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異世界の気象予報士~世界最強の天属性魔法術師~  作者: 榊原モンショー
第二章 オートル魔法科学研究所 (前編)
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エピローグ③:怒る者

「エイレン・ニーナか……」


 その名を聞いたフーロイドは眉間に皺を寄せる。

 片手で眉を摘まんで溜息をつくフーロイドに、オートルは「はい」と確かに頷いた。



「で、ですが――彼女は!」


 ルクシアは信じられないと言った体で机上に流れる受験の様子に目を落とす。

 机上に流れる映像では、まさにアランがエイレンを背負っていた。降りかかる魔法砲撃に対してエイレンがその手から発した土属性魔法が盾となり、二人を護っていく。

 巨大な土埃を上げたそれがはれるとともに二人の姿が王都中央通りから掻き消えていた。


「彼女は――コシャ村にいたはずです。それが何故、王都に……それに、オートル学園の受験に……!?」


 そこで映像が途絶え、再び古びた焦げ茶の机だけになった時、ルクシアがオートルに詰め寄る。

 オートルは悪びれる様子は一切なく、「これは彼女からの希望でもあるのです」と呟いた。


「彼女――エイレン・ニーナは一年前に王都にやってきました」


 オートルはにこやかな笑みを絶やさずに二人に告げた。


 エイレン・ニーナは一年前にコシャ村を出た。

 九年前の父、その他の大人たちの急死により、コシャ村情勢は一気に様変わりしていた。

 歴戦の狩猟猛者たちの死亡により、アーリの森はおろかコシャ森にすら赴けなかったコシャ村の人々は物々交換をするにも事足りず、村全体が衰退の一途をたどりつつあった。

 その中で、エイレンの母親、キーナは父エラムの死によって精神を崩壊させてしまい、生ける屍と化した。

 あの日の『ビッグな狩り』に辛うじて生き残ったアガルですら、森の中で自らの生に区切りをつけた。

 そんなコシャ村にずっと居続けるのならば、『真実』を掴みたい――と。

 そう決心したエイレンが真っ先に思い浮かべたのは王都レスティム。

 もともとフーロイドが王都出身であることは知っていたために、アラン達一家もそこで暮らしているのではないかと踏んだエイレンは王都に一人で赴いた。

 だが、世間をコシャ村しか知らないエイレンに王都での暮らしは難を極めた。

 王都での『定住権』を持たないエイレンはすぐさま中央管理局に捕縛され、王都を追われる身になる――その寸前に。


「その時に、私は彼女と出会ったんです」


 中央管理局で、オートルはエイレン・ニーナと出会うことになる。

 少女には目的があった。ある男の子を探すために、見つけ出すために可能性として一番高いオートル学園の受験をしなければならないのだと。

 男には目的があった。属性魔法譲渡のための被験体が必要だった。

 少女には方法がなかった。少女の魔法能力ではオートル学園には入学できないことを。それでも、行きたかった――会いたかった男の子がいた。是が非でも、『力』が欲しかった。

 男には方法がなかった。被験者を募ろうにも正規の方法では誰も寄っては来ない上に、諸外国に触れ回るわけにもいかない門外不出の技術。副作用すら分からないそれを、身内に使うわけにもいかない。


 ――と。


「ここで、私と彼女の間に利害関係が発生したんです。彼女は『力』を欲していた。私は『力』を与えることが出来る。彼女は自ら被験者になることを選んだんです」


 遠い目をして、箱の中の光る結晶を見つめるオートル。

 ルクシアは「でも……!」と口を尖らせる。

 フーロイドもそれは同様だ。


「オートルよ。そこまで属性魔法譲渡の研究が進んでおるのならば知っておるであろう」


「……何をです?」


「属性魔法とは、何度も言うが『個性』じゃ。属性魔法を譲渡することは、その『個性』までも取り込むことになる。ともすれば元々持っている当人の『個性』と他の『個性』がぶつかり合い、互いが互いに拒絶反応を起こす。お主はそれをどう乗り越えたのじゃ」


「……フーロイド様は、そこが分からずに最終的に第一線を退いたんですよね」


 オートルは、結晶を見つめながら呟いた。


「……ふ、フーロイド様……」


 心配そうにルクシアが師を見つめる中で、オートルは笑みを絶やさずに残酷な一言を呟いた。


「実は、私もよくわかっていないんですよ」


「……何?」


「拒絶反応が出ることは知っています。でも、そんなものは実験の(・・・)想定内(・・・)でしかないんですよ」


「――な!?」


 あまりにも清々しい物言いに、フーロイドはおろか、ルクシアまでもが絶句する。


「だから実験するんじゃないですか。科学に犠牲は付き物。彼女自身にもそれは伝えてあります。それでも逢いたい人がいた――ただそれだけのことですから」


 一つも表情を崩さずに言葉を紡ぐオートルを目の前に、ルクシアの肌にはプツプツと鳥肌すら浮かび始めていた。


「く……狂ってますよ……!」


「狂ってる……ですか。大いに結構です。世界初の多重属性魔法使用者ヴァングレイドを造るんです。少数の犠牲で多くの国が救われる――そして技術は売れ、アルカディア王国発展の礎となる。その崇高な一人なんですよ、彼女は……」


 「まぁ、命を使った結晶のことは彼女にすら極秘なんですが」と周りに聞こえないように呟いたオートルは言うと同時に、不気味な光を放つ結晶を机の上からカバンの中にしまいこんだ。


「……何が目的じゃ。よもやそんなことを言うためだけにここに来たわけではあるまい」


「だから言ったんですよ、フーロイド様。オートル魔法科学研究所に、宮廷魔術師として復職しないかって」


「……ふむ」


「この研究の雛形はあなたが作り上げたものです。私はこのまま被験者を増やして研究開発を促進することもあり得るでしょう。そのためには少数ではない被験者も必要でしょうね」


 その言葉に真っ先に反応したのは――ルクシアだった。


「――フーロイド様を脅迫しているのですか?」


 今まで静観を決めていたルクシアが、懐から小さなナイフを取り出そうとした――その瞬間に、フーロイドはそれを止める。


「正気か、オートル」


 フーロイドの言葉に、「滅相もない」と表情を変えずに笑みを浮かべた。

 オートルのいう、魔法科学研究所への復職とはそれすなわち、『脅し』以外の何物でもない。

 フーロイドが作り上げた雛形から誕生したこの非人道的実験を、今、オートルが行っている。

 それをフーロイドが負い目に感じないわけがない。だからこそ、雛形を作った優秀な宮廷魔術師であったフーロイドを引き入れて、『拒絶反応を起こさない属性魔法譲渡の方法』を研究しろ、と。

 さもなくば少なくない被験者と犠牲者が現れる、と。そう脅迫しているのだ。


「き、汚い……! フーロイド様の良心をも踏みにじって……! そんなことをしてまで、科学を進歩させなければいけないのですか……!?」


「――はい」


「あなたは、人じゃない!」


「――はい。人じゃなくても結構ですよ」


 その病弱そうな表情から浮かび出る不気味な笑みに、ルクシアは頭をぐちゃぐちゃにかき乱されている気分になった。


「さぁ、どうしますか、フーロイド様」


 異質な雰囲気で手を差し伸べるオートル。

 いつも嵌めている白い手袋を外したその手は、傷にまみれていた。


「…………」


 フーロイドは長い沈黙の上で、静かに目を閉じた――。 


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