オルドランペル国の天変地異
シドは、難しい顔をして空を見上げる。
「俺も、正直言って天属性魔法の詳しいところなんて全く分からん」
校舎に戻る道すがら、今までの堅い表情を崩した。
「これはほとんど聞いた話で俺はあまり覚えていないんだがな。16年ほど前に、ちょうどオルドランペル国では王の崩御があった。と同時に、俺たちグレン族の住む一帯に天変地異が降りかかったんだ」
「16年前……か」
「東では火山が噴火、火山岩を含みながら溶岩流が襲いかかる。西では川の堤防が決壊、洪水が村を飲み込む。北からは激しい雨と風、巨大な雹を含む大型の台風が容赦なく進んできた上に、南では地割れを起こすようなドデカい地震。四方八方逃げ場のなくなったグレン族は、為す術無く全滅した……と」
どこか、遠い場所を見て自身に言い聞かせるように呟くシドの瞳は、虚無に近い何かが内包されていた。
「不幸中の幸いっつーか、何つーか。俺は部族長と初めての狩り練習のために南に出張っていて他の仲間よりは災害から離れていたから、グレン族伝統のこの剣と共に部族長の魔法で唯一空路の開けた南に逃がされたんだがな……。部族長は、部族全体のことを考えて災害のド真ん中に突っ込んでった。その後の消息は聞いてない。探すに探せないってことはつまり、そういうことだろう」
明かりの付いていない、誰もいない暗い校舎を歩く二人。
シドは、剣の柄を強く握った後に首を振って、アランを一瞥した。
「お前はこの世界には火、水、土、風の四属性の魔法がある……が、これに加えて三種類の特殊な属性値があるってことは知っているだろう?」
「海、地、天の三つか」
指折り数えていると、シドは頷く。
「ただでさえ特殊な属性。それに、滅多なことじゃ発見されない三つの属性がこのアルカディア王国で、同世代間で揃ってるってのも普通じゃ考えられねぇ話だ」
ため息をつく紅髪の少年に、アランも微かだが、頷いた。
「オルドランペル国王の崩御、新王の即位。そこに加えて俺の部族を襲った天変地異。時を同じくして生まれた天、地、海属性を持つお前達。その揃いすぎたパズルのピースが全くの無関係だとは思えん」
唇を噛みしめながら、剣の柄を握るシド。
そこには、天災に為す術も無かった一族の無念が感じられた。
アランは「じゃぁ……」と訝しげに問いかける。
「お前が天属性魔法をそこまで目の敵にしてる理由は、何なんだ?」
先程まで、シドがアランに向けていた殺気にも似た雰囲気ははっきり言って異常だ。
友達という関係を超えた、深いしがらみのような殺気に、アランでさえも友達に向ける魔法力の量を見失っていたほどだった。
アランとシドがあのまま戦闘状態に入っていれば、両者とも、無事では済まなかっただろうことくらいには――。
「端的に言えば、天属性魔法ってのはオルドランペル国王家に代々伝わる一子相伝の秘術とされているから。そして俺たちの部族を襲ったものが人災である可能性が高いからだ」
「……は?」
「天属性魔法は地属性や海属性とはまた別次元――いわば、完全上位互換とされるもんだ。海属性は津波こそ起こせるが、火山噴火は誘発できない。地属性は、地震こそ起こせるが台風は生み出せない。だが天属性魔法はそのどちらも網羅した上に、天候さえも操る。このクソったれた能力はもはや何でもありなんだ」
舌打ちをしながらも論理を少しずつ組み立てていくシドに、アランは過去に起こした様々な力を思い起こす。
「オルドランペル史上、天変地異が起こったことは数知れない。が、100年に1度、不規則に現れる天変地異は、正確には100年に一度ではなかった。王の崩御と、新王の節目に国内のどこかで天災が起こることを、人は天変地異つったのさ。それでも、今回の天変地異は明らかに規模がおかしかった。オルドランペル国建国史上最悪の天候災害と言われるほどにはだ。これが天属性魔法による人災である可能性も否定できないんだ」
話を反芻し、整理していく。
すると、アランはふと脳裏に浮かんだことをそのままシドへと投げかける。
「意図的に天変地異を起こしたってのか? 仮にも自国の長が、自国の領土に対して。それはいくら何でも暴論じみてないか?」
「……だが、可能性は低くない」
「それに天属性魔法ってのはオルドランペル王家に相続されるものなら、なんで俺がそれを持ってるんだ?」
アランの問いに、シドはため息を付きつつ廊下の壁にもたれこんだ。
「だからこそ、お前がオルドランペル国王家に通ずる人間かと思ってたんだがな……全くの見当違い。本来王家が相続するはずの天属性魔法を何でこんな別国のアルカディア王国の一人間が保有しているのか……今回の件に関しては、異例尽くしが多すぎてなんともならん」
――まさか。
と、アランの脳裏には先ほどから幼い頃の記憶、自身の微かな記憶を辿っていた。
「アラン」という名の由来は、この世界における「雷神」の言葉から来たものである。
それは、アラン自身が出生時に落雷を受けたことに起因する。
フーロイドは一度、そこに目をつけたことがあった。
――落雷で奇跡的に命が助かったと。そうお主等は言っておるが。
――ワシにはその落雷がどうにも自然的なものとは思えん。
オートル学園に入学する前の話を、ファンジオは鼻で笑っていたのを覚えている。
――新たなる生命の誕生のその瞬間に、何者かが人為的にアランに雷を落とした。アラン・ノエルが天属性の魔法術と言う特異者である事実と、誕生の事実は決して無関係なものではないのではないか、とな。
「俺の……誕生……か」
アランが考え込んでいるのを見たシドは、「わ、悪かった」と慌てるように弁明する。
「やっぱり、振り回したのは悪かった……。俺のせいなんだが、こう……。そういえば、フーロイド先生がお前が起きたときに自室へ来いって言ってたぜ。落ち着いたらそっちへ行ってくれ。んじゃ、俺はこの辺で任務行くわ」
「……こんな深夜からか?」
「深夜だからこそ来る案件ってのもあんだよ」
自嘲気味に笑みを零すシドは、剣の柄を再び強く握り直して走って行った。
「――そういえば……」
それは、つい先日のことだ。
「お前を殺す……か……」
意識の彼方で見た、あの少年。
アランと同じ上背と豪華な服で着飾ったその少年は、身分の低い者ではない。むしろ、高貴なもののそれだ。ともすれば、もしかすると――。
「まぁ、確かめようがないしな……」
そう割り切るしか出来なかった。
天属性魔法は、分からないことが多すぎる。
全てを仮説で論じていても、何も始まらない。
自分が出来ることは数少ないが、その中でも出来ることをやっていくしかないのだ――と。
強く考え直して、アランはフーロイドに会いにオートル魔法科学研究所へと足を向けていった。




