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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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溢れる力

 魔法放出を始めてから三十分近く。

 特進科生徒たちの眼前に置かれた吸収魔法障壁には、魔法の塊が散在している。


 それは、アランの場合も例外ではなかった。額を流れる汗は蒸気すら上げつつある。

 体内を循環する魔法力を限界まで絞り出すその作業は、決して並大抵のことではない。身体中を流れる血管系の隣に位置する魔法循環系を意識的に刺激、捻出、放出するその技術は、魔法力量が大きければ大きいほどエネルギーを消費する。

 他の生徒たちは限界を迎えてしばらく倒れ伏している中での本能限界への挑戦は厳しいこともあり、少しの休息期間が与えられている。

 現在意識限界に届いていないのはエーテルと、アランのみだ。

 といっても、エーテルの場合は気力も精魂も尽き果てている中で意地だけで立っているに等しかった。


 肩で息をする二人は、同時に最後の魔法放出に手を掛ける。


「海属性魔法――鮫撃(グングニール)……っ!」


「……落雷(ラッセ)!」


 二人が同時に吸収魔法障壁に打ち出したその魔法に、力はない。

 プスリ、とガス欠を起こして手から具象化した魔法力は吸収魔法障壁まで届くことなく、霧散していった。


「アラン……あなた、もう限界なの……?」


「そっちだって……絞りカスみたいな魔法しか……出てないじゃねぇか……」


 ふらふらと、目の下に疲れの色を見せる二人。

 そんな二人が向き合っていがみ合う様子を見た魔法術師、ウィスは二人の間に入って、パンと手を打ち合わせた。


「二人とも意識限界を迎えた様子ですね。このまま少し休憩してから本能限界調節に入りますか?」


「このまま行くわ」「このまま行くさ」


 二人が同時に口を開くと、ウィスは「分かりました。では、他の方々も見ていてくださいね」と真剣な眼差しで呟いて、近くに控えていた特進科第二担任のナジェンダを呼び寄せた。


「では……始めますよ。今から行うことが、意識限界のその先――本能限界(・・・・)の解放。その一部です」


 ナジェンダがエーテルの後方に、そしてウィスがアランの後方に立った。


「アラン君、そしてエーテルさん。じっとしていてくださいね?」


 肩で息をする二人ににこりと告げるウィスに、アランとエーテルは頭の上に疑問詞を浮かべる。


「意識限界の先の……本能限界……ね」


 観念したかのように呟いたエーテルに、ウィスは「行きます」とだけ呟いた。


「はぁぁぁっ!!」


「……やっ!!」


 ナジェンダが、ウィスがそれぞれ右手の人差し指、中指を密着させて魔法力を込める。

 魔法力を注入させた二本指がエーテルとアランの首元に強めに突き刺さった。アランにとってそれはまるで、ツボを押しているかのような感覚だ。


 二人の首元に指を突き立てたナジェンダとウィスが右手を振り払って魔法力を散らした後。


「どうですか? お二方。何か変わったことは感じられますか?」


 ウィスの言葉に、真っ先に頷いたのはエーテルだった。


「……これ以上魔法は出ないと思ってたのに、今なら――……鮫撃グングニール!」


 瞬間、エーテルの右手からは人の二倍ほどの大きさを持つ鮫が現れる。細かな牙を持つその魔法力で精製された鮫は、勢いを増したまま吸収魔法障壁に吸い込まれていく。


 ピキリ……。


 エーテルの射出した鮫は、先ほどのように吸収され、藍色の球になってポトリと落下した――が、その吸収魔法障壁には小さなヒビが入っていた。


「……のぉぉぉぉう!?」


 控えていた研究者たちが顔を青ざめさせて吸収魔法障壁に駆け寄るなかで、次はアランの順番だった。


「力が湧き上がって来る……! これなら、まだ――!」


 ――と、アランが右手を吸収魔法障壁に向けようとするが、必死の形相で三人の研究者たちが障壁の前に立ち塞がった。

 すかさず、ウィスが研究者たちの意図を汲みとってアランに声を掛ける。


「力が湧き上がる感覚が持てたならば、それで充分ですよ、アラン君。感覚的に、意識限界を迎えるまで魔法を撃ち続けた割合を十としましょう。今なら、その時と比べてどのくらいの魔法を射出できると考えますか?」


