天属性魔法を知る者
二人が向かったのは、オートル学園と魔法科学研究所を繋ぐ廊下の外。
辺りは完全に静まりかえり、研究所内が所々明るみに包まれた、そんな一角でシドは腰に帯刀した剣を強く握る。
「悪いな、アラン」
その一言と共に、シドの身体全体を纏ったのは形容しがたき闘気。
「――破ッ!」
直後、彼の周りに放たれた闘気は轟と唸りを上げて二人とその空間を包んでいく。
その普通ではない空気に苦笑いを浮かべるのはアランだ。
「おいおい……冗談じゃないぞ、シド。何馬鹿げたことやろうとしてんだ」
「安心しろ。人払いのようなものだ。俺とお前を中心に500mほどの膜を張った。余程の手練れでないと近付けない。その方が、お前にとっても好都合だろうからな」
アランの苦笑いにも、飄々とした様子で答えていくシド。
アランは、いざという時を見越して自身を巡る魔法力を手に凝縮させた。
恐らく、魔法力を局所集中させたことはシドに見抜かれていてもおかしくないだろうと考えるが、いつでも天属性魔法落雷を打ち込める程度の魔法力は込めたつもりだった。
魔法力を込める際、アランを流れる魔法力は数日前より大きく変化していた。
それを、アラン自身が強く感じるほどに――。
強く、それでいて流動的に。そして、最も異なる点。
今までは天属性の魔法を使用する際、アランを襲っていた頭痛はもはや一切なくなっている。
フーロイド曰く、魔法発動の際の気圧変化から来るものではないかと予測が立っていたが、それとは大きく違う。
むしろ、魔法力を貯めている現時点では一段階上の威力さえも発動できるような感覚だ。
「臨戦態勢か。まぁ……現時点では俺は考えていないがな。病明けでいきなりぶった斬るほど短絡的でもない」
「って言いながらも斬る可能性はゼロじゃないんだな? さっきから含みある感じだ。お前らしくもない」
体調は、悪くはない。
突然シドに斬りかかられたとしても、何らかの対処が出来るレベルには明瞭としている意識の中で、シドは呟いた。
「未知の属性魔法使い、アラン・ノエル。受験が終わったときに、外部の奴らからお前の立ち回りを聞いて俺は、お前が淼㵘や焱燚、颷飍、磊垚のような魔法を使用しているもんだと思ってたんだ」
「現役魔法術師の四人か」
「あぁ、現に淼㵘のウィス・シルキーは自身で雲を作り、その中で氷の粒を精製して静電気を蓄えて放電する――いわば人工的な落雷を作り出して魔法特許を取得しているからな」
シドは考え込みつつもアランからは目を離さない。
ウィス・シルキーをはじめとして、現役の魔法術師は細やかな魔法コントロールを駆使する者も少なくない。
中には、パワーと威力重視で魔法使役を行う者もいる中で、ウィスの場合はかなりの技巧派だ。
擬似的な雲から、落雷のメカニズムを解明して自身の魔法能力下で制御下におくこともできるが、それでもあくまで擬似的なもの。
雲を精製するまではいいが、落雷一発を発生させただけでとてつもない魔法力とエネルギーを消費するために、それ以上のことは出来はしない。
だからこそ、受験場で何度も落雷を見た、という他の受験生からの伝えは尾ひれがついているにしても、多少の信憑性はある。
少なくとも、落雷を発生させたのは一度だけではないことくらいには――。
それを見越した上で、シドは続ける。
「そしてもう一つ――。空に現れた龍。あれは、過去に俺の国にも……いや、俺の部族の者も見たことがあるという」
シドの言った龍――それはまさしく、エイレンとシドのデート、その尾行をしていたさなかにアランを呑み込んでいった龍のことだ。
アラン自身も、そのことを突かれて動揺を隠せない。
あのときに遭遇したあの人物が頭から離れないからだ。
シドの含んだ物言いに思い当たる節があったアランは、ふと以前シドの任務について行ったことを思い出す。
――天災なんか防ぎようがねぇ……。未然に知ることすら、逃げることすら……ままならねぇ。
――俺は、グレン族っつー一部族の出身だ。
――今から十六年前に、オルドランペル国の天災で一族は全滅したんだ。
「そのとき、暗雲が立ち込めたことを覚えてた。だが、お前が吸い込まれていった時の光景を見て思い出した」
剣を握った手を見つめ、乾いた笑みを浮かべたシドだったが、そんな時間も束の間。凍てつくような視線がアランに鋭く突き刺さる。
「あのときも、確かに龍がいた。暗雲立ち込める中で、巨大な龍の頭部から俺たちに向けて天変地異が降りかかった。部族長は、それをある属性魔法使用者の仕業だと言っていた。なぁ、アラン」
そして、シドは確信めいた問いを、アランに投げかける。
「お前――天属性魔法の使い手だな」
満を持したその表情は、いつもおどけているシドのものとは思えないものだった。
全身から迸る闘気を抑えようとせず、何かを恨んでいるようなそんな態度を見てアランは小さく息を吐いた。
フーロイドがオートル学園や、アルカディア王国のどこに行っても探し出せなかった文献を、情報を。
このシド・マニウスという青年は保有している。
以前、フーロイドが天属性の魔法を知るきっかけとなったのが諸外国の古文献からだという話はアランも聞いていた。
「あぁ、否定はしない」
「じゃあもう一つ質問させて貰おう。天属性の魔法は本来、この世界でたった一人しか保有できないと聞いたことがある。なぜお前が持っている――。そして、お前は何を知っている」
この少年は、恐らくアランの身の回りにおいて唯一天属性魔法について詳しく知り、唯一関わりのある人物である、と。
嘘偽りこそ、最も無駄だと判断したアランは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「何にも知るもんか。むしろ、何も出来ないことくらいしか、分からないくらいだ」
「……何も出来ないだと?」
シドの怪訝そうな表情を受けて、アランは続ける。
「何も知らないなりに、手探りで進んできただけだ。そうして行くに連れて――この前の龍だってそうだ。俺には何にも分からないまま流されて、抗っていってるだけだ」
アランのその言葉を受けて、シドは鳩が豆鉄砲でも食らったかのようにきょとんとした瞳を見せる。
だが、すぐに不敵な笑みを浮かべて、「そうか」と剣に置いていた手を離してアランに向けて深々と頭を下げた。
「すまなかった、アラン。天属性魔法に関しては、俺もあまりいい思い出はない。もしかしたら――って思って、気が荒ぶっていた」
丁寧に頭を下げたシドの肩をぽんと叩いたアランは、少しだけ緊張の解れた表情で息をついた。
「じゃあ、その代わりに……お前が知っている天属性魔法のこと、聞かせてもらおうか」
天属性魔法の情報を、自分を知るための情報を、今は何よりも知りたかった。
 




