魔法具オタク
「そういえば、あの二人って結構な魔法具オタクだったわね」
酸っぱいライクルを口に含めて窄ませながらシドとエイレンの姿を物陰から覗いていた。
「確かに、学食とかで話してても二人は魔法具関連の事で盛り上がることも多いもんな」
「私あんまり魔法具に付いて知らないもの。アランは魔法具、詳しい?」
エーテルの苦笑に、アランは頭の中で自分の知っている魔法具を思い浮かべる。
「…………」
考える。
「……………………」
考える。
「あ、魔法具剣があった……。そういえば、最近使ってないなぁ」
「成程あなたが疎いのはよく分かったわ」
アランが絞り出すようにして出したその一つの魔法具にエーテルは安心したかのように胸を撫で下ろした。
「そもそも、私やアランの場合は魔法具を使った方が威力低下して自身を出し切れないってのもあるものね」
『魔法具』とは、元々魔法総量が少なかったり、魔法適性がない者、または戦闘に無縁な者が使用しやすいためという名目で造られたものだ。
片や生活用品として活用したり、かたや捕縛任務で使われたりと用途は様々である。
原理としては魔法具内に魔法を吸引する特殊な素材を染みこませ、それを燃料として駆動する。そしてその魔法具内の魔法が切れた時に、近くの店に行って魔法を吸引してもらう。
そうして進化していった魔法具。魔法総量や属性特化の力押しを主体として闘うアランやエーテルには無縁の代物だったのだ。
「エイレンのように、自分から魔法を注入して適材適所で魔法総量を操作して闘うスタイルも、なかなかに嫌らしいのよね。以前、模擬戦をやった時もかなり苦しんだわ……」
シドやエイレンに見つからないように物陰に隠れる二人。
この日は生憎天気には恵まれなかったが、それでも小雨程度ではある。
それは昨日の模擬戦で天属性魔法を駆使してウィスの授業を受けていた反動だろうと放ってはいる。
アランなりに、天属性魔法を使う際の頭痛軽減の方法は考えてはいるがその打開策は未だ見つからない。
以前、王都を巨大竜巻が襲った時のような激しい頭痛はない。だからこそ気にしすぎないようにはしているのだが――。
そんなことを頭の片隅に浮かべながらも、アランの眼前では蒼いポニーテールがふらふらと揺れていた。
一応、アランが右手で傘を持って二人は雨から避けることが出来ているのだが、揺れるポニーテールの先端が雨に濡れることもあった。
「エイレンは昔っから技巧派だったしな。俺もコシャ村にいた時はフー爺に言われてよくエイレンと技巧勝負してたんだよ……。ほら、白球浮動とかでさ」
「……ふーん」
「俺は馬鹿みたいにぶっ飛ばしてるだけだったのに、エイレンはフー爺の言った高さに寸分違わず浮動させたり、方向だって正確だった。基本的にパワー勝負以外だったら俺も勝てなかったんだよ……って、何でお前そんな不機嫌そうなんだよ」
アランがコシャ村にいた時のことをエーテルに語ってみたが、どうもウケが悪いみたいだった。
「……別にぃ」
エーテルは口を尖らせながらも魔法具専門店に入っていくシドとエイレンの姿を目で追った。
「とにかく、二人を追うわよ」
「……了解」
アランとエーテルは物陰から物陰へと移り行き、魔法具専門店へと静かに足を踏み入れていった。
○○○
魔法具専門店『クレイディア』。
知る人ぞ知る王都レスティムにおける魔法具の老舗店である。王都中央通りの裏道。迷路のように複雑な道を何度も何度も曲がった突き当りにあるその店は、通常の人にはあまり見向きもされないような場所だ。
だが、魔法具を詳しく探求しようとすれば、彼等はいずれその店に行き着くことになる。
「……こ、ここ……ですか?」
魔法具専門店クレイディアの外装は至ってシンプルなものだった。煉瓦で彩られた外装は所々綻びを帯び、看板には錆付きもある。
お世辞にも綺麗とは言えない外装を見てエイレンが不安そうに呟く。シドは意に介さずに、古びた木造の扉をギィと音を立てて開く。
「ここの主人はオートル学園とも深い繋がりがあるらしい。俺もよくは知らないんだが……科学研究所で先行開発された物を、ここの主人が改良を加えて、特許申請した後に売り出している魔法具もあるくらいだ。これはあくまで噂なんだが……自身の魔法を使わずに魔法具内に魔法を蓄積するシステムを作ったってのもここの主人らしい。あと、俺のお得意様だ」
「お得意……様?」
怪訝そうに伺うエイレンに対し、シドは少しだけ嬉しそうに腰に据えた直剣の柄をいじった。
「ここの主人にとって、魔法適性のない俺という素材は結構なメリットがあるらしい。研究の実験も付き合ってるし、修行も出来る。ま、俺は魔法適性なんてどうでもいいけどな」
と言いながら、気にせずに店の中に入っていくシドを追うようにエイレンは「し、失礼します……」と小声で店の中に入る。
(……お邪魔しまぁす……)
(ちょっと、アンタ黙りなさいよっ……!?)
