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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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臨時講師

 オートル学園に夏がやって来る。

 入学から三カ月を迎え、生徒たちの緊張の糸も徐々に解れていた。

 普通科、魔法科、魔法特別進学科同士の特別的な交流などはなく、互いが互いに自身を研鑽する時期が続く。

 オートル魔法科学研究所の試運転には特進科の生徒たちも比較的積極的に参加している。

 彼等にとって、この試運転ではそれなりに見合った報酬も貰えるためにバイト代わりに機能している場合が多い。

 特別指定任務、試運転依頼、そして通常授業を並行してこなしている特進科生徒たちも、他の生と同様にこの時期はどうしても怠けてしまう頃でもある。

 水魔法による魔法具によって特進科の教室には若干の冷気が漂ってはいるものの、外の暑さと中の冷気。その中途半端さによって生徒たちのやる気はみるみる削がれていっていた。


「こういう時は流石に緊急の指定任務以外のやる気は出ないわね……」


 木造の机に身を投げ出して溜息をつくのはエーテルだ。ポニーテールにしたその藍色の髪も若干艶が失われているように感じられる。


「……寮の裏で鳴いている灼熱蝉グースベールのおかげで更に暑さが増しているような……」


「一〇匹いれば場の温度が一度上がる夏蝉ね……。私の海属性魔法で全滅させてやろうかしら……」


「すぐ逃げられて体力捨てたいなら今すぐやればいいさ……」


 エーテルとアランが、人の少ない教室内で呟き続ける。

 教室にいるのは十二人ほど。

 ルクシア・シンの隣では、ユーリ・ユージュがルクシア()を涼ませるために団扇で絶え間なく仰ぐ。

 他の生徒たちもアランやエーテルと同じように暑さに項垂れているようだった。

 エーテルがふと、アランの隣の席を見て呟いた。


「そういえば、シドは?」


「指定任務だとさ。一日二つは舞い込んでくるみたいだからな。律儀に全部こなしているみたいだ。それこそ、エイレンは?」


「エイレンねぇ。最近、オートル魔法科学研究所に入り浸ってるみたい。なんか、研究の手伝いとか何とか……。パパが直接携わってる研究みたいよ」


 何もない虚空を見つめ続けるエーテルの瞳は少し寂し気な様子だ。

 ――と、その時だった。


「おー、見事に怠け切ってるなぁお前等。模擬戦争試験も着々と近づいてきているってのに呑気なもんだ」


 出席簿を肩にポンポンと叩きつけながら教室に入ってきたのは、魔法特別進学科第二担当の宮廷魔術師、ナジェンダ・セルエルク。

 短く整えられた紫髪と白衣がトレードマークのその女性の後に続いて出てきたその人物は、生徒たちにとっての夏の暑さとだるさを全て吹き飛ばすかのように――。


「どーも六十三期特進科の生徒達。いやー今年は粒揃いだって聞いて私もわくわくしているんですよね」


 にっこりと笑みを浮かべたその女性。教室に入って来ただけでも分かるのは威圧的な魔法力。

 これは、特進科生徒達への一種の挨拶のつもりだろうか、とアランでさえも生唾をごくりと飲み込んだ上に背筋を凍らせていた。

 女性から発せられる濃密すぎる魔法力。にこりと笑みを浮かべるその表情から窺い知れる強者の瞳。

 それは、アラン同様特進科の生徒達にも瞬時に広がっていた。

 瑠璃色のロングストレートに豊満な胸。スタイルも抜群で足もその雰囲気からは感じさせないほどに細いものだった。


「……と、とんだサプライズね……」


 その女性の登場に、先ほどまで机に身を投じていたエーテルでさえも冷や汗を流しながら背筋をピンと伸ばしていた。

 女性は一度、教室全体を見回した後に、ナジェンダに一礼。その後教壇に立ってすぅ、と大きく息を吸った。


「オートル学園二十七期卒業生、そして今は魔法術師という職に就いてます――ウィス・シルキーです。この度は『金の卵』を指導できると聞いて大変嬉しく思います」


 優しい言葉かけの間にも生徒たち全員をすぐさま刺せる(・・・)魔法力は明らかに並みのものではない。


「まさか……現役の魔法術師――それも。淼㵘(びょうにょう)の魔法術師……水属性魔法の最高権威が来るなんて聞いてないわよ……?」


 エーテルの苦笑に、アランの眼前の魔法術師、ウィスは静かにほほ笑んだ。


「何も魔法術師が直接出向いてはいけないという規定はありません。それに、私だってここの卒業生ですがね。ここから未来の魔法術師(同僚)が誕生するかもしれないということを考えれば、当然でしょう」


 ウィス・シルキー。彼女もまた、例外なく一年後期最終試験の模擬戦争試験を勝ち抜いた者でもある。

 第二十七期オートル学園模擬戦争試験は開始五分で試験終了の鐘が鳴ったことで有名だ。

 水属性魔法を巧みに操り、他の九名を圧倒的に突き放して圧勝した生徒――それこそがウィス・シルキーという人物なのだ。

 無論、国家がそのような人材を欲しがらないわけがない。模擬戦争試験優勝者特典でもあるオートル学園卒業、その直後に彼女に「魔法術師」という称号が与えられたのもごく自然なことだったのだ。


「私がここにいられる時間もそう長くないですので、早速臨時授業を行いますが……ナジェンダ宮廷魔術師、構いませんね?」


 隣のナジェンダに意見を乞うウィスだったが、当のナジェンダは「何をおっしゃいますか」といつもとは全く違う丁寧な物言いで提案を快諾する。


「それでは、暑い最中ではありますが皆さん、オートル魔法科学研究所第三試運転場へと向かってください。そして、覚悟しておいてください」


 ふと、ウィスとアランの目が合う。アランはその瞳に首をきゅっと絞められたような感覚にさえ襲われていた。

 それを知ってか知らずか、教壇でなおもにっこりと笑うウィスは指を一本立てた。


「ここ数日は自由に動けなくなることを覚悟してくださいね」


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