剣鬼のお誘い
夏の最も暑い時期は去り、木々が黄、紅、茜にそれぞれ色を変えていく。
オートル三大機関でも、後期の模擬戦争試験まで残り五カ月を迎えようとしている。受験資格は、特別科二十名の中から十名、そして特別枠として普通科の優秀な生徒が三名ほど。
合計十三名で争われる。この時期にもなると、選定時期を一ヶ月後に控える中で生徒達にも緊張が走る。
そんな中で――。
「なぁ、アラン」
「……あ?」
学食のいつもの場所でローレインを啜るシドは、逆立った紅髪を少しも崩さずに溜息をついた。
アランも、目の前の紅葉を眺め見ながらも、シドの視線に合わせてその二人を一瞥した。
「最近、エイレンさんの元気がない気がするんだが」
「……そうか?」
「具体的に言えば、エーテルさんはエイレンさんに何ら苦手意識も持っていないようだが、エイレンさんがエーテルさんに遠慮している。というか、避けている……嫌いではないみたいだが……」
「お前どんだけあいつのこと見てんだよ……」
「一目見たら分かるだろう?」
ふと、アランも注視してみる。
エーテルが野菜を皿に盛っていく。それを少し離れた位置から、達観したように見守るエイレン。一見避けている様子は見られないが、それでも所々でエーテルに遠慮しているような仕草を見せている。
それは、本当に注視せねば分からないほどの軽微な行動である。それに、エーテルもあまり気にしている素振りはない。やはり、端から見たらいつもと変わらない二人だ。
「十八日ほど前からあんな感じだ……。エイレンさんの笑顔が少なくなったのもその頃だ。というか、それから一日、二日ほどは必死に泣くのを耐えていたイメージさえ――」
「限りなくストーカー気質だぞシド」
「剣士ならば観察は当然だ」
「度を越してるんだよお前は」
そんな軽口を叩きあう二人の元に、エーテルは「お待たせー」といつものようにアランの隣に位置する。エイレンは小さく会釈をした後にローレインを静かに机の上に置いた。
アラン、シド。そして向かいにエーテル、エイレン。
魔法特別進学科の四人がテーブルで食事を共にすれば、他の生徒たちの好奇の目線も少なからず受けることになる。
が、四人にとってそれはどうでもいいことでもあった。
「そういえば――」と、最初に口を開いたのはエーテルである。エーテルはシドを一瞥する。蒼い髪を一つにまとめあげているそのポニーテールが、尻尾のようにふりふりと揺れていた。
「シドって、普段はどうしてるの?」
ふと、シドはいつも肌身離さず持ち歩く自分の愛剣を垣間見た。
魔法適性のないシドにとって、魔法関連の授業も多いオートル学園の方針には付いて行けないのではないか、という疑念がエーテルにはあった。
そんな不安を一蹴するかのように、シドは呟いた。
「ここにあるのは豊富な魔法訓練施設だけではないだろう?」
「……えぇ、まぁ」
「確かに、オートル学園やこの国は魔法を使えない者を冷遇している傾向も少なからずある――とはいえ、厚遇するところもあるんでな。普段はそこで世話になっているさ」
ふと、エイレンの頭の上に浮かんだのはオートル魔法科学研究所の一棟だった。
「……もしかして、魔法具開発棟でしょうか?」
エイレンの言葉に、シドは小さく頷いた。
「魔法適性のない俺にしか出来ないこともあるだろう。近頃では魔法適性がなくても魔法具を使えるなんてものもあるしな」
「魔法力を使わず、魔法具を使う……ですか」
「あらかじめ、魔法具の中に一定量の魔法力を注ぎ込んでおく。使うときは、そこから放出する――といった感じだろう。そして、魔法具内の魔法力が切れてしまえばどこかで補充するシステムのようだ」
エイレンとシドによる魔法具トーク。
