈るように手を組んで、
「神様・・・この世を去るときが来ました。来世では家族みんなで暮らせるように配慮をお願いします」
セカイノが、がばっ、と話しを遮る。
「ちょ、ちょっと待った!依り代の仕事ってぇのは命を懸けないといけないのか!?」
セカイノが話が違うとばかりに食い下がる。
なのよは、
「雪花ちゃん、神器があるから命は懸けなくていいのよ」
雪花はうつむき、
「でも、記憶は破壊されるのでしょう?」
「それも神器があれば大丈夫なのよ」
セカイノは呻き、
「どういう事だ?・・・」
なのよ指を立て、
「本来は神々の力を奇跡として行使する時、神の魂を体と魂で受け止めて実現させるんだけど」
なのよはセカイノに向き、
「普通は精神が持たなくて記憶と精神が崩壊するのよ」
「ふんふん」
セカイノはあいずちを打つ。
なのよは続けて、
「そこで神器に一時的に記憶と精神を移して、その間に奇跡を行使すれば、精神と記憶は破壊されずに済むのよ」
締めくくる。
雪花は、
「それじゃ私は命を懸けたり記憶を失ったりしなくて済むの?」
なのよは頷く。
「もっと早くに打ち合わせしとけば良かったんじゃないか?」
セカイノの指摘に、
「超極秘事情だからギリギリまで伏せておく必要があったのよ」
「なるほど」
セカイノは頷く。
「というわけで雪花、今すぐ出発の準備をしてほしいのよ」
「わかったわ」
雪花が答える。
雪花が荷物をまとめるのを見ながら、セカイノはなのよに尋ねる。
「で、次はどうするんだ?」
「この島の中心に行くのよ」