第8話 神器と魔導具
ーーー博士の工房ーーー
「ただいまなのよ」
「おう、おかえり、助手」
博士はミルクココアをなのよに差し出しながら、
「どうじゃった?首尾のほうは」
「危なかったのよ。セカイノが居なかったら、大変なことになっていたのよ」
「そうか、やはりセカイノを行かせて正解じゃったか」
セカイノにはコーヒーを手渡す。
「サンキュー。ま、今回は運に助けられた部分が多かったけどな」
セカイノはコーヒーをすすりながら、
「で、行きはバタバタして尋ねられなかったが、結局、神器ってのは何なんだ?」
セカイノが尋ねる。
「神器は人の祈りを集め、奇跡を起こす道具じゃ」
博士もコーヒーを口にしながら、話し始める。
「覇権戦争の話は聞いておるな?」
「ああ、実際は神々の覇権戦争だった、って話か」
博士は頷く。
「その争いのさなか、奇跡が何度も行使されたということも聞いておるな?」
「ああ」
セカイノは頷き、
「奇跡の行使には依り代になる人間が必要なんだろ?じゃあ神器は?」
博士は窓の外を見つめ、
「神器はそれ自体が依り代なんじゃよ」
セカイノは尋ねる。
「じゃあ人間の依り代はいらないのか?」
博士は目を細め、
「依り代を使った奇跡には敵わないがな」
告げる。
「ただし」
博士は指を立て、
「人の依り代は一つの願いしか叶えられないが、比べて神器は、調律機を使えば幾つかの願いを叶えられる事が出来る」
セカイノは唸る。
「そいつは凄いな。で、調律機?そいつは神器を入れてた機械のことか?」
「そうじゃ」
「その機械は水に浸かって、オシャカになったぜ」
博士は頷き、
「奇跡が発動しなかった時点で、大体の事は予想していた」
博士はなのよに向く。
「神器は?」
なのよは懐から首飾りを取り出し、博士に手渡す。
「これなのよ」
「ほう」
博士は興味深そうに神器を品定めする。
「なるほど、奇跡を起こすに必要な力は溜まっているようじゃな」
「たぶん、一回の使用が限度なのよ」
「じゃろうな」
セカイノが口をはさむ。
「もう調律機は使えないんだろ?どうすんだ?」
博士は考えて、
「人間の依り代を使う」
言い切った。
「・・・誰かを犠牲にするのか?」
セカイノは言い寄る。
「神器が無い場合にはな」
「どういう事だ?」
「依り代が奇跡に必要なのは、神の力を受け入れる器が必要じゃからじゃ」
博士は指を立て、
「つまり神器に神の力を宿せば、依り代は力のコントロールだけを担当すればいい」
「今、この首飾りに宿ってる力と神の力は違うのか?」
セカイノが尋ねる。
博士は頷いて、
「この二つは似て非になるものじゃ」
博士は続ける。
「神の力の呼び水になるのが祈りの力、そういうことじゃ」
「なるほど」
セカイノは頷く。
「じゃあ奇跡は犠牲の無い方向で進められるんだな?」
「そうじゃ」
「わかった。そういう事なら俺も力を貸すぜ」
「わし等に協力してくれるのか?」
「ああ、俺はこの島国が気に入ったんでな」
なのよが手を上げ、
「助かるのよ」
セカイノに礼を言う。
セカイノはふと思い出し、
「そうそう、工作員の黒装束がこんなものを持っていたんだが」
セカイノはズボンから金と赤い宝玉で出来た道具を取り出す。
博士は一瞥し、興味があるように言ってきた。
「これは魔導具じゃな」
「魔導具?」
「古の昔、闇の眷属によって作られた宝具じゃ」
「闇の眷属?」
セカイノが首を捻る。
「もう今では文献にでしか存在しない古の種族じゃ」
博士は何か遠くに思いを馳せるような目をして、
「神器が祈りで動くのなら魔導具は欲望で動くのじゃ」
博士はコーヒーをすすり、
「ま、方向性は違えど、どちらも人の願いで動いてることに変わりはないのじゃよ」
博士は続け、
「そして魔導具は神器とは比較にならない程度の力しかないんじゃがな」
セカイノがなるほど、と頷く。
「で、これは貴重なのか?」
「この性能ならお金にして一億キャシュはくだるまいよ」
「「!」」
セカイノは動揺しながら、
「お、おいおい、俺は一躍億万長者かよ」
「そうなるじゃろな」
博士は顎に手をやり、
「この魔導具はわしが研究用に使おう。一億2千万キャシュでどうじゃ?」
「「!」」
セカイノは動揺を隠せない。
「おいおい爺さん、あんたそんなに金持ってんのか?」
「博士と呼べ。大国に居た頃の軍事関連の特許がかなり有るんじゃ。このくらいは出せる」
「じゃあ売っ・・・いや、ちょっと待てよ?もしかしたらこの魔導具、覗きとかにかなり使えるんじゃあ・・・」
「全部聞こえてるのよ。博士、この魔導具は売るのよ」
「交渉成立じゃな」
「ちょっと待て!もう少し考えさせて!」
博士は構わずに魔導具を金庫に放り込んだ。
「あーっ!」
博士は小切手にすらすらと記入し、セカイノに渡す。
「す、すげえ。マジで一億二千万ある・・・」
「今日は皆で宴なのよ!」
「お!いいな!それ!よし、みんな呼ぼう」
「ワシも行こうかの」
セカイノ達は料理屋を貸し切って、夜遅くまで宴を開いた。
セカイノとなのよとお婆と博士と先生と青空教室の生徒達とセカイノが酒場で知り合った飲み友達の面々が集まり、話し、歌い、踊るなどして思い思いの時を楽しく過ごした。
教室の生徒達は会食をした後早めに退散させ、大人達で情報を交換したりして宴を過ごした。
夜も更け、ぱらぱらと皆が帰途につく中、セカイノが博士に尋ねる。
「なあ、博士」
「なんじゃ助手B」
「いや、その呼び方はいいから」
セカイノは手を振る。
「依り代ってどこに居るんだ?」
「北の寒冠山脈じゃ」
「なんか寒そうな響きがするな」
「実際、寒いからな」
博士はこっちの表情を汲み取ったように続ける。
「心配はするな。案内はなのよにさせる」
「嫌な予感しかしねぇ」
「今までは相手との相性が悪かっただけじゃ。案内人としての腕は信じていい」
「まあそうなんだが・・・」
話していると先生がやってきて、
「君は部外者なのにどうやら大変な問題に巻き込まれてるみたいだな」
と、声を掛けてきた。
「まあ完全に部外者って訳でもないんだがな」
「?まあいい。依り代にあったらこれを渡してくれないか?」
そう言うと、先生は髪飾りを渡してきた。
「これは?」
セカイノが尋ねると、
「きっと役に立つはずだ。頼んだよ」
そう言うと、先生は去っていった。
博士はしばらくそちらを見ていたが、
「セカイノ、頼んだぞ」
そう言うと別の輪に入っていった。
「・・・責任重大だな」
セカイノは責任の重さを感じ、髪飾りを握り締めた。