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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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人災

 シドとアランの元に新たにやって来たのは、差出人の書かれていない依頼書だった。

 王都中央通りから北に走っていた二人の元に突如現れたその依頼書にすぐさま血判を付ける。

 この差出人不明の緊急指名任務の依頼書。その差出人は、王都レスティムが公式に出したものだ。

 通常、依頼書の血判を押す場所には依頼人の名前が記載されているが、記載されていない場合がある。

 それは、アルカディア王国からの直々の指名任務、もしくはその都市からの緊急任務であることがほとんどだからだ。

 記載されていた任務場所が王都レスティムの北部都市――ステルダムだったために、シドとアランの二人はすぐに理解することが出来た。

 先ほど浜辺から見ていたのは、天と地を繋ぐ灰色の一線。それは彼らが王都に入った時にはとうに消え去っていた。


「遅いわよ、アラン。いったいどこに行ってたの?」


 ステルダムに着いた二人を出迎えたのは、藍色のポニーテールを揺らしながら後方を指さす少女――エーテル・ミハイルだ。


「これ……一応聞くけど、何が起こったんだよ。どうしたら――」


「――こんな酷い街並みになるんだよ……」


 ステルダムを壊滅させたその大災害の惨劇を目の当たりにした二人は思わず息を呑んだ。

 エーテルは小さくため息をつきながら「さぁね」と腕を振る。


「目撃者によると、最初は小さな小さなつむじ風だったらしいわ。子供が追いかけられるほどのね。砂や埃を巻き上げ、落ち葉も舞い上がっていたけれども、いつものようにすぐに収まるだろうって放っておいたらしいの」


 エーテルは、崩れた街並みを見据えながら呟いた。


「……いつものように?」


 シドが不思議そうに辺りを見回すと、エーテルが続ける。


「ここ最近、ステルダム一帯には小さなつむじ風が起こることが多かったらしいの。それで、いつもはすぐに掻き消えていたんだけど……今回は、そうじゃなかった」


 辺りは瓦礫の山だった。

 美しい木々、そして煉瓦造りのカラフルな家々にきちんと舗装された道。そんなものは見る影もなかった。

 すべてがめちゃくちゃに風にさらされ、吹き飛ばされる。屋根と屋根がぶつかり合い、瓦礫となって絡まって道を塞ぐ。

 花屋から吹き飛んだのであろう華麗な花が、埃に塗れて道に転がっている。

 人々が自分たちの崩れた家を見て涙する。瓦礫の山の上に立って、呆然自失となっている者もいた。

 そんな風景を目の当たりにしながら、エーテルは拳をぐっと握りしめた。


「ステルダムの東西南に同時に現れた三つのつむじ風が一斉にこの十字路目がけて進んで来たらしいわ。本来ならばありえないことらしいんだけど……その三つの旋風が一つに統合して北へ勢力を増して進んでいったらしいの」


「……旋風が統合した? そりゃいくらなんでも無茶苦茶だろ」


 シドはそれでも信じられないといった風に辺りの惨状を再度見回した。


「その無茶苦茶が起こったからこんなことになってるのよ。とりあえず、特進科全員がこの撤去作業に呼ばれてるの。早く終わらせましょう――私も呼ばれてるし……あ、っとそうそう」


 そう言って十字路に差し掛かった三人。エーテルは「ふぅ」と息を吐いた。


「向こう側でフーロイド先生が呼んでたわ。シド君はこっち側の救援をお願い。人手が足りていないの」


「……フーじ……フーロイド先生が……?」


「えぇ。じゃ、私は行くわ。――海属性魔法、海神召喚アルラクドル・レヴィ!」


 エーテルが地上に向かって声を上げると、円型の紋様が現れる。

 そこからうねうねと身体をくねらせながら登場したのは蛇とワニを合成させたかのような生き物だった。

 蒼い鱗に黄金色に輝く一対の角。人、三人分の大きさを持つその生き物は丸い瞳を細めてエーテルに身体を擦り寄らせる。

 その光景を見てシドは苦笑いを浮かべる。


「……そ、そんなことも出来るんだな……特別な魔法を使う奴ってのは……」


「私の相棒――海神レヴィよ。まぁ、受験の時とかは大きすぎて全部を召喚することは出来なかったんだけどね。私の魔法コントロールもそこまで完璧ってわけじゃないから、この大きさにまで縮めるのが限界だけど……」


