補佐
食堂の受付に周ったエーテルとエイレンを遠い目で見つめるのは剣鬼と称されるほどの猛者、シド・マニウス。
箸を置いて、完全に二人の方に向き直ったシドの姿はとても剣の鬼と称されるような雰囲気ではなかった。
「……えっと……」
言い淀むアランは苦笑いを浮かべる。
エイレンは、エーテルと共に食堂のメニューを見て、なるべくヘルシーな物を選択しようと頭を悩ませている。
それに比べてエーテルは即断即決に食卓を彩る皿を作っていく。
……肉が中心だが。というかほぼ肉で埋め尽くされているが。
そんな即断即決エーテルを見て困惑し、いそいそと自分の食べるものを取り寄せていくエイレンの姿は、二人の性格をそのまま反映しているかのようだった。
「お前は、あの二人とは知り合いなのか?」
シドの言葉に、アランは小さくこくりと頷いた。
左側でわたわたと手を振りつつも少しずつ食材を取り寄せる少女。
肩まで伸びた茶髪が少女の小さな動きで揺れていた。
ぱっぱと自分の食べたいものを(ほぼ肉料理)取り寄せる少女。
後ろで可憐に結んだポニーテールが意思を持っているかのようにピコピコと揺れる。
「左が、エイレン・ニーナ。で、右でぱっぱと決めちまってるのがエーテル・ミハイルだ。エイレンの方は、火属性魔法と土属性魔法を使うし……入試の一次試験では満点だったらしい。エーテルの方はまぁ、言わずもがなって感じだろ。仮にも神童と呼ばれているしな」
アランの言葉に、シドは無言で頷きながら
「エイレン……エイレン・ニーナさん……か」
どうやら、シドの目に入っているのは、エイレンの方だったようで――。
「…………」
何故か無言になって二人の会話を凝視するシドにアランは苦笑いを浮かべつつ、自身の食事に手を付け始める。
しばらくするうちに、食堂で会計を済ませた二人がアラン達の元に戻って来る。
カウンター式のテーブルに横並びで右からシド、アラン、エイレン、エーテルと並び比較的静かな食事の時間が始まる。
そのうちに、話題はシド、エーテル・エイレン間の自己紹介であったり、今後の特進授業について、果ては一年最後の模擬戦争試験にまで話が回っていく。
そんな級友たちとの話をすることが、実にアランにとっては三年ぶりだった。
そしてそれは、何よりアランにとって楽しいこととなったのだった――。
○○○
昼食を終えた四人はそれぞれ別行動に移ることになった。
エイレンは何やら再び用事がある、とのことで早速オートル魔法科学研究所の方へと赴くことになり、エーテルに関しては修練の為だ、と言って中央管理局に空いた任務を探しに行ったらしい。
「腹も膨れたし、どうしたもんか……」
オートル学園に足を赴き始めたシドが逆立った紅髪を更に掻き上げた。
「――俺は、魔法科学研究所に向かうかな」
「早速向こうから試用試験の依頼が来てるってことか?」
シドの言葉に、アランは首を振った。
特進科ともなると、オートル魔法科学研究所からの新魔法具開発における試用試験を依頼されることもある。
――が、アランの場合はそうではない。
やはり、胸のどこかにずっと突っかかることがある。
それは師、フーロイドのことだ。今まで、ミハイル姓を名乗ったことはなかったはずだ。
エーテル・ミハイルにオートル・ミハイル。そして――フーロイド・ミハイル。
この三人には恐らく、浅くはない関係性があるはずだ。
それに、そのことをルクシアが知らなかったはずはない――。そしてこの時期に再び、一度は引退した宮廷魔術師に復職したという理由は、単にアランを見守るということだけではなかったはずだ。
今朝、特進科のクラスに入る前に最後見せたルクシアの表情は、とても苦しそうだったからだ。
「……分からないことだらけなんだよ」
ぽつり、アランが零したその言葉に、シドは何も聞かずに「そうか」とだけ発して両腕を自身の首を回した。
――と、その時だった。
「……ん? 何だこりゃ」
シドとアランの前に現れたのは謎の紋様だ。
紅、蒼、翡翠に光り輝くその紋様は様々な光の形を呈し、やがて一枚の手頃な紙に収束してシドの手の内に収められた。
それは、オートル魔法科学研究所が開発した緊急情報郵便と呼ばれる魔法具だ。
これは、オートル学園内で――特に、特進科の生徒たちに向けられたもので、中央管理局にて登録された個人指定任務をオートル三大機関内にいる当事者にすぐさま伝えられる。
だからこそ、特進科の生徒たちは入寮していてもすぐに指定任務などに気付くことが出来る。
「……緊急指定任務か」
手の内に収まったシドは、先ほどまでのような一生徒の顔ではなくなっていた。
表情は至って険しい。その身体から噴出される独特な気配に、隣にいるアランでさえも軽い身震いを覚えるほどであった。
オートル学園寮と、オートル魔法科学研究所への分岐路に立った二人。
ここから先、アランはオートル魔法科学研究所に、シドは武器を取りに学園寮へと一度戻ることになる。
「さて……っと。俺はとっとと終わらせて来るかね」
そう言って伸びを始めるシドを、アランは遠目で眺めた。
「…………」
次第に、シドの背中が小さくなっていくのを見て、アランには何故か焦りのようなものが現れ始めていた。
だからなのか、自然と足が動いていた。
「――なぁ、シド」
両腕を伸ばし、準備運動を始めるシドの背中を見て呟いたアラン。
「どーした?」と、険しい顔をしつつも級友に笑顔を浮かべながら振り向くシド。
そんな一人の少年に、アランはふと、呟いた。
「緊急指定任務っつっても、その指定者の補佐であれば、任務参加が出来るってのがある」
「……まぁ、そうだな。とはいえ、補佐には金はされはしないが……」
「だったら、頼みがある」
ふと、アランはシドを一直線に見据えた。
「シドの補佐として、俺を今回のその任務に参加させてくれ。邪魔はしない。ただ、お前の戦いぶりを見てみたいんだ」
そのアランの宣言に、シドはしばし考えた後に小さくこくりと頷いた。
「……いいぜ。どうせいつかはお前とも戦うことになるんだ。悪くない。その代り――一つ、提案がある」
と、交換条件に一本指を立てたのはシドだ。
「お前が使うという未知の属性魔法。それをこの目で見せてくれないか」
シドのその言葉に、今度はアランも小さく「ああ、もちろんだ」と頷いた。




