ファンジオの決意
「……その、アラン? お前、どっかで魔法を使ったことはあるのか?」
「ないよ?」
「じゃあ、本当に……今ので初めてなのか?」
「たぶん、そうだけど……」
淡々とした会話が続いた。降りしきる雨が二人に水滴を付着させていく中、藁の破れた音を聞いたマインが台所から「なに? 何の音なの?」と怪訝そうに勝手口を開けた。
だが、マインは一度アラン達を見て、何故か雨が彼らの上に降り注ぐのを不思議そうに首を傾けた後、口をあんぐりと開けた。
「きゃああああああああああああ!? 屋根がない!? 何で!? なにが起こったの!?」
白髪を振り乱して首をぶんぶん振り回しながらファンジオと大きく穴の開いた屋根の天井を見比べたマイン。
そんなことはお構いなしとアランは相変わらず無邪気な笑顔で「ねーねーママ!」と濡れた両手でマインの服の裾を引っ張った。
「ぼく、パパにかったんだ! すごいでしょー!」
「……す、すごい……すごいわ……アラン。えっと……すごいんだけど……」
「えへへ~。なんでもパパがいうこときいてくれるんだって! なにがいいかな!?」
「あ、アランの好きにすればいいけど……。いったんおうちに上がってもらえる? お昼ご飯をリビングに運んでちょうだい。あとファンジオ、正座」
「……うっす」
「えー!? まだパパとあそびはじめたばっかりだよ!? なんで!?」
「……あとで特別にお肉焼いてあげるから」
「こんどはこがしたらダメだよ!」
マインは息子の言葉でちくりと釘を打たれて「ウッ」と頭を抱えた。
そんなことはお構いなしのアランは靴を脱ぎ捨てて「ごはん~ごはん~」と勝手口から家の中に入っていく姿を見たマインは「さて……と」とその真白い眼光を鋭くファンジオに向けた。
藁屑と雨がパラパラとファンジオの頭に降りかかる中でマインは大きなため息をついた。
そのマインのジト目を受けたファンジオは対照的に「ははは」と苦笑を浮かべる。
「どうしてこうなったのかしら」
「……アランの魔法だよ」
「アランの魔法? それがどうして……」
「魔法の基礎を教えたつもりだったんだ。ボールを浮かせるための簡単な魔法力を鍛えるつもりだったんだが……」
「この天井に開いた大きな穴は、アランがボールを突き破ったってこと?」
「まさにその通りだよ。予想外でもあったが……アランは間違いなく天才だ。あの魔法力は並みの人間のものじゃない」
その言葉にマインはごくりと生唾を飲み込んでいた。天井に開いていた穴から垂れ流れてくる水を避けようとすると、バランスを失った天井がドサァと一気に崩れ去る。
「うぉぉぉおっ!?」
「ファンジオ!? 大丈夫!?」
藁を全身に被ったファンジオの腕を持って、「とにかく上がりましょう」とそう促したマインの手を握った大男は、苦笑いを浮かべる。
「悪いな……家壊しちまって」
「二人が無事ならそれでいいわよ……。ただ、後でちゃんと屋根は改修してもらうわよ?」
「……マジで?」
「アランの予報では明日も明後日も雨なんでしょう? いつまでたってもこのままじゃ水浸しになってしまうもの」
「じゃあアランを手伝わせてもいいか?」
「風邪ひいちゃうからダメ」
「……マジか」
ファンジオは再び苦笑いを浮かべたのだった。
彼らが家の中に入っていった後、空から再び降りてきたのは一つの黒みがかったボールだった。
ぼふりと、崩れ落ちた藁の上に落ちていたそのボールにファンジオが気付くのはもう少し後のことになる――。
○○○
雨の降り続く午後。ファンジオは脚立を使用して、藁作りの屋根を改修し始めていた。
勝手口から少し出た場所――つまりファンジオのほぼ眼下では、父の作業を健気に手伝うアランの姿と、アランが濡れないようにと傘を差し出し、ファンジオの分とのタオルを二枚手に持つマインの姿があった。
「ったく、一家総出で屋根の修理かよ。まあ悪い気はしないがな」
「パパー。これ、どこにもっていけばいいの?」
アランは子供用の軍手で手を包んでいた。子供用の汚れてもいい服を着たアランの腕の中には先ほどまでに崩壊したたくさんの藁屑が抱えられている。
胸に刻まれるデフォルメされたクマの絵が何とも愛らしく感じる両親だった。
「おー。倉庫のそばに投げといてくれ。そしたら俺が後で捨てに行くから……よっ!」
ファンジオは脚立の上で白のタンクトップを着て作業を行っている。
口に三本ほどの釘を含んでいて、その手にはトンカチ。その姿はさながら日曜大工。
「なぁ、マインよ」
釘を柱に打ち付けつつ、ファンジオはマインを呼び止める。
アランは地面に落ちた藁屑をかき集めながら、泥ダンゴを作るかのように遊んでいる。
全く手伝いになっていない手伝いに苦笑を浮かべつつ、ファンジオは真面目な表情を作った。
それを見たマインの表情も同時に引き締まる。
周りに広がる草々が雨と共に吹く風に煽られて静かな音楽を奏でていた。
「アランの魔法、どう思う?」
いきなりの核心を突かれたマイン。
眉がピクリと動いたマインの様子を見て、ファンジオは勝手口の近くに設置しておいた黒いボールを指さした。
「それ、焦げてんだ」
「……焦げてる?」
「ああ。俺も書物で見たことがあるだけなんだがな。曰く、遥か上空から物体が落ちてくる時にはその物体自体が『炎』を纏うことがあるらしい」
ファンジオの指さす方向にあるのは黒くなったボールだった。
「それは、元々は白球だった。今は空気も完全に抜けちまってただの布のような状態だが正直、大人の俺でも家の二階まで飛ばすのが限度なのに……。アランはそれをとうに越えちまってる」
「アランの魔法の潜在能力がすごいってことは、喜ばしいことじゃないの?」
「ああ、喜ばしいことだ。だが、俺たちが存分にアランの才能を開花させてやることは出来ないんだ。そのためにはあまりに俺たちが力不足だってことを痛感しただけだ」
ファンジオはギリと歯ぎしりをした。筋骨隆々としたその体躯を丸めて、彼はじっとアランを見据えた。
「俺はな、アランには好きに育ってほしいんだ。これは親の傲慢かもしれない。でも――アランの才能を全部、開花させてやりたい。この世界は魔法ですべてが変わる。今までも、そしてこれからも……。アランをこんなとこにいさせちゃダメだ。たかだか一介の猟師の倅なんてやっていいわけがない」
「で、でも……! あなたはアランに職を継がせるんじゃなかったの?」
「こいつの魔法を見てたら、気が変わっただけさ」
そう言ってファンジオは脚立から降りて、藁屑を遊びながら掻き集めていたアランを見て、軍手を取る。
「悪魔の子? 冗談じゃねぇ。こんな才能のある息子、こんなところで燻らせるわけにはいかねえ。こいつは世界に出るべきだ。そして世界に名を轟かせるべき人間だ」
「……宛てはあるの?」
マインの嘆息したかのような言葉に、ファンジオは満足げに「ああ」と言った。
「俺がたまに王都に行くときに毎度珍品を買ってくれてる偏屈爺がいる。そいつに会いに行くのさ」
ファンジオは眼光を鋭くして笑みを浮かべたのだった――。
「自称、伝説の宮廷魔法士の……な」
日間総合一位を頂きました。
これもひとえに皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
これからも頑張ります!