意識限界と本能限界
特進科生徒十二人と第二担任ナジェンダ・セルエルク、そしてオートル学園OBでもあり魔法術師の肩書を持つ今回の臨時教師ウィス・シルキー一行が向かった先はオートル魔法科学研究所第三試運転場。
教室の二倍ほどはあろうかというその場所は、魔法具試運転の衝撃に耐えることの出来るようにとことん無機質な正方形の形をしている。
物理衝撃、防音、対魔法衝撃、そして魔法衝撃に耐え、更には反魔法障壁として機能する代表格とされるスターマイアと呼ばれる結晶から作られた壁に覆われるその特殊な一室からは一切の魔法による効果を外部に漏らすことはない。
アランとルクシアが以前に戦闘を行った際に、フーロイドがばら撒いた物質でもある。
「……で、何でここにフー爺がいるんだよ」
第三試運転場に着いた一行の後から入室してきた二人。
フーロイドは「何じゃ、担任が来たら悪いか」といつものように杖をカツンと床に突き付けた。
「あぁ見えてもアラン君のこと、ずっと気がかりなみたいです。ここ数ヶ月、フーロイド様自身も研究に没頭しなければならないとか何とかで……」
ルクシアが、背後をふと過ぎった際に耳元で呟いた言葉に思わずアランもフーロイドを一瞥する。
「……何じゃ」
不貞腐れたかのようなフーロイドの表情を、姉弟子と共にくすりと笑みを浮かべたところで、第三試運転場の真ん中に立ったウィスが手を叩いた。
「さて……不在の人もいますが、そこは致し方ありません。それでは――今から行う授業は三日起きに計三回行います」
そう、ウィスが呟いた途端に新たに入室してくるのは、生徒数と同じ十二人の白衣を着た人物たちだ。
皆一様にナジェンダのような眼鏡式の装着物とマスクを着用している。その全員が持っているのは一人分の大きさがある円型の物体だ。
「これからあなた方には自身の魔法限界値――いわゆる『本能限界』と言われる領域を自覚してもらいます」
そのウィスの発言に生徒間の頭の上に疑問詞が浮かぶ。
その疑問を払拭するかのようにエーテルが手を挙げると、「ええ、何でしょう」とその質問を待ち構えていたウィスはにこりと笑みを浮かべた。
「えぇと……それは単に、魔法を限界まで使い切って自らの魔法量を計るということでしょうか」
エーテルの言に、ウィスは答える。
「半分正解、半分外れ……と言ったところでしょうか」
生徒を横一直線に並べたウィスは、一人一人の前に設置された円型の物体を指していった。
「エーテル・ミハイルさん。あなたの言ったことは、『意識限界』とされるものです。これは自らが意識して自身の限界を計る類のもの。要は本当の限界ではないんです、自分自身で決めつけた自分自身の限界値――それが『意識限界』。ですが私の言っている『本能限界』とは、まさに本能。本能的に放出できる魔法量の限界のことを指します」
ウィスは続ける。
「普段の生活、通常の指定任務をこなすうえでは意識限界だけでも充分でしょう。ですが、あなた方は魔法特別進学科。後期最終の模擬戦争試験の参加資格を持つであろう者……ひいては国家の眷属魔法術師になる資格を持つ者と言っても過言ではありません。あなた方はいつか出くわすのですよ。意識を超えて、本能で敵と相対しないといけない時が。本能では逃げ出したくとも、決して逃げてはいけない場面に――」
生徒たちが皆生唾を飲み込む中で、ウィスは円型の物体に腕を向けた。
「魔法と肉体は密接な関係を保持しています。魔法力が真に空になった時――人は死ぬ。ですが、それでもいいのです。己が地に伏した時に、敵も地に伏せているならば絶命しても構わない。私たちにとって最も愚行とされることは、己が地に伏しているにも関わらず敵が立っているとき。実戦において、魔法術師は敗北を許されない……。それをまず念頭に置いておいてください」
一気に場には緊張の糸が張られる。
皆、漠然と『模擬戦争試験』、そして『魔法術師』ということを意識していた。
だが、眼前にいる魔法術師の現場感覚が彼らの意識の中に突如降り注いだのだ。
「皆さんの前にそれぞれ配置されたのは反魔法障壁スターマイアの上位互換の鉱石とされるスペースマリアと呼ばれる物質をもとに作られた吸収魔法障壁です。例えば――……!」
「――水属性魔法、水切弐連刀」
ウィスが両手を交叉させて作った腕を右、左と振り下ろすと手の形に合わせて現れたのは水の刀だった。
傍にいるだけでも分かるその尋常ならざる魔法濃密度が伺える。が、その魔法にはスピードがない。ゆらり、ゆらりと揺れながら進むウィスの水魔法。
濃密の水刀は円型の物体に突撃すると、吸収魔法障壁がそれを飲み込むかのように魔法を吸収していく。
ポン、と拳サイズの空色球体が物体の中から出てくると同時に、ウィスはそれを握った。
「この場所で魔法を発動させれば、壁の材料にもなっているスターマイアの反魔法障壁間の影響により、魔法自体の勢いが削がれて。発動した魔法は、四方八方から加わる反魔法障壁の圧力により魔法が魔法足る要因を排除――要するに攻撃力がほとんど無効化されると言ってもいいでしょう」
先ほどの魔法の揺らめきは、つまり魔法がほぼ無効化されたということだった。いかに魔法に必要な事象は『射出スピード×魔法粒子量』。この場合、射出スピードがスターマイアの反魔法障壁により極限まで制限されるために、魔法本来の力はほぼ発揮できない。
「そして、その魔法もどきを受け止めるのがこの吸収魔法障壁です。ここで皆さんにやって頂くことは、ただ一つ」
「あなた方の魔法を限界いっぱいまでこの吸収魔法障壁に向けてください。吸収された魔法はこのように球状に可視化される。つまり、個々の魔法力限界を知ることが出来るのです」
ウィスは続ける。
「ここで重要なことを言っておきましょう。あなた方の魔法の限界――それは、『意識限界』です。自身が思う魔法の限界を迎えたところで私か、ここにいる二人の宮廷魔術師を呼んでそこからは私たちの指導の下で、あなた方それぞれの『本能限界』を自覚してもらいます。本能限界から意識限界を引いた差分を知ることにより、自分自身の本当の限界値を知ることにもなるのです」
「……本能限界と意識限界の差分……ねぇ」
ウィスの言葉に、エーテルが反芻するかのように頷いた。
「魔法力の含有量は人それぞれです。ですが、魔法力が多いから有利と言うわけでも、魔法力が少ないから不利というわけでもありません。いかに濃密度を増すことが出来るか、いかに自身の魔法力を知り尽くし、戦術的に、コントロールして戦うか。これが要となるわけです。どのみち、相手を一撃で鎮めることが出来れば魔法力の量など全く関係ありませんしね」
ウィスの最後の言葉に、その場にいた特進科生徒は小さく頷いた。
「それでは、皆さん……始めましょうか」
ウィスは手に持っていた空色の球を手の中でぐにぐにと弄びながら呟いた――。




