決戦の日
決戦当日の空は、晴れ渡っていた。
王都レスティムの中央通りは、異様なお祭り騒ぎに包まれている。
オートル学園模擬戦争試験。
そこには、アルカディア王国の上層部が未来の主力魔法使いの原石を見つけ出すために続々王都の門をくぐる者がいる。
そのため、普段王都に来ない者も多く、出稼ぎ組や王都の店々は一瞬の繁盛期を迎えることになるのだ。
「おー、去年の学園の一般公開を上回るお祭り騒ぎだな」
腰に掲げた直剣の柄に手を置いたシドが中央通りをツカツカ歩くと、若干緊張気味にエーテルの蒼いポニーテールが揺れる。
「当たり前よ。今日ばかりは、国王様が来都してるんだもの」
「ん? 国王ってのは、王都にいるもんじゃねぇのか?」
「前までは、現国王が住んでいる北の都、シャトレーゼフが王都だったんだけど、ここ三十年でアルカディア王国の王都はレスティムに遷都してるの。そっちの方が他国との取引や流通経路がやりやすいってのもあるわ。それに伴って国王の住まう宮殿もレスティムにっていう議論も上がったみたいだけど、国王は北の都に残ることを決めた……って感じかしら」
「ほー……アルカディア王国も随分と生き急いでんだな」
「ある意味、近年急速発達していった国の一つなのよ。都市国家化も加速してるし。そう簡単に王都を遷都させたくない輩もいれば、さっさとレスティムに王都を移したい輩もいる。今のところは前者の方が多いらしいけど、王都が移るのも時間の問題じゃないかしら」
「そりゃ、国のお偉いさんがこんなに集まるようじゃそうだろうな」
そう言いながら前を歩くエーテルとシドは若干表情が固い。
今までに味わったことのない緊張感と、国の上層部が直接来都するという一大事にあわあわし続ける後ろのエイレンはぎゅっと隣のアランの服袖を掴んでいた。
「わ、私たちの闘いって全員に見られるんだよね? 今まで通りに戦うことなんて、本当に出来るのかなぁ……」
ポケットに片手を突っ込んで何かを気にしている様子を見せるエイレンの素振りに、アランは苦笑いを隠せない。
「そうだよなー。俺も去年のくらい見ておくべきだった……その時ちょうど任務やら立て込んでた時期だったからな……」
オートル学園の模擬戦争試験は、毎年公開されている。
これには、アルカディア王国の未来を背負う者の将来的な有望株を各国に見せつけるため、単純に市民達にとって己の魔法力の全てを駆使してぶつかる少年少女達は、良い刺激の一因となること。
オートル学園入学式の際に取り扱われた疑似空間内の映像がリアルタイムで王都に映し出される。
その中から、将来の魔法術師候補が現れるかもしれないという期待感の表れと、学園の生徒達のレベルの高さを知らしめることが出来る。
各国の上層部にとっても、生徒達にとっても、王都の市民達にとっても貴重な一日になることに変わりはないのだ。
「今年は、お母さんがコシャ村から見に来てくれる……らしいから」
そう呟いたエイレンの表情は、少し気恥ずかしそうで、複雑そうだった。
「入学試験が終わってから、時間のあるときに一回コシャ村に戻ったの。村の状態はあまり良くなかったし、お母さんも前とは変わっちゃったけど、私のお母さんに変わりはないから」
頬を紅潮させて呟くエイレンの姿は、一年前とは別人のようだった。
「俺も、今日は父さんも母さんもオートルの映し出す様子を見るって張り切ってたからなぁ……」
「ファンジオさんとマインさんも?」
「あぁ。今まで勝手して、心配ばっかりかけてきたからこそ、ちゃんとここまで辿り着いたことを見せて安心させたいからな」
両の拳をコツと目の前で当ててアランは深呼吸した。
中央通りも終盤に差し掛かった所で、四人は十字路の前に立ち尽くす。
シドは嫌みのない屈託のない笑顔を浮かべた。
「こっからは、敵同士だな」
