番外編:聖愛祭②
「さて、本日は聖愛祭。皆様の中にも、想いを伝えたい方がいらっしゃるかと思われます。短い時間とはなりますが、不肖私――マイン・ノエルが講師を務めさせていただきますね」
にこりと笑ったマインの始まりの言葉に、その料理教室にいた女性たちが拍手を送る。
マインの指示によって振り分けられた六つの班、一班四人前後で編成されたところで、エイレンは見知った者を見て「あっ」と声を上げた。
「る、ルクシア……さん!?」
エイレンの眼前には、緑黄色のエプロンと、長い翡翠の髪を後ろで縛った大人の風格を持つ女性――ルクシア・ネイン。
フーロイドと共にアラン家に赴いた時には主にマインに付き添って料理を勉強していたイメージがある。
そんな彼女の方も、エイレンを見据えて「え、エイレンちゃん……っ!?」と複雑そうな表情を浮かべる。
「お久しぶりです、ルクシアさん! やっぱり、マインさんとかといっしょに……?」
王都に来て久しく出会わなかった顔なじみに興奮するエイレンだったが、反対にルクシアは歯切れが悪そうに「まぁ……ええと……」と口を濁すばかりだ。
そんな二人の会話が途切れたのは、壇上に上がったマインが言葉を発し始めたからだ。
「では、早速――作っていきましょうか」
にこり、と再び柔らかな笑みを浮かべた壇上の特別講師に、集まった女性全員が『はい!』と真剣そのものの返事を施した。
その瞳は全員、ギラギラと燃え盛る物があった――。
○○○
エイレン、ルクシアを含む第三班は滞りなくアルフォンス作りを行えていた。
あらかじめマインの用意した卵や乳製品などを基調として施していくそれに、生徒たちは皆耳を傾けている。
「な、何で飛び散るのよ……ッ! こ、これだから……! っていうか、やっぱり使用人にさせれば早かったかも……! くぅ……ぅ!」
ふと、隣の四班を見ると、先ほど店頭で顔を赤らめていた少女の姿が見える。
その手付きはとても器用と言えたものではない。……というかかなり不器用だ。
藍髪をポニーテールにした少女は、頬に茶色のアルフォンスをこびり付かせ、頬を紅潮させながらも何とか形を整えようと奮闘している最中らしい。
対して、三班ではエイレンを始め器用な者が多かったらしい。
作り方の指示通りだが、時々ルクシアが邪悪な笑みを浮かべながら懐から怪しげな猛毒食材を取り出しているのが見えた。
「料理は愛情、そしてワンスパイス! ワンスパイスワンスパイス……恐龍の睾丸……金貨十八枚の高値……潰して、潰して……へへへ……」
その行為に他の班員たちは苦笑いを浮かべるしかないようだった。
――っていうか、恐龍って……薬として使われるって聞くけど、かなり劇薬的な龍薬だったような……。
少なくともお菓子に入れる食材ではないことは確かだ。
何故そんなものを食材の中に入れるのだろう、そう不安に思うエイレンだった。
そんなことはお構いなしと次々に不気味な食材を投入していくルクシアだったが、いかんせん見た目が悪くない。
一見してみたら煌びやかなアルフォンスだ。
そんな不敵な笑みを浮かべるルクシアを余所に、出来上がったアルフォンスにエイレンも小さく首肯した。
マインの指示通りに作ったにせよ、料理には作り手の様々な想いが込められる。
だからこそ、一つ一つのアルフォンスは、違うのだ。
それぞれが、それぞれのアルフォンスを見つめて顔を紅潮させる。
ここに集まった者は皆、想い人がいる者ばかりだ。
先ほど店前であたふたしていた藍色のポニーテール少女でさえも、自身が作ったアルフォンスを前に小さく固まっていた。
そのアルフォンスは見た目こそとても美しいと言えたものではない。
だが、少女は小さく笑みを浮かべていた。
エイレンも、手元にあるアルフォンスを見て小さく微笑んだ。
……ルクシアは邪悪な笑みを浮かべて「これを……お二人に食べて貰って、日ごろの感謝を……!」とまるで呪詛めいたものを自身のアルフォンスに注ぐが――いかんせん、見た目がいいだけあって先ほど投入した謎食材など分かるはずもない。