『ヴォァ!』


 エーテルとアステラル街で闘った時よりも遥かに縮んだ海神レヴィの声は、地を揺るがすような威圧感を感じさせない。


「これでも、結構この子、力あるの。瓦礫の除去のお仕事ならいい手伝いをしてくれると思うわ」


『ヴィア! ヴォァァッ! ヴヴヴ……ンッ』


 海神レヴィは、先行くエーテルに付いて行こうと――まるで、親鳥を追いかける雛のように忠実につき従っている。

 しばらくそれを見つめていたシドも、「……ま、まぁ、行くわ! んじゃな!」と右手をピッとアランに振って一人と一頭の後を追っていく。

 アランは、彼等とは正反対の東向きの道へと歩みを進めていく。

 そこにいたのは、特進科のクラスの面々だ。

 特に被害が酷かった西側、南側には普通科や魔法科の生徒の面々が見受けられたが、東側には特進科の生徒たちしかいない。

 ルクシア・シンはテキパキと指示をこなし、それをユーリ・ユージュが風魔法で忠実に、そして着実に瓦礫を撤去していく。

 更には、腰に特殊な剣を据えている人物が、河馬カバサイゾウを掛け合わせた合成獣キメラのような生き物の上に凛と立ち、瓦礫撤去の一役を担っている。


「あ、アラン君!」


 翡翠の髪を振り乱してアランに真っ先に駆け寄ってきたのは、姉弟子のルクシア・ネインだった。

 その背後には険しい顔をしたフーロイドの姿もある。


「……全く、面倒ごとに巻き込まれたもんじゃ」


 伸びた白鬚をいじりながらフーロイドは地面の瓦礫を足で蹴った。


「仕方ないじゃありませんか、これは天災なんです。誰にも予想できるものではありませんよ……。――っと、風魔法女神の悪戯(グリムゲルデ)


「あ、俺も手伝いますよ、ルクシアさん」


 歩きざまにルクシアが放った風魔法で、三人付近の細かい瓦礫や石ころが一箇所に集積されていった。アランも場の細かい瓦礫やガラクタから整理を始める。

 あちこちに転がるガラクタを魔法具で処理していきながら皆の元へと走るアラン。

 それを見て、フーロイドは苦虫を噛み潰したかのような表情で「天災のぅ……」とため息をついた。


「のぅ、ルクシア。ここには何があったか知っておるか?」


「……オートル魔法科学研究所廃棄倉庫ですね。……と言ってもまぁ、試用運転に合格しなかったガラクタばっかりですが。まぁ、それ諸共吹き飛ばされたからこんなにガラクタや瓦礫が散見して回収作業が困難になっているんですけどね?」


 ブツブツと言いながらも瓦礫を一箇所に集約させていくルクシアに、フーロイドはこくりと頷いた。


「かといって、失敗は成功の素――ともあるようにこの失敗作品から着想を得た成功作もある。充分今後に脅威ある(・・・・)失敗作(・・・)があってもおかしくはない。ともすればこれは、天災ではなく、人為災害――いわゆる『人災』の可能性も否定出来ないということじゃ」


 フーロイドのその言葉を一蹴するかのように、ルクシアは口をぽかんと開けた。


「フーロイド様、もういいですから。下らないことを言っている場合じゃありませんよ? ステルダムの早期復旧は必至です。どうやって人がこんなことを起こすっていうんですか、まった――……」


 ――と、ルクシアは瓦礫の撤去をしていた手をふと止めた。


「――ふ、フーロイド……様……?」


「何も分からぬ以上は下手なことは言えん。何しろ、未知(・・)も多い。資料もないんじゃからのぅ……。全く……面倒ごとに巻き込まれたもんじゃ」


 フーロイドは、蒼い空にしわがれた手を伸ばしたのだった――。


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