殺気と闘気
シドの契約相手は、王都郊外に住む一漁師によるものだった。
今回は、レスティムからはそう遠くない場所だったため、王都中央通りを南に沿って走る二人。
そんなシドの背中に抱えられているのは一本の直剣だ。
見たところ、特に特別そうな構造はしていない。
アランが腰に抱えるのは魔法具剣。
魔法具剣は構造上魔力変換ポイントとされ、所々で飛斬を行うために魔力に反応して開く扉が存在する。
だが、シドの持つそれにはそんな小細工要素は一切ない。
ファンジオから譲り受けた直剣のように、魔法が介在する類がない正真正銘の直剣だ。
「依頼は王都郊外に発生したオーブル群の討伐だ。まーそいつらが現れるせいで漁獲高が不安定なんだとか。とりあえず、群れが現れた今、全部狩っておけばひとまずは解決するんだろうな」
走りながら、シドはアランに声を掛けた。
オーブル、とはアルカディア王国の海辺近辺の森に生息する小型獣竜である。
体長はおおよそ人ほど。二本足でタッタッと軽快良く走る肉食の獣として知られている。
その体表面は蒼の鱗で覆われる。顔はまるでワニをそのまま小型化させたものだ。
ただ、そのオーブルは統率力と繁殖力が非常に優れている。
近年だと、漁港付近の森林に巣を作り、群れを為して漁網を器用に操り漁の妨げになるという被害も少なくない。
猟師たちにとって、増えすぎたオーブルは害竜とも言える。
小賢しいオーブルは、もはや下級任務を扱う冒険者の手におえるものではない。
更に、的確に身体には魔法を感じるセンサーのようなものがあることは有名だ。
だからこそ、魔法適性のないシドに依頼したのだろうか――と邪推することもできる。
だが、オーブルという獣竜は体術だけでどうにかできるような存在でもないだろう。
その大きな体からは考えられないほどの跳躍力、走力、バネの強さで確実に敵を翻弄していくのだ。
「――潮風が強いな」
アランとシドが向かった先は、漁港だ。
木造船が寄港している状態がちらほらと散見される。
過去には、ファンジオの知り合いであったドローレンが故郷から経由してこの港町――ロイドルから王都レスティムに向かったとされる。
実質、レスティムに入って来る海産物などはロイドルから経由されたものがほとんどだ。
――とはいえ、細菌などは転移魔法結晶を使用した瞬間転移が主流ではあるのだが。
潮風が二人を包んでいく。
春先の独特な寒さが吹き付けていく中で、ふとシド・マニウスは両手を広げた。
「……任務、開始だ」
――ゾクリ
先ほどとは打って変わったシドの雰囲気。
初めて会った時のような無邪気な少年は、そこにはいない。
背負った直剣を鞘から抜き出すと、銀に輝くその刀身が姿を現す。
太陽の光に鈍く反射したその両刃には、少しの刃こぼれも錆も見られない。
「さぁ……てと」
潮風に吹かれた浜の上でシドはコキリ、コキリと首を回す。
白い砂浜に吹き付ける潮の風は、この時期では少し肌寒かった。
それに加えて先ほどからシドの周りに放たれている魔法力とは違う独特な力。触れればすぐにでも斬られてしまうかのような威圧感と、狙った獲物を必ず逃がしはしないその闘気。
魔法力を持っていないにも関わらず、周りの魔法使いとは比べ物にもならないその闘志にアランは思わず息を飲んだ。
「敵は……全部で十八か」
シドは小さな呟きと共に、浜の奥にある広々とした森林に向けて一歩足を踏み出した。
砂利が巻き上がる中で、アランは急ぐようにシドの後を付いて行く。
「なぁ、お前……中にいるオーブルの数が分かるのか?」
アランの問いに、シドは「あぁ」と森の中から目線を離さずに答えた。
「明らかに他の獣達とは異なった雰囲気を感じる。ある程度の知性もあり、統率があるのならばオーブルで間違いない。アイツら、俺たちがどんな手を使ってこっちに来るのかを見極めようとしているんだ」
「……そんなことも分かるのか?」
「ある程度の気の流れ、殺気、闘志。それらを読み取れば、簡単だ」
「まぁ、自分の闘志は抑えきれないみたいだがな」と不敵な笑みを浮かべたシドは、刀剣を鞘から抜き出して腰に据えた。
「――あちらからは出るつもりがないらしい。なら、俺たちから飛び込んでいくまでだ!」
「おうよッ!」
瞬間、シドが森の中に狙いを定めて一気に大地を蹴り上げた。
それに後れをとるまいと、アランも大地を蹴って空を見上げた。
頭の中で天属性発動のイメージを沸かせるとともに、快晴だった空に突如浮かび上がるのは暗雲。
「……へぇ」
シドは突如自分たちを覆った影の正体である暗雲を見て不敵にほほ笑む。
「――来たか」
森に入った二人。空の小さな暗雲のせいで視界はそれほど良くはない。
そんな中、二足で軽快に草をかき分けてガサガサと走り回る音からして、恐らくオーブルだろう、と二人は見当をつけることが出来ていた。
「シド、とりあえずここで突っ込むのは奴等の思うつぼだ。どのくらいの戦力がこちらを見ているのか、それだけでも――」
「いや、必要ねぇ」
アランの言葉を遮ったシドは、一気にぬかるんだ大地を蹴って木の幹に足を掛けた。
「――んなことしてる暇があったら……ッ!」
直後、シドはダンッと重い剣を中段に構えて、前傾姿勢で木の幹を蹴った。
「まずは一匹!」
中段から横薙ぎをするかのように放ったその一振り。
「ゲギャッ!?」
今まで足音だけだったオーブルが突如姿を現すと同時に、首の上と胴体がシドの一振りにより一刀両断。
鮮血が吹き上がると同時に、オーブルの身体はバランスを失い力なく地に伏せていった。
剣に付着した血を振り払ったシドは、闘気とさっきの入り混じった瞳で森の中を見回した。
「――んなことしてる暇があるなら、俺の目で狩る方がはるかに速い」
その自信に満ちたシドの瞳は、アランの闘争心に火を点けるのには十分すぎた――。




