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強行突破

空は未だに濁っていた。

 湿り気にも似た空気があったが、アランは「もうあめはふらないとおもうよ!」と予報していた。

 アランの気象予報の的中率は七十パーセントほどに留まっていたものの、ファンジオとマインがアランを連れて王都に行くというチャンスがあるのはこの日に限られていた。


 ――霊鎮祭れいちんさい


 コシャの村で代々行われている伝統祭りである。

 普段から狩りを生活基盤としている村人にとって、この祭りは神聖であり、またとても大切にされている儀式の一環でもあった。


「いいか? アラン、マイン」


 ファンジオは荷台の前に立って、屋根の付いた簡易的なキャビンにちょこんと座る息子と妻を眺め見た。

 そんなファンジオの手には鞭が握られている。


「今、村では霊鎮祭が開かれている。村人の意識はほぼ、祭りに注がれていると言っていいだろう。今日ぐらいは村の門番も頻繁に席を外すことが多いからな……チャンスは今だ」


 ファンジオは土魔法で馬車ゴルゾーラを精製。彼の前で主であるファンジオの命令を待つ疑似的な馬は、まるで本当に生きているかのようにけたたましく嘶いた。


「天気は淀んでる……。雨が降り始めれば俺の土魔法は何ら意味を持たない。今回ばかりは強行突破だ」


 ファンジオの冷徹かつ冷静なその言葉に、マインはこくと頷いた。


「パパ、かおがこわいよ……。おこってる?」


「……怒ってはないから安心してくれ。アラン。大事な時、男はこういう顔をするんだ」


「……むぅ……」


「そうそう、そんな顔だ」


 二人のやり取りを見ていたマインが、堪えられなかったのか「プッ」と噴き出した。

 ファンジオを真似て、なるべく怖い顔を作ろうと頬をぷくりと膨らませるアランの様子に一家の緊張の糸は簡単にほぐれる。


「よぉし!」


 「パン!」と両頬を強めに叩いたファンジオは即座に馬車ゴルゾーラの前方に向けて手を伸ばした。


「しっかり捕まってろ、二人とも! 行くぞっ!」


「はいはい」


「はーーーい!!」


 マインの落ち着いた声音とアランの大きな返事を耳にしたファンジオは「オオッ!」と一声を上げて馬に鞭を打った。


 馬は二頭。交互に鞭を打ちながらファンジオは一気に馬を駆けさせた。

 じめじめとした空気が未だ続いているため、ファンジオの顎鬚に水滴が付着する。

 そんなものはおかまいなしと、一つの馬車は最高速で村に向かっていく。


「すごーい! すごいよ! ママ、はやい! はやいー! ねぇねぇ、かおだしていーい!?」


「い、良いわけないでしょ、アラン。じっとしてなさい。ほら、お尻が痛くなっちゃダメだから、ママの膝においで」


「……はーい」


 若干不服そうな表情と、母親の膝に座れる嬉しさとで何とも絶妙な表情をしたアランを見て笑みを浮かべるマインだった。

 馬車ゴルゾーラは大きく揺れていた。

 草原の中で小さく舗装されていた一本道に沿って彼らは村の中央へと進んでいる。

 村に今、人は非常に少ない。

 それは皆が霊鎮祭で、コシャ村付近の森に出向いているからだ。

 老若男女で日々を生きられていることを感謝する儀式。

  『森の生命を分けていただいている』という精神のもとで行われる村を上げての祭りには過去にはファンジオも、マインも何度も経験していたものだった。


「村をあげて森に行くときくらいしか、俺らは王都に行けねえんだよ……」


 村の周辺には森がある。

 だからこそ、迂回は出来ない。王都に行くためには、一度村の中を横断するしかない。

 だが見つかってしまえばそれは生活の終わりを意味している。

 最近になって芽生え始めてきた村人の感情は『恐怖』ではなく『蔑み』の感情に変わりつつあったからだ。

 数か月ほど前まで、ファンジオが一人で王都に出向くときは堂々と村を横断することが出来ていた。それは、村人たちにとってファンジオ達一家が『恐怖の象徴である悪魔の家系』であったからだった。


 ファンジオが村を通れば、自然と村は閑散とする。藁屑しか飛び交わないその村を『畏怖の対象となる悪魔の家系』を盾として堂々と縦断するという手法をとっていた。


 だが、今現在は状況が変化しつつあった。


 それは数か月前の王都への買い出しのことだ。

 いつものようにファンジオが村を縦断しようとすると、いつものような恐怖・畏怖の目ではなかった。

 さながらそれは好奇の目だった。


 村人たちにとって、ファンジオ達一家は『恐怖の象徴である悪魔の家系』から、『村八分にされ、追いやられてひっそりと暮らす悪魔の家系』へと変わり果てていた。

 村の人たちにとって、ファンジオ達は憐みの対象と化していたのだ。

 そんな、自分が優位に立ったと分かった人間が何をするのかというほど明白なものはない。


「どちらにせよ、いずれ火の粉はかかってくるさ……」


 村からの視線が変わってからはや数ヶ月。今はこんな強行突破を行い王都に向かい、村のイベントごとや祭りに合わせて帰還を果たしてはいるものの、こんな方法がいつまでも続くとは甚だ思ってもいない。

 いつ、村人たちから攻撃されるかもわからない中でこんな方法はもはや危険なのかもしれない――と。そうファンジオは感じていた。


「どうしたの? ファンジオ」


「いや、何でもない。もうすぐ村に着く。揺れも激しくなる。売り物とアラン、任せていいか?」


 前を向いたまま言葉を発するファンジオにマインは「もちろんよ。後ろのことは私に任せて」と、ドンと胸を打った。


 空は曇天、地面は若干の湿り気有り。

 決して良好とは言えない視界の中でファンジオ一家は村に突入した。


「はやーい! すごーい!」


 速度を一気に上げた馬車ゴルゾーラの中ではアランが瞳をキラキラさせている。その様子を見たマインは両手を我が子にまわして、転がり落ちてしまわないようにぎゅっと抱きしめた。

 屋形の最後尾だけに布がかかっていないために、土煙を上げる様子を間近で見るアラン。


 村を縦断。その時、人は案の定誰もいなかった。

 速度を落とさずにこの村を突っ切れば、あとは王都への道があるのみとなる。

 その時だった。


「あー! エイレンちゃんだー!」


 アランが、指を刺したその方向にいたのは一人の少女だった。


「……ぐっ! しっかり捕まっとけ、二人とも!」


 村人に見つかった――。

 その事実は致命傷だったのかもしれない、そうファンジオは感じていた。

 

「……噂が本当じゃなければいいが……!」


 ファンジオは今一度、ぐっと拳を握りしめて馬に激しく鞭を打ったのだった――。


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