エピローグ④:茨の道を進む者
オートル学園入学試験の全過程が終了したことを知らせる案内音声が流れた時には、アラン、エーテル両名も多少は動けるようにはなっていた。
『自主送還』して転移させられた先は王都中央管理局の広大な待合室。
合否結果が出るのは先である上に、先に戻ってきた者はわざわざ試験全てが終わるのを待つ必要がないため、人影はまばらだった。
「……まぁ、よっぽどの学力音痴じゃない限りは受かるでしょ」
帰り支度を済ませたアランとエーテルは、王都中央管理局の待合室に備え付けられていたベンチに腰を掛けていた。
「これでも割と最近は勉強の方にも力を入れてきたんだ。さすがに大丈夫だろう。大丈夫だといいが……大丈夫であってほしいけど……」
「なんで段々自信なくしてきてんのよ」
帰り支度をしながら暗いオーラを放つアランに苦笑を浮かべるエーテルは「私は一次も二次も抜かりはないわね」と自信ありげに呟いた。
「もちろん行くとしたら特進科よね?」
エーテルはさも当然と言った風にアランに問うた。
そのエーテルの投げかけに対して、「まぁ……それなら一番いいが、二次試験は上限の自主送還だったから充分考えられる」
エーテルの言った特進科とは、オートル学園における魔法特別進学科の略称だ。
オートルの組分け編成は主に三つ。
一つ、一次試験である筆記試験のみを受験して合格した普通科。
二つ、二次試験である魔法試験を通常受験して合格した魔法科。
三つ、一次試験と二次試験において、特に優秀な成績を収めた者が在籍する魔法特別進学科。
「基本的に毎年魔法特別進学科に入れるのは二〇人。かなりの少数精鋭ね……。その中で一年後期の模擬戦争試験に出場できるのはたったの十人よ。将来魔法術師に――この国の未来を背負う者になる私にとって、ここは最低所属していなければいけないラインなの」
「……ふーん」
「もちろん、アランが他の科に行くことも私の中であり得ないのよ? 同じクラスにならないとあなたを越したことにはならないもの」
ピシッと指をアランに向けたエーテルは、「だからこそ、こんなところで落ちるんじゃないわよ」と笑みを浮かべた。
「……もう終わったことだし、あとは祈るしか出来ないだろ」
管理局の待合室にちらほらと転移魔法の影響によって転移されてきた受験生が帰ってきたうえで、それぞれがそれぞれの行動を起こしていく中で、エーテルは「それもそうね」とベンチから立ち上がる。
「また会いましょう、アラン」
合格発表はこの日から十五日後。その間に出来得る限りの任務をこなそうとエーテルは、急ぐようにアランに手を振ってから管理局を後にした。
エーテルのいなくなった中央管理局で、アランも座っていた椅子から立ち上がった、その時だった。
アランの視界に入った一人の少女。
中央管理局待合室の出口で帰る素振りを見せないその少女の顔は青白かった。
「……あ、アラン……君……」
ふらふらと疲労した右手を振りながらアランはその呼びかけに答える。
――そういや、約束してたっけな……。
先ほどの二次試験最中のエイレンとの会話を脳裏に思い浮かべる。
あの時、あの場所で何が起こったのか、何が起きたのかを話すことはアランとしてもあまりいい気持ちのしないものであった。
それでも、彼女には知る権利がある。あの場所に居合わせたからこそ――。
そして、あの時、彼女に何も言わずに姿を消したことを謝らなければならない――と。
○○○
「……そっか。パパは……」
中央管理局から王都へと戻る道のり。
中央通りから大分外れた場所は相変わらず人気が少なかった。今日がオートル学園受験だということがあり、皆が外を出歩かないことに比べて普段から人通りの少ないところだと、アランとエイレンの二人だけの空間が広がっていた。
エイレンの父親であるエラム、ミイの父親であるアガルの急襲。
家族を護るためにそれを討って出たファンジオ。
そこに現れた霧隠龍にエラムが屠られ、アガルは命からがら逃げだせた。
最終的にファンジオとアランで倒した霧隠龍と共にアランの成長の為という名目もあり、フーロイドと王都にやってきたこと。
分かりやすく、簡潔に伝えたアランの言葉を、一言も聞き漏らすまいとエイレンは耳を傾けていた。
すべてを聞いたエイレンの前で、アランは小さく頭を垂れた。
「――ごめん。あの時、何か……何か言っておくべきだった」
ぺこりと、歩きながら小さく謝罪するアランの半身は陰に隠れていた。
太陽を遮断するその建物によって半身の暗いアランの小さなつぶやきに、エイレンは「そんなことないよ」と笑みを浮かべた。
「これで、私の目的は果たされたから……」
エイレンは、アランと再び出会え――そして、あの時の真相を聞けた。
一年前から掲げていた目標は既に達せられ、満ち足りた気分になったエイレンはある程度の満足は得ていた。
「……オートル学園の入学が、目的じゃないのか?」
アランの驚いた様子に、エイレンは小さく頷いた。
「もともと、試験自体が目的だったから……。あんまり、受験ってことは考えてなかったのかも。それに――」
と、エイレンは口ごもらせながらポケットの中の小さな箱をぎゅっと掴んだ。
そこに入っているのはオートルから貰った属性譲渡結晶の薬だ。先ほど土属性譲渡結晶を口に含んでいたために血を吐いてしまったこともあり、この力には副作用が伴って来る。
目的を果たした今、自分が為すべきことは――。
「もったいねぇって、エイレン! お前、ちゃんと合格ラインに乗って自主送還しただろ!」
直後、浮かない顔をしていたエイレンの右手をぎゅっと握ったのはアランだった。
興奮気味にアランは続ける。
「二つの属性魔法を使うなんか、聞いたことないって! っていうかいつそんなことできるようになったんだ!? すげーよ! エイレン、お前凄いんだって!」
「……え? ……あ、アラン君……?」
合格したところで、入学を取り消すことも考えていたエイレンの頭の中に流れ込んでくるその少年の笑顔は、かつてのアランをも思い浮かべた。
あの時、大好きだったアランが今もここにいる。
アラン・ノエルは何も変わっていない。
だからこそ、自分が隣に立ってはいけない――立つ資格なんかないと考えていたあの時とは違う。
今は、力がある。アランの隣に立つだけの力がある。
それは紛いものかもしれない。それは嘘つきであるかもしれない。それは自分を騙しているのかもしれない。
――それでも。
「負けないからな、エイレン」
冬の寒空の下。白い息をするその一人の少年が差し出してきた手を――。
自身を認めてくれた、その大好きな手を――。
「……うん。頑張ろう……っ」
握手を交わさずにはいられなかった。
たとえそれが二重属性使用を必須とする紛いものだったとしても、アランの隣に立てるのならば。
「っていうか、もう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。ホントに、たまーに病気が悪化しちゃうだけなんだ。お医者さん曰く、治る病気だから。心配しないで」
「……そ、そうか……」
――アラン君の隣に立ち続けるためならば、この力は必要なんだ。
それがたとえ、地獄へ続く茨の道であったとしても――。