エイレンはああ見えて魔法具を有効利用した戦い方も研鑽中のところ。それでいてシドの方も、実験体としてよく使われるが、金払いもいい。
己の力のみで力業勝負のアランとエーテルとは違い、エイレンは技巧派だともいえる。シドに関しては剣術だけでも既に他を圧倒しているにもかかわらず、貪欲に魔法具試用も考えている辺り抜け目は一切ない。
――にしても……。
エイレンに関しては、土属性魔法が使えることは周囲には伏せておいて欲しいと言われたアランは「ふぅ」と一人息を付いた。
「確かに、戦略上は間違ってないもんな……」
一年後期の模擬戦争試験に対して、皆が対策を講じ始めている。
とはいえ、特進科の中でも群を抜いた成績を出しているアラン、エイレン、エーテル、シド、ルクシア、レイカ、ユーリの七人は決定しているようなものだ。
それを誰も口には出さないが……薄々は皆、気付いている。
それでいてもその模擬戦争試験のメンバー主要核となって来るこの四人が共にテーブルを囲んでいることはある種の殺伐さを感じさせないものがある。
そんな中で、二人の魔法具トークは新たな局面を迎えていた。
「それでいて、私もここ最近は任務にも魔法具を使ってるんですが、いかんせん……持ちが悪いんですよね。すぐにガス欠起こしたり……」
「まぁ、オートル機関は研究開発が主目的であって長期使用は民間に委託してる時が多いからなぁ……。っと、それなら王都中央通りの裏道にある新しい店の魔法具は評判がいいらしい」
――と、そこでシドの言葉が止まった。
ふと見てみると、愛剣の柄をぎゅっと握りしめている。
――お前は乙女か。
苦笑いを浮かべつつアランは知らない風をして目の前の食事にパクついた。
そして、意を決したかのようにシドはその紅髪同様に頬を紅潮させていた。
「そ……その、え、エイレン・ニーナさんっ!」
「ど、どうしたんですか? 改まって……」
ふと、エイレンは苦笑いを浮かべてシドを一瞥した。肩までの茶髪がふわりと浮いた。
「こ、今度の休日……そ、その、俺がよく行く……魔法具店に、一緒に行きませんか!」
「……わ、私……ですか?」
「――はい」
シドのその真摯な瞳に、エイレンは戸惑いつつも隣に座るエーテルに助けを求めるように目を泳がせた。
状況を察したらしいエーテルは「私はパスね。用事が入ってるもの」と一蹴。
次に目が向けられたのはアランだ。
だが同時に、隣からは殺気とも取れる眼光がアランを襲う。
「……俺も用事があるんだ。悪いな」
ふと、コップの茶を飲み干したアランが冷や汗混じりに答えると、少々間を空けてエイレンが頭を下げるシドに向き直った。
「え……っと、それじゃ、お願いできますか?」
エイレンの肯定とも取れるその一言に、シドは顔をぱぁっと明るくして「はい!」と笑顔を向けた。
その笑顔は、とても剣鬼と呼ばれるものではない。
……先ほど、その片鱗をアランにだけ見せていたが。
「じゃ、私先に行ってるわ。特別任務が入ってるみたいだし」
ふと、淡々と昼飯を終わらせて下膳をしていくエーテル。
藍色の髪の毛がふるふるとしているが、下膳を完全に終わらせたのを見計らってエーテルも動いた。
残された二人だったが、未だ呆然としているシド。
そんな友を見て、アランは小さくため息をついた。
「なぁ、アラン」
「……どした?」
そして再び、食前と全く同じ会話が為される。
「俺、その日にさ……エイレンさんに告白してみるよ」
――それは、剣の鬼と称される人物が見せた、年相応の表情だった。
「……その日、多分天気悪いぞ」
「構わん。そんなものは気合で吹き飛ばすのみ。剣気があれば何でも出来る!」
「出来ねーよ」
そんな軽口を叩きあいながら、二人は下膳に移ったのだった――。