エイレンの後ろでは、次の客が来たのかこそこそと動き回る人影が見られたが、シドは一直線に店主の元に向かっていたためにエイレンも構わずに向かっていく。
「おぅ、シドか」
「お久しぶりです、師匠。お元気そうで何よりです」
「ふん、ちと前に学園に試製魔法具届けたじゃろ? あれはどうじゃった」
「比較的使い勝手はいいですが、やはり前作と比べてスピード運用は上昇した物の、発射速度や耐久性は低下しましたかね」
「……むぅ……。なれば素材そのものを変えた方が建設的かもしれんのぅ」
一つの魔法具を囲んでシドと店主が会話を弾ませる。
その主人はいかにも「職人」という部類の人間だった。
魔粒病という、人の魔法が粒子化して見えるという病気の者がつけるとされる『眼鏡』を付け、髪のない頭に代わって白い髭が顎を覆っている。
煤に汚れた職人前掛けは普段から機械ものをいじっていることが伺える。
「そういえば、シドよ。後ろにおる者は何じゃ?」
店主は気難しそうな表情を浮かべてシドに詰め寄った。少し頬を紅潮させながらもシドは「えぇと……きゅ、級友です」と呟いた。
級友――と、シド・マニウスからの紹介を受けたエイレンは、ぴくりと肩を震わせながらも自分を見る店主に一つ、お辞儀をした。
「あ、えっと……シド・マニウス君の級友です、エイレン・ニーナと申します。今日はシド君の勧めってことで……ここを訪れさせていただきました。僭越ながら、一ついいでしょうか?」
エイレンは、シドと店主が囲むその魔法具を見て呟いた。
「お見かけするとこの形状、散弾銃でしょうか?」
「……おぅ。おめぇさんは、見ただけで分かったのか?」
店主の驚いたような形相に、エイレンはこくりと頷いた。
「砲筒の素材は、アルカディア王国産ゴルディルム森林ゴルディア鉱石とお見受けします。確かに、この素材は熱や耐震には優れていますが……」
「だが、比較的重いせいでなぁ。前は別の鋼材を使ってたらしいんだが、それだと一発撃って次弾装填に二分以上かかって使い物にならんくてな。今回の分では一分フラットで次弾発射が出来るんだがこれはこれで耐久性が落ちるんだ」
「んむ……やはり、内部構造からして根本からシステムを変えれば良かろうかのぅ。砲筒表面に魔法石を置くのではなく、火薬の真後ろに置けば……」
「いえ、それだと弾丸がブレて対象物に上手く当たらなくなります。これならば構造自体は変えずにやはり素材を変えるのが無難かもしれません。シチリア皇国の首都アトラスで一般流通している家材、ゴルの木で試してみればどうでしょうか?」
「……木材だと?」
「はい。あの木材は特殊で、耐水性は少々弱いですが、耐熱性はこの世で群を抜いて高いんです。昔からあの地域では水害というよりは火災被害が多いので開発された特殊木材なんですが――」
エイレン、シド、店主の会話は続く。
(ねぇ……あれいつ終わるのかしら……)
(……さぁな……下手すりゃずっと終わんねぇぞこれ……)
彼ら三人を観察する店先の二つの人影は、小さく肩を落としたのだった―――。




