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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第三章 オートル魔法科学研究所(後編)
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シド・マニウス

「正規ルートで食堂に来たのは初めてだな……」


 時刻は昼をまわっていた。

 入学式当日の今日は授業の設置がなく、これで終わりとなる。

 だが、オートル学園には学園寮が別途設置されている。基本的に普通科、魔法科等は入寮義務がないが、魔法特別進学科の場合は入寮義務があることは有名だ。

 何故なら、冒険者ハンターギルドの指定任務をそのまま中央管理局から学園へと流し、入寮している生徒たちに伝えるまでが迅速に行えることと、魔法科学研究所からの試用運転は昼も夜も行われているため、深夜ではない限りに即座に呼び出すことが出来る。更には、豊富な施設によるトレーニング設備を十全に使えるからだ。

 昼間にナジェンダが言っていた通り、本当に特進科の生徒たちは学生である前に一人の『冒険者ハンター』なのだと、アランは再確認することとなった。

 普通科、魔法科の生徒たちがまばらに帰って行ったりしていくため、食堂を利用する生徒は比較的少なめだ。

 そんな中で、アランは受験の時の裏道からの食堂利用ではなく、トレイにアルカディアで一般的に食されている穀物であるペニャ、肉炒め、味噌汁を乗っけて席に座る。

 先ほどまでは一緒にいたエーテル、エイレンだったが、二人ともそれぞれに何かの用があるのか一時的に席を外している。

 昼をまわって、まばらな食堂で適当に空いているところに座ったアランは「ふぅ」と小さく一息をついた。

 ふと、アランが周りを見回すと、窓際付近で外の景色が良く見える位置に陣取っているのはルクシア・シンとユーリ・ユージュだ。

 どこからともなく風と共に現れた黒服の男たちが何か話しかけて、跪いている辺り彼女等の配下なのだろう――そう踏んでアランは嘆息しつつも、肉炒めを一口頬張った。

 ――と。


「よぅ、隣、空いてるか?」


 眼前の食事に目を向けたアランに掛けられた一つの声。

 それは、アランが聞いたことのないように思えた声だった。


「あぁ、空いてるよ」


 そんなアランの受け答えをする前に、その少年はトレイを無造作に机の上に置いた。

 カウンター式のテーブルに並んで座る二人。

 ふと気になったアランが隣を向くと、そこには野性味あふれる一人の少年が座っている。

 紅の髪をオールバック気味に逆立てた少年の肌の色は少しだけ濃い。

 その身体から漏れ出る魔法力(・・・)ではない(・・・・)力はアランでさえも緊張感を覚えるものだ。

 その力の源は一目見たアランでも漠然とは理解できる。

 「ニシシ」と明るい笑顔を浮かべる少年には、それに似合わないほどに鍛え抜かれた体つき。アランの父であるファンジオのように筋骨隆々としているわけではなく、一見するだけならばその少年は細い方とも言えよう。


「――アラン・ノエル……で、合ってるよな」


「俺の名前を知っているのか」


「勿論だ。いや、お前は自覚ないかもしらないが、割と知名度は高いんだぜ? 謎の属性魔法の使い手――アラン・ノエル。特進の教室で会った時も、すぐにコイツだーって分かったからな。そこでは話しかけそびれたから、今のうちに話しかけてみたってことだ」


「特進……ってことは、君も特進科なのか」


 アランの言葉に、少年はコクリと頷いた。

 そういえば――とアランは先ほどのことを頭に浮かべる。

 担任ナジェンダの言うことを噛み砕き、理解するのとフーロイドがなぜここに来ているかという疑問が相まってクラスメイトはエーテルとエイレンとしか話していなかったな、と苦笑を浮かべたアラン。

 そんなアランに少年は「そういや、自己紹介が遅れたな」と屈託のない笑みを浮かべて左手を差し出した。


「――シド・マニウス。産まれはオルドランペル国グレン族。ちと訳あってこの学園に入ることになったんだ。よろしくな、アラン」


 その屈託のない笑顔から放たれた言葉に、アランは小さく息を噛み殺した。


「……ら、剣鬼ラグール……!?」


「あー……まー、周りはそんなことも言ってるけどな。正直興味がない。俺にはもともと身体の中に『門』がなかった。だから魔法が使えなかった……。俺には剣しかなかったんだ。それを磨いてったら勝手に周りがそんなこと言いだしただけさ」


 通常、魔法を使用する際には体の中の『門』という部分に焦点が当たる。

 『門』に魔法力を循環させるシステムが備わっており、そこから身体へ、そして外気へと射出することで発動するその魔法は、そもそも『門』がなければ発動することは出来ない。

 当時、まだ天属性の魔法が使えなかったときに、マインとファンジオは真っ先にアランの中の『門』に異常があるのではないか――と疑うほどに、魔法と『門』は切っても切れない関係にある。


 それが、この右横の少年には存在しない、というのだ。

 いわゆる魔法に特異的な体質が有る者のことを『特異者』と言うが、シドもその中に部類される。

 そんな中で、魔法適性が一切ないシド・マニウスがこの魔法特別進学科にいること自体がすさまじいことなのだ。

 魔法を使わず、魔法を使う者と台頭――いや、それ以上の力を持ってこの最上級クラスにいるということになるからだ。


「シド・マニウス……か」


「あぁ」


 短い問答の中で、アランは自身の右手を差し出して少年――シド・マニウスの手を握る。

 その短い握手から、彼が今までに相当な鍛錬を積んでいたことが伺える。

 手のマメはボコボコと隆起しており、至る所に切り傷やタコが出来ている。

 更によく目を通してみれば、シド・マニウスの腕はどちらも傷だらけだ。

 傷だらけだが――弱々しさなどは一切ない。

 あるのは、それを乗り越え今の笑顔を見せる強い猛者のものだけだ。


「……シド……。シドって呼んでもいいか?」


「もちろんだ、アラン。同じクラスでもあるんだ。仲良くしよーぜ」


 そう軽い口調で告げる彼からは嫌味などは微塵も感じられない。

 本心から出るその言葉に、アランは不思議といつもの調子を保てずにいた。

 苦笑いを浮かべながらも、純真そうなシドは「とりあえず、昼飯食っちまうか」とスプーンで自らの飯にがっついていた――その時だった。


「遅れてごめんね。えっと、アラン君、横、空いてる?」


「――って、エイレン……っと! ……エイレンの横、貰うわ」


 可憐な動きでアランの左隣に手を掛けたエイレン、そして眉間に若干の皺を寄せたエーテルが同時に現れた。


「ん? あぁ、もちろんだ」


 アランは肉炒めに手を付けながら、二人を一瞥した。


「……天使か……?」


 ――と。ペニャを口の中にかき込んだアランがその言葉を聞いて喉を詰まらせる。


「――!?」


 ふと、声がした方に顔を向ける。

 すると、そこには食べることを放置して食堂のおばちゃんに注文をする仲の良さそうな二人の背中を追うシドの姿があった。


「アラン。彼女の名は、何て言うんだ?」


 その頬は仄かに紅潮している。


 ――え……え――――――……?


 それは、さながら骨抜きにされた男の姿だった。

 先ほどまでの凛々しく雄々しい少年の姿は見る影もなかった。

 その表情は――ただ、女子に惚れた一人のどこにでもいる少年の表情そのものだった――。


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