 ウィスの質問に、アランは目を瞑った。


「最初に魔法を使えなくなるまでの……半分くらいなら、今でも撃てる気がします」


 その言葉に、ウィスは「そうですね、基本はその通りだと思います」と呟いて、生徒全員に向き直った。


「先ほど二人の首の後ろを押したのは、人間に存在する魔法系という回路を刺激する為です」


 ウィスは、先ほどアランの首後を刺激させたように再び二本の指を立てた。


「人間は、身体の中に二つの回路を持ち合わせています。一つは血管系、そしてもう一つが魔法系と言われる類のものです。血管系は皆さんの知っている通り、血の通り道。そしてその隣にある魔法系は、身体中の魔法力循環を支配する回路なんです」


 ウィスはカツカツと室内を歩き回る。


「その魔法系にある魔法結合の強い部位……いわば、魔法力を不必要に垂れ流さないようにめる役割を持つ部分があり、そこを我々は点穴(てんけつ)と呼んでいます」


「……点……穴?」


 エーテルの疑問に、ウィスはこくりと頷いた。


「魔法系に介在する四つの穴……それが点穴です。その四つは、首元の頸穴けいけつ、主な上半身を支える胸穴(きょうけつ)、腰に存在する腰穴(ようけつ)、尻の上段に存在する仙穴(せんけつ)。人は魔法を使用する際に、ここから捻出される膨大な魔法力を堰き止めて使用するんです。意識限界を超えた本能限界とは、この四つの点穴の堰き止め場を全て解放した状態のことを言います」


 ウィスの説明に、全員が自らの首を、胸を、腰を、お尻をまさぐった。


「身体の司令塔部位である頭から近い順に開放していくと、その力は正確に使用することが出来るんですね。いわば、強敵と出会った時に使用する一発逆転術と言った感じでしょうか」


 ウィスの説明に、異を唱えたのはアランだった。


「で、でも――それなら、何でこんなに普及してないんですか? こんなに便利な方法があるならば、もう少しくらい知れ渡っていてもいいはずですけど……。現に、俺だってこんなに力が溢れているのに……」


 アランの質問に、ウィスは「点穴の解放は諸刃のつるぎだからですよ」とため息をついた。


「魔法に疎い人間が使えば、その強大な力と引き換えに、魔法系自体が破壊されてしまう可能性がある。二度と魔法が使えない身体になってしまう可能性が低くありません。だからこそ、この技は毎年魔法特別進学科(・・・・・・・)に在籍するあなた方にしか教えられてこなかったんです。点穴は非常に強力な魔法でありながら、非常に危険性の高い魔法でもあるのですよ」


 ウィスは続ける。


「あなた方は将来的に『魔法術師』となる可能性を秘めた方々です。この中から魔法術師が排出されれば、国家の為に闘うことが義務付けられています。敗北を許されない。自分が倒れてもいい。ただ、倒れるときは敵を消滅させていなければならない。この二大原則を守らなければ、その資格はありません」


 アランの脳裏に、最初にウィスが来た時の言葉が浮かんだ。


 ――己が地に伏した時に、敵も地に伏せているならば絶命しても構わない。私たちにとって最も愚行とされることは、己が地に伏しているにも関わらず敵が立っているとき。実戦において、魔法術師(あなた方)は敗北を許されない……。


「成程……だからこそ、か」


 アランの呟きに意を介さず、ウィスは至って真面目な瞳でその空色の髪をなびかせる。


「もちろん、この点穴は身体へのダメージも少なくありません。ですからまず、この三回の実習であなた方には頸穴による本能限界を体験してもらうんですよ。意識しているよりも、自分はずっと魔法を使うことが出来る。それをあらかじめ知っておくと、頸穴を開くことなく意識的に魔法を使える幅も広がりますから……ね」


 ウィスの言葉を皆は固唾を飲んで聞き入っていた。


「……と、ところで……」


「はい、何でしょうユーリ・ユージュさん」


 ルクシア・シンの隣で項垂れているユーリが言葉を紡いだ。


「な、何故、三日おきなのでしょうか。魔法使用の感覚をつかむためにも、連続でやっておいた方がいいのでは……?」


「あぁ、それなら心配に及びません」


 ウィスはにこりと笑みを浮かべた。


「頸穴を開けば、三日はマトモに動くことは出来ませんからね。皆さん、最低二日はベッドの上での生活になると思います」


 そのウィスの言葉通り――。



「……身体……動かんし……」


 アランの二日はベッドの上での生活になっていた――。

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