模擬戦争試験の定員はおおよそ15名。規定こそはないものの、その中から生き残りを賭けて戦うその最終試験では、ここにいる4人は敵同士だった。
「アラン、お前の体調がどうとかは悪いが考えない。試験が始まれば、例えお前のコンディションが悪くても、好機としてぶった斬ってやるからな」
「望むところだ、シド。俺も、どうも調子がいいみたいなんでな。目的のために、成長のためにも誰であろうがぶっ潰す」
お互い拳を合わせて二人は火花を散らしていた。
「男子達はそれなりにライバル意識持ってるのね。まぁ、それはこっちも同じだけどね、エイレン。負けないわ」
エーテルとて、模擬戦争試験までの間に相当力を付けている。
魔法術師ウィス・シルキーの元での基礎訓練を誰よりも地道に続け、魔法力枯渇で倒れてもなお、前進し続けた。
「……うん、私も……負けない」
そんな3人を見るのが、エイレンには眩しかった。
自分が欲した力は、代償付きではあるものの手に入れることができた。
少しでもアランに近付くために、将来彼の横に並んで歩くために――。
その隣にいるエーテルを倒して先に行かなければ、それ以上前に進むことは出来ない。
この1年、二重属性の魔法力に適合すべく文字通り血反吐を吐いてきた。
誰に言われずとも魔法の才能が彼らのように突出しているわけではない。
だからといって、諦められなかったから。
十字路に差し掛かり、試験開始の時間が来るまでにそれぞれがそれぞれの道を歩んでいく。
アランは今一度フーロイドに会おうと、オートル学園に向かっていたその途中だった。
校門前にいる見慣れない人影。
シドよりも深い紅の長髪をした男性が、そこにいる門番さんに困ったように話書けていた。
「だーかーらー、言ってんじゃん。ってか、知ってんじゃん門番さん!? ほら、学園の誰かに掛け合ってくれないかな!?」
「……一応規則ですので。何者かが、あなたを騙っている可能性も否定できません」
「くっ……! じゃぁ、ぼくどーやってここ入れば良いの!?」
「学園の関係者……に紹介して貰って教員を呼んでいただき、正体を確定させてもらえば、あるいは――」
「今模擬戦争試験で学園中バタバタしてんの知ってんじゃん! このままじゃ無理じゃん! 招待状なくしただけで厳しすぎませんかね!?」
「……と、言われましても……」
深紅の長髪男性は、困り果てたように天を仰ぎだした。
その仕草に門番さんも同じく困り果てていた。
「あ、あの……どうしたんですか?」
見るに見かねたアランが、男性に声を掛ける。
「おぉ! 君はここの学園の生徒かい!?」
「……まぁ、はい」
「なんってタイミングだ! よし、君だ。君に任せよう。頼みたいことがある!!」
有無を言わさぬかのように顔をずいとアランに押しつけた男性は、手を握る。
「お願いだ。ここの教員誰でも良い。ぼくの身元を証明できる人を呼んで欲しい!」
「身元……ですか。とはいえ、俺の知り合いってフー爺とナジェンダ先生くらいしか――」
「フー爺!? あのフーロイド先生は宮廷魔術師に復職したのか! そーか! 何でだ! よく分かんないけどフーロイド先生を今呼べないかな!?」
「よ、呼べますけど! あなた一体誰なんですか……? いきなり来られても俺でさえ誰か分かんない状態でいきなりは無理ですよ」
アランが、握られた手を解くように離れると、深紅の長髪男性は「おっと、失礼。そういえばそうだったね」と、ウィンクをしながら軽めにその場でターンをした。
「炎の不死鳥、炎の魔王、炎神、赫灼、焱燚。好きな名前で呼んでくれ」
そう言って、男性は人差し指を空に掲げて小さな炎を生成した。
「魔法術師、イカルス・イヴァンだ。以後よろしく――アラン・ノエルくん」
男性は、アランを見つめて不適な笑みを浮かべていた――。




