淼㵘の魔法術師
「ん……しょ、ん……しょ」
額に幾粒もの汗を掻きながら瓦礫を撤去し。
「大丈夫だよ~。お父さんとお母さんは避難場所で待ってると思う。おねーさんと一緒にお父さんお母さん探そうね~。グルタくんのお父さんとお母さん、いらっしゃいませんか~?」
被災して迷子になった小さな子供の手を繋ぎ一緒にご両親を探し。
「火属性魔法――暖炉の温盛」
春のまだ肌寒い空気の中で、避難箇所に集まった人達が温まれるように二時間決して消えない温かな炎を精製する。
そんな災害時の現在、獅子奮迅の活躍を見せるのは肩までかかる茶髪を振り乱して忙しなく動き回るエイレンだ。
「皆さん、落ち着いてください。幸いにも現在の所死傷者は確認されません! 重傷者の方も奇跡的に確認されていない状況です。ですが軽症者の方は落ち着いてお並びください。当方機関が治療いたします――って、アラン君!」
「おぉ……エイレン。その……俺が手伝えることはあるか?」
「えっと、瓦礫撤去組の方が人手不足みたいなの。あっちの方はレイカちゃんとルクシアさん、ユーリさんが主体でやってるみたいだけど、それでもガラクタが邪魔してあんまり進んでみたいだから」
「分かった。っていうか、こんな大災害でも死傷者も重傷者もいないのか?」
「そうみたい。研究所の生体検知魔法具でも瓦礫の下からの反応は皆無だったみたい……。不幸中の幸いだね~」
「……本当に、こんな被害の中で誰も死んでないってのは幸いだな……」
そんなアランとエイレンの元に現れたのは一人の少年だった。どうやら先ほど両親の元に無事戻れたらしい。
「あの、本当に……ありがとうございました!」
「ありがとーおねーちゃんー!」
両親が同時に頭を下げる中で、少年グルタは母親の裾を掴んでにっこりと笑顔を浮かべた。
その安心しきった表情を見てエイレンもほっと胸を撫で下ろす。
「お父さんとお母さん、見つかって良かったね、グルタくん」
「うんー!」
そんな二人の会話を見て、アランも息を整えた。
「でもねー、不思議なことがあったんだー」
ふと、グルタの発言にアランとエイレンの動きがピタリと止まった。
「ぐおーって巻き巻きした風の上の方にいっぱいガチャガチャってのが乗ってて、そのままどっか行っちゃったんだ」
その少年の言葉に、その場に居合わせた四人が一斉に頭の上に疑問詞を浮かべる。
――ガラクタってことは……研究所の廃棄物のことだよな?
アランはふと、最も被害の多かったオートル魔法科学研究所廃棄倉庫を一瞥する。
現在も、そこから吹き飛ばされたガラクタや瓦礫の撤去で現場はてんやわんやの状態になっているのだ。
――まさか……な。
エイレンの言われた通り、瓦礫撤去組の元に向かおうと踵を返した、その時だった。
ズン、ズンと小気味のいい重低音を響かせながらアランの眼前を遮ったのは一つの生き物だった。
犀と象を掛け合わせた合成獣のような生物の体長は先ほどのエーテルの相棒、海神と同じように三人分ほどの大きさだ。そんな生き物に跨っていた一人の少女が華麗に着地を決める。
「……どうも」
それはアランにも見覚えがある人物だ。直接話したのは、受験で隣の席になった時だっただろうか、と頭の中の記憶を呼び覚ました。
あの時に質問した剣の武器のようなものを今でも腰に据えている。
「……この子に乗って」
「……はい?」
「振り落としたりしない子。大人しい子。荷物落ちないように管理してほしい」
ふと見てみると、その生き物の背中には大きなガラクタが乗せられている。
なるほど運搬の役割を担っている訳か――とアランは頷いた。確かに、これだけ大きな巨体にそれを支える足腰があれば充分だろう。
「地龍、ベヒー。私の友達。私、別の所に行かなきゃだから……」
そう、何も告げようとはせずに現場を離れようとする少女――レイカ。
黒髪のロングストレートのその少女はアランに背を向け、走り去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 別にいいけど――!?」
そんなアランの困惑した言葉に、少女は一言だけ呟いた。
「あなたは、私と似ている。だから、安心」
オートル学園の制服に身を包んだ謎の少女はそのままどこかへ走り去っていく。
アランは、頭を何度も傾げながらも少女に言われた通り、彼女の相棒――地龍に乗って新たに作られた簡易廃棄場まで背に乗せられたのだった。
「……案外乗り心地いいじゃん、これ……」
ズン、ズンと小気味良い音を響かせながら、アランの身体はゆっくりと日の光を浴びて揺れていた――。
○○○
「人の命は金で買える。これが世の常だ」
オートル魔法科学研究所地下秘匿研究室。
オートル機関長――オートル・ミハイルは小さくため息をついた。
そこに横たわるのは意識を失った被験体達だ。
「現在、私の研究に一役買ってくれている者がいてね。その子のおかげで、私の多属性魔法使用者研究は一気に加速した。今は副作用が多いが、いずれはそれも消えるだろう。貴重な研究戦力が加わったからね」
オートルは血濡れたメスを綺麗に拭いた。
そんな様子を見ていた一人の女性が小さく息を吸った。
「本当にいいんですか? ご自身の娘さんでしょう?」
若々しいその女性は瑠璃色の髪をいじりながら妖艶な笑みを浮かべる。
そんな女性にオートルは、目の前の被験体から目を反らすことなく呟いた。
「科学に犠牲は付き物だということは周知の事実だ。多属性魔法使用者研究が進めば、他国は金を惜しまずに物を欲しがるはずだ。積年の夢でもあるしね。必ずやアルカディア王国の発展の一助となるはずだよ。弱小国だったこの国を立て直したのはこの私だと言っても過言ではない」
「……私はそれでも構いませんけど」
「今やオートル機関は王国発展の要だ。にも関わらず王国上層部は無能共ばかり……。今にこの国は崩壊するさ。私の手でそれを少しでも止めることが出来れば、それ以上の幸せはない。そのためにも常に時代の最先端を進み、常に時代を牽引していかなければならない。君もそうして生きてきたんだ否定はできないはずだろう、魔法術師」
アルカディア王国に四人のみ存在する、国家が認めた大魔法使い――それが魔法術師。有事の際には命を賭して国の為に戦うとされる全王国魔法使いの長であり、全魔法使いの憧れともされる存在だった。
「否定する気はないですよ。私としてもその研究に興味はあるので完成を待ち望むのみですね。フーロイドも一枚噛んでるみたいですし」
「知っていたのか?」
「えぇ。自らの娘を犠牲にして研究頓挫なんて、彼も不本意だったでしょうし。根っからの研究者なんですよ――フーロイドもね」
煙草を取り出した女性は、髪を掻きあげた。弱火属性魔法の魔法具で煙草の先に火を灯したその女性の息は煙で白く覆われた。
「流石、オートル機関の創設メンバーの一人だけはあるね。淼㵘の魔法術師――ウィス・シルキー」
「大げさな二つ名がつけられたものです。こちらとしてはいい迷惑です」
そんな女性――ウィスは苦笑いを浮かべながら暗い地下研究室に紫煙を吹かせた。
「よろしく頼むよ、先生」
「任せてくださいな。今年の豊作振りは――そして、未来のライバルを見定める絶好のチャンスですもの。私は強いヒトと闘えれば、それでいい。他の三人は堅苦しい者ばかりですからね」




