楽しむ二人、追う二人
数日後、その時はやってきた。
オートル学園の休日は特別な意味を持つ。ウィス・シルキーによる魔法特別講義も終わり、皆の休息のために設けられたその一日。
その時ばかりは寮内だけではなく、王都に赴く者もいれば、自室で自分の時間を過ごす者、また、一日をかけて任務をこなす者と様々。
そんな中で、王都中央通りの最端に位置する者が二人。
空は曇天。秋がやってくるが如く、少し肌寒い秋風が二人の間を吹き抜けていく。
「……エイレンさん」
「どうしました? シド君」
そこに立つ人物は二人。エイレン・ニーナとシド・マニウス。
肩まで伸びた茶髪のショートヘアが、風に靡いた。
逆立った髪を丁寧に揃えたシドのその姿は、いつものブレザーの制服姿ではない。
かつて、剣鬼と恐れられたその少年の服装そのままだった。
漆黒と紅を基調とした動きやすいローブ、そして腰に填めたベルト。そこには剣鬼シド・マニウスが愛剣――天昇剣が提げられている。
彼にとって、エイレン・ニーナとのこの買い物デートは一種の勝負でもあった。それ故に彼自身の最高の勝負服を見繕った――つもりだったのだが。
「い、いえ……その……はい」
「そうですね~。私もついこの間攻撃系の魔法具が壊れてしまってて……。ほしかったところなんですよね。やっぱり消耗品なんですよね~。予算としてはそれなりには持ってきていますし」
そう言ってエイレンはにこりと簡易的な布の小包を取り出した。
その中にはアルカディア王国金貨が数十枚。これも、エイレンの被研究体の報酬ではあるのだが。
エイレンは、純白のワンピースに身を包んでいた。
コシャ村にいた時の麦わら帽子は被ってはいないが、それでも彼女の姿は王都中央通りに降り立った天使のようだ。
そのエイレンの可憐さにしどろもどろになる剣鬼の姿は、かつて見せたこともないほどの体たらくだっただろう。
そんな姿を見てシドは紅の髪型と同じほどに頬を紅潮させたが、一度中央通りの喧騒を見て、心を静めた。
「――行こう」
シドは極めて平静を保った。
この時期は穀物の刈り取り時でもあり、夏の魚がちょうど市場に届く時期でもある。
それ故に、行商人の行き交いも激しい。それに加えて数十日中に控えるのはオートル魔法学園の公開日。下見に来る各国の有力人物が集まるこの時期は特に顕著だ。
「来年のオートル学園はどのような生徒が入って来るんでしょうか」
ふと、辺りを見回して呟いたのはエイレンだ。
「本年度は未知の属性魔法使いに海属性使い、土属性使いと……。魔法関連に関してはかつてない以上に逸材が揃っている。だが、噂によると来年の場合は特殊属性の者が受験するという情報は入っていないな……」
「シド君って、やっぱりそういうことって調べるんですか?」
「一応な。これでもオルドランペル国からの正式留学という形を取っている。この国のオートル学園に入学するということは、他国の有力者情報を掴んで自分の国の駒に引き入れようとする者もいるくらいだからな」
シドの溜息じみたその呟きに、エイレンはふと頭の上に二人の人物を浮かべていた。
「ルクシア・シンさんとユーリ・ユージュさんも確かシチリア皇国のルクシア襲名戦の為にこの国に来たって……。そういえば、アラン君もシンさんの方に誘われていましたしね」
「……あいつも学食の時にそんなことは言っていたな。『俺には付くべき人がいる』って、ルクシア・シンの勧誘は蹴っていたみたいだが。それはやはり、フーロイド・ミハイル宮廷魔術師の補佐、ルクシア・ネイン先生を支持するということだろう。あいつにとって、副担任はそれほどに重要な者だと見える」
苦笑いを浮かべるシド。エイレンは笑顔でシドに向き直った。
「アラン君はルクシアさんの弟弟子だから……」
「弟弟子?」
頭の上に疑問詞を浮かべるシドに対し、エイレンが語ったのは昔の話だった。
アランと自身との出会い。そしてフーロイドという師、ルクシア・ネインという姉弟子の存在を。
コシャ村で過ごした日々のことを――そして、アラン達が何も言わずに王都に出向いて行ったこと……自身が王都でアランに再会し、ここまでに至ったことを。
自身が研究の被験体であることを除いて中央通りを歩いていく二人のその仲の良さそうな姿を――。
「……シドの奴、ちゃんと上手くやってんのか……? エイレンもなんか嬉しそうではあるが……何か、気になるな……何を話してるんだアイツ等……」
八百屋と果物屋の間の陰からこっそりと見守るのは深い帽子を被った一人の少年だった。
「おいにーちゃん何も買わねえんだったらそこどいてくんねーかな? 営業妨害で中央管理局に突き出す――」
「柑橘系果物二つください」
「……銀貨三枚だ。あんがとよ」
店主と短い会話を交わしたアランは、柑橘系果物のライクルの皮を素早く剥いてぱくりと口の中に入れた。
本来ならば冬の風物詩として机の上に置かれる橙色のそれだが、今は少し時期が早かったため緑がかっている面が目立っていた。
それでも、二人の尾行を続けるその少年――アラン・ノエルはまだ酸っぱいライクルの実を次々と口に入れた。
エイレンとシドが少し前へ進めば、アランも一歩ずつ、一歩ずつ詰め寄って――。
「おいねーちゃん何も買わねえんだったらそこどいてくんねーかな? 営業--」
「ライクル二つ、銀貨三枚。これでいいんでしょ?」
「……あんがとよ」
アランのすぐ後方では先ほどと全く同じ会話が繰り広げられていた。
「……お前……」
その人物は、背景の土色と全く混ざらない藍色の布で体全身を隠すようにしているらしかったが、むしろ浮いていた。
怪しんでくださいと言わんばかりの下手な迷彩だ。というか迷彩ですらない。
現に、道行く人々もその謎の大きな布に包まる一人の女性に目が釘付けだ。
「ママ―、あれな……」
「見ちゃいけません!」
そんな一組の親子のやり取りをもまったく解せずにまだ緑色の混じるライクルを一つ口に含んだその少女は、「……案外美味しいじゃない」と笑みを見せていた。
もはや身体を隠そうなどとは一切していない。
「……エーテル?」
「……何よ」
ふと、アランと目のあったエーテル・ミハイルが頬を紅潮させて睨み返す。
余程ライクルが美味しかったらしく、後ろで結われたポニーテールが感情を表すようにひゅるり、ひゅるりと揺れている。
「……その、別に二人が心配だから見に来たわけじゃあないんだからね? ほ、ほら……エイレンってちょっと抜けてるところもあるの。シドも、ホラ、こういうことってからっきしじゃない?」
「お前、あれだけ興味なさそうな雰囲気醸し出してたくせに一番張り切ってただろ」
「そんなことないから! そんなことないから! っていうかアランだってそうじゃない!じゃぁなんであなたがここにいるのよ!」
「それは……それはだな――」
二人がもはや位置を隠そうともせずに八百屋と果物屋の間で叫んで大衆の目線を集めているその最中、シドとエイレンは中央通りの人込みに消えていったのだった――。




