魔法定着への分水嶺
《内容を忘れた方のための簡単なあらすじ》
「第一章 コシャ村編」
コシャ村という小さな村に生まれたアラン・ノエル。この世に存在する火、土、風、水属性のどの魔法適性もないままに育っていた彼は、村の者達からは異端の、《悪魔の子》として扱われていた。
だが、そんな周りの目を気に留めず我が子を愛した父、ファンジオと母、マインの手によってアランは健やかに成長を遂げていった。
そんな6歳の時に、幼なじみのエイレンらと遊んでいる最中に村の者達がアラン達を排除すべく組織するが、ファンジオやマイン、師匠となったフーロイド、ルクシア達によって阻止される。
そして、ファンジオ、アランの決意によって村から出て王都で暮らすことになる。
「第二章 オートル魔法科学研究所(前編)」
アランは王都に出てから、師のフーロイドの家で暮らすことになった。
まだ何も情報のない天属性の魔法術と折り合うための修行をするために研鑽を重ねる中で、かつて出会った海属性の使い手、エーテル・ミハイルとの誤解から始まる逃走劇との再会、その父親オートル・ミハイルと出会い、彼が作り上げたオートル学園を生で見る。
先進的な技術、人々を見たアランはそれに充てられて自らの驕りを正しつつ、オートル学園の受験を表明。数十年に一度の豊作年と呼ばれたこの受験に合格し、晴れてオートル学園の生徒の一員となった。
「第三章 オートル魔法科学研究所(後編)」
オートル学園に入ったアランは、級友のエーテル、エイレン、そして剣鬼と呼ばれる魔法を使えない少年と共に日々を過ごす。
目指すは、一年先にある模擬戦争試験。この試験に生き残ると、将来この国の最高の誉れである「魔法術師」になる可能性が極めて高くなる。
だが、アランを取り巻く環境は様々に変化する。エイレンは自らの命すらも犠牲にする多属性魔法使用者の被験者として、エーテルは、アランとの才能の差に苦悶する。その上に、彼自身にも天属性魔法に関する出来事が次々と降りかかっていく。
そして王都上空を覆った謎の龍から解放されて意識を失っていたアランの元に、シドからの天属性魔法に関する告白、そして模擬戦争試験を一週間前に控えた夜に師のフーロイドからの呼びかけに応えて――。
フーロイドの研究室は、閑散としていた。
レスティムでアランが暮らしていたボロ部屋とほぼ変わらない位置取りの家具が妙に親近感を抱かせる。
「フーロイド様、アラン君ですよ」
部屋の奥の方からは、ルクシアが木の床をキシキシと鳴らしながら机の上にお茶を置いた。
「……あぁ、助かる」
そう答えるフーロイドの声は、しわがれていた。
以前のように覇気があるでもなく、その声は疲れ切っていた。
いつも通りのボロボロのフードを羽織ったフーロイドは、ルクシアの補助を得て机についた。
「ふ、フー爺大丈夫かよ?」
「ふぉっふぉっふぉ……。さっきまで床に伏せっていた奴に言われると不思議な気分じゃの。お主の方こそ、病み上がりじゃろうて。大変な時に呼び出してすまぬな」
神妙な顔でフーロイドは茶をすする。
たった1年。
たった1年だけで、フーロイドは見違えるほどに老いたように感じられた。
生気の感じられない瞳に、いっそう広がった皺。それを心配そうに見つめるルクシアの様子がフーロイドの異常さを物語っていた。
「お主、一週間後に控えておるものは忘れてはおらんな?」
眼光鋭く詰め寄っていくフーロイド。
アランは答える。
「魔法戦争試験だろ? これで最後まで生き残れば、次代魔法術師の道も見えてくる」
「そうじゃ。そこには恐らく淼㵘、焱燚、颷飍、磊垚の魔法術師達も下見に来るじゃろう。未来の同僚候補がどのような者か、どの程度の実力を有するのか。特に今年は何十年に一度かの豊作年。奴等の目も鋭くなるぞ」
カラカラと笑みを浮かべるフーロイドはふっ、と、小さく息を吸った。
「そこで、お主の天属性魔法を大いにぶちかませ」
それは、フーロイドが初めて天属性魔法に肯定を示した瞬間だった。
「……あれから、お主の身体の中の異変は感じなかったか?」
