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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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予兆

 青い空、白い雲、靡く風。


「起きたか」


 ゆっくりと目を開けたアランに一つの声がかけられた。


「――……俺は」


 右手で左目を抑えながらアランが腰を上げると、眼前に広がっていたのは広く蒼い海だった。

 右隣に退屈そうに座るシドが「ふぅ」と小さなため息をついてアランの背中をポンと叩く。


「オーブルは全滅させたぜ。ったく、未知の属性魔法を見せてくれるかと思えば……」


「……悪い」


 気にしてはなさそうにシドは軽く笑い飛ばした。

 眼前には海が広がっている。後方には先ほどの任務地である森林。

 その森林の前の白浜を埋め尽くすのはオーブルの死体だ。

 よく見てみると、依頼者だろうか、筋肉が張った男性が何人もかけてオーブルの死体を積み上げ、火を点けようとしていた。

 ボゥッとオーブルの死体の山に油をかけて火を点けた依頼者たちは手を合わせて霊魂が安全に天に召されるように祈っている。

 燃え上がる紅と橙色の炎は、シドの髪色に酷似していた。


「なぁ、アラン」


 ――と、燃え上がる炎を見つめながらシドはふと呟いた。


「俺の国――オルドランペル国の名前の由来、知ってるか?」


「……オルドランペル……? アルカディア王国(このくに)の北方の小国か……」


「あぁ、昔は広大な土地を治めてたらしいが、今は見る影もねえ。ある種の呪いみたいなもんが植え付けられているんだ」


 燃え上がる炎は弱まる気配を見せない。


「……オルドランペルってのは、ウチの国の言葉で天変地異(・・・・)を意味する言葉だ」


 シドは続ける。


「百年に一度、ウチの国は必ず天災に見舞われる。それも、かなりデカい規模のな」


「……天災?」


「地震、洪水、土砂崩れ、火山噴火、暴風、豪雨、豪雪、津波、雷、熱波……。キリがねぇんだ。それらの中でどれか――いや、複数起きる時だってある」


 シドは炎を見て、哀し気な表情を浮かべる。


「だからと言って、誰を恨むわけにもいかねぇ。天災なんか防ぎようがねぇ……。未然に知ることすら、逃げることすら……ままならねぇ」


「…………」


 アランは、何も言葉を出せずにいた。

 何せ、アランは天を司る魔法――天属性魔法の使い手だ。おいそれと、適当なことを言うわけにはいかなかった。


「俺は、グレン族っつー一部族の出身だ。だが、俺が産まれた一年後……今から十六年前に、オルドランペル国の天災(・・)で一族は全滅したんだ。その時――どこからともなく、暗雲が立ち込めたことは覚えてる」


 すっと、アランの前に座ったシドは「さっきのお前を見て、フラッシュバックした」とオールバックにした髪をふるふると振った。


「土砂崩れ、雷と暴風雨に巻き込まれてたあのときも、誰かが、()がするだのなんだの言ってたんだ。似てたよ、さっきのお前と」


「……音……?」


「音だ。どっかから、何かの音がするって……よく分かんねぇことを呟いてた。でも、お前はそれを()じゃなく、()だって断言したんだ」


 実際、アランに先ほど聞こえていたのは紛れもなく何者かの声だった。だが、それが何の言語で語られているのか、どこから聞こえてきたのかは一切不明だった。

 アランは自身の両手を眺め見た。

 始まりは、いつもの通りだった。身体中の魔法をかき集め、右腕にそれを凝縮。天に掲げれば、どこからともなく暗雲が近寄るために、そこから狙ったターゲットに向けて腕を振り下ろす。

 その過程によって、遠方からの射撃のような形で落雷が発生するのだ。

 だが、今回はその過程の中で、ターゲットに腕を向けたその瞬間に――邪魔が入ったのだった。


「音と声……か」


 アランの脳裏に思い浮かべたのは、初めて任務を行った時のことだ。

 名はエインドル村。

 一人、顔を空に向けてじっと見つめた少女の名は、コアラといった。


 ――彼女は、時々変なことを口走る子なんです。


 任務終了の際の霊鎮祭でエインドル村長が言ったことが頭の中に思い浮かぶ。


 ――変なこと、ですか。


 ――はい。ついこの間も『空から音が聞こえる』と言っておりました。


 それは、巫女と呼ばれる者になる前兆の証だった。


「……分かんねぇ……」


 天属性魔法とは、一般には知られていない――未知(・・)の魔法だ。

 それこそ、宮廷魔術師だったフーロイドでさえもが得体が知れないと明言するほどに。

 エインドル村の少女が言った()と、アランの聞いた()がどういった類のものかなど、それはあまりに未解明なことが多すぎた。


「ま、分かんねぇことをいつまでも引きずるわけにも行かねえ。天災ってのは、いつ起こるか分からない天の災害だ……。ウチの国も百年に一度起きるとはいえ、昔と比べれば大分突発的な天災に対応できるようになった。そこで死んじまうならば、神様を恨むしかねーよ」


 そう言って、シドは立ち上がった。


「ま、俺たちがここに長居する必要はない。立てるか?」


 シドが差し伸ばしてきたその手をアランは「あぁ……」と取った。

 未だに、頭に残る鈍痛と、身体中を電流が過ぎ去ったかのような感覚を残したままにアランも立ち上がる。


「……今度こそは」


 ふと、そう呟いたアランにシドは静かに聞き耳を立てていた。

 潮の風が舞い上がる海辺を見渡し、ぽつり、アランは続けた。


「次こそは、見せてやるよ。俺の魔法」


 その言葉に、シドはにやりと笑みを浮かべた。


「――期待してるぜ」


 シドがそう言って、帰路への第一歩を踏み出した――その瞬間だった。


「何だ……? あれ」


 シドに釣られてアランも王都レスティムの方角をちらと一瞥する。


 そこには、地と天を繋ぐ一本の灰がかった線のようなものが二人の視界に入っていた。

 王都レスティム北部に現れたその線を注視してみれば、幾多の塵芥、更には家の形をした何かが渦を巻いて舞い上がっている。


 それは、王都レスティムに突如として現れた前代未聞の巨大竜巻だった。




 この日――王都の北部一帯、ステルダム地域は早期復旧不可能な壊滅状態に陥った。


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