「そういえば、ルクシアさんって……えっと、その――」
ごくりと生唾を飲み込んだエイレンが、ルクシアに詰め寄ろうとする。
コシャ村でよくアラン達と修行していた彼女ならば、アランの住処を知っていると踏んだからだ。
ルクシアは、「……はい?」と素っ頓狂な声を上げてエイレンを眺め見る――と、その時だった。
「アランなら……確か……そうね」
ふと、エイレンの後ろから現れた一人の銀髪女性――マインが、何食わぬ顔で窓の外を見やった。
「中央通り裏の……古びた木造一軒家。フーロイドさんのもとに修行するためにそこで住んでるのだったわね。今度、会いに行かなきゃ……」
そう呟いたマインは、「またここにおいでね、エイレンちゃん。王都に来た理由とか、もろもろ聞きたいもの」とだけ小さく呟いてその場を後にした。
「は、はい――!」
エイレンは、そんなマインの優しさに心から感謝の念を込めて小さなお辞儀を送ったのだった――。
○○○
――聖愛祭。
聖なる愛を誓う世界伝統の祭りである。
木たる立春を少し過ぎた頃。
まだ冬も明けてはおらず、その日は息を吐くたびに小さく白い吐息が見て取れた。
空は雪雲。そこからはらはらと落ちてくる冷たい雪は、王都レスティムを冷たく。白く染めていった。
「……ふぅ……」
王都中央通りにて歩みを進めるのは一人の少女だった。
手袋をはめたその手には、包装されたアルフォンスが握られている。
鼓動が高鳴っていく。心なしか身体が熱い。
マインに言われた通りの場所に向かえば、そこに聳えていたのは古い木造の一軒家だった。
「……ここに、アラン君が……」
もう一度、「ふっ」と小さく息を吐いた。
その白い吐息が空気に流れていく中で――突如、ギイ……と、古い扉が小さく開いた。
「……!?」
いきなりの出来事に驚きを隠せないエイレンの前に現れたのは、一つのしわがれた手と、一つの若そうな腕だった。
「……え? え? ど、どういう……!?」
未だ狼狽するエイレンの前に、ばたりと倒れた二人。
ドアは完全に開かれ、外の冷気が一気に室内に入っていくなかで――。
「ご……ろ、ざれ……るゥ……」
「……ひぃ!? あ、アラン君!?」
「ワジはごんなどころで……死……カハッ……」
「……ふ、フーロイドさん!? ど、どうしたんですかお二方――」
「あ、エイレンちゃんじゃありませんかっ!」
玄関に突っ伏した二人を揺り起こすかのようにして、室内から出てきたのはこれ以上ない笑顔を浮かべるルクシアだ。
「このお二方、私のアルフォンスを食べて下さったんですよ! そしたら、こんなに――! もう、手作りした甲斐があったってもんですよっ!」
力こぶを握るかのようにするルクシアを余所に、アランは机の上に置かれていた二つの小包を指した。
「か、母さんのだと……思って……ぐふっ……」
見ると、そこにあったのはマインが作ったアルフォンスだ。
どうやら、見た目だけはいいルクシアの分のアルフォンスが開かれている。
「……もー! 恥ずかしがらなくていいですから! ほら、もう一つ、ど・う・ぞ?」
その姿を見たエイレンは、小さくお辞儀をして――何もみなかったことにしようと決心し、古びた一軒家を後にした――。
○○○
――一方。
「……そういや、私……アランの居場所、知らないじゃない……!」
道に転がった石を蹴った少女――エーテル・ミハイルは自身で包んだアルフォンスをため息交じりに開いた。
「……聞いとけばよかったかな」
ふと、雪降る灰色の空を見上げて、アルフォンㇲを一口齧った。
「――って、しょっぱ!? なにこれ!? な……塩辛い!? なんで!? なんでよ、もう!」
砂糖と塩を間違えて入れたエーテルは、自身の作ったアルフォンスを見やり再度溜息をついた。
「でも、まぁ――」
「――悪く、ないかも」
ざく、ざく、と。
雪道を歩く一人の少女は「へくちっ」と小さくくしゃみをして王都中央通りを後にしたのだった。
 