フーロイドの問いかけに、アランは頭に疑問詞を浮かべる。
「それを言うなら、景色が見えるようになった。どこか分からなかったり、王都を上から見ているような……そんな感覚だ」
その言葉ににやりと笑みを浮かべるのはフーロイドだ。
「その状態ならば、力を使うのは今しかない。お主が眠っている間にナジェンダが魔法力の流動を視たらしい」
ナジェンダは魔粒病を患っている。
これは、通常時でもヒトを見ていると、自然とそのヒトの体内を流れる魔法力循環が視えてしまうようなものだという。
そのためにいつ、どのタイミングで、どのような魔法が発動するかの予想がつく。
とはいえ、所構わず見えてしまうと言うことで日常生活に大きな支障を保つモノなのだが――。
そんなナジェンダから聞いたのは、アランの体内魔法循環についてだった。
『アラン君の体内で、魔法が荒ぶっています』
フーロイド、ルクシア、ナジェンダの残った保健室のベッド際で彼女はこう告げた。
『これは、魔法具と当人の魔法個性がちぐはぐな時によく見られる現象です』
そんなナジェンダの言に意味を捉えきれないルクシアは、「と……言いますと?」と首を傾げる。
『例えば、土属性使い専門の魔法具があったとして、火属性魔法の使い手はそれを駆使することは出来ません。それと同じように、アラン君に宿っている謎の魔法属性が、アラン君自身に対して拒絶反応に近いものを呈しているのです。彼がこの魔法をしばらく使わなければ、拒絶反応も促進してこの魔法適正を完全に消失させてしまう可能性も、低くはないでしょう』
少し時を置いて、フーロイドは呟く。
『魔法が荒ぶる……のぅ』
『とはいえ、定着する寸前の最後の抵抗といった感じでしょうけどね。入学前からの外部評価といい、淼㵘との授業での強大な力であったり、謎の多い子ですよ』
そう胃って、ナジェンダは静かに眼鏡をクイと引き上げた――。
「詰まるところ、これが最初で最後、お主が天属性の魔法を本当に自身に定着させるか否かの分水嶺に差し掛かっておる。定着させれば、今より遙かに天属性魔法を上手く駆使できる。逆にこのまま使用しなければ天属性魔法と、ある種の区切りをつけることができるじゃろう」
フーロイドは白い髭をこすりながらアランの瞳をじっと見つめた。
ある種の区切り、とは天属性魔法との決別の可能性だ。
実際に、天属性魔法を使用する際にはいつも大なり小なり頭痛が発生していた。
あれが、天属性魔法の拒絶反応によるものだったのだとしたら――。
もし、この魔法に関わっていなかったら、今頃どうしていただろうか。
コシャ村で、ファンジオの元で猟師でもしていたのだろうか。
ゴルジや、エイレン達と村を駆け回っていたのだろうか。
短い自問自答の中で、アランは不適な笑みを浮かべる。
「何言ってんだよ、今更さ」
天属性の魔法が使えなくなるなんてことは、考えるだけ意味がない。
どんな困難が待ち受けようと、誰に付け狙われようとこの魔法と共に生きていくと、コシャ村を出るときに既に誓っている。
「この力で生きていくって誓った以上、突き通すよ。そんでもって、絶対に模擬戦争試験生き残って……今の四強魔法術師の誰にも負けない、世界最強の天属性魔法術師になってみせる。この力を解き明かすのは、それからでも遅くないでしょ?」
にやりと笑みを浮かべたアランを見て、フーロイドは疲れ目を崩した。
「うむ。流石は我が弟子じゃ。ただ、何かが起きてからでは遅い。無理を感じるならばすぐに棄権してもよいぞ」
ルクシアの心配そうな表情とは裏腹に、屈託のないくしゃくしゃの笑顔を浮かべるフーロイドは、部屋の外に出て行くアランを最後まで見送っていた。
「ゆっくり見ておいてくれよ、フー爺。今まで鍛えてきた分、思いっきりぶっ放してくるよ」
模擬戦争試験まで残り一週間。
それぞれが、それぞれの想いを内に秘めて決戦当日を迎えようとしていた――――。
久々の更新です。お待たせしてしまい、申し訳ないです。
これからは2週間以上間を空けないように更新していきます。
なるべく早く更新出来るように頑張ります。今後ともよろしくです。




