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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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力と力の擦れ違い

 ウィスに連れられてエーテルが向かったのは、地下の巨大な実験室のようなところだった。

 人が出入りしている様子はあまり見られない。少なくとも、オートル学園直下の位置ではないようだった。

 厳重に閉ざされた重い扉を開くと、エーテルの前に広がったのは数々の怪しい装置だ。

 紅に、蒼に、翡翠に、黄金に発光する石状のものが目の前の机に置かれている。その前には、彼女もよく知る人物が難しい顔をして何らかの魔法を注いでいた。

 その人物がエーテルとウィスの存在に気付くと同時に、少女は驚いた様子で男性に声を掛けた。


「……何でこんなところにパパがいるの?」


 純真なエーテルの言葉に、パパ――そう言われたオートル・ミハイルは病弱そうで痩せこけた頬をポリポリと掻いて驚愕の表情を作った。

 弱々しそうな瞳が、有無を言わさぬ顔でウィスを睨み付けていた。

 オートルの反応に、ウィスはクスリと笑みを浮かべて翡翠の髪を梳いている。


「ちょうどいいではありませんか。元より、そのつもりだったのでしょう?」


「……話が違うじゃないか。どういうつもりだ――ウィス」


 エーテルが聞いたこともない、父親の底冷えしたような声にウィスは「ふん」と軽く鼻で受け流した。


「いつまで経っても過去を引き摺ってる人がどこかにいるって聞いたのよね」


「……当てつけのつもりか?」


 何も分からずに連れて来られたエーテルは頭に疑問詞を浮かべているばかりだった。


「ちょ、ちょっと……パパ!? どういうことなの? 説明してよ。訳分からないまま来ちゃったんだけど! っていうかパパは何してるの?」


 娘からの怒涛の質問攻めに、オートルはごくりと生唾を飲み込んだ。

 そして、ウィスに向かい合って呟く。


「ウチの娘は靡かんよ」


 ――と、ある種確信めいた表情でウィスを一瞥した。

 未だ、頭に疑問詞を浮かべているエーテルに、発光する石を提示した。


「これは、多重属性魔法使用者(ヴァングレイド)を精製する研究です」


 それを皮切りに、ウィスは自分たちの研究に付いて事細かに説明した。

 それを使えば、一時的に自分自身の魔法系回路に属性をもう一つ付与することが出来るということ。それにより、点穴を開かずとも魔法力が増大すること。だが、最新の(・・・)研究に(・・・)よって(・・・)分かった使用者に多大なダメージを与えてしまうこと。

 ただ、一つ。別の人間の魔法系を抜き取って精製した結晶であることを除いて。


「これを服用すれば、あなたもアラン・ノエルと肩を並べることが出来るでしょう。無論、現在私たちは副作用の効果を抑える研究も同時並行して行っています。模擬戦争試験は約五ヶ月後……。彼が一位を取ることに不満があるのでしたら――」


 そのウィスの囁きに、エーテルは凛として「あぁ、必要ありません」と告げた。

 それが当然のように。彼女の心は毛ほども揺れ動いてはいなかった。


「まぁ、それがあればアランを超すことは簡単でしょう。私も『力』が貰えるなんて甘い言葉で釣られた事は猛省しないといけませんね」


「……へぇ」


 エーテルの確かな物言いに、ウィスは不敵にほほ笑んだ。


「やっぱり……時間がなくても、自分でアランを倒さないといけないと思う」


 エーテルは父親に面と向かって告げた。


「他人の力を借りてアラン(あいつ)に並んでも……勝っても、やっぱり何の意味もない。私の手で、私の力だけであいつと渡り合わなければ……何の意味もない」


 エーテルのその純真な瞳に、父親であるオートルは安堵したかのように「ふぅ」とため息をついた。


「……やはりお前は似ているな、ママに」


「何でここにママが出てくるのよ」


「ママも、お前と全く同じことを言ったからだ」


 父娘の会話を、面白くなさそうに見つめるウィスだったが、吹っ切れたかのように「まぁ、いいですよ、それでも」と告げてエーテルに向き直った。


「呼び出してすいませんでしたね、エーテル・ミハイルさん。ここの事はあまり口外しないでいただけると助かりますわ」


「父の研究って、昔から口外しちゃダメだーと言われてるので問題ないですよ。勿論、アランにも言いませんし」


「それはそれは」


 にっこりと笑みを浮かべるウィスの手招きにエーテルは大人しく従った。


「エーテル」


 ふと、秘匿研究室を後にする直前にオートルが呟いた。


「模擬戦争試験……期待してるぞ」


 それは、エーテルを奮い立たせるには充分の言葉だった。


「――はい!」


 藍色のポニーテールを振り乱して研究室を飛び出したその少女の後ろ姿を目で追いながら、ウィスは嘆息する。


「本当にこれでいいんですか? オートル先生」


 ウィスの試すような口振りに、オートルは小さく頷いて再び机に向かったのだった。


○○○


 オートル魔法科学研究所地下秘匿室から地上へと繋ぐ階段道でエーテルが出くわしたのは、みすぼらしい茶色のローブと粗末な木の杖を突くフーロイド、そしてルクシアだ。

 一瞬鉢合わせただけで、会釈をして走り去っていくエーテルにフーロイドは小さく息を吐いた。


「あやつ……」


 皺がれているその瞳には、確かな憎悪の感情が抱かれていた。

 その表情をじっと見つめるルクシアは、いかにもバツが悪そうに見守ることしか出来ずにいた。


「まぁ良い。どのみちワシが出来ることは少ないからのぅ……」


「仕方がありませんよ。フーロイド様は、尽力しておられます」


「――次の実験結果の目処は立っておるのか?」


「……まだですけど……」


「ならばいらぬ気遣いなど不要じゃ。何も前には進んでおらんのじゃからな」


 鬱陶しそうに目の前の埃を払いのけるフーロイドの足取りは、少々おぼつかない。


「むぅ……」


「ご無理をなさらず……。フーロイド様、最近寝ておられないでしょう? 少しはお休みになったらいかがで――」


「次の実験結果の判断日はいつじゃ。他にもやることは山積みじゃ。一つ一つ虱潰しにしていっても時間が足りぬ」


「……はい」


 フーロイドの返答に、ルクシアは露骨に落ち込んだ表情を見せた。


 その二人が階下に姿を消していくと同時に、「ぷはっ」と小さな息を吐いて物陰から現れたのは――エイレン・ニーナだった。

 アランと共に学食へ向かおうともしたが、途中で秘匿研究室への忘れ物をしたことに気付いて戻って来た彼女の瞳には自然と涙が零れていた。


――他人の力を借りてアラン(あいつ)に並んでも……勝っても、やっぱり何の意味もない。私の手で、私の力だけであいつと渡り合わなければ……何の意味もない。


 盗み聞きしてしまった、エーテルの言葉が自身にぐさりと刺さってしまうような気がして。

 アランの隣に立つために力を求めた自分が、完全否定されたような気がしたからだ。

 それでも、今の力がなければ、自分はアランの隣にも――いや、エーテルや、シドの隣にだっていられなかっただろう、と。

 今の力があるからこそ、彼等に並ぶ権利があるのだ。今の力がなければ彼等の隣に立つことは出来なかったはずだ。

 だが、エイレン自身もそれは眉唾物の力だとは分かっている。分かっていて、隠している。

 分かっていて、それでもその全てを飲み込んで、身体のダメージと引き換えに使用している。

 それを真っ向から否定された気がした。


 ――当たり前……だよね。


 ふと、胸の奥のわだかまりがぐっと強くなるのを感じた。


 ――それでも、私は……。


 目尻に浮かんだ涙を払いのけて、エイレンは一歩、地上へと続く階段へと登って行った。

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